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第1話
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“幸運を運ぶ手芸品を作った<謎の天才手芸家>は名乗り出よ。証拠となる手芸品を持ち、ビルンナ小国の宮廷を訪れるがいい。虚偽の申し出をした者は厳しく罰する”
この御触れが出てから、一週間後のことでした。私は公爵令嬢モニカ様が主催した手芸会に、付き合いで参加していました。黙々と針を動かしていると、モニカ様の取り巻きのひとりが口を開きました。
「ねぇ、訊いてもよろしいかしら? 謎の天才手芸家の正体は、モニカ様ではないのですか? あれほどの作品を作れる手芸家は、モニカ様しかいませんわ」
「私もそう思っていたところです」
「私も同じ考えですわ」
するとモニカ様は嬉しそうに微笑み、答えました。
「――ええ、実は私が天才手芸家なのよ」
それを聞いた途端、私は縫っていた人形を落してしまいました。しかしモニカ様に注目が集まっていたため、私の動揺に気付く者はいません。
「まあ! やはりそうでしたのね! でもなぜ隠していたのですか? 孤児院や治療院に手芸品を送ることは慈善行為なのですから、名を明かせばよかったのに」
「公爵令嬢の私が名を明かしたら、恐縮されるでしょう? 平民にも気軽に受け取ってもらいたくて、匿名で送っていたのよ」
いえ、違います。私は目立つのが嫌いなのです。だから匿名だったのです。
「モニカ様はお優しいのですね。それにしても、孤児院へ送った熊のぬいぐるみは、子供達の喘息を止める奇跡を起こしたそうですね? やはり魔法ですか?」
「魔法だなんて大袈裟ね。私は孤児のことを思って祈りを込めただけよ」
いえ、違います。私は意図的に【喘息止め】の加護をぬいぐるみへ付与しました。
「祈りで奇跡を起こすなんて、聖女のようですわ! 宮廷に飾られている女神のタペストリーはまだ奇跡を起こしていませんが、それにも祈りを込められたのですか?」
「あれに祈りは込めてないわ。宮廷人に芸術を知ってもらいたくて送ったの」
いえ、違います。私はタペストリーに【思慮深さ】の加護を付与し、議事堂へ飾るよう手紙で指示しました。しかし国王が宮廷の隅に飾ったので、効果を発揮していないだけなのです。
それはそうとして……こんなにも嘘が吐けるだなんて、逆に尊敬してしまいます。モニカ様というお方は、嘘を吐いていないと死んでしまうのでしょうか。
「素晴らしいですわ! 憧れのモニカ様が、天才手芸家だったなんて! このことを国王陛下が知ったら、喜ばれるに違いありませんわよ!」
「あら? 国王陛下はすでにご存知よ?」
そこで私は人形を縫う手を止め、モニカ様に尋ねました。
「モニカ様、証拠品を持って宮廷へ申し出たのですか?」
「その通りよ。ええと、あなたは伯爵の……誰でしたかしら?」
「ヴィオラと申します。それで、国王陛下はお認めになられたのですか?」
「勿論よ。近々、国中へ発表するそうよ」
私は驚愕のあまり目を丸くしました。加護のない手芸品が、しかもモニカ様のような未熟な作り手の手芸品が、私の手芸品と同一であると認められた……――
信じられません。信じたくありません。少しだけ気が遠くなりました。
「――お嬢様、隣国ネッシーレからの使者が面会を求めております」
その時、公爵家の執事が来客を告げました。モニカ様はしばらく執事と話し込み、その使者を部屋へ通すよう指示します。
そして数分後、思わず息を飲むような美青年が現れました。銀から青へと色を変える美髪、銀細工のような冷たい瞳、彫像を思わせる顔立ち……その美しさは彼の誇り高さから生まれている、そんな印象を受けるほど凛とした男性でした。
「まぁ……何て綺麗なお方……」
「素敵だわ……お近付きになりたい……」
令嬢達が熱視線を送りますが、美青年は微動だにしません。やがて一礼すると、彼は口を開きました。
「折角の手芸会を中断させてしまい、申し訳ありません。私は隣国より遣わされたスカウトマンのエヴァンと申します。本日は、このビルンナ小国の天才手芸家を我が国へスカウトするためにやってきました」
すると令嬢達は一斉にモニカ様を見ました。彼女はうっとりとした眼差しでエヴァン様を見詰めています。
「まあ、私を迎えに来てくれたの? 隣国ネッシーレはとても栄えている国だから、あなた次第では行ってあげても……」
しかしエヴァン様はモニカ様を無視して、こちらへ歩いてきました。そして恭しく足元に跪くと、私を見上げて断言したのです。
「天才手芸家はあなたですね。伯爵ヴィオラ・コフィ様――」
その発言に、手芸会に参加していた全員が凍り付きました。
この御触れが出てから、一週間後のことでした。私は公爵令嬢モニカ様が主催した手芸会に、付き合いで参加していました。黙々と針を動かしていると、モニカ様の取り巻きのひとりが口を開きました。
「ねぇ、訊いてもよろしいかしら? 謎の天才手芸家の正体は、モニカ様ではないのですか? あれほどの作品を作れる手芸家は、モニカ様しかいませんわ」
「私もそう思っていたところです」
「私も同じ考えですわ」
するとモニカ様は嬉しそうに微笑み、答えました。
「――ええ、実は私が天才手芸家なのよ」
それを聞いた途端、私は縫っていた人形を落してしまいました。しかしモニカ様に注目が集まっていたため、私の動揺に気付く者はいません。
「まあ! やはりそうでしたのね! でもなぜ隠していたのですか? 孤児院や治療院に手芸品を送ることは慈善行為なのですから、名を明かせばよかったのに」
「公爵令嬢の私が名を明かしたら、恐縮されるでしょう? 平民にも気軽に受け取ってもらいたくて、匿名で送っていたのよ」
いえ、違います。私は目立つのが嫌いなのです。だから匿名だったのです。
「モニカ様はお優しいのですね。それにしても、孤児院へ送った熊のぬいぐるみは、子供達の喘息を止める奇跡を起こしたそうですね? やはり魔法ですか?」
「魔法だなんて大袈裟ね。私は孤児のことを思って祈りを込めただけよ」
いえ、違います。私は意図的に【喘息止め】の加護をぬいぐるみへ付与しました。
「祈りで奇跡を起こすなんて、聖女のようですわ! 宮廷に飾られている女神のタペストリーはまだ奇跡を起こしていませんが、それにも祈りを込められたのですか?」
「あれに祈りは込めてないわ。宮廷人に芸術を知ってもらいたくて送ったの」
いえ、違います。私はタペストリーに【思慮深さ】の加護を付与し、議事堂へ飾るよう手紙で指示しました。しかし国王が宮廷の隅に飾ったので、効果を発揮していないだけなのです。
それはそうとして……こんなにも嘘が吐けるだなんて、逆に尊敬してしまいます。モニカ様というお方は、嘘を吐いていないと死んでしまうのでしょうか。
「素晴らしいですわ! 憧れのモニカ様が、天才手芸家だったなんて! このことを国王陛下が知ったら、喜ばれるに違いありませんわよ!」
「あら? 国王陛下はすでにご存知よ?」
そこで私は人形を縫う手を止め、モニカ様に尋ねました。
「モニカ様、証拠品を持って宮廷へ申し出たのですか?」
「その通りよ。ええと、あなたは伯爵の……誰でしたかしら?」
「ヴィオラと申します。それで、国王陛下はお認めになられたのですか?」
「勿論よ。近々、国中へ発表するそうよ」
私は驚愕のあまり目を丸くしました。加護のない手芸品が、しかもモニカ様のような未熟な作り手の手芸品が、私の手芸品と同一であると認められた……――
信じられません。信じたくありません。少しだけ気が遠くなりました。
「――お嬢様、隣国ネッシーレからの使者が面会を求めております」
その時、公爵家の執事が来客を告げました。モニカ様はしばらく執事と話し込み、その使者を部屋へ通すよう指示します。
そして数分後、思わず息を飲むような美青年が現れました。銀から青へと色を変える美髪、銀細工のような冷たい瞳、彫像を思わせる顔立ち……その美しさは彼の誇り高さから生まれている、そんな印象を受けるほど凛とした男性でした。
「まぁ……何て綺麗なお方……」
「素敵だわ……お近付きになりたい……」
令嬢達が熱視線を送りますが、美青年は微動だにしません。やがて一礼すると、彼は口を開きました。
「折角の手芸会を中断させてしまい、申し訳ありません。私は隣国より遣わされたスカウトマンのエヴァンと申します。本日は、このビルンナ小国の天才手芸家を我が国へスカウトするためにやってきました」
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「まあ、私を迎えに来てくれたの? 隣国ネッシーレはとても栄えている国だから、あなた次第では行ってあげても……」
しかしエヴァン様はモニカ様を無視して、こちらへ歩いてきました。そして恭しく足元に跪くと、私を見上げて断言したのです。
「天才手芸家はあなたですね。伯爵ヴィオラ・コフィ様――」
その発言に、手芸会に参加していた全員が凍り付きました。
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