桜ノ森

糸の塊゚

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深悔marine blue.

海色の記憶 Ⅲ

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 ……それからの記憶は俺には殆ど無い。ただあの場にいたクラスメイトと不良達の悲鳴と、元幼馴染の絶望したような笑い声が耳に焼き付いている。
 目が覚めた時には俺は病院のベッドの中で、両親の言い争う声で目が覚めた。
 俺が目を覚ましたのに気がついた警察の人が俺に事情を聞いて、俺は全てを包み隠さずに話した。
 俺の話を聞いた父親は「なんて事をしてくれたんだ!お前のせいで仕事が無くなったらどうする!お前はただ耐えていればよかったんだ!」と俺を殴って、母親は「どうして話してくれなかったの」と泣いた。
 警察の人によればあのいじめの主犯格の不良達と、元幼馴染も病院で入院していて、未だに意識が戻らないらしい。
 それから数週間に渡って両親と相手方の保護者との話し合いで、大事にしたくないらしい相手の希望で俺は一人、故郷から出ていくことになった。
 故郷から遠く離れたその場所は、母親が生まれ育った国で、桜の花がとても綺麗だとインターネットで調べて知った。
 あの事件以降、俺と話そうとしない両親は、俺が出ていくその日も見送りもなく、ただ一人飛行機に乗った。

 留学という体で途中入学した擂乃神学園の教師陣には、俺が起こした事件の事は伝わっていたらしく、そこから噂話として学園全体に広がっていて、俺は学園でも孤立する事になった。
 俺は数年間自分の席で窓の外を眺めるだけの学園生活を送った。勿論その間に両親から連絡は何一つ無かった。
 そんな生活に終止符を打つきっかけは高等部に上がってやってきた転入生だろう。

 「桜赤尋希と言います。よろしくお願いしますね」

 高等部に上がって変わった担任に連れられて、転入生は笑顔でそう告げた。
 担任に空いている席に座るように言われたそいつは、噂のせいで自然と避けられて空いていた俺の隣の席に座って、「よろしくお願いしますね、お隣さん」とまた笑った。
 俺はそれに対して何も返すことも無く、いつも通り窓の外を眺めてこの学園生活を過ごそうとした。
 しかし転入生は俺が返事をしないにも関わらず、俺の後を追いかけながら一人でべらべらと話し続けていた。最初の数日間は「お隣さん」と呼んでいたのがいつの間にか「奏」と名前を呼び捨てにしていた。
 ある時聞いてみた。どうして俺に付きまとうのか。俺の噂話を聞いていない訳でもなさそうなのに、と。

 「……似ている気がしたんで。似てたから……僕がもう二度と後悔しない為……ですかね」

 少し考えてからそう返した尋希の表情は相変わらず笑顔で、だけどもどこか泣きそうな顔に見えて、「誰に」なんて聞けなかった。
 そんな話をしてからは俺も尋希の話に少しずつ返事をするようにしてみた。そうしたらそれを見た他のクラスメイトも少しずつ俺に話しかけてくる頻度が多くなったと思う。尋希と言えばそんな俺を見て何故か満足そうに笑っていた。

 そして高等部の二年生の始業式。俺はスーパーで買い出しに行くことを話したら、尋希も着いてくると言うので、学園のエントランスで尋希を待っていた。その際に一人の男子生徒とぶつかってしまい、お互いに軽く謝った。
 男子生徒の連れ二人が口々に「大丈夫かい?」やら「気をつけろよ」と男子生徒に声をかけながらエレベーターのボタンを押して男子生徒を待っていた。
 そのまま男子生徒は二人を追いかけて行くのと同時に、学生寮の出入口の方から尋希がやってきて、何があったのか尋ねてくる。

 「別に。ちょっと人とぶつかった」
 「あらら。怪我はしてないですか?」
 「軽くだからしてない。相手の方も多分」

 そう言って未だエレベーターを待ちながら話している三人組を指すと、普段なら「気をつけないとですよ~。世の中少しぶつかっただけでも怖い人とかいますからね」という感じで茶化してくる尋希が、何も言わずに後ろの三人組を見て、目を見開いていた。

 「……にいさん?」
 「は?」

 急になんの話なのか分からなくて聞き直す前に、尋希は走り出した。しかし、三人組が乗ったエレベーターはそのまま扉が閉まっていった。
 尋希は舌打ちをすると、すぐさま校舎の階段の方へ駆け出して行った。
 俺は少しその場でそのまま放っておいて一人で買い出しに向かうか、尋希を追いかけるか考えて、ついため息を漏らしてエレベーターのボタンを押していた。ここで放っておいたら明日はいつも以上に尋希がうるさい気がするって理由であって、別に走り出す瞬間のいつもの余裕ぶった笑顔が消えて、後悔に歪んだ様な顔が妙に頭に焼き付いて離れないからでは無い。決して。

