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剣士レーネ
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動揺した僕は一瞬だけ頭が真っ白になり動作が遅れてしまった。
気づいたときには切っ先が目の前にせまっていて、魔術文字を書く余裕はない。魔力を節約したかったけど出し惜しみしている余裕はなく、体に刻み込まれた入れ墨に魔力を回して、身体能力を一瞬にして向上させた。
接近戦の本職である剣士でも追うのが難しいほどの速さでバックステップすると、レーネの剣を間一髪で避ける。
虚を突いた先ほどの攻撃は、いわゆる必殺の一撃であり、付与師である僕が避けられるとは思わなかったのだろう。レーネは追撃せず、驚いた表情を浮かべながらも、距離を取って動かなかった。
アミーユお嬢様をさらったルッツさんの後を追いたいけど、レーネに背中を見せれば確実に切られる。それに無事にこの場を離れたとしても一人で探すのは効率が悪い。さっさと戦闘を終わらせて人海戦術で探すのがベストだろう。
だから知り合いだだろうが問答無用で戦い、殺すべきなのだ。
でも僕は、その選択を取れなかった。
「もう一度聞くよ。なんでレーネがここにいるの?」
内心の焦りを必死に抑えながら、対話を選ぶ。
優先順位を間違えるなと怒られてしまいそうだけど、そうせずにはいられなかった。
「何でだと思う?」
質問で返された。僕の甘さに気づいている彼女は、会話を引き延ばす方法をとる。
まともに会話をする気がないのだ。死ぬと分かっていてもルッツさんの逃亡時間をかせごうとしている。
「答える気はないんだね。できれれば投降して欲しい。レーネを傷つけたくないんだ」
笑うだけで、レーネは何も答えない。
対話は拒否され、貴重な時間がいたずらに消費されるだけ。一緒に旅をした彼女とは別人だと、意識を変えなければいけない。
僕もそろそろ覚悟を……彼女を殺す覚悟を決めなければダメだ。
魔術を使う間合いではないから、接近戦で倒すしかないんだけど、素手で殺す覚悟があるかと言われれば、ない。でも状況がそれを許さないから、やるしかないんだっ。
僕が片足を引いて腰を落とすと、レーネも構え直す。周囲の緊張感が一気に高まり、次の瞬間には彼女の目の前に立っていた。
目で追えなかったのだろう。怯えたような表情を浮かべているけど、だからといって攻撃の手は止められない。剣の腹を叩くと手から離れて吹き飛ぶ。武器を無くして慌てて腰に着いているナイフを取ろうとしているけど、身体能力が向上している僕にとっては動作が遅い。
親指を曲げて残りの四本の指を伸ばして密着させ、一本の剣二見立ててそのまま勢いよく突き出す。
「ゴプッ」
レーネの脇腹を突き抜けて口から血がこぼれた。
生暖かい液体が、彼女の鼓動が、突き出した右腕から伝わってくる。
戦闘音で周囲は騒がしいのに、不吉な水の音が聞こえて力が抜けたように体が崩れ始めたので、それを僕は受け止めてゆっくりと横たわらせる。
彼女から血が流れ出して、赤い水たまりを作りだす。何かしゃべろうとして口を動かそうとしているように見えるけど、声が出せないようでパクパクと動き、時折、血を吐き出していた。
体に穴が空いたのだ、当然の結果だ。一分もたたずに死んでしまう。けど、そんなことにはさせない。
震える手を必死に動かしてポーチから、ニコライおじいちゃん特性のポーションを取り出して、空いた穴に振りかける。でも1本では足りない。慌てて2本目を使ったところで、傷が塞がって血が止まり、ようやく完治した。
「バカがつくほどの……お人好しだね」
青白い顔になってしまったレーネが声を震わせながら言った。敵意は感じず、別れる直前のような親しみを込めた声だ。
「血が流れすぎたんだ。無理にしゃべらなくて良いよ」
「それはダメ。私は負けた……のだから……言わないと」
ゴホッっと残っていた血の塊を吐き出してから、もう一度口を開いた。
「クリスは、私と一緒に行った村を見てどう思った?」
ヘルセへ向かう途中に立ち寄った村のことか。首都に住んでいる人を羨み、妬んで、僕らにからんできた。高い税金を支払っているのにモンスターからは守ってもらえず、生活は苦しいまま。彼らの言い分も分かるけど、正直、印象は良くない。
「生活が苦しく、余裕がないんだなと感じたよ」
「そう……それで間違いない。もう全てが……限界なの」
「それと、アミーユお嬢様の誘拐に何か関係があるの?」
全く話が見えてこない。彼らの生活は確かに悲惨だけど、今の状況と関係がない。襲撃者に村人が参加しているように見えず、それなりに戦闘に長けた人物だちが襲撃に参加しているのだろう。
「ねぇ……人力を尽くしてなお希望が見えない。そんな人が行き着く先って、どこだと思う?」
やれることは全てやりつくした上で希望がない。それは自然災害に直面した人に近いのかもしれない。
台風や地震に備えても、それを軽く超えてくる。親しい友人が、家族が、恋人が、無慈悲にも死んでいく。そんな状況になれば――。
「神にすがりたくもなるか」
「正解」
どうやらレーネが期待した答えだったようだ。
「あの娘は神への捧げ物。だから儀式が始まるまでは無事なの。まだ奪還できるチャンスが残っていて良かったね」
転生して必死にと情報を集めた。その結果、僕は魔術はあるけど、神はいないと結論を出していた。もちろんインターネットのない世界だ。僕が知らないだけで神が実在している可能性は残っている。だから彼女の言葉、思想、行為を完全に否定することは出来なかった。
「神は実在するの?」
「さぁ……司祭様が言うには、今は眠っているから力が行使できないみたい。だからモンスターが世界中にはびこっているんだって」
これが死罪になると分かっていても、アミーユお嬢様を使って復活させる理由? 仮に神が存在していたとして、それが人の言うことを聞くとは限らないし、期待していた力を持っていない可能性もある。それなのに命を賭けるの?
「バカだと思って良いよ。でも、私たちはそれだけ追い詰められていたの」
理解できない……のは、きっと僕が恵まれた環境で生まれ育ったからなんだろうな。僕とレーネじゃ世界に見え方が違うのは間違いない。何を言っても彼女の心には届かないと思う。
言葉が出ず立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「クリス。ここは俺が預かる」
「兄さん……」
話している間に戦闘は終わっていたようだった。もちろん騎士側の勝利だ。あちこちで生き残った人を捕縛している姿が見られる。
「悪いようにはしない。安心しろ」
僕の肩に手を置いから通り過ぎた兄さんは、地面に横たわっているレーネに近づき、ロープで手足を縛って捕らえた。
気づいたときには切っ先が目の前にせまっていて、魔術文字を書く余裕はない。魔力を節約したかったけど出し惜しみしている余裕はなく、体に刻み込まれた入れ墨に魔力を回して、身体能力を一瞬にして向上させた。
接近戦の本職である剣士でも追うのが難しいほどの速さでバックステップすると、レーネの剣を間一髪で避ける。
虚を突いた先ほどの攻撃は、いわゆる必殺の一撃であり、付与師である僕が避けられるとは思わなかったのだろう。レーネは追撃せず、驚いた表情を浮かべながらも、距離を取って動かなかった。
アミーユお嬢様をさらったルッツさんの後を追いたいけど、レーネに背中を見せれば確実に切られる。それに無事にこの場を離れたとしても一人で探すのは効率が悪い。さっさと戦闘を終わらせて人海戦術で探すのがベストだろう。
だから知り合いだだろうが問答無用で戦い、殺すべきなのだ。
でも僕は、その選択を取れなかった。
「もう一度聞くよ。なんでレーネがここにいるの?」
内心の焦りを必死に抑えながら、対話を選ぶ。
優先順位を間違えるなと怒られてしまいそうだけど、そうせずにはいられなかった。
「何でだと思う?」
質問で返された。僕の甘さに気づいている彼女は、会話を引き延ばす方法をとる。
まともに会話をする気がないのだ。死ぬと分かっていてもルッツさんの逃亡時間をかせごうとしている。
「答える気はないんだね。できれれば投降して欲しい。レーネを傷つけたくないんだ」
笑うだけで、レーネは何も答えない。
対話は拒否され、貴重な時間がいたずらに消費されるだけ。一緒に旅をした彼女とは別人だと、意識を変えなければいけない。
僕もそろそろ覚悟を……彼女を殺す覚悟を決めなければダメだ。
魔術を使う間合いではないから、接近戦で倒すしかないんだけど、素手で殺す覚悟があるかと言われれば、ない。でも状況がそれを許さないから、やるしかないんだっ。
僕が片足を引いて腰を落とすと、レーネも構え直す。周囲の緊張感が一気に高まり、次の瞬間には彼女の目の前に立っていた。
