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ええ、間違いなく
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地下牢から戻った俺たちは執務室へ戻った。
椅子に座り、アイラは不正内容が書かれた羊皮紙を睨め付けている。
「全員、ぶち込みますか?」
「まさか。そんなことしたら、今日の晩ご飯すら用意できなくなりますよ」
冗談っぽく言ったのが良かったみたいで、アイラから張り詰めたような緊張感がなくなった。
小さな笑顔を作り、憎たらしい羊皮紙をデスクの上に置く。
「残念ですけどしばらくは様子を見ます。毒を盛ったメイドの処刑を見て心を入れ替えるのであれば続けて雇用しましょう」
苦しい決断だ。本当はさっさと使用人たちを斬り捨てたいだろうが、実行できない。
時間をかけて人を入れ替えるか、不正をただしていくしかないのだ。無難な対応であり、この判断に否定的な考えは浮かばなかった。
「ですが、メイド長のイレーゼはダメです。ルビー鉱山の情報がバドロフ子爵に流れ続けてしまいます。早急に手を打たないと……」
顔を上げたアイラは縋るような目で俺を見る。
「策があると言っていましたが、何をお考えでしょうか?」
「俺たちは間抜けな役を演じつつ偽の情報を流して罠にはめるんです」
この言葉だけでアイラは狙いに気づいた。聡い女性だ。
アゴに手を当てて考え事をしている。
人を信じやすく、経験不足から自信がないような振る舞いをすることもあるけど、能力は当主として申し分ない。毒で眠ってしまっている男爵が死んでくれた方が、ヴォルデンク家は栄えるだろう。
「ルビー鉱山の警備を薄くすると情報を流し、襲いに来たところを返り討ちにするんですねっ!」
「逆に鉱山の方は警備を強化して、町の方を薄くするという方法も取れますよ」
「それに何の意味があるんですか?」
少し回りくどいやり方なので意味が分からなかったのだろう。
この場でちゃんと伝えておくと決めた。
「町の警備が薄くなったとイレーゼ経由でバドロフ子爵に伝われば、チンピラを雇って町で暴れさせると思います」
「間違いありません。前にそれをやられて、仕方なく鉱山の採掘を止めて町の警備強化に力を入れましたから。一度上手くいけば二度目も、と考えるでしょう」
町の治安が悪化すれば領民の不満は溜まり、領主の評判は下がる。商人は寄りつかなくなり放置していれば最悪、反乱が起きるかもしれない。そういった危険があったので、ルビーの採掘を閉鎖してでも兵力を集中させたのだ。
「でも、町の治安が悪化しなければどうなると思います? イレーゼに聞いても原因がわからなければ、信頼できる家臣を派遣するはず。必ず裏を探ろうとします。そいつを捕まえ、ヤツらの戦力を削っていく、という考えです」
裏の仕事を頼める人材なんて、そう多くはない。
捕まえていけばすぐに人材は枯渇するはず。
取り戻すために大きく動くだろう。
また手痛いダメージを受ければ手を引いてくれるかもしれない。 そういった狙いもあった。
「守ると同時に攻めることもできるようになるんですね」
「おっしゃるとおりです。どちらを選んでも効果はあると思うので、アイラ様がお決めになれば良いかと思います」
「悩ましいですね……町の守りを薄くする利点はわかりましたが、バドロフ子爵の雇ったチンピラを撃退する力はありません」
今抱えている兵たちは賭け事や賄賂ばかり要求して、まともに訓練してなさそうだもんな。
現に過去、治安が悪化したときは力が及ばなかったからバドロフ子爵に頼ったのだ。アイラの懸念は当然であり、結局の所、力なき計画は実現性がないと言うことになる。
「戦力であれば用意できるかもしれません」
「本当ですか!?」
期待のこもった目をされてしまった。
「実は四人の仲間がいます。実力はかなり高く、チンピラに数十人囲まれても一人で叩き潰せるほどで、並の騎士でも勝てます」
「ポルン様より強かったり?」
「ええ、間違いなく」
「それはすごいです! 小さな町なので、兵に混ざって巡回すれば人数としては充分です。仮に町以外の場所、村が襲われたとしても兵を動かす余裕ができるので、勝算はありますね」
野盗をけしかけて村が荒らされることを懸念したのだろう。なら兵を派遣するまでもない。ヴァリィだけでも壊滅させられる。
汚染獣と戦い、鍛え上げてきた俺たちは、それほど強くなっているのだ。
また数で押しつぶそうとしてきたら、光教会に頼る方法もある。貴族同士の争いには介入しない方針ではあるが、相手が素性を隠しているのであれば問題ない。俺の依頼なら迅速に動いてくれることだろう。
「決めました。私はポルンさんの計画に乗ります」
「わかりました。今回の決断を後悔することがないよう、頑張らせてもらいますよ」
「いつ実行します?」
最大の懸念はベラトリックスたちが、いつ俺のいる場所に来てくれるかだが、使い魔をよこしたくらいだから近くにいるだろう。
過去の経験から数日でも町に滞在していれば、やってくるはず。早ければ今日、明日といった感じだ。
「仲間が到着してからで。それまでは当主代理としての仕事に専念してください」
「そうします。ポルンさんはどうされますか?」
「街を歩いて地理を把握しておきます」
ついでに観光でもしておこう。
娼館のチェックは欠かせない。ベラトリックスたちが来るまでに遊びまわってやるんだからなっ!
椅子に座り、アイラは不正内容が書かれた羊皮紙を睨め付けている。
「全員、ぶち込みますか?」
「まさか。そんなことしたら、今日の晩ご飯すら用意できなくなりますよ」
冗談っぽく言ったのが良かったみたいで、アイラから張り詰めたような緊張感がなくなった。
小さな笑顔を作り、憎たらしい羊皮紙をデスクの上に置く。
「残念ですけどしばらくは様子を見ます。毒を盛ったメイドの処刑を見て心を入れ替えるのであれば続けて雇用しましょう」
苦しい決断だ。本当はさっさと使用人たちを斬り捨てたいだろうが、実行できない。
時間をかけて人を入れ替えるか、不正をただしていくしかないのだ。無難な対応であり、この判断に否定的な考えは浮かばなかった。
「ですが、メイド長のイレーゼはダメです。ルビー鉱山の情報がバドロフ子爵に流れ続けてしまいます。早急に手を打たないと……」
顔を上げたアイラは縋るような目で俺を見る。
「策があると言っていましたが、何をお考えでしょうか?」
「俺たちは間抜けな役を演じつつ偽の情報を流して罠にはめるんです」
この言葉だけでアイラは狙いに気づいた。聡い女性だ。
アゴに手を当てて考え事をしている。
人を信じやすく、経験不足から自信がないような振る舞いをすることもあるけど、能力は当主として申し分ない。毒で眠ってしまっている男爵が死んでくれた方が、ヴォルデンク家は栄えるだろう。
「ルビー鉱山の警備を薄くすると情報を流し、襲いに来たところを返り討ちにするんですねっ!」
「逆に鉱山の方は警備を強化して、町の方を薄くするという方法も取れますよ」
「それに何の意味があるんですか?」
少し回りくどいやり方なので意味が分からなかったのだろう。
この場でちゃんと伝えておくと決めた。
「町の警備が薄くなったとイレーゼ経由でバドロフ子爵に伝われば、チンピラを雇って町で暴れさせると思います」
「間違いありません。前にそれをやられて、仕方なく鉱山の採掘を止めて町の警備強化に力を入れましたから。一度上手くいけば二度目も、と考えるでしょう」
町の治安が悪化すれば領民の不満は溜まり、領主の評判は下がる。商人は寄りつかなくなり放置していれば最悪、反乱が起きるかもしれない。そういった危険があったので、ルビーの採掘を閉鎖してでも兵力を集中させたのだ。
「でも、町の治安が悪化しなければどうなると思います? イレーゼに聞いても原因がわからなければ、信頼できる家臣を派遣するはず。必ず裏を探ろうとします。そいつを捕まえ、ヤツらの戦力を削っていく、という考えです」
裏の仕事を頼める人材なんて、そう多くはない。
捕まえていけばすぐに人材は枯渇するはず。
取り戻すために大きく動くだろう。
また手痛いダメージを受ければ手を引いてくれるかもしれない。 そういった狙いもあった。
「守ると同時に攻めることもできるようになるんですね」
「おっしゃるとおりです。どちらを選んでも効果はあると思うので、アイラ様がお決めになれば良いかと思います」
「悩ましいですね……町の守りを薄くする利点はわかりましたが、バドロフ子爵の雇ったチンピラを撃退する力はありません」
今抱えている兵たちは賭け事や賄賂ばかり要求して、まともに訓練してなさそうだもんな。
現に過去、治安が悪化したときは力が及ばなかったからバドロフ子爵に頼ったのだ。アイラの懸念は当然であり、結局の所、力なき計画は実現性がないと言うことになる。
「戦力であれば用意できるかもしれません」
「本当ですか!?」
期待のこもった目をされてしまった。
「実は四人の仲間がいます。実力はかなり高く、チンピラに数十人囲まれても一人で叩き潰せるほどで、並の騎士でも勝てます」
「ポルン様より強かったり?」
「ええ、間違いなく」
「それはすごいです! 小さな町なので、兵に混ざって巡回すれば人数としては充分です。仮に町以外の場所、村が襲われたとしても兵を動かす余裕ができるので、勝算はありますね」
野盗をけしかけて村が荒らされることを懸念したのだろう。なら兵を派遣するまでもない。ヴァリィだけでも壊滅させられる。
汚染獣と戦い、鍛え上げてきた俺たちは、それほど強くなっているのだ。
また数で押しつぶそうとしてきたら、光教会に頼る方法もある。貴族同士の争いには介入しない方針ではあるが、相手が素性を隠しているのであれば問題ない。俺の依頼なら迅速に動いてくれることだろう。
「決めました。私はポルンさんの計画に乗ります」
「わかりました。今回の決断を後悔することがないよう、頑張らせてもらいますよ」
「いつ実行します?」
最大の懸念はベラトリックスたちが、いつ俺のいる場所に来てくれるかだが、使い魔をよこしたくらいだから近くにいるだろう。
過去の経験から数日でも町に滞在していれば、やってくるはず。早ければ今日、明日といった感じだ。
「仲間が到着してからで。それまでは当主代理としての仕事に専念してください」
「そうします。ポルンさんはどうされますか?」
「街を歩いて地理を把握しておきます」
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