3 / 10
第3話
しおりを挟む
「聖女アナベル、よくぞ我が国へ来てくれた! 心から歓迎しよう――」
そう言って両手を広げたのは美しき王子ファースだった。
流れるような金糸の如き髪、野性的な魅力を放つ褐色の肌、吸い込まれるようなエメラルドの瞳……彼は妹のイザベルが好きそうな飛び切りの美青年だった。一方、アナベルはその手に抱かれるべきなのか、それとも逃げるべきなのか、どちらとも決められずに狼狽えていた。するとファースはクスクスと笑って、手を降ろした。
「素直に抱かれても可愛かっただろうし、狼狽えている今も可愛いよ?」
「えっ……えっ……あのう……――」
「ふふ、落ち着くがいい。アナベル、僕は君を玩具にするつもりは全くない。ここまで売られてきた経緯も全て知っている。そんな君を大切な客人として扱うと誓おう」
「そ、それは本当ですか……?」
「本当だとも。信じてくれ」
ファースは忠誠を誓う騎士の如くアナベル手に口づけた。
そして再び動揺し始めた彼女を椅子に座らせると、テーブル一杯の料理と果物を勧めた。娼館に囚われていた間、ろくな食事がもらえなかった彼女はその恵みに感謝し、有難く頂戴しながら話しを聞いていた。
「我が国は今、途轍もない発展を遂げている。正直、前時代的なアナベルの祖国とは縁を切りたいと思っているのだ。しかしあの国には聖女という興味深い存在がいる――そのため、国交を維持していたがそれもう終わりだ。だって真の聖女はもう手に入れたのだからね?」
「私が聖女だと知っているのですね……?」
「ああ、あの国には我が国のスパイがいくらでもいる。分からないことはほとんどない。君の妹が性悪のペテン師だってこともね?」
その言葉にアナベルは果物を喉に詰まらせそうになった。そんな彼女に黒髪の美青年サレクが水を勧めてくれる。サレクとは娼館でアナベルを競り落とし、ここまで連れて来てくれたあの美青年だった。
「サ、サレクさん……ありがとうございます……」
「いいえ、聖女様。礼には及びません」
そんなやり取りをする二人をファースはにこにこと見詰めていた。
そして急に思い付いたように身を乗り出すと、こう言ったのだ。
「そうだ、アナベル! 聖女の力を見せてくれないか?」
「はい、勿論です、ファース様。どの力をお見せしましょうか」
「それでは、擦り傷を負ったというサレクに治癒をかけてくれるか?」
ファースは座っているサレクの足首を指差した。よく見てみると、確かに赤い擦り傷ができている。もしかして男に殴りかかられた時、怪我をしたのだろうか。言ってくれればすぐに治したのに――
「聖女様の手を煩わせる訳には……」
「サレク、遠慮するな。僕が見たいんだ」
「かしこまりました、ファース様。それでは聖女様、お願い致します」
そしてアナベルはサレクの足首に治癒をかけた。
すると赤かった足首はみるみるうちに白肌へ戻っていった。
「素晴らしい……! 跡形もなく消えたよ……!」
「このくらいは朝飯前です。力を溜めておけば、欠損も治せます」
「何だって……!? 隣国はこんな素晴らしい聖女を手放したのか……!?」
「祖国では聖女の力はペテンだと言われていましたから……――」
アナベルの言葉に、ファースは信じられないという顔を見せた。
そしてサレクは立ち上がると、丁寧なお辞儀をした。
「ありがとうございました、聖女様」
「い、いいえ……! とんでもないです……!」
サレクは世話役として、このハーレムで高い地位にいるという。娼館で見た時は恐ろしい男だと思ったが、改めて見ると礼儀正しくて優しい人物だ。しかしハーレムの世話役と言うことは、彼は宦官のはずである――つまり男性自身を失っているという訳だ。アナベルがそのことを痛ましく感じていると、ファースが見透かしたかのように言った。
「アナベル、ここにいるハーレムの世話役に宦官はいないんだよ」
「えっ……!? そうなんですか……!?」
「僕はね、ハーレムの女や世話役の男に重たい枷を嵌めるのは嫌いなんだ。勿論、浮気は表向き禁止しているけど、中には世話役と子供を作ってハーレムを出ていく女もいる。だからサレクが好きなら、誘ってもいいんだよ?」
「そ、そんな……誘うなんて……――」
サレクが少しだけ頬を染めている――そう見えたのはアナベルの目の錯覚だったのだろうか。彼はすぐさま顔色を戻すと、深々とお辞儀をして仕事へ戻っていった。残されたアナベルはファースに請われるまま聖女の力を発揮するのだった。
そう言って両手を広げたのは美しき王子ファースだった。
流れるような金糸の如き髪、野性的な魅力を放つ褐色の肌、吸い込まれるようなエメラルドの瞳……彼は妹のイザベルが好きそうな飛び切りの美青年だった。一方、アナベルはその手に抱かれるべきなのか、それとも逃げるべきなのか、どちらとも決められずに狼狽えていた。するとファースはクスクスと笑って、手を降ろした。
「素直に抱かれても可愛かっただろうし、狼狽えている今も可愛いよ?」
「えっ……えっ……あのう……――」
「ふふ、落ち着くがいい。アナベル、僕は君を玩具にするつもりは全くない。ここまで売られてきた経緯も全て知っている。そんな君を大切な客人として扱うと誓おう」
「そ、それは本当ですか……?」
「本当だとも。信じてくれ」
ファースは忠誠を誓う騎士の如くアナベル手に口づけた。
そして再び動揺し始めた彼女を椅子に座らせると、テーブル一杯の料理と果物を勧めた。娼館に囚われていた間、ろくな食事がもらえなかった彼女はその恵みに感謝し、有難く頂戴しながら話しを聞いていた。
「我が国は今、途轍もない発展を遂げている。正直、前時代的なアナベルの祖国とは縁を切りたいと思っているのだ。しかしあの国には聖女という興味深い存在がいる――そのため、国交を維持していたがそれもう終わりだ。だって真の聖女はもう手に入れたのだからね?」
「私が聖女だと知っているのですね……?」
「ああ、あの国には我が国のスパイがいくらでもいる。分からないことはほとんどない。君の妹が性悪のペテン師だってこともね?」
その言葉にアナベルは果物を喉に詰まらせそうになった。そんな彼女に黒髪の美青年サレクが水を勧めてくれる。サレクとは娼館でアナベルを競り落とし、ここまで連れて来てくれたあの美青年だった。