目で追えなかったのだろう。怯えたような表情を浮かべているけど、だからといって攻撃の手は止められない。剣の腹を叩くと手から離れて吹き飛ぶ。武器を無くして慌てて腰に着いているナイフを取ろうとしているけど、身体能力が向上している僕にとっては動作が遅い。
親指を曲げて残りの四本の指を伸ばして密着させ、一本の剣二見立ててそのまま勢いよく突き出す。
「ゴプッ」
レーネの脇腹を突き抜けて口から血がこぼれた。
生暖かい液体が、彼女の鼓動が、突き出した右腕から伝わってくる。
戦闘音で周囲は騒がしいのに、不吉な水の音が聞こえて力が抜けたように体が崩れ始めたので、それを僕は受け止めてゆっくりと横たわらせる。
彼女から血が流れ出して、赤い水たまりを作りだす。何かしゃべろうとして口を動かそうとしているように見えるけど、声が出せないようでパクパクと動き、時折、血を吐き出していた。
体に穴が空いたのだ、当然の結果だ。一分もたたずに死んでしまう。けど、そんなことにはさせない。
震える手を必死に動かしてポーチから、ニコライおじいちゃん特性のポーションを取り出して、空いた穴に振りかける。でも1本では足りない。慌てて2本目を使ったところで、傷が塞がって血が止まり、ようやく完治した。
「バカがつくほどの……お人好しだね」
青白い顔になってしまったレーネが声を震わせながら言った。敵意は感じず、別れる直前のような親しみを込めた声だ。
「血が流れすぎたんだ。無理にしゃべらなくて良いよ」
「それはダメ。私は負けた……のだから……言わないと」
ゴホッっと残っていた血の塊を吐き出してから、もう一度口を開いた。
「クリスは、私と一緒に行った村を見てどう思った?」
ヘルセへ向かう途中に立ち寄った村のことか。首都に住んでいる人を羨み、妬んで、僕らにからんできた。高い税金を支払っているのにモンスターからは守ってもらえず、生活は苦しいまま。彼らの言い分も分かるけど、正直、印象は良くない。
「生活が苦しく、余裕がないんだなと感じたよ」
「そう……それで間違いない。もう全てが……限界なの」
「それと、アミーユお嬢様の誘拐に何か関係があるの?」
全く話が見えてこない。彼らの生活は確かに悲惨だけど、今の状況と関係がない。襲撃者に村人が参加しているように見えず、それなりに戦闘に長けた人物だちが襲撃に参加しているのだろう。
「ねぇ……人力を尽くしてなお希望が見えない。そんな人が行き着く先って、どこだと思う?」
やれることは全てやりつくした上で希望がない。それは自然災害に直面した人に近いのかもしれない。
台風や地震に備えても、それを軽く超えてくる。親しい友人が、家族が、恋人が、無慈悲にも死んでいく。そんな状況になれば――。
「神にすがりたくもなるか」
「正解」
どうやらレーネが期待した答えだったようだ。
「あの娘は神への捧げ物。だから儀式が始まるまでは無事なの。まだ奪還できるチャンスが残っていて良かったね」
転生して必死にと情報を集めた。その結果、僕は魔術はあるけど、神はいないと結論を出していた。もちろんインターネットのない世界だ。僕が知らないだけで神が実在している可能性は残っている。だから彼女の言葉、思想、行為を完全に否定することは出来なかった。
「神は実在するの?」
「さぁ……司祭様が言うには、今は眠っているから力が行使できないみたい。だからモンスターが世界中にはびこっているんだって」
これが死罪になると分かっていても、アミーユお嬢様を使って復活させる理由? 仮に神が存在していたとして、それが人の言うことを聞くとは限らないし、期待していた力を持っていない可能性もある。それなのに命を賭けるの?
「バカだと思って良いよ。でも、私たちはそれだけ追い詰められていたの」
理解できない……のは、きっと僕が恵まれた環境で生まれ育ったからなんだろうな。僕とレーネじゃ世界に見え方が違うのは間違いない。何を言っても彼女の心には届かないと思う。
言葉が出ず立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「クリス。ここは俺が預かる」
「兄さん……」
話している間に戦闘は終わっていたようだった。もちろん騎士側の勝利だ。あちこちで生き残った人を捕縛している姿が見られる。
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