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第11話 クラリッサ視点
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公爵家に戻ってから三ヶ月後――
美しい日差しの降り注ぐ午後のことです。私とサイラス様はユクル公爵家の庭で、お茶をしていました。ケーキを口にしたサイラス様に、そっと尋ねます。
「サイラス様、ケーキの味はいかがですか?」
「とても美味しいよ。君はお姫様のケーキで、僕は王子様のケーキだね」
「お気に召して頂けて、嬉しいです。私が料理長に頼んで、作ってもらったのですよ」
お母様と教育係のお陰で、私は礼儀作法を少しずつ覚えてきました。言葉遣いも、食事のマナーも、礼儀作法も……そのうち完璧にマスターするつもりです。
「ふふふ、本当に美味しいよ。クラリッサが頼んでくれたケーキだなんて嬉しいな。それに、言葉遣いも、食事の仕方も、随分上達したね?」
「本当ですか……? 同じ年代の令嬢達と比べても、問題ないでしょうか……?」
「ああ、問題ないよ。これかからは、僕と一緒に色んな場所へ行こう」
「は……はい! 喜んで!」
八年間、サイラス様は私を失った悲しみから、引き籠っていたそうです。公の場にも姿を現すこともなく、貴族ですら彼の顔を忘れるほどでした。でもこれからは違います。私はサイラス様と共に、貴族社会で生きていくのです。
「ねえ、クラリッサ」
「はい? 何でしょう?」
ザアアアァァァ……と風が木々を揺らしていきます。しかしサイラス様は強風に気を取られることなく、私を見詰めながら言いました。
「僕は、君が好きだ」
その言葉に、心臓がドクンと跳ねます。
「ずっと好きだったけど、この三ヶ月で自分の気持ちに変わりないことが確認できた。成人したら、結婚したいと思っている。君は、僕の婚約者であり続けてくれるかい? 正直な気持ちを聞かせてくれないか?」
私の頬が熱くなります。こんなに素敵な方に愛されるなんて、しかも結婚してほしいとはっきり言われるなんて、頭が真っ白になってしまいます。
「嬉しいです……とても嬉しいです……。でも……私はまだ十二歳ですし……結婚はよく分からないです……。それに……結婚した後、子供を作るのは怖いし……」
「何だって? なぜ子供を作るのが怖いの?」
私は泣きそうになりながら、フィリップに赤ちゃんの作り方を聞かされて怖かったのだと白状しました。するとサイラス様は目を見張り、俯いてしまいました。
「あの塵芥以下の不要物めが……よくも純粋無垢なクラリッサにトラウマを植え付けてくれたな……絶対に許さない……今からこの僕が直々に殺して……――」
「サ、サイラス様? どうなさったのですか?」
「ううん、何でもないよ」
サイラス様はいつもの綺麗な笑顔を浮かべます。ああ、良かった。怒っているのかと思いました。
「そう言えば、ハリオット伯爵とフィリップはどうなったのですか……? 二人共、貴族院の裁判にかけられたのですか……?」
「そのことは、クラリッサはまだ知らなくていいんだよ。でもあいつらはもう二度と、君に手出しできなくなった。だから安心してね?」
「はい……」
するとサイラス様は立ち上がって、私のすぐ傍まで来ました。そして私の耳に唇を近付けると、優しく囁いたのです。
「クラリッサ、聞いてくれる? 赤ちゃんはね、清らかな行為からできるんだよ? フィリップが言っていたのは、ほとんど間違いなんだ。だから、君がもう少し大人になってから、僕が教え直してもいいかな?」
それを聞いた私は、嬉しさのあまり席を立ってしまいました。
「ほ、本当ですか……? やっぱりそうだったのですね……?」
「そうだよ。だから子供を作ることを怖いなんて思わなくていいんだよ。でも産むのはとても大変だと思うけど――」
「きっと平気です……! 産む時は苦しいけど、赤ちゃんを見たらとても嬉しくなると女中のおばさんに教わりましたから……! 私、サイラス様と結婚します……! 私も記憶の中の王子様が大好きだったのです……!」
その途端、サイラス様は表情を歪ませて、私を抱き締めました。その体は小刻みに震えていて、どうやら泣きじゃくっているようでした。
「サイラス様……?」
「良かった……クラリッサが戻ってきてくれて……本当に良かった……とてもとても怖かったんだ……君が酷い目に遭っているんじゃないかって……もう戻ってこないんじゃないかって……ずっとひとりで泣いていたんだ……――」
その涙声を聞いているうちに、私も泣き出してしまいました。私も、サイラス様に会いたかったのです。お父様とお母様に会いたかったのです。死刑と言われた時には、幸せな記憶の中に飛び込んで、消えてしまいたいと思ったくらいです。
でもそれは終わりました――
「泣かないで、サイラス様。もう大丈夫……大丈夫なのですよ」
私は彼みたいに綺麗に微笑めません。でも精一杯、笑ってみせます。
「サイラス様とお父様が裁判を無効にしてくれたから、皆が守ってくれたから、私はもう何も怖くありません。サイラス様は不幸なクララを、幸せなクラリッサに戻してくれたのですよ?」
するとサイラス様は目を丸くして、泣きながら笑いました。
