白の魔女、黒の魔女

にのみや朱乃

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魔女裁判

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 ある国を嵐が襲いました。
 石像だらけの国を激しい嵐が怒りのままに荒らしました。
 けれど、神に祈る者は居ません。なぜなら、そこに民は居ないから。

 旅人と黒の魔女は国を出ようとしていました。
 黒の魔女は言いました。白の魔女から逃げなければなりません。彼女は絶望と狂気を宿したお方。剣では絶望も狂気も断ち切ることはできません。絶望と狂気に満ちたこの国を離れれば、彼女の魔力は届かないでしょう。

 二人を嵐が襲いました。二人を引き留める錨のように、風が、雷が、雨が、二人の旅路を阻みます。
 黒の魔女は言いました。白の魔女から逃げなければなりません。
 旅人は言いました。まずはこの嵐から逃げなければなりません。
 旅人と黒の魔女は小さな教会に入りました。

 その小さな教会は、奇しくも二人の想い出の地でした。
 黒の魔女は俯きました。私は貴方に迎えられる資格がありません。私はもはや聖女に非ず、神に祈ることもありません。清廉を捨て、魔へ堕ちたこの身を、どうして貴方は愛することができましょう。
 旅人は答えに窮します。

 嵐は神を見放した小さな教会を飲み込みます。
 風が教会の扉を突き崩します。
 雷が教会の床を焼き払います。
 雨が教会の窓を叩き割ります。
 廃墟と化した教会に、嵐を従えた白の魔女が現れます。

 白の魔女は言いました。想い出溢れるこの教会で貴方の長い旅を終わらせましょう。皆等しく石となり、永遠に絶望に溺れるのです。

 旅人は石になりました。
 黒の魔女は旅人に庇われ、石になりませんでした。
 黒の魔女の拒絶と絶望の叫びが小さな教会を震わせます。その声は嵐にも負けず、鐘の音のように天高く響き渡りました。


 一羽の烏が飛んできました。
 暴風を切り裂き、轟雷を跳ね除け、豪雨を打ち払い、黒の魔女の肩に止まりました。

 烏は啼きました。
 嗚呼、魔女様。その身に宿りし裁きの炎をお忘れですか。その瞳を捧げた憎悪の炎をお忘れですか。
 彼女こそ、火刑に相応しい。魔女の炎は、貴方の手に。

 さあ、焼き尽くすのです。その怒りを以て。
 さあ、裁きを下すのです。その憎悪を以て。
 さあ、魔女を狩るのです。その絶望を向けて。

 白の魔女は蔑みました。炎など、嵐の前では無力です。
 黒の魔女は笑いました。嵐など、炎の前では無力です。
 悪しき魔女を裁く炎を、どうして消すことができましょう。
 磔となり、煤となり、永遠に絶望に溺れるのです。

 裁きの炎が白の魔女を襲います。風は炎を消せません。
 断罪の炎が白の魔女を包みます。雷は炎を消せません。
 魔女の炎が白の魔女を縛ります。雨は炎を消せません。

 白の魔女は黒の魔女に懇願しました。どうか、どうか、お赦しください。
 魔女を狩る炎はその勢いを弱めません。
 白の魔女は黒の魔女に懇願しました。愛する旅人を戻しましょう、だから、どうか、お赦しください。
 魔女を狩る炎はその勢いを強めました。

 黒の魔女は言いました。さあ、悪しき魔女よ、結審の時です。
 やがて絶望も狂気も焼かれ、魔女裁判は終わりました。

 黒の魔女は誓います。
 この身朽ちるとも、死に追われようとも、愛しき旅人を元に戻すのだと。
 黒の魔女は小さな教会を去りました。石化を解く方法を求めて。



 ある国は民の歓びに溢れていました。
 その国では、魔女の伝説が語り継がれていました。

 魔女が来る。石を砕くために、民を救うために。
 魔女に祈れ。烏を崇めよ。救いを待て。全ては魔女の思し召しなのだ。

 一羽の烏が飛んで行きました。
 その金色の瞳には、旅人に寄り添う魔女の姿が映っていました。


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