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第一部 六章 オーブを求めて
逆襲のイレイザー
しおりを挟む魔信教の幹部メンバー、通称四罪。その一人であるイレイザーとエビルは嬉しくないことにやたらと縁がある。
アランバート王国城下町で出会い撃退。その際に左腕を奪った。
ノルド町で二度目の邂逅。一時的に協力してクラーケンと戦い、その際に海へと放り捨てられて行方不明となった。
そして今回、三度目の邂逅。
「イレイザーなのか……? その体はいったい……」
「……生きてたのね」
神殿内にいたイレイザーの姿は――人間ではなくなっていた。
以前会った時から左腕が機械になっていたのだが、現在は全身のほとんどが機械である。もう人間の部分などほとんどないと言っていい。背中には人間ではありえない突出した二つの太い筒が付いており、喉も機械化しているので声すら機械的だ。唯一残っているといえば顔の左、額から上のあたり。肌色が覗いているそこには棘のように鋭い緋色の髪が逆立って生えている。
「おいおい笑えねえくらい不細工な体と声じゃねえか」
「生への執念は凄まじいようですね」
「イレイザー、どうしてこんなところに君がいる?」
ここは神のいる大地へと繋がる場所。即ち神聖な祭壇。
オーブの情報すら知らなかったはずのイレイザーがいる理由に心当たりはない。
「クク、クククゥ! ノルド町でのやり取りからしてオーブとやらを集めているんだろお前達はア。だったらエビルゥ、お前とまた会うためにはこうしてェ、オーブを使用する場所にいればいいって考えたわけだア」
「なぜ君が僕に会いたいのか……聞くまでもないか」
「分かっているんだろオ? 俺がお前を待っていた理由なんて一つしかねエ。エビルゥ、お前と戦うため以外にあるわけねえだろうがあよオ! さア、最高の戦いを始めようぜエ!」
今まで戦うのにエビルは躊躇わなかった。だが今、いざ戦うときになって躊躇する。
腰にある剣を鞘から抜いたものの持つ手が震える。またジークのように殺してしまうのではないかと思っただけで身震いする。イレイザーのような死しか救いのない悪党でも殺したくないと思ってしまう。つまり避けられない戦いを前にして、戦いたくないと心の奥底で叫んでいるのだ。
「あア? なんつー面アしてんだお前はア……そんなんじゃあダメだろうがあよオ! もっとお前は凛々しく、固い意思を秘めた眼をしていて、甘さ百パーセントでもそれなりの芯が胸にあるだろうがア! 俺の求めていたお前はそういうやつなんだよオ!」
「エビル……」
震える手にレミの手が重ねられる。温かい感触が手を覆う。
「辛い気持ちは分かるよ。でも大丈夫、何があってもアタシ達がいる」
「レミ……ごめん、ありがとう」
エビルは礼を言うと目つきを変える。
もう戦うことに迷いはない。完全に吹っ切れた。
明確な敵に鋭い目を向けて剣を構える。
「ククゥ、いいぞオそれだア、その面だア! 今からお前を絶望のどん底に落としてやるから覚悟しておけエビルウウウウ!」
イレイザーが機械的な声で叫んで動く。
背中から突出した二つの筒――スラスターから炎が噴き出て、体勢をそのままにエビルの方へと向かってくる。
驚くべきはその速度。以前までとは比べ物にならない速さは全く見切ることができない。エビルは咄嗟に剣を盾にして突進を防御できたはいいが、その勢いを止めることは出来ず神殿外へと押し出された。あまりにも速かったためにレミ達は補助することも出来なかった。
「ぐうっ、い、イレイザーああ!」
「ぎゃははア! いいねエ、そうだそうだ俺だけを見ておけエビルウゥ!」
神殿外に出て、大木を何本もへし折りながら突き進む二人はようやく止まる。
より一層太い木に打ちつけられたエビルは剣を力一杯に振り下ろす。当然のように〈風刃〉を使用していたがイレイザーの肩に弾かれた。
硬い。もしかすればあの機械竜よりも。
改めて人間でないと実感できるのはいいが、それはつまりどこを斬っても致命傷にならないことを意味する。頭などを貫けば機能停止するのだろうが〈風刃〉で弾かれるなら、今のエビルに彼の体を切り裂くことなど出来ない。
「君は、どうして、僕に執着するんだ!」
距離を詰めたままエビルは剣を横に薙ぐ。
斬撃が通じないなら叩くまで。あの機械竜を攻撃した時のように剣の腹で叩くしか取れる選択はない。いくら硬くても多少のダメージくらいはあるはずだ。
「決まってんだろうがエビル。俺をこんな体にした責任を取ってほしいんだよオ。存分に二人で楽しもうぜエ、どっちかが惨い死体に成り果てるまでなあああア!」
イレイザーは空中に上昇することで躱し、背中のスラスターで再び急接近。エビルの左側へと回り込んだ彼は回し蹴りを放ってきた。速く、重い蹴りがエビルの左頬にめり込んで蹴り飛ばされる。
勢いよく吹き飛ぶエビルは剣を地面に突き刺して勢いを失くしていく。
「やはり恨んでいるのか……!」
エビルは地面に刺していた剣を真上に振り上げる。そうすれば剣に巻き上げられた大量の砂と土がイレイザーの視界を奪う。
砂埃で目くらましをした隙にエビルは再び距離を詰める。
「恨みイ……?」
僅かな熱気。ぼやけているが赤い光。エビルは直感的に首を曲げると、先程まで頭があった場所を赤黒い熱線が通過した。
熱線は一直線に木々を貫通して進み、細くなって、やがて糸のようになり消えていく。消えるまでに残した被害は相当なもので、ここが森の中という環境的不利もあって瞬く間に火事になる。周囲の木々へ熱と火が燃え移って被害が拡大していく。
「俺は感謝してんだぜエ? こんな体になるまでお前と殺り合えて快感に溺れそうだア。もっと昂れ、もっと激しくなれ、さあ全部出し切ろうぜエビルゥ!」
「忘れていた。君は異常者だったよね」
「それ、一番忘れちゃいけないやつでしょ!」
イレイザーの後方からレミが接近していた。
手には青い炎の剣――〈青光焔剣〉。火の秘術の大技が繰り出されようとしている。もう火事になってしまったのものは仕方ないと割り切り、全力で戦うために使うと決めたのだ。
「はっ、火の秘術かア。もう俺の体で燃えるような場所はほぼねえんだぜエ?」
振り下ろされた青い剣はイレイザーの右腕に直撃し、徐々に外装を溶かして下へと進んでいく。慢心して回避行動を取らなかった彼は「はア!?」と驚愕して裏拳を放つ。
裏拳を受けるわけにもいかないのでレミは攻撃を中断して後方へ跳ぶ。何せ飛んで来る攻撃は打撃は全て金属の塊。金属製の打撃武器で殴られるのと同義。喰らうのはリスクが高すぎる。
「クソッ、まさかこの体が熱で溶けるとは思わねえだろうがア。熱線のためのエネルギーを溜め込むような作りなんだぞ、熱耐性どんだけあると思ってんだよおイ」
愕然と傷口を眺めるイレイザーの元へ、セイムとサトリが走る。
「〈デスドラ――」
セイムが硬直する。
全身がバラバラに裂けてしまいそうな感覚が襲ったのだ。その痛みは力の解放が原因だとすぐに分かった。機械竜との戦いから一日しか経っていないのだ、無理もない。
急に立ち止まった彼を心配して「どうしたのです!?」とサトリも足を止める。
「やべえ、まだ体からダメージが抜けきってねえんだ……。こんな体で力を解放しようもんならマジで死んじまうかもしれねえ。こうなったら素の力で戦うしか……!」
「セイム、今回は休みなさい。確かに味方が一人でも多く欲しくなる強敵ですが無理はいけません。今は私達三人であの男に対処してみせます」
そう話しているうちにイレイザーに急接近されて二人はラリアットを受ける。
サトリの豊満な胸は押し潰され、セイムの肋骨が数本砕けて、吹き飛ばされた二人は神殿周囲の水場付近へと転がった。
「もう止めろイレイザーああ!」
叫んだエビルが剣を強く握りしめて走った。
連撃を浴びせようと剣を振るうも全て躱され、最後の一撃〈烈風打〉は脇腹に直撃して殴り飛ばせるも、すぐに背中の穴から炎を噴出させて戻って殴り返してくる。強烈な右拳を腹部に受けたエビルは吹き飛んで樹の幹に激突する。
「おい、オイオイ、おいおいオイ……こんなもんじゃねえだろエビルゥ、もっと力を捻り出せよオ。これが欲しくないのかア? 俺の心臓部、何が入っていると思う。お前が今欲しているもんだぜエ?」
欲しいもの。イレイザーのここまでの言動から推測するに、彼はエビルがオーブを欲しがっていると思っている。つまり導き出される結論はそれだ。剣を構え直したエビルは「……オーブ」と呟く。
「そう、お前が集めているオーブ。体に埋め込むと精神が狂っちまうって話だが俺には関係ねエ。影響なんかこれっぽっちも受けてやらねエ。さあどうだ、ちっとはやる気が出たかア?」
残されている最後の一つは――レッドオーブ。それが心臓部にあるという。
心臓の役割をどういう原理か果たしているんだろう。レッドオーブを手に入れるにはイレイザーを殺さなくてはならなくなった。
「生憎と……もう全力なんだよ」
