3 / 106
第3話 勇者を辞めても善行を続けていたんですね!
しおりを挟む
「俺は旅に出るんだよ。あっちに行け」
「嫌です」
ベラトリックスの長い髪がふわりと浮かんだ。周囲にある小石がカタカタと揺れているし、魔力のコントロールが甘くなっているみたいだ。
魔女と呼ばれるほど高い魔力をこの場で爆発されたら、被害がどこまで大きくなるか予想できない。
最悪、王都が吹っ飛ぶぞッ!!
だからといって同行の許可を出してしまえば本当に付いてくる。それは避けたい。俺は女遊びがしたくて溜まっているものが爆発しそうなのだ。今も下半身がうずいて――。
「あ、あ、あ、あの!」
声をかけられたので思考を中断して顔を上げる。
薄汚れた服を着た少女がいた。
スラム街の住民か? このエリアにいるなんて珍しい。周囲から注目を浴びている。
「昨日はありがとうございました」
ばっと勢いよく頭を下げた。
見覚えがない顔なのに、なんでお礼を言われたのか分からない。戸惑っていると少女が勢いよく話し出す。
「昨日いただいたお金で薬が買えました! これでお母さんも良くなると思います!」
……んんッ!? ああ! 娼館に入れず、ワインボトルと一緒に銀貨を渡した少女か! 薄暗かったので顔までは覚えてなかった。
気まぐれでやっただけなので礼なんていらないのだが。
余裕なんてないはずなのに律儀な性格をしている。
「さすがポルン様! 勇者を辞めても善行を続けていたんですね!」
「おい! 馬鹿!」
慌ててベラトリックスの口を塞いだが遅かった。
周囲が俺の正体に気づいてしまう。
「勇者だって? ……たしかにあの顔は見たことあるぞ」
「俺もだ! この前、スラム街で炊き出ししてた姿見たから間違いない」
「代替わりしたという噂は聞いていたが本当だったのか?」
「見返りを求めずに行動するなんて、本当に素敵な方なのね」
「立場ではなく、その心のあり方が勇者なんだろう」
「なにそれ! すてき!」
やばい、やばい、やばい!!
クビになっても持ち上げられているぞ!!
このままじゃ聖人として扱われてしまう!
娼館の出禁が延長されるじゃないかッ!!
誤解を解かなければ!
「私は分かってましたよ。本当に高潔な精神を持っているって」
嬉しそうにしているベラトリックスが少女に硬貨の入った袋を渡した。
「薬が足りなければこれを使ってください。もし誰かに奪い取られてしまったら聖女トエーリエに頼ってもらえればと。今回のことを伝えればきっと力になってくれますよ」
「ありがとうございます……っ!!!!」
感動で涙を流しながら少女が、また頭を下げた。
周囲は拍手している。中には銀貨を渡す者が出るほどの熱狂だ。
勇者だったとき以上に高潔なことをしていると勘違いされている……。
今回のことは王都を中心に大きな町ぐらいまでは、すぐに噂が広がるだろう。
新勇者に目障りだと思われて女遊びどころじゃなくなるかもしれない。排除される前に逃げ出してやる。
誰も俺のことを知らない場所に行こう。
うん、よし、国外への脱出だ!
「では一緒に行きましょうか」
ベラトリックスが蛇のように腕を絡めてきた。力が強く引き剥がせない。
焦っていて存在を忘れていたよ……。
逃亡計画は一瞬にして頓挫してしまった。
いつの間にか乗合馬車が停留所に止まっていて、引っ張られながら入ってしまう。他の客も乗り込んできて逃げ出す隙はない。
仕方なく座席に腰を下ろす。
「俺は自由に生きる」
「知ってますよ。私と田舎でゆっくり過ごしましょう。ポルン様と一緒ならどんな生活でも楽しいです」
いやいやいや、そんな笑顔で言われても困るぞ。
自然な風を装っているが、俺の意見をまるっと無視しやがって!
せっかく勇者の肩書きがなくなったのに監視役が付くと遊び回れない。
戦闘能力はベラトリックスの方が高いので力尽くも難しいだろう。少し考え……現状の打開を一時的に諦めた。
これはただ撤退ではない。戦略的な撤退なのである!
「好きにしろ。だがもう俺は勇者ではない。ベラトリックスの小言は聞かないぞ?」
パーティメンバーは仲間でもあり、監視役でもあった。
人としての道を踏み外そうとしたら警告される。言うことを聞かなければ国王にまで報告が行って相応の処罰が下る。
その中で最も悲惨だったのは、勇者が村娘を襲った罰として去勢されたことだろう。
その話を聞いた日に、勇者である間は絶対パーティメンバーの助言は無視しないと決めたものだ。懐かしい。
「うるさいことを言っていたのは最初だけですよ。すぐに理想の勇者様になられたので、むしろ私たちが勉強させてもらうことの方が多かったんです」
未使用のまま息子を殺されたくないんだから当然だろッ!!
ろくな教育を受けてないクソガキが、良識ある大人のフリができるまで必死に勉強したんだよ。
「これからは違う。勇者だった頃の俺を期待していたら失望するぞ」
「そんなことありませんよ。絶対に」
悪行なんてしないと信じているのか……?
ベラトリックスとは十歳からの付き合いだが未だに何を考えているのかわからない。
裏で何をしているのか調べようとしたこともあったが、隠形の魔法を使われて見失ってしまった。
光属性は汚染獣によって毒や呪いを放つようになった場所を浄化する力しかないので、勇者は何でもできるわけじゃないんだ。幸いなことに俺は槍の扱いが上手かったので戦いでは活躍していたが、それでも騎士団長のヴァリィより劣る。冒険者と同じぐらいの強さしかない。
俺が特別だったのは勇者という立場と光属性、この二つだけなんだよ。
「嫌です」
ベラトリックスの長い髪がふわりと浮かんだ。周囲にある小石がカタカタと揺れているし、魔力のコントロールが甘くなっているみたいだ。
魔女と呼ばれるほど高い魔力をこの場で爆発されたら、被害がどこまで大きくなるか予想できない。
最悪、王都が吹っ飛ぶぞッ!!
