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第6話
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「あれ? もしかして図星かな? しかも手術跡を汚いだなんて、デリカシーがまるでないね。君は手術がどれほど恐ろしくて、危険なものか知らないのかい? そもそも頭が足りてない君だから、手術の存在すら知らなかったんじゃない? それなのにうっかり罵ってしまい後悔してる……そんなところだろう?」
オスニエルは何も言えずに顔を赤くしている。
やはり図星なのかしら……とパトリシアは思った。
「それで君はパトリシが処女かもしれないと思い直し、すり寄るつもりになった。だから仕事にまで付いてきて見苦しい嫉妬を見せたんだね。はあぁ、処女かどうかで女性を判断する男って最低だね。その上、手の平返しだ。最低の中の最低過ぎるよ。まっとうな男なら潔く謝まるのに、それすらしていない様子だし……そろそろ離婚を切り出されるんじゃない? 覚悟しておいたら?」
「うっ……うぅ……うるさいうるさいうるさいッ! 俺は帰るぞッ!」
オスニエルはわなわなと肩を震わせ、部屋を出た。
取り残されたパトリシアはおろおろと辺りを見渡す。
「さて、邪魔者はいなくなったね。処置を続けてくれ」
「は、はい……サディアス様……」
パトリシアは指示通り薬を塗りながら考えた。さっきの夫への罵りを聞いた時、はっきり言って気持ちが晴れた。自分の言いたいことを何倍にもして言ってもらったような心地である。サディアスにお礼を言うべきか、それとも黙っているべきか……彼女が迷っていると相手が口を開いた。
「まさかさっきの悪口のお礼を言うつもりじゃないだろうね?」
「えっ……!? そ、そんな……!?」
「図星かな。淑女は罵りに対してお礼なんて言っちゃ駄目だよ」
「は、はい……! 言いません……!」
パトリシアが頷くと、サディアスは目を見開き、そして笑った。
「ふふふ、君はおかしな子だね。あ、夫人だっけ?」
可笑しそうに笑い続けるサディアスをパトリシアは眺める。この強気の公爵令息はなぜ手術を恐れているのだろう。彼ほど肝の座った人ならば、簡単に手術を受けるような気がする。きっと何か理由があるのだ――彼女は尋ねた。
「あのう、サディアス様……。どうして手術を拒んでいるのですか……?」
その問いにサディアスは笑みを消し、深い溜息を吐いた。
「手術は絶対死なない訳じゃない。君も知っているだろう?」
「そうですが……サディアス様の場合は百パーセント成功すると……」
「それは医者の嘘だ。母上の時だって、医者はそう言っていた」
「母上……? 公爵夫人が手術をお受けになったのですか……?」
そう問うと、サディアスは自嘲的に笑った。
「ああ、母上は医者の嘘を真に受けて、手術を受けた! そうして帰らぬ人となったんだ! 最後に母上が言った言葉は何だと思う!? “これで私は助かるのね、魔道医療に感謝しなきゃ”だったんだよ!? でも彼女はその所為で亡くなった!」
「そ、それは最近の話しですか……?」
「いいや、三年前の話しさ! でも僕の中では……――」
そう言ってサディアスは項垂れた。その体からは負のオーラが立ち昇り、パトリシアは言葉を発せない。やがて“出ていってくれ”と言う呟きが聞こえ、彼女は一礼して退席した。やがて馬車で待っていたオスニエルと無言のまま帰宅をした。
それから、オスニエルは浮気を始めた――
女の香水の匂いをさせ、わざと首筋にキスマークを付けて帰宅する。パトリシアにその愛人のことを自慢げに語ったことさえある。そして両親がいない夜には、必ず愛人を家に呼んで嬌声を上げさせていた。
「なあ、パトリシアァ? お前は一体いつ愛人を作るんだぁ?」
オスニエルの粘っこい笑みが目に焼き付いて離れない。
パトリシアは徐々に追い詰められていった。
オスニエルは何も言えずに顔を赤くしている。
やはり図星なのかしら……とパトリシアは思った。
「それで君はパトリシが処女かもしれないと思い直し、すり寄るつもりになった。だから仕事にまで付いてきて見苦しい嫉妬を見せたんだね。はあぁ、処女かどうかで女性を判断する男って最低だね。その上、手の平返しだ。最低の中の最低過ぎるよ。まっとうな男なら潔く謝まるのに、それすらしていない様子だし……そろそろ離婚を切り出されるんじゃない? 覚悟しておいたら?」
「うっ……うぅ……うるさいうるさいうるさいッ! 俺は帰るぞッ!」
オスニエルはわなわなと肩を震わせ、部屋を出た。
取り残されたパトリシアはおろおろと辺りを見渡す。
「さて、邪魔者はいなくなったね。処置を続けてくれ」
「は、はい……サディアス様……」
パトリシアは指示通り薬を塗りながら考えた。さっきの夫への罵りを聞いた時、はっきり言って気持ちが晴れた。自分の言いたいことを何倍にもして言ってもらったような心地である。サディアスにお礼を言うべきか、それとも黙っているべきか……彼女が迷っていると相手が口を開いた。
「まさかさっきの悪口のお礼を言うつもりじゃないだろうね?」
「えっ……!? そ、そんな……!?」
「図星かな。淑女は罵りに対してお礼なんて言っちゃ駄目だよ」
「は、はい……! 言いません……!」
パトリシアが頷くと、サディアスは目を見開き、そして笑った。
「ふふふ、君はおかしな子だね。あ、夫人だっけ?」
可笑しそうに笑い続けるサディアスをパトリシアは眺める。この強気の公爵令息はなぜ手術を恐れているのだろう。彼ほど肝の座った人ならば、簡単に手術を受けるような気がする。きっと何か理由があるのだ――彼女は尋ねた。
「あのう、サディアス様……。どうして手術を拒んでいるのですか……?」
その問いにサディアスは笑みを消し、深い溜息を吐いた。
「手術は絶対死なない訳じゃない。君も知っているだろう?」
「そうですが……サディアス様の場合は百パーセント成功すると……」
「それは医者の嘘だ。母上の時だって、医者はそう言っていた」
「母上……? 公爵夫人が手術をお受けになったのですか……?」
そう問うと、サディアスは自嘲的に笑った。
「ああ、母上は医者の嘘を真に受けて、手術を受けた! そうして帰らぬ人となったんだ! 最後に母上が言った言葉は何だと思う!? “これで私は助かるのね、魔道医療に感謝しなきゃ”だったんだよ!? でも彼女はその所為で亡くなった!」
「そ、それは最近の話しですか……?」
「いいや、三年前の話しさ! でも僕の中では……――」
そう言ってサディアスは項垂れた。その体からは負のオーラが立ち昇り、パトリシアは言葉を発せない。やがて“出ていってくれ”と言う呟きが聞こえ、彼女は一礼して退席した。やがて馬車で待っていたオスニエルと無言のまま帰宅をした。
それから、オスニエルは浮気を始めた――
女の香水の匂いをさせ、わざと首筋にキスマークを付けて帰宅する。パトリシアにその愛人のことを自慢げに語ったことさえある。そして両親がいない夜には、必ず愛人を家に呼んで嬌声を上げさせていた。
「なあ、パトリシアァ? お前は一体いつ愛人を作るんだぁ?」
オスニエルの粘っこい笑みが目に焼き付いて離れない。
パトリシアは徐々に追い詰められていった。
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