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騎士団の事情

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「俺が所属している騎士団について、どこまで知っている?」
「東西南北に別れた4つの騎士団があって、兄さんは南部騎士団に所属しているんだよね?」

 ヴィクターる公国の首都は、4つの騎士団によって守られている。これは子供でも知っている事実だ。そんなことを確かめるために、わざわざここまで来たわけではないだろう。ということは、もっと深い話をしにきたのかな?

「それに付け加えて、騎士団長を頂点に、魔術師長と騎士長、それぞれの部隊長、一般兵といった順に階級がある。ちなみにリア様は、魔術師長として参加している」
「オーガー討伐の時に会ったから知ってるよ」

 ざっくりとした階級は、誰でも知っていることだ。こんな遠回しな会話をするなんて本当に珍しい。
 僕が想像している以上に、話しにくい話題なのだろうか?

「そうだったな」

 そう一言つぶやくと、兄さんは黙ってしまった。
 このまま待っていても無駄な時間を過ごすだけだ。単刀直入に聞いてみるべきだろう。

「で、兄さん、本題は?」

 催促するような声を出すと、覚悟を決めた兄さんは、イスに座り深いため息をついてから口を開く。

「南部騎士団には、大きく二つの派閥がある。知っているか?」

 外から鳥の鳴き声がうっすらと聞こえる空間に、兄さんの力強い声が響き渡った。

「知らなかったけど、どんな状態なのか何となく想像できるよ」

 人が集まる組織であれば派閥は出来る。これは避けられない事実だ。そして、この手の話は、決して愉快な話ではないことだけは想像がつく。

 最大の問題は、どのような派閥があり、利害関係がどうなっているか、だ。

「俺みたいなハンターからのスカウト組と試験を受けて騎士になったヤツらじゃ、考え方が違うみたいでな。事あるごとに対立している」
「派閥のトップは?」
「スカウト組はリア様、試験組は騎士団長だ」
「それは……」

 普段はリア様の方が立場は上だけど、騎士団の仕事に関わる内容であれば逆転する。リア様は、騎士団長の命令に従う立場になるのだ。

 魔物の脅威にさらされた世界において騎士の果たすは大きい。僕のことだって、騎士団長として命令されてしまえば撤回は難しいだろう。それこそ公爵様の力を借りる必要がある。

 だからこそ、独断専行で僕の事を追いだす決断が下せたのだろう。

「他の騎士団はどうしているの?」
「南部騎士団が襲撃事件の解決に関わっている間、その穴埋めで忙しい。それに、他もそれぞれ問題を抱えていてな……」

 外から刺激があれば、派閥の力関係を変えられると思ったけど、そう上手くはいかないか。

 南部騎士団に嫌われてしまえば、家庭教師に戻るのも難しくなる。
 やっぱり、お店で大人しくしているしかないか。

「こっちの事情は分かったと思う。そろそろ本題だ」
「まだあるの?」

 あれ? 派閥のことを伝えに来たんじゃないの?

「あぁ。クソったれな話だが、襲撃事件をきっかけに対立が激しくなってな。お互いに足を引っ張り合っている」

 兄さんは、眉間にしわを寄せて吐き捨てるように言った。

「仲間同士でしょ? なんで!?」

 外敵が現れたら、一致団結して戦うものじゃないの?
 なんで対立が激しくなるんだよ。アミーユお嬢様の安全に関わってくる問題なんだから、私怨は忘れて共闘するべきでしょ!

「屋敷全体の警備を任されていたのが試験組の騎士だったが、無様にも侵入され、偶然居合わせたスカウト組の俺が襲撃犯を捕まえた。試験組の面目は丸つぶれって訳だ」
「そんなことで?」

 本当にくだらない。そんな無意味で有害なプライドなんて捨ててしまえ!!
 そう言いたくなる気持ちを抑えて、話の続きをじっと待つ。

「騎士団は暴力装置だからな。舐められてしまえばお終いだ。他人から見ればくだらないことでも、騎士からすると大事なことなんだよ。ま、戦う対象が違うだけで、そこら辺にいるチンピラと変わりがないってことだな」

 珍しく自虐的な笑みを浮かべる兄さんを見て、心がギュッと掴まれるような苦しさを感じた。兄さんが黙って見ているはずがない。そこまで言うんだ、きっと、もうどうにもならない所まできてしまったのだろう。

 慰めてあげたいけど、言葉が見つからない。無言の時間が続き、

「これから対立は激しくなる。明日には、この都市から出て行け」

 僕にとって衝撃的な一言を放った。

 両親が亡くなってから、ずっと側にいて、お互いに支え合ってきた。どんな時でもだ。それは今も変わらない。一緒に困難を乗り越える覚悟はあるし、その気持ちは一緒だ。

 それなのに、なんで、派閥争いごときで離れなきゃいけないんだっ!
 僕は頭に血が上って、兄さんにつかみかかる勢いで近寄った。

「なんでそうなるの!?」
「事件に進展がなければ、お前を犯人として捕まえようという動きがあるからだ」

 想像を超える酷い状況に、急速に頭が冷えてゆく。

「……そんな……なんで」
「お嬢ちゃんに近く、スカウト組にも打撃を与えられるからな」

 僕が捕まれば家族である兄さんの評判も下がる。それは、侵入者を捕らえた手柄が相殺できるほどの事件だ。理屈はわかる。わかるんだけど、前提が間違っている。

「でも事件の時はここにいなかったよ!?」

 当たり前だけど、僕は休暇のために首都にはいなかった。それにパーティを襲う理由がない。犯人であるはずがないのだ。

「騎士団の権力があれば、どうとでもなる。重要なのは、お前がアミーユお嬢様の家庭教師であり、俺の弟だという事実だけだ!」

 僕が反論する前に、兄さんがドンと机がきしむほど強く叩いた。
 怒りを鎮めるように深呼吸を数回してから話を続ける。

「お互い、蹴落とす口実を探していたからな。で、クリスはその派閥争いのとばっちりを受けて追いだされたわけだ」
「…………」
「ここは我慢して逃げてくれ。絶対に俺が何とかする」
「…………」

 ここは「うん」と、答えるべきなのだろう。けど、言いたくない。離れたくないんだ。どうすれば、試験組の魔の手から逃れられるのだろうか?

 必死に考えるけど、答えは出ない。

 もっと情報が欲しい。どうやれば手に入る? 
 今は無理だ。環境が悪すぎる。公爵家の館でお世話になっているときに情報を集めていればよかった!

「――て!」

 何度目か分からない後悔していると、外から男性の怒声が聞こえた。
 堂々巡りをしていた僕は、声に誘われるようにして窓から周囲を眺めて、絶句した。

「あれ? 目がおかしくなったのかな。アミーユお嬢様の姿が見える」

 赤くなるほど何度も目をこすってみるけど、何も変わらない。厳重に警備された館で過ごしているはずのアミーユお嬢様が、こっちに向って走っているのだ。

 そう、馬車に乗らず、一人で走っていた。

 後ろには金属鎧を着た騎士らしき集団が追いかけている。さっき聞こえた声は、この人たちが発したのだろう。

 アミーユお嬢様が館を抜け出して、それに気づいた騎士が追いかけている構図なのは間違いなさそうだけど……どうしてこうなった?

「お嬢ちゃんがいるわけ――いるな。お前、想像以上に好かれてるんだな」
「兄さん!」
「悪い。現実逃避してた」

 確かにその可能性はあるけど、流石にね?

 好き、嫌いではなく、挨拶もなく勝手に出て行った僕に怒っていると考えたほうが自然な気がする。子供特有の抑えきれない、怒りの感情を持て余した末の行動だろう。

「理由はともかく、この状態はまずい。俺が迎えに行くから、クリスはここで待っていろ。絶対に外に出るなよ?」
「分かってるって。大人しくここで見守っているよ」

 僕の返事に安心した兄さんは、アミーユお嬢様を迎えに行くために急いで部屋から出て行った。
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