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第六話

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 アメリアは表情を一変させ、にっこりと微笑んだ。

「どうなさいました、皆様? 先ほどそちらの方から、婚約破棄と勘当を言い渡したのではありませんか? そのための書類はきちんと手続き致しますからね?」

 その笑顔には“必ずやり抜く”という意志が感じられる。

 男爵夫妻とロイドは大いに狼狽えた。縁が切れてアメリアが侯爵夫人となれば、会うことさえ難しくなる。早く手を打たないと、またマリアを失ってしまう。何が何でも引き留めなければいけない。嘘を吐いてでも引き留めなければ。そうしなければ、自分達はおかしくなってしまう――そして三人が叫んだ。

「アメリアアアアァッ! 我が最愛の娘よッ! お前は誰よりも素晴らしいぞッ! 勘当だなんて言葉の綾だッ! ずっと父の娘でいてくれえええぇッ!」
「そうよぉ! アメリアちゃんは私の可愛い可愛い娘よッ! これまでも、これからも、アメリアちゃんだけが娘なのよぉッ! さあ、戻ってきてぇッ!」
「ああッ! 麗しきアメリアッ! 一目見た時から、愛していたよッ! 婚約破棄は君を困らせる嘘だッ! 今すぐ、僕のことを好きだと言ってくれえええッ!」

 その叫びに、アメリアは苦笑して呟く。

「軽薄な言葉ですね。何の真実も語っていない――」

 そして彼女はマリアらしい笑みを浮かべる。
 もう手加減はしないつもりであった。

「――パパ、ママ、ロイド様! お姉様へ素直な気持ちを伝えたのね! 素敵だわ! マリアもね、マリアもね、三人に素直な気持ちを届けたい! だから、生前お姉様に伝えておいた言葉を発表するわね? うふふ、マリアの本音よ?」

 そしてアメリアはマリアとして表情を歪ませる。
 それは天使の皮を被った悪魔そのものである――

 アメリアは手始めに男爵を見た。

「ほんっとパパって最低ッ! お金には汚いし、女にはだらしないし、ついにはマリアにまで手を出そうとしたのよ? “大天使”であるマリアによ? キモい猫なで声で、“マリアぁ、今夜パパのベッドへ来なさい”ですってぇ! あんな太鼓腹と寝るくらいなら、家畜と寝た方がマシなのよ! マリアはね、マリアはね、将来は王子様と婚約して、お城で暮らすんだから! あんなパパ、死刑にするわ!」

 次に、アメリアは男爵夫人を見た。

「はぁあ、ママっていつ死ぬのかなぁ? いつまでのうのうと生きてるのかなぁ? ママって臭いし、小汚いし、ババアなのよね。しかもマリアがチクチクしたハンカチを“大天使が縫った奇跡のハンカチ”って高額で売り捌いているのよ? はぁ、どっかの犯罪者がママを殺してくれると嬉しいなぁ。マリアの親衛隊がもっと強くなったら、事故を装って殺させるわぁ。あんなママ、いらなぁい!」

 最後に、アメリアはロイドを見た。

「ぷぷっ! 見た見たぁ? ロイド様のあの顔! マリアがちょっと優しくしたら、発情期の猿みたいに顔を真っ赤にしたのよ? ロイド様って、賭けてもいいけど女を知らないわよねぇ? あの歳で童貞よ、童貞! 子爵令息だとしても、女にモテない底辺男じゃ、マリアの婚約者には向いてないわよ! だからね、存在自体が恥ずかしいロイド様はお姉様にあげるのよ? お似合いなのよ? ブッフウッ!」

 それは生前のマリアが自分へ吐いた愚痴であった。
 演じ切ったアメリアは三人に殴られるのを待っていた。

 しかし何十秒経っても、三人は無表情のまま動かない。まるで命のない蝋人形のように硬直するばかりだ。そのうち、アメリアの脳内に不思議なイメージが浮かんだ。三人の皮膚の表面がひび割れ、はらはらと崩れていく光景が思い浮かぶのだ。

「……アメリア、行こう」
「ええ、マイルズ様」

 そして二人は部屋を去った。

 屋敷を出る途中、廊下で執事ロブと会ったため、挨拶をする。ロブは陰ながらアメリアを助けてくれた恩人だった。事情を話すと彼は涙を流し、アメリア様の幸せを心から願います、いつか必ずお力になります、と誓って深くお辞儀をした。

 そしてアメリアとマイルズは屋敷を出た。
 しかし馬車に乗り込もうとした時、絶叫が聞こえた。

『……旦那様あああぁッ! 落ち着いて下さいッ!……』

 それはさっきまで会話していたロブの声だった。
 直後、ダン、ダン、ダン、ダンと四つの銃声が鳴った。

 マイルズはすぐさま従者に見に行かせ、アメリアを馬車へ避難させる。やがて従者はロブと共に戻ってきた。二人の話によると、銃を持った男爵が夫人とロイドとベラを撃ち殺し、その直後に自殺したという。

 アメリアは目の前が真っ暗になり、破滅を覚悟した。

 直接的に唆した訳ではないが、自分の発言により四人が死んだ。しかも最後の罵りは大声だったから、使用人の誰かが聞いていたはずだ。聞き取りをすれば、いずれ全てが明らかになって自分は糾弾されるだろう。そうなれば、マイルズとの結婚も破談となり、殺人犯として蔑まれるに違いない……アメリアは深い絶望に沈む。



 だが、その予想は大きく外れたのである――
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