「あア? そうかオーブだけじゃ足らないかア。なら……もうお仲間をぶっ殺すしかねえよなア。お前をもっと強くするには誰かぶっ殺して怒りを燃やさせるしかねえんだなア。あの時のようにイ! 誰か死にそうになったら強くなんだろお前はア!」
倒れているセイムとサトリの方にイレイザーが両手を向ける。
何をするのかは分かる。ノルド町で戦闘したときのように熱線を放つつもりだとしか思えない。心臓や脳に喰らえば熱で溶かされて即死の力。それが放たれる前に――駆けたレミが蒼炎を纏った拳を振るう。先程ので火力は理解しているようでイレイザーは熱線の準備を中断して横へ跳ぶ。それを追いかけるレミが雄叫びを上げながら拳を振るい躱されるのを繰り返す。
燃える木々の間を縫うように走り続ける二人。
状況に変化が起きたのは少ししてから。レミが後方に下げた手から炎を噴射して加速した――まるでイレイザーのように。彼の加速からヒントを得て早速利用してみたのである。
加速したことで彼女の燃える拳が初めてイレイザーの左頬へ入った。金属の顔面だ、当然殴る方が痛い。だが拳の当たった左頬が若干溶ける。
レミは再び加速して背後に回り込むと、回し蹴りを背中に叩き込んで蹴り飛ばす。燃える木々をへし折りながら吹き飛んだイレイザーは神殿のある円状の空間にまで転がった。
「今の急な加速……あの女、俺のを真似しやがったなア」
近くに倒れたままのセイムとサトリがいたが彼は無視する。あまり面識はないが二人を大した存在じゃないと決めつけたのだ。
立ち上がった彼は様子が妙な森に気付いて「何だア?」と不思議そうな声を上げる。
森は大規模な火災が起きていたはずだ。今も燃え広がり、最終的に大森林全てを焼き尽くす。消火するような水場も大森林にはほとんどない。そのはずなのに――先程より明らかに火災の規模が縮小していた。
そして森の真上に集まっていく火が小さな太陽のような形になっていく。
火が独りでに動いて一つの球体になっていくなどありえない。何者かの仕業なのは間違いなく、そんなことが出来そうな者といえばこの場に一人しかいない。
「〈大火炎球〉」
真上に集まる火球を見上げていたイレイザーにレミの声が届く。
戦闘によって折れた木々の間から彼女が歩いて出て来る。
「意外にさ、やってみるもんよね。火の秘術はその名の通り火を扱う。それなら自分で出したものだけじゃなくて、他の場所、例えば森で燃え移りまくってる火とかも操れるんじゃないかってね。これで全部燃やすも鎮火させるもアタシの自由ってわけよ」
イレイザーの装甲を溶かすにはもっと強い火力が必要。レミの全力を一度に放つ奥義〈死爆蒼炎〉を使ったとして、それで倒せなければもう彼女は戦闘不能に陥る。セイムが満足に戦えない現状で彼女まで離脱するとなれば戦局の不利は当然。戦闘不能になるまで絞り尽くさず、敵に通じるレベルの火力を実現させるにはどうすればいいのか。
その答えが、自分の出した火以外から力を借りること。
やったことはなかったがレミは秘術の応用性に目を付けた。
火の形を自由自在に操れるのならいけるかもと、今まで試そうともしなかったことにチャレンジしたのだ。森で燃え広がった火をかき集めて一か所に、森の中では危ないので神殿周囲の真上に集中させる。急速に拡大していた火災を集中させたことで巨大な火球が生成された。
「燃え尽きなさい。今度はもう、復活出来ないくらいに!」
巨大な火球をそのまま落とせば落下の余波でまた森が燃える。下手すれば神殿まで溶けてしまうかもしれない。そのためレミは、範囲を狭めるために圧縮して急降下させる。圧縮した分だけ火力が上昇するため当たれば融解するだろう。
さすがにイレイザーも直撃がまずいことくらい分かっている。大慌てで後方へステップを踏んで回避した。目前で昇る火柱は間近にいるだけでも、火傷しそうなくらいに熱を持っているのを金属の体で感じる。
そんな時――突如、ガキンッという金属音が発生した。
発生個所はイレイザーの背後、いや背中。
何かと彼が顔だけで振り向くと驚愕で目を見開く。
倒れていたはずのセイムとサトリが自分の武器で、イレイザーの背中にある突出した筒を突いていたのだ。しかもその突きで筒部分が小さな爆発を起こす。
「おいどうした金属野郎。火を噴きすぎたんじゃねえか? 脆いぜ?」
「連続使用は避けた方が良かったようですね。これが壊れてしまえば、あなたの動きも十分対処可能。……エビルやレミに集中していたあなたの弱点です。あなたが戦っているのは四人なのですから」
この時、イレイザーは自身の肉体を改造した男の話を思い出していた。
白衣を着た老人は告げていた。あまりに急いだ改造のため作りが甘い場所があると。完全なものではないため背中の熱加速を多用しないようにと。つまりこれはイレイザーのミスだ。戦いに興奮しすぎて忠告を頭の遥か彼方に追いやっていた。
「クソがっ、離れろオ! 俺の眼中にあるのはお前らじゃねエ!」
――瞬間、イレイザーの前にあった火柱が消失する。
早すぎる鎮火を不思議に思って前を向くと、輝く青い炎の剣を持ったレミが距離を詰めて来ていた。そして〈青光焔剣〉がイレイザーの腹部を薙ぎ払うように振るわれる。
「このまま……! 焼き斬れろおおおおお!」
「させるかよオ!」
一発殴れば吹き飛ぶくらいに軽い少女だ。右腕を振りかぶろうとしたイレイザーだが異変に気付く、右腕が思うように動かないのだ。何かと思い、顔を後ろに向けてみればセイムが必死な表情で右腕を押さえつけていた。左腕の方を振り向いてみればそちらはサトリが押さえつけている。
腹部が段々溶けて〈青光焔剣〉が進んでいく。
焦ったイレイザーは雄叫びを上げながら全力で左腕を動かして、サトリごとぶつけてレミを殴りつける。体勢を崩したレミが転んだので〈青光焔剣〉は霧散した。
続けて右腕を全力で動かしてセイムをサトリへ叩きつける。腕を放した二人へ両拳を突き出して、腹部を潰す勢いで殴り抜いて離れた木々へ激突させた。
「クククゥ、ククククウ! こんなんで俺を殺せると思っていたのかア? まあ実際危なかったぜ、ほら見てみろオ。お前のせいで腹が半分くらい溶けちまったじゃねえかア。報いとしてお前の腹も半分抉ってやるウ」
転んだままのレミに手を伸ばしてイレイザーは不敵に笑う。しかし、それを上回る声量でレミが笑ったので彼は笑いと手の動きを止める。
「何だ、何がおかしいんだア?」
「ふ、ふふふ……! アンタがもう、終わりだからよ!」
首を傾げたイレイザーは一度止めた手をまた伸ばそうとして、高速で風を切り裂くような音が聞こえてきたので森の方を見やる。すると焦げた木々の間から、強烈な横回転をしながら高速で迫るエビルが現れた。
「〈旋、風、斬〉!」
強烈な横回転をかけていたエビルが薄緑に輝く剣を振るう。
先程レミが焼き斬ろうとした傷口へと狙ったように入り、切断しようと力を込めてくる。だがエビルでは斬れなかったことなど証明済みのはずだ。安心するのは早いがイレイザーはそこまで危機感を覚えていない。
「エビルウゥ、エビル・アグレムウウウウ! お前の剣じゃ俺を斬れねえってのがまだ分かってないのかア!? 哀れだなアおイ、精々恐怖しろこの俺にイ。お前達じゃ勝てない絶対的な強者にイ!」
「哀れなのはアンタの方よイレイザー。金属はある程度まで熱すれば脆くなる。アンタが今斬られようとしている場所はアタシが〈青光焔剣〉で攻撃した場所! 一部が溶けている状態になってまだ時間は経っていない!」
「何だとおおオ!?」
そこまで言われてイレイザーはようやく気付いた。
エビルの剣が徐々に、徐々にだが奥へ奥へと進んでいる。さっき溶けて半分ほどしか残っていない厚みが徐々に減っていく。
「だが避けちまえば……!」
後ろか横へ動けば終わる話だ。
イレイザーが今からでも動こうとして足が動かないことに気付く。視線を下に向けてみると、レミが両手で両足を掴んで負荷をかけていた。人間一人くらい引き摺って動けるはずなのにびくともしない。心なしか足首が歪んでいっているような気さえする。
「放せエ! どんな馬鹿力してんだお前ええエ!」
「セイムとサトリが君の移動手段を一つ奪ってくれた……! 足もレミが押さえているから君は動けない……! これで、終わりだあああ! イレイザーあああああ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオ!?」
エビルの剣が徐々に徐々に進んでいく。
必死に、全力で力が込められた剣が金属の腹部を進んでいく。
そしてついに、イレイザーの腹部が剣によって切断された。斬り離された上半身は放物線を描いてエビルの背後に落ちて転がる。レミが手を放したことにより下半身も音を立てて倒れる。
全員の力が合わさった連携に、強敵イレイザーは打倒されたのだ。
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