「サ、サレクさん……ありがとうございます……」
「いいえ、聖女様。礼には及びません」
そんなやり取りをする二人をファースはにこにこと見詰めていた。
そして急に思い付いたように身を乗り出すと、こう言ったのだ。
「そうだ、アナベル! 聖女の力を見せてくれないか?」
「はい、勿論です、ファース様。どの力をお見せしましょうか」
「それでは、擦り傷を負ったというサレクに治癒をかけてくれるか?」
ファースは座っているサレクの足首を指差した。よく見てみると、確かに赤い擦り傷ができている。もしかして男に殴りかかられた時、怪我をしたのだろうか。言ってくれればすぐに治したのに――
「聖女様の手を煩わせる訳には……」
「サレク、遠慮するな。僕が見たいんだ」
「かしこまりました、ファース様。それでは聖女様、お願い致します」
そしてアナベルはサレクの足首に治癒をかけた。
すると赤かった足首はみるみるうちに白肌へ戻っていった。
「素晴らしい……! 跡形もなく消えたよ……!」
「このくらいは朝飯前です。力を溜めておけば、欠損も治せます」
「何だって……!? 隣国はこんな素晴らしい聖女を手放したのか……!?」
「祖国では聖女の力はペテンだと言われていましたから……――」
アナベルの言葉に、ファースは信じられないという顔を見せた。
そしてサレクは立ち上がると、丁寧なお辞儀をした。
「ありがとうございました、聖女様」
「い、いいえ……! とんでもないです……!」
サレクは世話役として、このハーレムで高い地位にいるという。娼館で見た時は恐ろしい男だと思ったが、改めて見ると礼儀正しくて優しい人物だ。しかしハーレムの世話役と言うことは、彼は宦官のはずである――つまり男性自身を失っているという訳だ。アナベルがそのことを痛ましく感じていると、ファースが見透かしたかのように言った。
「アナベル、ここにいるハーレムの世話役に宦官はいないんだよ」
「えっ……!? そうなんですか……!?」
「僕はね、ハーレムの女や世話役の男に重たい枷を嵌めるのは嫌いなんだ。勿論、浮気は表向き禁止しているけど、中には世話役と子供を作ってハーレムを出ていく女もいる。だからサレクが好きなら、誘ってもいいんだよ?」
「そ、そんな……誘うなんて……――」
サレクが少しだけ頬を染めている――そう見えたのはアナベルの目の錯覚だったのだろうか。彼はすぐさま顔色を戻すと、深々とお辞儀をして仕事へ戻っていった。残されたアナベルはファースに請われるまま聖女の力を発揮するのだった。
21
お気に入りに追加
3,370
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる
みねバイヤーン
恋愛
「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす」謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。
「異議あり!」ジョセフィーヌは間髪を入れず意義を唱え、証言を述べる。
「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」
「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」
追放された元聖女ジョセフィーヌはさっさと王都に戻って、魚屋で働いてる。そんな中、聖女コレットがルーカス殿下の子を身ごもったという噂が。王国の結界を守るため、元聖女たちは立ち上がった。
あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。
「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。
聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。
※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
捨てられた私が聖女だったようですね 今さら婚約を申し込まれても、お断りです
木嶋隆太
恋愛
聖女の力を持つ人間は、その凄まじい魔法の力で国の繁栄の手助けを行う。その聖女には、聖女候補の中から一人だけが選ばれる。私もそんな聖女候補だったが、唯一のスラム出身だったため、婚約関係にあった王子にもたいそう嫌われていた。他の聖女候補にいじめられながらも、必死に生き抜いた。そして、聖女の儀式の日。王子がもっとも愛していた女、王子目線で最有力候補だったジャネットは聖女じゃなかった。そして、聖女になったのは私だった。聖女の力を手に入れた私はこれまでの聖女同様国のために……働くわけがないでしょう! 今さら、優しくしたって無駄。私はこの聖女の力で、自由に生きるんだから!
四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?
青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。
二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。
三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。
四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。
聖女は寿命を削って王子を救ったのに、もう用なしと追い出されて幸せを掴む!
naturalsoft
恋愛
読者の方からの要望で、こんな小説が読みたいと言われて書きました。
サラッと読める短編小説です。
人々に癒しの奇跡を与える事のできる者を聖女と呼んだ。
しかし、聖女の力は諸刃の剣だった。
それは、自分の寿命を削って他者を癒す力だったのだ。
故に、聖女は力を使うのを拒み続けたが、国の王子が難病に掛かった事によって事態は急変するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる