新・風の勇者伝説

彼方

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第二部 四章 各々の想い

水上国ウォルバド

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 クランプ大森林を西に抜けたエビル達は目的地へ到着した。
 水上国ウォルバド。元は水上都市であり、クランプ帝国の領土だったためウォルバドの領土は他国と比べて狭い。クランプ大森林のごく一部と水上都市のみが水上国ウォルバドの領土である。

 水上国というだけあり都市は海上に存在していた。
 浅瀬に柱を突き刺し、その柱を支えとして木製の橋や家が作られている。
 橋と橋、家と家の間には青い海が見える。都市全体を上から見れば、大きな蜘蛛の巣のような形をしているだろう。

「ここがウォルバドか……」

 アスライフ大陸を旅していた時にエビルが訪れなかった場所の一つ。
 サミットで出会ったウィレインやアズライ、ストロウが元気か気になる。

「アタシ達も初めて来るわね。噂には聞いていたけど本当に海の上なんだ」

「綺麗ですけど足場が怖いですね。板を足が突き抜けたりしなければいいのですが」

 クレイアが「足場、不安」と呟くとエビルの頭上まで跳ぶ。
 彼女が何をするつもりなのか理解したエビルは、落ちてきた彼女をしっかり担ぐ。俗に言う肩車だ。完全に体重を預けてくる彼女は薄い笑みを浮かべていた。

「あああああ! ずるいわよクレイア下りなさい!」

「そうです、ずるいです! そんなにエビル様と密着するなんて!」

「私だけ、特等席」

「……えっと、二人共そんなに僕の肩に乗りたいの?」

 どうもレミとリンシャンが先日からおかしい。
 否、明確におかしくなったのはリンシャンだ。

 クレイアが体を寄せてくると、リンシャンは引き離そうとしていたのだが先日から違う。引き離さないレミ同様羨ましがるだけである。クレイアが意地でも離れないのを知って諦めた可能性もあるが、先日からの違和感は消えない。

「エビル、確かウォルバドで手に入れるのは濃塩鶏のうえんにわとりだったな。観光がてら肉屋へ行くか? いや、まさか捌かれる前の個体を丸ごと入手しろという意味か? もう少し詳しく聞くべきだったかもしれないな」

 ロイズの言う通り目当ては濃塩鶏。
 鶏肉を買うにしても部位はメモに記載されていないし、五羽と記載されているからおそらく丸ごとだ。収納袋には命ある物は入らないので、持って帰るとしたら非常に大変だろう。そもそも基本部位ごとに切り分けて売られる鳥を入手するのも困難だ。

「たぶん鶏を丸ごと持って帰れってことだと思う」

「どうやってだ?」

「……抱いて持って帰るとか」

「途中で逃げられそうだな。コミュバードでギルドマスターに指示を仰ぐか」

 鶏をそのまま持って旅をしたら絶対逃げられてしまう。
 殺してしまうと鮮度が落ちるし、船に辿り着くまでに腐る。

 最初からアスライフ大陸の地図頼りで来るなと言われるかもしれないが、世界地図は大陸の位置が書いてあるだけの地図。大陸のどの位置にどの町があるのかは分からない。ウォルバドに来たことがないエビル達では、アスライフ大陸の地図頼りに進むしかなかった。

 どうやって運ぶかエビルが考えていると、リンシャンが「あ」と声を上げる。

「コミュバードといえばギルド本部でとある噂を耳にしましたよ。郵便局が新たに、荷物を運送するサービスを開始したそうです。運ぶのはコミュバードなので、軽い荷物しか運べないらしいですけど」

「本当? じゃあ濃塩鶏を手に入れられたらギルド本部に送ってもらおう。良かったあ、きっとミヤマさんは運送サービスありきで考えたんだろうね。これで運搬の問題は解決。あとは手に入れるだけだ」

 さすがに運送サービスなしの予定だったとは信じたくない。
 持ち運びの話は纏まったので、次はどう手に入れるかだ。
 捌かれていない鶏がいるとしたら養鶏場だろう。

 エビル達は都市を観光しつつ養鶏場を目指す。
 ウォルバドではノルドと同じように漁業を行っていて、海鮮食材が主に売り出されている。真珠もよく取れるようで真珠の装飾品も売られていた。しかし残念ながら武具防具は欠乏していた。ウォルバドでは神官が兵士の役割もこなしており、武具防具は全て女王や神官の手に渡っている。戦うべき人間以外武器を持たなくていいという女王の言葉により、店は撤去されたのだ。

 観光して楽しみながら町を歩いていると見知った人物を発見する。
 眼鏡を掛けた筋骨隆々の女性だ。水色の長髪は整えられておらず、美容には全く気を遣っていないことが窺える。おまけに姿勢が猫背の彼女は大きな戦斧を背負っていた。
 彼女こそ水上国ウォルバドの女王、ウィレイン・ウォッタパルナである。

「ん? おっ、勇者サマじゃねえか懐かしいな!」

「お久し振りですウィレインさん。ご壮健そうけんのようで何よりです」

「はっはっは、やっとアタシの国に足を運んだってわけか。ソラの妹も来てくれて嬉しいぜ」

「んん? 姉様とウィレインさん親しかったっけ?」

「手紙でよく連絡取り合う仲さ。この前はアランバートで飯ご馳走してもらったよ」

 クランプ帝国で開かれたサミットで関わったのを随分昔に感じる。
 実際長旅をしているし、長い時間が過ぎれば色々変わってくる。

「エビル、レミ、知り合いなのか?」

「ああ紹介するよ。こちらウォルバドの女王、ウィレインさん」

「女王……? 事実か?」

「豪快な方ですね。聖国の王様とは雰囲気が全然違います」

 ウィレインの口調や性格は王とは思えない程に豪快。
 初見だと彼女が王だとは信じ難いだろう。素直なリンシャンは受け入れているが、ロイズは疑惑の目を向けている。最初から興味を持っていないクレイアは無反応だ。

「今日は観光かい?」

「それもありますけど、お使いを頼まれていまして。この国にいる濃塩鶏という鳥が欲しいんです」

「濃塩鶏を?」

「はい、五羽欲しいんです。……生きている状態で」

 ウィレインは「はあ?」と驚いた声を出す。
 普通生きた鳥を買おうとしているなんて思わない。そもそも買えるか分からない。女王に断られたらきっぱり諦めて、捌かれた肉を運送サービスで送ろうとエビルは考える。

「ぷっ、はっはっは! まさか丸々鶏を持って行くつもりとは、勇者サマの頼み事は随分と豪快だね! ああいいよ、勇者サマにはこの大陸を救ってくれた恩義がある。肉屋には売ってねえ貴重な鳥だが売ってやろうじゃないか」

 肉屋に売っていない話にエビル達は驚いたが売ってくれるならありがたい。
 貴重な鶏が簡単に手に入りそうなので自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとうございます。いくらですか?」

「一羽二十万カシェとして、五羽で百万カシェってところかね」

「……へ? 百万カシェ、ですか?」

 値段を聞いてすぐに笑みは消えた。
 現在の所持金は八万カシェと少し。一羽分すら足りない。

 決して金に苦労しているわけではない。実はギルドに依頼された魔物討伐を道中で達成して報酬を得ているのだ。ミヤマからの手紙で依頼を確認して、達成を手紙で報告したら報酬が貰える仕組み。因みに金銭はコミュバードが咥えてくる手紙に入れられている。

 八万カシェもあれば一年以上は宿に泊まれるし、食費に困ることもない。
 旅するには十分すぎる額なので濃塩鶏の額が異常なのだ。
 どんなに頑張って金を稼いでも五羽買うのに何年もかかってしまう。

「高すぎるわよウィレインさん。たかが鶏でしょ?」

「こんなことを頼みたくはないが値下げしてくれないだろうか」

「……まあ、さっきも言ったが勇者サマは大陸を救った男。魔信教を潰してくれた恩もある。濃塩鶏を五羽、タダで譲ってもアタシとしちゃあ構わねえ。……が、条件がある」

 条件付きといえど、百万カシェがタダになるのは嬉しい。
 余程の無理難題でなければ快く引き受けようとエビル達は思う。

「タダで譲る代わりに魔物討伐を引き受けてほしいんだよ。最近近くの島に大型の魔物が住み着いちまってな。討伐隊を向かわせたんだが、返り討ちにあって帰ってきやがった。次は確実に仕留めたいから手を貸してくれ。魔物を討伐出来たら濃塩鶏を譲ろうじゃねえか」

「なーんだ、楽な条件じゃない」
「ん。楽」
「困っているなら見過ごせませんね」
「強い魔物との戦いは特訓になるだろう。私達には丁度いい」

「魔物を倒せばいいんですね。分かりました。引き受けます」

 提示された条件はエビル達にとって普段からやっていること。
 例え条件にされなくても、相談されればやっていたこと。
 断る理由は何もない。魔物討伐で濃塩鶏をタダにしてくれるなら寧ろありがたい。
 気楽に引き受けたエビル達を見て、ウィレインは「即答か」と笑った。


 * * *


 太陽光に照らされる小さな無人島。
 ウォルバドの南西に位置するそこにエビル達はやって来ていた。

 無人島に来たのは魔物討伐のためであり、ウォルバドの神官十名と女王ウィレインも同行している。一度討伐隊が返り討ちになっているのに神官の数は少ない。ウィレインはそれについて念のための人材と告げていた。つまりメインで討伐を行うのはエビル達で、他の者は補助的な役割ということだ。

 砂浜に立つエビルは現在の状況に疑問を抱いている。
 なぜか男神官七名含めた男性陣が砂浜に待たされ、女性陣は小規模の森の中に移動したのだ。炎天下の中ジッと砂浜で待つなど人間には厳しいだろう。額からの汗を布で拭う神官達が「エビル様、暑くないのですか?」と訊いてくる。

「僕は大丈夫ですけど、皆さんは暑いですよね。水飲みますか?」

「いえ、我々も飲み物を持参しておりますので」

 体が悪魔であるエビルは大して苦に思わないし、白いマフラーも首に巻いたままだ。信じられない様子の神官達の反応も理解出来る。見ているだけで暑くなる服装をしているのは神官達に申し訳なく思う。

「エビル様。なぜ我々がこの猛暑の中、静かに女性達を待っているのか分かりますか? 海水でも浴びて涼んだ方が得だとお思いでしょうが、これには理由があるのです。あなたもきっと待った甲斐があったとお喜びになるでしょう」

 神官達が砂浜で大人しく待つ理由には全く見当が付かない。
 生地が薄い神官服を着ていても、いずれは暑さに参ってしまうはずだ。既に目眩を起こしてふらついたり、膝を付いた者がいるというのに彼らは移動しない。ひたすら何かを待ち望んでその場に留まっている。

 一方、女性陣が入った森からは強い羞恥の風が吹いていた。
 何をしているのか気になるがエビルは待つよう言われた身。
 下手に追いかけたら何を言われるか分からない。

「……何をしているんだろう。大丈夫かなレミ達」

 先程から少しの怒り、それを掻き消しそうな強い羞恥の風しか森から吹いてこない。他の感情が風として流れてこないのはおそらく羞恥の風が強すぎるため。端的に言って異常事態だ。見に行きたい気持ちが強まって足を一歩踏み出すと、男神官達から厳しい視線が飛ぶ。

「――おっ待たせええええ!」

 やっと森から女性陣の内一人が勢いよく出て来た。
 絹糸のように滑らかな桃色の長髪。垂れ目と猫のような口。体とのバランスが悪いと思わせる程大きな乳房。身軽な動きで跳ねながらやって来た彼女はウォルバドの神官、アズライである。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 アズライを目にした男神官達が興奮と歓喜の声を上げた。
 叫んだ理由をエビルは理解している。アズライの服装だ。

 無人島に到着した時は白と桃色の神官服姿だったのに、今視界に映る彼女は破廉恥すぎる服装をしている。局部と尻、胸部の前面だけしか隠されていない。下着姿同然で肌の露出が異様に多い。
 あまりに刺激の強い服装の彼女を見たエビルの顔が熱くなる。

