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継母を教育します
しおりを挟む母が亡くなった。
女手一つで私を育ててくれた母は、美人だったが波乱万丈の人生だった。裏町のゴロツキからお貴族様まで、様々な男性を望まずとも魅了し、逆恨みされて殺された。
私の前世でいうところのストーカー殺人だ。残念ながら、私が今生きているこの世界のこの国にはストーカーという概念はない。
ただしストーカーという概念は無かったが、慰謝料というものは存在しており、たっぷりといただいた。
いや少し違うな。
慰謝料というものは存在するが、私がもらったこのお金は慰謝料という名目の『口止め料』だ。
『母にべた惚れだったゴロツキ』が、『そこそこ大手の商家』に『痴情のもつれで息子が殺人』という醜聞を広められたくなければ残された子供に慰謝料を払ってやれと脅迫したことで入ってきたお金だからね。
さてこのお金で、とりあえず私たち親子のことを知っている人がいないところに行こうか。どこがいいかな、と目的地を考えあぐね、
旅商人らしき露天商の人たちにお勧めの土地など色々と話を聞いて回っているところで、お貴族様の使用人らしき人から声を掛けられ父親だという男の元へと連れていかれてしまった。
高級そうなレストランの個室で対面した男は「子供ができていたなんて知らなかった。母親にそっくりだが、君の瞳の色だけは我が家系の色だ」と感動し、「ずっと探していた、会わせてほしい」と期待に目を輝かせ、母は先日亡くなったと伝えたら泣いた。
その男はとある貴族で、ここから馬車で一週間くらい行ったところにある領地を治めているらしい。
この町にはさらに先にある知人を訪ねた帰りに寄ったのだという。
政略結婚で娶らざるを得ない妻がいるが愛していたのは私の母だけだったと泣き、こんなタイミングで忘れ形見の私に会えたのは運命だと言って、私を引き取り立派な淑女に育ててみせると意気込んだ。
丁重に丁重に、何度もお断りを入れたが、聞き入れてもらえず結局私は父親であるこの男の家に連れてこられてしまった。
そこで待っていたのは、笑顔を張り付けた女性と、その女性にそっくりな顔立ちで冷めた目をした私と同年代らしき少年少女の二人。
父親だという男はそれなりに整った顔をしているけれど、私の瞳の色以外には誰にも引き継がれなかったらしい。どんまい。
「この子はメリージェ。今日からお前たちの娘となり妹となる。仲良くするように」
そう言って私だけの頭を撫で、私だけの頬にキスを落として出かけて行った。
父親が出て行った扉が閉まった途端に、背中に数十の殺気がささる。
こうして、継母や使用人たちによる凄惨な虐めに耐え忍ぶ生活が始まった。
・・・・なわけがない。
なぜ耐えなければいけない?
というわけで夜です。
こっそりと部屋を抜け出し、抜き足差し足で廊下を移動し、継母の部屋の扉をノックノック
「夜分遅くにすみません、メリージェです」
「・・・・」
ノックノックノック
「メリージェです」
「・・・・」
ノックノックノックノックノックノックノ ガチャツ
「いい加減になさい、何時だと思っているの!?」
ごもっともなので、素直に謝罪。
「申し訳ございません、旦那様が不在のうちにお話しておいた方が良いかと思いまして」
継母はぐっとこぶしを握って、ぎゅっと目をつぶり、ふぅと一度深呼吸をしてから部屋に入れてくれる。怒鳴りつけたいだろうに、理性的な人だ。
部屋に通してソファに座るように勧めてくれる。手ずからお茶まで淹れてくれた。母が言っていた通り優しい方なのだろう。
「ありがとうございます・・・。ですが今ここには私しかいません。怒りを隠さなくてもいいですよ?」
ピクッと継母のこめかみが動くが何も言わない。
「世の男性が望む良妻なんてくそくらえ、ですよ。浮気した夫を許して嫋やかに微笑んでいるのが良い女とか、ふざけてるでしょ」
継母は何も言わないけれど、机の上で握られていた拳にさらに力が入ったようで、白くなってしまっている。
「私のこと、受け入れたりする必要はないです。仲良くしろとか、あの人頭腐ってるんじゃないですか?」
「・・・・・・口が過ぎます」
「すみません、心にとどめます」
そういうことじゃない、と言いたげな表情の継母。言えばいいのになんで我慢するんだろう。淑女って大変だね。
「私、ここを出ていくつもりです。ただちょっと理由があって1年くらいここに置いてもらえると助かるんですけど、どうでしょう?」
「何を・・・ばかばかしい。出て行ってどうするの?どうやって生きていくつもり?」