そして私達は涙を拭くと、幸せだった記憶と同じように手を繋いだのです。もう二度と離れないように。ずっと一緒にいるために。
―END―
美しい日差しの降り注ぐ午後のことです。私とサイラス様はユクル公爵家の庭で、お茶をしていました。ケーキを口にしたサイラス様に、そっと尋ねます。
「サイラス様、ケーキの味はいかがですか?」
「とても美味しいよ。君はお姫様のケーキで、僕は王子様のケーキだね」
「お気に召して頂けて、嬉しいです。私が料理長に頼んで、作ってもらったのですよ」
お母様と教育係のお陰で、私は礼儀作法を少しずつ覚えてきました。言葉遣いも、食事のマナーも、礼儀作法も……そのうち完璧にマスターするつもりです。
「ふふふ、本当に美味しいよ。クラリッサが頼んでくれたケーキだなんて嬉しいな。それに、言葉遣いも、食事の仕方も、随分上達したね?」
「本当ですか……? 同じ年代の令嬢達と比べても、問題ないでしょうか……?」
「ああ、問題ないよ。これかからは、僕と一緒に色んな場所へ行こう」
「は……はい! 喜んで!」
八年間、サイラス様は私を失った悲しみから、引き籠っていたそうです。公の場にも姿を現すこともなく、貴族ですら彼の顔を忘れるほどでした。でもこれからは違います。私はサイラス様と共に、貴族社会で生きていくのです。
「ねえ、クラリッサ」
「はい? 何でしょう?」
ザアアアァァァ……と風が木々を揺らしていきます。しかしサイラス様は強風に気を取られることなく、私を見詰めながら言いました。
「僕は、君が好きだ」
その言葉に、心臓がドクンと跳ねます。
「ずっと好きだったけど、この三ヶ月で自分の気持ちに変わりないことが確認できた。成人したら、結婚したいと思っている。君は、僕の婚約者であり続けてくれるかい? 正直な気持ちを聞かせてくれないか?」
私の頬が熱くなります。こんなに素敵な方に愛されるなんて、しかも結婚してほしいとはっきり言われるなんて、頭が真っ白になってしまいます。
「嬉しいです……とても嬉しいです……。でも……私はまだ十二歳ですし……結婚はよく分からないです……。それに……結婚した後、子供を作るのは怖いし……」
「何だって? なぜ子供を作るのが怖いの?」
私は泣きそうになりながら、フィリップに赤ちゃんの作り方を聞かされて怖かったのだと白状しました。するとサイラス様は目を見張り、俯いてしまいました。
「あの塵芥以下の不要物めが……よくも純粋無垢なクラリッサにトラウマを植え付けてくれたな……絶対に許さない……今からこの僕が直々に殺して……――」
「サ、サイラス様? どうなさったのですか?」
「ううん、何でもないよ」
サイラス様はいつもの綺麗な笑顔を浮かべます。ああ、良かった。怒っているのかと思いました。
「そう言えば、ハリオット伯爵とフィリップはどうなったのですか……? 二人共、貴族院の裁判にかけられたのですか……?」
「そのことは、クラリッサはまだ知らなくていいんだよ。でもあいつらはもう二度と、君に手出しできなくなった。だから安心してね?」
「はい……」
するとサイラス様は立ち上がって、私のすぐ傍まで来ました。そして私の耳に唇を近付けると、優しく囁いたのです。
「クラリッサ、聞いてくれる? 赤ちゃんはね、清らかな行為からできるんだよ? フィリップが言っていたのは、ほとんど間違いなんだ。だから、君がもう少し大人になってから、僕が教え直してもいいかな?」
それを聞いた私は、嬉しさのあまり席を立ってしまいました。
「ほ、本当ですか……? やっぱりそうだったのですね……?」
「そうだよ。だから子供を作ることを怖いなんて思わなくていいんだよ。でも産むのはとても大変だと思うけど――」
「きっと平気です……! 産む時は苦しいけど、赤ちゃんを見たらとても嬉しくなると女中のおばさんに教わりましたから……! 私、サイラス様と結婚します……! 私も記憶の中の王子様が大好きだったのです……!」
その途端、サイラス様は表情を歪ませて、私を抱き締めました。その体は小刻みに震えていて、どうやら泣きじゃくっているようでした。
「サイラス様……?」
「良かった……クラリッサが戻ってきてくれて……本当に良かった……とてもとても怖かったんだ……君が酷い目に遭っているんじゃないかって……もう戻ってこないんじゃないかって……ずっとひとりで泣いていたんだ……――」
その涙声を聞いているうちに、私も泣き出してしまいました。私も、サイラス様に会いたかったのです。お父様とお母様に会いたかったのです。死刑と言われた時には、幸せな記憶の中に飛び込んで、消えてしまいたいと思ったくらいです。
でもそれは終わりました――
「泣かないで、サイラス様。もう大丈夫……大丈夫なのですよ」
私は彼みたいに綺麗に微笑めません。でも精一杯、笑ってみせます。
「サイラス様とお父様が裁判を無効にしてくれたから、皆が守ってくれたから、私はもう何も怖くありません。サイラス様は不幸なクララを、幸せなクラリッサに戻してくれたのですよ?」
するとサイラス様は目を丸くして、泣きながら笑いました。
そして私達は涙を拭くと、幸せだった記憶と同じように手を繋いだのです。もう二度と離れないように。ずっと一緒にいるために。
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