「な、なんて恰好しているんですかアズライさん!? 痴女ですか!?」

「うっふーん。失礼しちゃうなあエビルくーん。これは水着。海や川で泳ぎやすいよう作られた衣服なんだよー。濡れてもいい服ってこーと。純情な君にはちょおっと刺激強いかもしれないけど、もう女性陣はみーんな水着に着替えたよーん」

「えっ、みんな!? レミ達もそんな恰好に!?」

 驚愕するエビルに後ろから男神官達が水着について説明してくれた。
 水着はウォルバドで作られたわけではなく、ギルドマスターのミヤマが作り流行らせた物。今まで海や川で泳ぐ際、下着だと濡れた体に張り付いて気持ち悪いし着替えが面倒。裸で泳ごうとすれば誰かに見られる可能性がある。つまりストレスなく海や川を泳ぐことが難しい時代。

 そこで昔ミヤマが水に濡れてもいい水泳専門服を作り出し、世に広めたのである。アスライフ大陸には普及が遅れたが今では全国に広まりつつあった。最初こそ戸惑いはあったものの、今や水着ブームが到来している。

「……皆さん、待っていたものってまさか」

「ええ、女性達の水着姿ですとも。素晴らしい光景でしょうエビル様」

「素晴らしいって……邪な目で見るための服じゃないでしょうに」

 世界中に水着が普及しているため服装は責められない。
 見るからに露出が多い破廉恥な服が一般的なんて俄には信じ難い。
 しかし、海でのまともな服装だと言われてしまえば受け入れるしかない。

「あっ、来たみたいだよ。仲間の美少女四人が」

「みんなが!? だ、ダメだ、心の準備がまだ!」

 動揺し続けているエビルの視界に女性四人が現れた。
 森から砂浜に歩いて来た彼女達の服は……やはり水着。

 レミはアズライと同じような三角ビキニタイプ。
 クレイアは上が二人と同じだが、下はミニスカートタイプ。
 リンシャンは白く清楚なワンピースタイプ。
 ロイズは上がタンクトップ、下はスカートタイプ。

 男神官達が再び「うおおおおおお!」と叫ぶ。
 破廉恥だとか言って慌てる前にエビルは言葉を失う。
 四人に見蕩れて何も言えなかった。顔を赤くしたまま視線は釘付けだ。

「お待たせして申し訳ありませんエビル様。レミさんがあまりにも恥ずかしがるもので時間が掛かりました。恥ずかしがっていたくせに大胆な水着を選んで……。水着を知らないのには驚きましたけど、同じく知らなかったクレイアちゃんはすぐ着替えたのに」

「しょ、しょうがないでしょ! だってこんなの下着同然じゃない!」

「……ならどうして三角ビキニにしたんですか」

「それは、その、一般的な水着だってアンタが言ったから……」

 一般的。今、エビルは自分の耳を疑った。
 女性として絶対隠すべき場所だけを隠しただけの水着が、一般的。
 この世界が本当に自分の生きてきた世界なのかすら疑問に思ってしまう。

 本当にレミの水着が一般的だとするなら、いったい自分はどんな狭い世界で生きてきたというのか。アスライフ大陸出身だからというのはもう言い訳にならない。エビルだけが今、常識の変化に取り残されている。

「エビル、私達の姿を見て言うことはないのか?」

 そうロイズから言われてエビルはショックから立ち直る。

「あ、ああごめん。四人共すっごく綺麗だよ」
「ほんと!?」
「ありがとうございます、嬉しいです!」

 褒め言葉を送ればレミとリンシャンは笑顔になって喜んだ。
 催促したに近いロイズは二人を見て、微笑ましいものを見る顔をしていた。意味を理解していないのか無反応なクレイアとは違い、一応ロイズも内心嬉しく思っている。

「――おおどうだあ? 勇者サマ、仲間の女達の水着姿は」

 最後に森から出て来たのはウィレインと女神官二人。
 女神官は三角ビキニを着用しているがウィレインは違う。
 三角ビキニより少ない布地で露出がさらに多い。肌をアピールしていると見せかけて本当にアピールしているのは筋肉だ。男から見ても逞しく分厚い筋肉を惜しみなく披露している。

「う、うおおおおおおおおえええええええ」

 男神官七人が全員口を押さえて四つん這いになった。

「大丈夫ですか皆さん! リンシャン、すぐ回復を!」

 リンシャンが「はい!」と返事して駆け寄るが、男神官達は手で制する。

「いいんだ、直に治る。我々は女王様みたいな女性の裸を見ると、気分が悪くなるんだ。筋肉だか脂肪だか判別の付かない胸。割れた腹筋。我々より遥かに太く逞しい手足。まるで男性が女性用水着を着ているかのようで……」

「おいおい、失礼すぎだぞお前等。クビにすんぞ」

 仮にも女王に対しての発言とは思えない。
 侮辱全開の言葉を聞いた女王が普通なら処罰しているところだ。しかしウィレインは呆れているだけであり、男神官達も大事おおごとにはならないと確信していた様子。まるで日頃から軽口を叩き合う友人同士のようだ。

 他の女王、ソラなどと比べてウィレインは気品が足りない。
 その代わり、誰にでも親しく接するフレンドリーさがある。
 女王でも神官でも誰でも平等に扱う。
 ウォルバドという国の良さは立場や家柄での差別がないことだろう。

「はあ、勇者サマ、その馬鹿共と水着に着替えてきな。森に用意してある」

「え? 僕は遠慮しておきます。人前で半裸になりたくないですし」

 水着に着替えるのは単純に恥ずかしい……というのは建前。
 羞恥心があるのは事実だが真の理由は出血を防ぐため。

 衣服を着ていなければ枝や石で擦りむくかもしれない。
 何かしらの攻撃で皮一枚裂けるかもしれない。
 過剰だと自分でも思うが少しでも出血の可能性は下げたいのだ。
 魔物と同じ色の血を見られることだけは阻止しなければならないのである。

 バトオナ族の集落で起きたような悲劇はもう起こしたくない。
 たとえ勇者と呼び信頼してくれている相手でも、エビルの体が悪魔だと認知すればどうなるだろうか。受け入れてくれるのか、拒絶されるのか、実際に見せて試すには何も恐れない勇気がいる。

 最悪の未来の可能性を防ぐ安全策は出血しないことだ。
 今のところ人間と違うのが一目見て分かるのは血液のみ。
 人前で出血さえしなければ悪魔だとバレることは絶対にない。

 ただそう思えば思う程、誰かに正体がバレることが怖くなる。
 脱衣する時は周囲に誰もいない場所でも警戒してしまい、神経を磨り減らす。

「ちょっとエビル! アタシだって恥ずかしいのよ!?」

「落ち着けよソラの妹。なーんか訳ありっぽいし強制出来ねえさ」

「せっかく用意してくれたのに申し訳ありません」

 納得はしてくれたが、服を脱ぐのすら恐れる心を見透かされたようだ。
 さすがは女王の地位に就く者というべきか洞察力に優れている。

 男神官七名は着替えるために森へと入り、エビルは着替えず砂浜に待機。
 海へ入るつもりはないので遊ぶなら砂浜になりそうだ。
 そこまで考えて疑問が一つ。

「……あのウィレインさん。これから魔物を討伐するんですよね? 水着に着替えたのは何かの作戦ですか?」

「は、何言ってんだ。たまには海で遊びたいからに決まってんだろ」

 エビルは「遊びたい!?」と驚く。
 女王の立場にあり、わざわざ神官を率いてきた彼女が遊びたいだけ。

 驚きはあるが考えてみれば納得だ。水着を着たから何か起こるわけでもあるまいし、神官達も戦闘前とは思えない程に緊張感がない。魔物の話をされた時に嘘の風は吹かなかったので、魔物に困っているのは本当だろう。

「討伐は後回しってことですか」

「そういうこった。こういう時でも楽しむのが大事なんだぜ」

「……ああ、何となく分かります」

 旅も、何もかも、この世では楽しんだもん勝ち。
 楽しむ心を忘れないことは生きる者として重要なこと。

「つーわけだから勇者サマも楽しんで行けや。仲間と仲良くヤりな」

 ウィレインは「泳ごうぜお前達」と言って女神官二人と海へ飛び込む。
 女王なんてお堅い立場にありながら彼女は誰よりも楽しんでいそうだ。
 レミとリンシャンも既に海に入っており、潜水したり水を掛け合ったりしている。僅かな壁があるように感じた先日までと違い親友のようだ。二人に何があったかは気になるが良いことだろう。

