上 下
18 / 18

第18話

しおりを挟む
 魔王は愛おし気にエイリスの髪を撫で、こう告げる。

『こいつは俺の花嫁となる女だ。今日こそ永遠の契りを結ばせてもらう――』
「ちょっと……魔王! 私はこの国の聖女なのよ!?」
『問題ないだろう? 俺はいつなんどきだってお前の元へ駆けつける。好きなだけスライア国の聖女を続けるがいい。俺は愛した女には寛容だから、どんな望みだって叶えてやろう。エイリス、愛している』
「そ、そんな……――」

 エイリスは押され気味になっていた。
 まさか魔王がそんな考えだったとは思っていなかった。
 無理矢理城に連れていかれ、監禁される――そう思っていたのだ。
 魔王の意外な一面に、エイリスの心が揺れていた。
 ふと表情が緩み、頬に朱が差す。
 そんなエイリスの表情変化をキリヤとトワイルは見逃さなかった――

「それなら僕だって、エイリスさんの望みなら何だって叶えます! だから僕のお嫁さんになって下さい!」
「このトワイル、騎士団長の肩書を捨ててでも、エイリス様に尽くします! どうか我が妻となって下さい!」
「ちょっと……!? 先に求婚していたのはわたくしですよ……!?」

 麗らかな昼下がりの中庭――場は混乱していた。
 上空から降ってきたキリヤ、禍々しい魔力を発する魔王、それに気付いた衛兵や侍女達が集まってきて、怯えつつも興味津々で成り行きを見詰めている。
 そんな中、冷笑を浮かべたレイトが威厳を持って発言した。
 
「……これはもうエイリス様に決めてもらうしかないんじゃないですか?」

 ピリッと空気が緊張するのが分かった。
 そうだ、エイリスの意見を聞いていない――男達は納得した。
 誰しもが黙り込む彼女をじっと見詰めている。

『なるほどな、エイリスの意見を聞いておこうか』
「ですね。エイリスさんは誰を選ぶんですか?」
「全てはエイリス様の判断に委ねられました」
「我が姫君、この中の誰を選ぶんです?」
「さあ、誰を伴侶に選ぶんですか?」

 エイリスは人生最大のピンチを迎えていた――
 全員の顔が頭の中で渦巻き、エイリスは眩暈を覚えた。

「あ、あの……あのう……私は……――」

 エイリスの目から、ぽろりと一筋の涙が零れた。
 それはこの状況に追い詰められたためではあったが、それだけではなかった。
 自分は今、幸せなんだという実感がたった今追いついてきていた。
 不和の蔓延るデルラ国にいたら、こんな状況は起きなかっただろう――きっと心無い王侯貴族や国民に振り回される不幸な日々を送っていた。
 平和な日々――それがあってこその現在なのだと、エイリスの心は震える。
 不意に目の前の者達に感謝が浮かんできて、彼女はさらに涙した。

『馬鹿な……何を泣いている』
「エイリスさん……ああ……泣かせてしまうなんて……――」
「エイリス様……! これで涙をお拭き下さい……!」
「我が姫君……あなた様を追い詰めてしまうなんて……!」
「失礼しました、エイリス様……! 私が悪かったのです……!」

 男達はエイリスに近寄り、一生懸命に慰める。
 しかし彼女は一層涙を流し、そして微笑んだ。

「ごめんなさい……私、こんな状況なのに、平和だなって思ってしまって……――」

 このピンチにあって、平和を実感する愚かな自分にエイリスは笑ってしまう。
 泣き笑うエイリスを見た男達は顔を見合わせ、そして口元を綻ばせた。
 それを見ていた衛兵や侍女達は一様にほっと胸を撫で下ろした。
 どうやら聖女を巡った争いは回避できたようである――

 真の聖女が住むスライア国に、平和はまだまだ続きそうだった。



――END――
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。 いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。 どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。 婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。 これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。 面倒な家族から解放されて、私幸せになります!

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

聖女ですが、大地の力を授かったので、先手を打って王族たちを国外追放したら、国がとってもスッキリしました。

冬吹せいら
恋愛
聖女のローナは、大地の怒りを鎮めるための祈りに、毎回大金がかかることについて、王族や兵士たちから、文句ばかり言われてきた。 ある日、いつものように祈りを捧げたところ、ローナの丁寧な祈りの成果により、大地の怒りが完全に静まった。そのお礼として、大地を司る者から、力を授かる。 その力を使って、ローナは、王族や兵士などのムカつく連中を国から追い出し……。スッキリ綺麗にすることを誓った。

【完結】お前の妹と婚約破棄する!と言われても困ります。本人に言ってください

堀 和三盆
恋愛
「カメリア・アイオーラ伯爵令嬢! 悪いがお前の妹との婚約は破棄させてもらうっ!!」  王家主催の夜会が始まるや否や、王太子殿下が私に向かいそう宣言した。ざわめく会場。人々の好奇の視線が私に突き刺さる。  そして私は思う。 (ああ……またなの。いい加減、本人に言ってくれないかしら)  妹は魅了のスキル持ち。婚約者達は本人を目の前にすると言えないからって姉である私に婚約破棄を言ってくる。  誠実さが足りないんじゃないですか? 本人に言ってください。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

大好きな第一王子様、私の正体を知りたいですか? 本当に知りたいんですか?

サイコちゃん
恋愛
第一王子クライドは聖女アレクサンドラに婚約破棄を言い渡す。すると彼女はお腹にあなたの子がいると訴えた。しかしクライドは彼女と寝た覚えはない。狂言だと断じて、妹のカサンドラとの婚約を告げた。ショックを受けたアレクサンドラは消えてしまい、そのまま行方知れずとなる。その頃、クライドは我が儘なカサンドラを重たく感じていた。やがて新しい聖女レイラと恋に落ちた彼はカサンドラと別れることにする。その時、カサンドラが言った。「私……あなたに隠していたことがあるの……! 実は私の正体は……――」

処理中です...