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第二章

8.発情

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確かにシエルの言うとおりである。
ステファンとは一回だけだが身体を交えたことがあった。

ヴォルフランドに来たばかりの時に、薬草を忘れた上に、寒さのため自生していないということで入手が出来なかったからだ。
突発的に発情を起こしたためやむなくステファンに助けてもらったのであるが、その後も何ら彼の態度が変わることはなかったので、友誼として対応してくれたのだとグレンは解釈していた。
もはや恋や愛などに頓着するような年齢でもない。

ある時期から確かにシエルはステファンに対して敵対心を持っているように感じていたが、そのことに気づいていたからというのが今わかった。
でも気持ちを伴った行為でもなく、不可抗力でもあった個人的な秘め事をシエルに言及されたことには、グレンは憤慨したい気分だった。

「レンからステファンの匂いがして、僕がどれだけーー」

「そんな話したくない」

ぴしゃりとグレンは言ったが、見上げたシエルの様子はますます尋常じゃない様子になってきていた。
顔がほてりを帯びて紅潮し、しかも瞳孔が開きかけている。

「…おい、シエル!大丈夫なのか?」

声をかけた次の瞬間、シエルの顔がぐっと近づいてきた。
唇が塞がれる。
まるで噛み付くような激しさにがつんと歯がぶつかった。我に返って押し返そうとするが、べろべろと長い舌で口の中を舐め回されてしまう。
口の中は敏感で、こみ上げてきたぞくぞくした感覚にグレンは動けなくなる。

子狼の頃によくペロペロと顔を舐められ、舐められるがままにしていたことが脳裏に浮かぶ。
あの自分が育てたあの可愛くて小さい獣に、今こんなことをされていると思うとなんだかおかしいような、変に昂ぶったような気分になってきた。


・・・それで、グレンは上気している自分に気づく。

これは発情期ヒートだ。

自分も影響はないわけではないが、明らかにシエルは発情でおかしくなっている。
多分シエルはαなのだろう。
満月が近いことと、強く動揺させてしまったこと、Ω種である自分がいることで誘発してしまったのだ。

口腔を心ゆくまでに舐めて堪能したのか、シエルの舌が首とうなじを舐めおろしてゆく。

ぞっとする。

こんなことになっていることも、これが気持ちいいと思ってしまう自分も。

「シエル…シエル!やめろ」

口を解放され、グレンは懸命に制止した。
絶対後悔するやつだ。
このまま行為してしまったら、もう元の関係には戻れなくなってしまう。親子関係が破綻してしまう。最も、そう思っているのはグレンだけかもしれないが。

「…止めらないよ。すごくいい匂いがする…たまらない…」

シエルはすんすんとグレンの体の匂いをかぎながら引きずってゆく。その先には寝台がある。

シエルにはもっと若くて可愛い同族の子がお似合いだ。
若いワーウルフ族の女の子が、最近よくシエルのことを意識して見ていることを、グレンは知っていた。

「シエル、お前は勘違いしてるだけだ。それは親愛の情と発情がごっちゃになってるだけだ。だから、頭を冷やせ」  

力の限り暴れて逃れようとしたが、理性をなかば失ったシエルの力たるや、まるでリミッターが切れたようにグレンの抵抗をやすやすと阻んだ。
いきなり耳を甘噛みされ、グレンは思わず野太い叫びをあげた。
普通なら萎えるような声だろうに、シエルは全く頓着しなかった。

信じられない。

いい年をした、しかもでかくてごつい男をどうこうしようとしてるなんて笑い話にもならない。
そのまま耳中まで舐められると、まるで食われているような錯覚に陥り、シエルの狂騒にあおられたのか、自分の頭もふつふつと煮えたぎるように熱くなってくる。
おかしくなりそうだった。

「シエル、頼むから…」

もはや、グレンの声は懇願さえ帯びていたが、シエルの熱情を帯びた返事はグレンの絶望をより深めるものだった。

「--物心ついた時から決めてたんだ。レンを番にするって」

囁かれ青い目に射抜かれるように見つめられた時、ドクンと鼓動が大きく跳ね、ぶわっと体が熱くなるのを感じた。
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