「楽しそうだな」

 遊ぶ女性達をエビルが眺めていると隣にロイズが歩いて来た。
 タンクトップを着ているせいで、普段の服装では見えない胸の谷間が強調されている。リンシャンのような巨乳ではないが、体とのバランスを崩さない程度に大きめだ。歩く度に軽く揺れていた乳房に視線がいき、すぐ海へと逸らす。

「う、うん、いい息抜きになるんじゃないかな」

「君は海へ入らなくていいのか?」

「服が濡れると重くなるし遠慮しとく。ロイズこそいいの?」

「言われたから水着に着替えたが、彼女達に交ざるつもりはない。魔物がいつ襲って来るのか分からないんだ。レミ達はともかく神官達には呆れるよ。己の武器を手放すなど、襲ってくださいと言っているようなものではないか」

 ロイズの言うことも一理ある。
 秘術で戦える秘術使いと違い、ウィレインや神官達が今襲われたら素手で戦う羽目になってしまう。武器は木の下に放置されているため取りに行かなければならない。最初から不利な状態だ。手強い魔物相手だと死に繋がる。

「だから槍を持っているの?」

「おかしくはないだろう? 私達の目的は魔物の討伐なのだから」

 砂浜に二人で立っているとクレイアが小さな歩幅で寄って来た。
 無表情の彼女は両手いっぱいに砂を持って見せつける。

「これ、何? さらさら」

「何って砂じゃないですか。……あ、見たことないのか」

「そうか、ミナライフ大陸は地面が綺麗で石すら落ちていなかったか」

 砂は岩や鉱物の欠片が粉々になったもの。
 色々な種類はあるがエビルもそこまで詳しくない。
 一応知っている範囲で説明したものの、クレイアが分かる言葉で話すのは難しかった。あまり伝わった感じはしないが、石の欠片程度の認識はしてくれただろう。

「砂、理解」

「山の秘術なら操れるかもしれないですね」

「挑戦」

 クレイアが砂に意識を集中させると砂浜の砂が動き出す。
 大量の砂が流れるように一箇所へ集まって、人型を作る。
 作られた人型はマテンだ。サンドアートの域で精巧に再現されている。

「成功。ママ、再現」
「おお、凄い!」
「芸術品のようだな」

 クレイアの意識が砂から外れた時、一瞬で砂像が崩れた。
 立派な砂像が砂山になってしまったため彼女から悲しみの風が吹く。

「ママ、死んだ」

「……そうだ。クレイア、今から私の言うことに挑戦してみないか?」

 ロイズの助言を聞いた彼女は再びマテンの砂像を作成。
 今度は彼女の意識が外れても崩れない。マテン像は立ち続けている。

「成功」

「まさかあっさり出来るとは。思いつきだったのだが」

 助言は単純。砂が崩れるなら、砂を固めれば崩れない。
 砂は元々が岩や鉱物。大地の一部だから山の秘術で操作出来るわけだが、ただ動かすだけが秘術ではない。エビルが空気の膜を作ったり出来るように、硬度や形状など様々なものを操れる。つまり砂同士を結合させて岩や鉱物に戻すことも出来るのでは……というのがロイズの見解。

 実際にクレイアがやってみて、それを成功させてみせた。
 砂同士が結合して岩になったのだ。今崩れないマテン像は石像である。

「これ、戦いにも使えるんじゃないかな」

「確かに使えそうだ。砂を岩に、おそらく岩を砂にすることも可能となれば戦術の幅が広がる」

「面白技、入手」

 硬い大地を足下だけ砂にすれば足を取られるし、やろうと思えば大規模な砂の渦も作れるはずだ。秘術の新たな技術を一つ覚えるだけで戦力は大きく変わる。これだけでもハイパー特訓の成果と言える。

 まさか、とエビルは思う。
 ミヤマ考案のハイパー特訓の全貌が見えてきた気がした。
 お使いは関係ない。何気ない日常から強くなるヒントを得ることこそ、ハイパー特訓の目的なのではないだろうか。

 推測に過ぎないし考えすぎかもしれない。
 ただ、この推測が事実ならミヤマの着眼点には感服する。

「像、もっと、作る」

 クレイアは遠くに走っていき、先程の要領で石像を作り始めた。
 遊びで石像が大量生産されていく様を見ていると、エビルはロイズの表情に気付く。
 隣にいる彼女の表情は深刻なものだ。瞳は暗く、闇を映している。
 若干楽しい気持ちが伝わってくるが心の奥底は薄暗い。

「……遊んでいる場合なのか」

 現状に対しての不満に似た言葉を吐いたのはエビルだ。
 本気で思ってはいない。ただ、ロイズは近い感想を現状に抱いているだろう。
 証拠に彼女の暗い瞳が揺れて動揺している。
 なぜ分かったと言わんばかりにエビルを見てくる。

「そう思っているんじゃない?」

「……ああ。よく分かったな」

 本心を言い当てられたロイズは海で遊ぶレミ達を眺める。

「最初に賛成した私が言うのもおかしいが、ギルドマスターの考えた特訓に意味を見出せないんだ。遊ぶ暇があるなら鍛錬に費やした方がいい。私達が求めているのは強さ、七魔将にも悪魔王にも勝てる強さだ。少しでも己を高める時間を作った方がいいのではないかと、そう考えてしまう」

「もしかして、毎夜一人で離れた場所に行くのは」

「槍技と〈メイオラ闘法〉の練度を上げていた。私が鍛錬すべきはそれだけだ」

 ロイズの言うことはいつも一理ある。
 強大な敵に打ち勝つ強さを求めるなら特訓あるのみ。
 海で遊んだり、貴重な食材を探したりしている場合ではない。

 毎日エビル達は模擬戦を行ったりして特訓しているが、時間を作ろうと思えばもっと特訓に時間を回せる。使える技術や心身を鍛え、新たな技や戦術を考えるなどやることは多い。一日をもっと有効活用すれば実力の伸びも早くなるだろう。

「アギス港で君は、旅を楽しもうと言っていたな。あれから考えて旅路を楽しむのも悪くないと思った。せめてサイデモンとの決戦までは、楽しむ心を忘れないようにしようと、そう思った。……思ったのに、今をあまり楽しめていない」

 このままでは復讐を果たせないのではと焦る気持ちが楽しさを掻き消す。
 ロイズの心の状態は本人に次いでエビルがよく分かっている。

「時々悩む。私は、何のために生き残ったのか。何の役に立てる人間なのか。……私には秘術使いのような特別な力がない。いくら鍛錬を積み重ねてもサイデモンを殺せない。現実が何度諦めろと唆してきたことか、もう数え切れないよ」

「……ごめん。僕は君に都合の良い言葉を掛けられない。君に特別な力はないし、上位の魔物を殺せないのが現実だ。……だけど諦めろなんて言わない。君がサイデモンと戦う時は僕も、レミも、リンシャンも、クレイアも一緒に戦う。一人で背負う必要なんてないよ。敵に隙を作ってくれさえすれば僕が、仲間が敵を滅ぼす」

 ただサイデモンを殺すだけなら秘術使いがトドメを刺せばいい話。
 ロイズはもう妥協が必要だと理解している。仇を討ちたいという願いを彼女が持ちつつ果たせないのなら、仲間であるエビル達が手伝う。後は彼女が妥協案を納得してくれるかどうか。現実を見ている彼女が決戦前に受け入れてくれるのが理想だ。

「あと、何のために生き残ったかだっけ? それは分からないけど僕はロイズに生きていてほしい。君が死んだら僕達が悲しいし、まだ一緒に旅をしたいんだ。復讐が終わった後にやることがないんなら僕に付いて来てよ。君が傍にいると心強いからさ」

「……旅、か。それはいいかもな」

 ロイズの心の闇が晴れるまでいかずとも若干薄まった。

「ふふっ、そんなに傍にいてほしいなら生きなければね。あとはそうだな、いずれ君とバラティア王国を復興させる未来も悪くない。……まあ、君との王国復興は厳しいだろうが」