「母を殺した人の親からお金もらったんです。ただ、今はまだ9歳なのでその大金をそのまま持っておくしかなくて。10歳になれば商人とか職人とかに弟子入りできる様になります。そしたら組合にお金を預けることもできる様になります」
できればその1年、庶民じゃ学べないことを色々勉強させてもらえると嬉しいんだけど、そこまで厚顔にはなれない。こっそり書庫とか覗かせてもらえればそれで十分。
と思ったら、ここの領地では子供が働けるようになるのは12歳からだという。おーまいがー。
「出ていきたいというなら止めはしません。ですが12になるまではここにいなさい。引き取っておいて早々に追い出したとなれば我が家の名に傷がつきます」
矜持か情かは分からないけれど、私の事を慮る意見であることには変わりない。だけど3年も猶予はないのだ。
私はゆるりと首を横に振る。
「あの人、『父親だー』なんて言ってますけど、私の事を娘とは見ていないと思います」
「どういう意味かしら?」
生家からここに来るまでの馬車の中、私はずっと父親の膝の上にいた。初日は向かい合わせに座り、翌日は横に座り頭をなでる程度だったがそれが手を握り抱っこになり・・・
時々、偶然を装って耳やうなじを撫でられた。
「あの人は私の中に母を見ています。私は娘ではなく、性的対象です」
ヒュ、と継母が息をのむ音がした。
「1年くらいなら適当に理由をつけて逃れられますけど、3年は無理です。12になる頃には私はもっと女性らしさが増してしまうだろうし」
「あの人はそんなことは―――」
「しますよ。母を襲った人です。それよりも扱いやすい子供相手ならなおのことです」
ダンッとテーブルを叩く音が響いて、怒りを込めた目で継母が立ち上がった。
「襲った、ですって!?あの女は!あの女がそう言ったの!?ふざけないで!!あの女があの人を誘惑したのよ!」
ブルブルと震えながら継母は主張するが、そうではないのだ。母が男を誘惑することなどありえない。
継母には現実を知ってもらわねば。
「違います。母は、このお屋敷で働いている頃から旦那様のことは嫌っていました。憎んでいると言ってもいい・・・だって―――母が愛していたのはあなたです」
「・・・・・・・・は?」
母は女性が好きな女性だった。それが生来のものか、幼い頃から父親や周囲の男性から性的対象とされてきた結果かは分からないが。
そしてこの家で働き始めてすぐに夫人であるこの継母に恋をした。自分の恋敵であり、自分の愛しい人を手にしておきながら浮気を繰り返す男のことなど、憎みこそすれ、愛することなどない。
「母は、とても優しい人でした。ちゃんと愛してくれました。大きな商家の出で、教養もそれなりにあって私の教育もちゃんとしてくれました。でも・・・お酒を飲んだ時だけ、変わっちゃうんです。寝て起きたら忘れちゃってるんですけどね。母が酔ったときにいつも言われました。『お前の目が憎い』と」
目を潰されそうになったことも何度もあった。
一緒に住んでいた母の恋人が庇ってくれて、今でも目は無事だが声は届いていた。
自分を襲った男の子供を産むことに抵抗はあったが、自分の性質上この先、子ができる可能性は低いので生んだ。私の事はかわいいと思うし愛しているけど、あの男にそっくりなその目だけはどうしても受け入れられない、と。
実はもうここ3年程は母の顔はほとんど見ていない。同じ家には住んでいたし、同じ食卓を囲んで普通に会話もしていたけれど、なるべく顔を伏せるようにしていたから。
母のことを苦しめたくはなかったから。
そのすべての元凶が父親であるあの男。大っ嫌いだ。
だから私はここから逃げる。
この領地では無理でも別の領地に行けば10歳から働けるところもあるだろう。最悪、元の地に戻ればいい。
だけど。
だけど、この継母はあの男がいなければ生きていけない。
この世界しか知らず、この世界の貴族の世界しか知らず、父親に夫に息子に従う女の人生しか教えられなかった継母にはあの男が必要。
だから。
私が教えて差し上げます。
ろくでもない夫との暮らし方を。これからの1年でみっちりと。
私は前世でそうやって生きてきたから大丈夫。信頼と実績に基づいてるよ。
昭和初期に生まれた私にはそういう生き方しか選択肢がなくて、若い頃は夫や姑を脳内で何度か刺したり絞めたりしちゃったこともあったけど、それなりに楽しく生きられたから。
相手に期待をせず、これは生活と子育てに必要な動く家電だと思い込み、話を聞き流す。趣味を作りかた、人生の楽しみ方。どんとまかせて。
2階建て4LDKの家でもできたんだ。
3階建て15LLLDDDK+離れ&別荘多数のようなこの家なら余裕でしょ。
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