 屋上に着いてみれば、どんな速さで走ったのか、とっくに着いていたらしい尋希が影から三人組を見ていた。今の所気づかれては居ないようだけど、一応この学園に来てからいつの間にか使えるようになっていた幻覚の魔法を使って俺と尋希の二人を隠した。
 そのまま尋希に釣られるように俺も三人組を見てみれば、確かに一人どこか尋希と似たような顔立ちの人がいた。そしていつだったか尋希が語った俺に"似ている人"が何となくその人だと、理解した。
 理解はしたけど、俺はその人とは似ているとは思えなくて、つい「似てるとは思わないけど」と呟いて、それを聞いた尋希は目を丸くした。
 しかし何も言うことなくそのまま話をしている三人組の背後に歩き出して行った。

 その次の日からは、尋希に連れられるように、出会った先輩達と過ごすことも多くなって、学園祭の時期になる頃には五人で過ごすことはもう、日常の一つになっていた。そして、夏休みに入って、五人で海に行って、溺れて。
 体調に変化は無いものの念の為、ということで救急車に乗って病院に向かって検査の為に一日入院した夜。普段は尋希以外からの連絡以外でなる事の無い携帯の着信音が鳴って、消灯前だから出てみると、そこから聞こえた声は、数年間一度も連絡がなかった母のものだった。
 母は、久しぶり、とか元気だった?とかいう挨拶も無いまま、学園に迎えに来ることと、迎えに来る日時を一方的に伝えてきた。

 『あれからかなり時間が経ったし、奏も冷静になれたでしょう?相手の親御さんも大丈夫って言ってるから改めてお互いに謝って、また一緒に暮らしましょう』

 そう言って電話をまた一方的に切った母に、俺は何も言えなかった。

 学園に戻ってきて、職員室に呼び出された俺に、呼び出した担任は、俺の親から迎えに来る、という連絡を貰ったと言って、それに対して俺はまた何も言わずにいると、担任は「残りの学園生活、後悔のないようにしろよ」と笑いかけた。
 後悔しないように、と言われても何か心残りがある訳でもないのに、と思ったけど、妙に頭にいつも笑っている隣の席のあいつが引っかかって、その場ではわかりました、なんて言って切り抜けた。

 それから先輩達の内二人が魔法大会に出ることを聞いて、尋希も出ると聞いた時には俺も魔法大会の出場を決めていた。尋希の兄だという先輩も出場する事は当日まで知らなかったけれど、どうしてかそれにホッとした自分が居たのも事実だ。
 きっと、五人で過ごす学園生活は楽しかったんだと思う。楽しかったから、残り少ない学園生活の思い出作りとして、いつも過ごす先輩達や尋希と一緒に魔法大会に出たいと思ったんだ。

 そして、魔法大会当日。故郷に帰るまでの日にちが短くなっていくに連れて気分が憂鬱になっていくのを感じた。尋希や先輩達が心配そうに声をかけてくれるものの、何かを返す元気もないまま、大会が始まった。
 最初は影村先輩、その次に尋希。次は花咲先輩が行って、次に桜赤先輩が向かい、全員が全員割と余裕に勝利を収めてきて、最後に俺。ここで俺が負けたとしても俺のチームの勝ちは決まっているものの、行ける所まで頑張ろうと思いながら会場に出て、相手が何かを言っていた気がしたけど、気分が下がっていくにつれて痛む頭に意識がいってしまっていた。
 そのまま何も返すことも出来ずに、試合が始まり、俺は最初に考えていた通り、幻覚魔法を使って相手の視界を封じた隙にリボンを奪う為に魔法を使う前に、瞬きを一つして、次に目を開けた時には、確かに見覚えのある教室だった。
 見覚えのある教室。見覚えのある光景。目の前で幼馴染が血を流しながら、不良達と取っ組み合いになっている。
 ────心臓がうるさい。幼馴染の腕から流れる赤色から目が離せない。心臓がうるさい。あの赤色は見てはいけないものだ。心臓がうるさい。分かっているのに。心臓がうるさい。俺の目に映る昔の俺は近くに落ちた鋏を手に取った。心臓がうるさい。昔の俺はその鋏を手に取って────。

 「────ははっ」

 気づけば自然と笑いを零していた。目の前で鋏を振り回す自分と共に。

 「はは……ははははっ!お前らが悪いんだ。裏切ったお前が悪いんだよ!信じてたのに!ははははっ!」

 鋏で切りつけられた痛みに悶える不良達の悲鳴も、傍観者気取りのクラスメイトの怯えた視線も、なかなか戻ってこない幼馴染を心配してか、教室に戻ってきて、入口で動かない元凶の彼女の化け物を見るかの様な視線も、血の気の引いた顔色をしながら、何かを自分に訴えかけている元幼馴染の声も全てどうでもいい。俺はただ、その赤色をもっと見たいの一心だった。

 「────奏!」

 自分の口から漏れ出る笑い声に混じって、どこか聞き覚えのある様な、同い年にしては割と高めの声が耳に届いた瞬間。
 ぱりん、とガラスのような何かが割れる音と共に俺の身体は何かに抱えられるようにして後ろに倒れ、背中に衝撃を受ける。
 直ぐに抱える何かから逃れようともがこうとした時、首筋に何か冷たいものが触れた気がしたかと思えば、暗転した。
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