だからといって同行の許可を出してしまえば本当に付いてくる。それは避けたい。俺は女遊びがしたくて溜まっているものが爆発しそうなのだ。今も下半身がうずいて――。
「あ、あ、あ、あの!」
声をかけられたので思考を中断して顔を上げる。
薄汚れた服を着た少女がいた。
スラム街の住民か? このエリアにいるなんて珍しい。周囲から注目を浴びている。
「昨日はありがとうございました」
ばっと勢いよく頭を下げた。
見覚えがない顔なのに、なんでお礼を言われたのか分からない。戸惑っていると少女が勢いよく話し出す。
「昨日いただいたお金で薬が買えました! これでお母さんも良くなると思います!」
……んんッ!? ああ! 娼館に入れず、ワインボトルと一緒に銀貨を渡した少女か! 薄暗かったので顔までは覚えてなかった。
気まぐれでやっただけなので礼なんていらないのだが。
余裕なんてないはずなのに律儀な性格をしている。
「さすがポルン様! 勇者を辞めても善行を続けていたんですね!」
「おい! 馬鹿!」
慌ててベラトリックスの口を塞いだが遅かった。
周囲が俺の正体に気づいてしまう。
「勇者だって? ……たしかにあの顔は見たことあるぞ」
「俺もだ! この前、スラム街で炊き出ししてた姿見たから間違いない」
「代替わりしたという噂は聞いていたが本当だったのか?」
「見返りを求めずに行動するなんて、本当に素敵な方なのね」
「立場ではなく、その心のあり方が勇者なんだろう」
「なにそれ! すてき!」
やばい、やばい、やばい!!
クビになっても持ち上げられているぞ!!
このままじゃ聖人として扱われてしまう!
娼館の出禁が延長されるじゃないかッ!!
誤解を解かなければ!
「私は分かってましたよ。本当に高潔な精神を持っているって」
嬉しそうにしているベラトリックスが少女に硬貨の入った袋を渡した。
「薬が足りなければこれを使ってください。もし誰かに奪い取られてしまったら聖女トエーリエに頼ってもらえればと。今回のことを伝えればきっと力になってくれますよ」
「ありがとうございます……っ!!!!」
感動で涙を流しながら少女が、また頭を下げた。
周囲は拍手している。中には銀貨を渡す者が出るほどの熱狂だ。
勇者だったとき以上に高潔なことをしていると勘違いされている……。
今回のことは王都を中心に大きな町ぐらいまでは、すぐに噂が広がるだろう。
新勇者に目障りだと思われて女遊びどころじゃなくなるかもしれない。排除される前に逃げ出してやる。
誰も俺のことを知らない場所に行こう。
うん、よし、国外への脱出だ!
「では一緒に行きましょうか」
ベラトリックスが蛇のように腕を絡めてきた。力が強く引き剥がせない。
焦っていて存在を忘れていたよ……。
逃亡計画は一瞬にして頓挫してしまった。
いつの間にか乗合馬車が停留所に止まっていて、引っ張られながら入ってしまう。他の客も乗り込んできて逃げ出す隙はない。
仕方なく座席に腰を下ろす。
「俺は自由に生きる」
「知ってますよ。私と田舎でゆっくり過ごしましょう。ポルン様と一緒ならどんな生活でも楽しいです」
いやいやいや、そんな笑顔で言われても困るぞ。
自然な風を装っているが、俺の意見をまるっと無視しやがって!
せっかく勇者の肩書きがなくなったのに監視役が付くと遊び回れない。
戦闘能力はベラトリックスの方が高いので力尽くも難しいだろう。少し考え……現状の打開を一時的に諦めた。
これはただ撤退ではない。戦略的な撤退なのである!
「好きにしろ。だがもう俺は勇者ではない。ベラトリックスの小言は聞かないぞ?」
パーティメンバーは仲間でもあり、監視役でもあった。
人としての道を踏み外そうとしたら警告される。言うことを聞かなければ国王にまで報告が行って相応の処罰が下る。
その中で最も悲惨だったのは、勇者が村娘を襲った罰として去勢されたことだろう。
その話を聞いた日に、勇者である間は絶対パーティメンバーの助言は無視しないと決めたものだ。懐かしい。
「うるさいことを言っていたのは最初だけですよ。すぐに理想の勇者様になられたので、むしろ私たちが勉強させてもらうことの方が多かったんです」
未使用のまま息子を殺されたくないんだから当然だろッ!!
ろくな教育を受けてないクソガキが、良識ある大人のフリができるまで必死に勉強したんだよ。
「これからは違う。勇者だった頃の俺を期待していたら失望するぞ」
「そんなことありませんよ。絶対に」
悪行なんてしないと信じているのか……?
ベラトリックスとは十歳からの付き合いだが未だに何を考えているのかわからない。
裏で何をしているのか調べようとしたこともあったが、隠形の魔法を使われて見失ってしまった。
光属性は汚染獣によって毒や呪いを放つようになった場所を浄化する力しかないので、勇者は何でもできるわけじゃないんだ。幸いなことに俺は槍の扱いが上手かったので戦いでは活躍していたが、それでも騎士団長のヴァリィより劣る。冒険者と同じぐらいの強さしかない。
俺が特別だったのは勇者という立場と光属性、この二つだけなんだよ。
31
お気に入りに追加
369
あなたにおすすめの小説
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる