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第8話
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「ほう……これは……――」
デルラ国の大司祭である老人は高揚の吐息を漏らした。
手にしているのは聖女が祈りに使う十字架――あまりに聖力が強い。
冷や汗を垂らしつつ十字架を矯めつ眇めつする大司祭を眺めているのは国王だ。
大司祭が溜息を洩らし、国王に尋ねる。
「これが、エイリスの使用した十字架か……?」
「ああ、護衛が言うには祈っているようには見えなかったそうだ」
「力を抜いておったか……。なのに、この強き聖力……恐ろしい……」
エイリスが去ってから三日――デルラ国は乱れ始めていた。
結界が消失したためリネットが新たに張り直したのだが、飛行系モンスターの侵入が相次いでいるのだ。
これまでエイリスはドーム状の結界を展開してきた。
それはモンスターとこの国を害する存在のみを防ぐ、見えない壁である。
しかしリネットが展開した結界とは、言わば高い塀――
それを越えることができる有翼のモンスターや飛行能力を持ったモンスターは易々と結界を越えてきていた。
エイリスは有能だった――この事実がようやく知れ渡ったのだ。
「真の聖女を逃がすとは……馬鹿なことをするわい……。この十字架に宿った聖力、あまりにも純粋で、気高く、そして美しい……。結界しか張れないというのは間違いなく嘘じゃな……」
「何だと? エイリスは力を隠していたのか? 消えたのも計画の上でか?」
「知らぬ……。聖女を守るはずのお主が、ぬかった所為じゃろう……」
「チッ……! 今すぐ捜索隊を出すぞ……!」
その頃、バイロン王子は苛立っていた。
おかしい、絶対におかしい。
エイリスは無能な平民女のはずだ!
ではなぜ力比べの後、護衛も自分達も眠ってしまったのだろうか。
ようやく目覚めた頃にはすでに王宮で、国王に激しく叱られた。
まさかエイリスが聖魔法を使ったのか?
それとも、忌々しいコーディが魔法使いだったというのか?
いや、その可能性は有り得ない。
どちらにしろSランク冒険者に適うはずないのだ――
「くっ……エイリスの奴、俺に恥をかかせやがって……――」
飛行系モンスターが侵入してきている今、エイリスを見つけ出せとの声が多い。
しかも彼女がいなくなった原因は王子にあると主張する者がほとんどだ。
あの平民女、どこまで俺に迷惑をかけるんだ、と王子は歯噛みする。
「おうじさまぁ! おうじさまぁ! どこぉ?」
その時、背後から甘ったるい声が響いた。
チッ……うるさいのが来た……。
王子は逃げようとするが、すぐさま背中を抱きすくめられた。
彼を抱き締めているのはリネット――しかしその目には狂気が宿っている。
「つーかまえーたぁ! ねえっ、ねえっ! あそびましょう!」
「う、うるさいリネット……! 俺は仕事があるんだ……!」
「どうしてぇ? あ、エイリスと遊ぶ気でしょう?」
「何を言っているんだ……! あいつは行方不明だ……!」
「え? でもそこにいるよ?」
「なっ……!?」
王子はリネットが指差した方向を見た。
しかしそこには中庭が広がっているばかりだ。
「いないだろうが……! 適当なことを言うな……!」
「えええぇ! うそうそぉ! そこにいるよぉ!」
「……うるせぇッ!」
王子はリネットを突き飛ばすと、逃げるように立ち去った。
始めは可愛い女だと思った――
本気で妻として娶ろうと思っていた――
だが、もうあいつは駄目だ!
王子とリネットの出会いは王宮で開かれたパーティだった。
子爵の娘が聖女の力に目覚めたという噂で持ちきりだったので、王子は会ってみることにしたのだが、どの力もトリックがバレバレのペテンだとすぐに見抜いた。
しかしリネット自身があまりに愛らしく、つい手を出してしまったのだ。
そして彼女が本物の聖力を発揮したのはその直後だった。
「エイリスは消え、リネットは気が触れてる……! クソッ……!」
聖女エイリスが消えたのも、新聖女リネットが狂ったのも、何もかもバイロン王子の責任――それが世間の言い分だった。
王子はやり場のない怒りを内に秘め、ひとり王宮を歩き回るのだった。
デルラ国の大司祭である老人は高揚の吐息を漏らした。
手にしているのは聖女が祈りに使う十字架――あまりに聖力が強い。
冷や汗を垂らしつつ十字架を矯めつ眇めつする大司祭を眺めているのは国王だ。
大司祭が溜息を洩らし、国王に尋ねる。
「これが、エイリスの使用した十字架か……?」
「ああ、護衛が言うには祈っているようには見えなかったそうだ」
「力を抜いておったか……。なのに、この強き聖力……恐ろしい……」
エイリスが去ってから三日――デルラ国は乱れ始めていた。
結界が消失したためリネットが新たに張り直したのだが、飛行系モンスターの侵入が相次いでいるのだ。
これまでエイリスはドーム状の結界を展開してきた。
それはモンスターとこの国を害する存在のみを防ぐ、見えない壁である。
しかしリネットが展開した結界とは、言わば高い塀――
それを越えることができる有翼のモンスターや飛行能力を持ったモンスターは易々と結界を越えてきていた。
エイリスは有能だった――この事実がようやく知れ渡ったのだ。
「真の聖女を逃がすとは……馬鹿なことをするわい……。この十字架に宿った聖力、あまりにも純粋で、気高く、そして美しい……。結界しか張れないというのは間違いなく嘘じゃな……」
「何だと? エイリスは力を隠していたのか? 消えたのも計画の上でか?」
「知らぬ……。聖女を守るはずのお主が、ぬかった所為じゃろう……」
「チッ……! 今すぐ捜索隊を出すぞ……!」
その頃、バイロン王子は苛立っていた。
おかしい、絶対におかしい。
エイリスは無能な平民女のはずだ!
ではなぜ力比べの後、護衛も自分達も眠ってしまったのだろうか。
ようやく目覚めた頃にはすでに王宮で、国王に激しく叱られた。
まさかエイリスが聖魔法を使ったのか?
それとも、忌々しいコーディが魔法使いだったというのか?
いや、その可能性は有り得ない。
どちらにしろSランク冒険者に適うはずないのだ――
「くっ……エイリスの奴、俺に恥をかかせやがって……――」
飛行系モンスターが侵入してきている今、エイリスを見つけ出せとの声が多い。
しかも彼女がいなくなった原因は王子にあると主張する者がほとんどだ。
あの平民女、どこまで俺に迷惑をかけるんだ、と王子は歯噛みする。
「おうじさまぁ! おうじさまぁ! どこぉ?」
その時、背後から甘ったるい声が響いた。
チッ……うるさいのが来た……。
王子は逃げようとするが、すぐさま背中を抱きすくめられた。
彼を抱き締めているのはリネット――しかしその目には狂気が宿っている。
「つーかまえーたぁ! ねえっ、ねえっ! あそびましょう!」
「う、うるさいリネット……! 俺は仕事があるんだ……!」
「どうしてぇ? あ、エイリスと遊ぶ気でしょう?」
「何を言っているんだ……! あいつは行方不明だ……!」
「え? でもそこにいるよ?」
「なっ……!?」
王子はリネットが指差した方向を見た。
しかしそこには中庭が広がっているばかりだ。
「いないだろうが……! 適当なことを言うな……!」
「えええぇ! うそうそぉ! そこにいるよぉ!」
「……うるせぇッ!」
王子はリネットを突き飛ばすと、逃げるように立ち去った。
始めは可愛い女だと思った――
本気で妻として娶ろうと思っていた――
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そして彼女が本物の聖力を発揮したのはその直後だった。
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聖女エイリスが消えたのも、新聖女リネットが狂ったのも、何もかもバイロン王子の責任――それが世間の言い分だった。
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