「よし、じゃあ決まり。全部終わったら一緒に旅に出よう」

 今回の一件が終わったらエビルは人助けの旅へ出発する。
 どこへ行くのかも決まっていない一人旅はやはり寂しい。
 誰か、共にいてくれる仲間がいたらエビルとしてはありがたい。
 ロイズなら気心知れた仲なので共にいれば楽しいだろう。

「ああ、そのためにはまず生き抜くのが大前提。悪魔王も七魔将も皆で倒そう」

 一人で倒したい、自分がトドメを刺したいと願っていた彼女の心が変わる。
 笑いかけてくる彼女に「うん」と同意するようにエビルが頷く。

「でも今は心と体を休めよう」

 今日は遊ぶための時間を精一杯楽しもうと、心が多少軽くなった彼女は認識を改めた。

 ――数分後。

 ふいにエビルはおかしなことに気付く。
 砂浜で砂遊びして時間は過ぎたが、一向に男神官達が帰って来ない。

 水着に着替えるために森へ行ったはずの彼等は手練れの神官。
 魔物に遭遇しても対処可能だろうし、着替えるだけなので心配は全くしていなかった。しかし着替えだけにしては遅すぎる。こうも遅いと心配だ。仮に魔物と遭遇して、それが討伐対象の強大な魔物なら全滅もありえる。

「……ロイズ。着替えに行った神官達、遅すぎると思わない?」

「ん、確かに遅いな。もう来てもいい頃だろうに」

「不安だ。ちょっと様子を見てくるよ」

「私も行こう。妙な胸騒ぎがする」

 小規模な森の中には気配が多数。一度会った男神官達の気配は風として秘術で感じられるはずだが、今は誰の気配も感じない。
 只事ではないと推測したエビル達が森へ入った。

 伐採されて道が作られている森の中。先程着替えた場所をロイズに教えてもらい、男神官達もそこで着替えていると予想して駆ける。道に迷わず辿り着いたその場所には――男神官七名が倒れていた。

「これは……死んでいるのか?」

「いや、気絶しているだけだよ。彼等の命は風として感じられる」

「そうか。それは良かったが酷いやられようだぞ」

 一見死亡したようだが気絶しているだけだ。
 神官服を脱ぎかけていたり、水着に着替え終わっていたり、全裸で倒れている者もいる。さらに全員に痣や腫れ上がった部分が必ずあった。見てすぐ分かるが腕や脚がおかしな方向に曲がっている者もいる。

 緊急事態だ。海で遊んでいるレミ達をロイズに呼んできてもらう。
 集まった女性達は男神官達のやられ様を見て絶句した。

 さすがに局部を見られるのは可哀想なのでエビルが神官服や水着で隠した。もしそのまま放置していたら、主にリンシャンあたりが悲鳴を上げていたかもしれない。男達の尊厳も最低限守れたと思う。

 怪我の治療をリンシャンにやってもらう間にエビル達は状況を整理する。

「ウィレインさん、すみません。彼等を守れなくて」

「謝る必要はねえさ。誰も死んでねえし、リンシャンが治療すれば傷も残らねえんだろ。それより問題なのはどんな奴にやられたかだ。こいつらは一応精鋭揃いの神官。並の魔物や人間にやられたとは思えねえ。……おそらく、奴だろうぜ」

 エビルは「奴というのは?」と問う。

「――ギャンクラブ。アタシ達が倒しに来た魔物さ」

 知らないエビル達五人にウィレインが説明する。
 大型の蟹らしき魔物、ギャンクラブ。

 戦った者の話では赤黒い甲羅がとても硬く刃物を通さない。生半可な力でいくら攻撃しても傷一つ付かず、討伐隊を率いていたストロウという男以外は傷付けられなかった。ストロウの攻撃でも僅かな傷しか与えられなかった。

 腕力も強く、一撃でも貰えば大ダメージ。
 日々鍛えている神官でさえ骨折してしまう程である。

「仕方ねえ、休憩時間はここまでだ。奴を捜すぞ」

 ウィレインの言葉に全員が頷く。
 一刻も早く魔物を倒さなければ被害は広がってしまう。
 エビル達は散らばってギャンクラブ捜索に取りかかった。
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ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

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異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

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