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※嘉男視点※
しおりを挟むやっと、戻ってきた。
政行は、自分で戻ってきた。
それが、嬉しかった。
まあ、俺もずっと政行だけでなかったから文句は言えないが…。
それでも、やっぱり政行なんだよな。
純粋でひたむきに真っ直ぐな所。
ゴーグルを掛けると目は隠れて見えないが、一生懸命に突き進んでいく。
恐らく、狙いを定めた豹やチーター、ライオンの様な感覚なのだろう。
人を好きになり、告白してないけれど淡い恋心は破れた。
だけどね、政行。
君は人を見る目がある。相手が博人先生で良かったな。
君は鈍い面もあるが、俺としては目が離せない。
ドクターストップが掛かり、もう泳ぐ事は出来なくなった。
だけど、今度はここで一緒に店をやっていく。
嘉男は、ずっと前から聞きたかった事を政行に聞いていた。
「政行は、どういう思いでオリンピックで泳いでたんだ?」
「え…、なに急に?」
「ゴーグルを掛けてると表情は分からないのだけど…、狙いを定めた豹やチーターみたいな感じなのか?」
うーん…、と政行は呻っている。
「動物に例えられても…。ブレない。そう決めて泳いでるよ」
「え、ブレない?」
「そうだよ。あのクソユウゴにエッチされても、誰がお前に心までやるもんか。俺は嘉男さんの所に戻る。俺の気持ちはブレないからな。と、強く思っていた。
ニューヨークでもそうだった。
あの時も、心の中では絶対に日本に帰るんだ、と強く思っていた。
今回の、この件では…、さすがにへこんだけどね…。
それでも、ドクターストップが外れるのを期待して、毎日を過ごしているパースのクリニック・ボスは、30年もの間、運動してないんだって。
俺は、どうなるのだろう…。
でもね、クリニック・ボスと博人先生は話してくれたんだ。
『どんなに頑張っても、出来ない事はある。だけど、出来る事を伸ばして、レベルアップする努力はしていく。
そうしていると、出来ない事は隠れて見えなくなる』って。
それを聞いた時、俺はサガミコーチに一番最初に言われた言葉を思い出したんだ。
『成人の泳ぎは、既に固定されてるので3ストローク1ブレスを教え込む事はしない。
そのままの泳力で、如何にして目標とされてる所まで伸ばしてあげれるか。
それが一番難しい事なんだ』と」
饒舌になっている政行は、今なら言える。
そう思って、声にした。
「俺はね、今迄、泳ぐ事しかやってこなかった。
それでも、お店もやってる。
お父ちゃんは、俺の事を全部は知らない。
嘉男さん。
俺はスポーツジムを辞める。辞めます。
今の俺には、スポーツジムでの仕事は出来ない。
経理だけでもと思ったけれど無理だ。
泳ぐ羽を捥ぎ取られ、プールだけでなく経理もしようという勇気が無い。
俺は、店だけで良い…。
勝手な事を言ってるのは分かってる。
御免なさい。
もう、あそこには…。スポーツジムには、行けれない……」
涙が出ていた。
そんな政行に、嘉男は聞いていた。
これだけは聞いておきたい、知りたいという気持ちからだった。
「それでも、俺の側に居てくれるか?」
「こんな俺でも良いの…?」
「ああ、お前だから良いんだよ」
嘉男さん…。
思いっきり泣いていた。
「我儘言って…、ごめ、なさい…」
そんな泣き虫の政行を抱きしめてくれる。
「それでも店は続けるんだろう?」
「うん、続ける」
その言葉を聞き、嘉男は安心した。
「あと数日でリフォームは終わる。来月になったら買い足りない物を買いに行こう」
「ん…、メニューを増やそうかなと思ってるんだけど」
「お前一人なんだから、増やすよりメニューを変更したらどうだ?」
「そうだね。嘉男さんは何が食べたい?」
嘉男は即答してくれる。
「カレーライスは季節問わずの食い物だし」
「季節限定物があっても良いね」
「夏には鰻だな」
「鰻は高いよ」
「夏はカレーライスと鰻丼。日替わりで十分なメニューだ」
「夏ばかりだね(笑)」
はははっ…。
嘉男は笑いながら応じる。
「お手軽メニューが一番だぞ。作る方も食べる方もな」
政行は、その言葉でメニューを決めた。
「それなら、カレー屋にしよう。カレーを三品にして、定食物を一品」
「季節限定物だな」
「ねえ、何か食べたい物ある?」
即答だった。
「春は花見弁当とビール」
「お酒は駄目ですっ。あ、花見弁当かメモッとこ」
「夏は鰻とビール」
「だから、アルコールは駄目ですっ」
「秋は、食い物が一番美味い季節だからなあ…。うん、冬はおでんとビールだな」
「だから、ビールはダメッて言ってるでしょっ!あ、おでんは良いかも」
二人でメニューを考えていた。
リフォームが終わり3月に入ると、足りない物を2人で買いに行った。
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