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第一部 四章 砂漠王国での出会い
解毒のために
しおりを挟む広大な砂漠をイフサのホーシアン車で移動したエビル達は、あれからというもの魔物を蹴散らして砂漠の国リジャーへ辿り着いた。
リジャーに着いてから真っ先に宿屋へ駆け込んで部屋をとる。セイムはその途中で道具屋に寄り毒消し草を購入していた。
道中レミの容態は見るからに悪化していき、紫色に変色してる部分が広がり始めていた。今では右の二の腕から手首辺りまで変色している。意識はあるが朦朧としていてまともに話が出来ない状態になっている。
事態の深刻さは全員が理解している。解毒効果のある薬草を購入したはいいが、使用したとしても治るか怪しいなと勝手に買ったセイムは一人思う。
エビルは部屋の白いベッドにレミを寝かせる。
徐々に体温も上がってきているので、エビルは水で濡らした濡れタオルを額に置いておく。濡れタオルを用意してくれたジョウには「ありがとうございます」と感謝する。
「なあ、一応毒消し草を買ってきたんだ。当ててみようぜ」
「そうだね、効果があるといいんだけど」
セイムが深緑の葉をレミの右腕にある傷口に当てた。
通常の毒なら解毒出来たり弱まったりするのに、レッドスコルピオンが与えた毒はほんの僅かすら弱まる気配がない。
心配で暗くなる顔になった二人をジョウは無言で見つめている。
そんな時、部屋の扉を開いてイフサが入って来た。
巻いているターバンから髪の毛が数本はみ出ており、黒いベストとダボッとしている白いズボンを着用している褐色肌の彼は「隣の部屋に宿泊する予定にしといたぜ」と告げる。それからレミを一瞥して、傍に居るエビルへと視線を送る。
「どうだ、連れのお嬢ちゃんは」
「予想はしてたけどダメだな……。思ったよりも毒が強いみたいで毒消し草じゃ効果がないぜこりゃ……」
「……それでも諦めるわけにはいかない。医者に見せてみよう、そうすればなんとか解毒の方法が分かるかもしれない」
こういった時のための医者だ。国に三人いれば多い方とされるほど、世界でも数少ない彼ら彼女らの手を借りれば解決の糸口が見つかる可能性はある。
「言い辛いんだがな。レッドスコルピオンの毒の治療法なんて医者は知らないぜ。未だにどこの国でも解毒薬が作られてないって話だ。このままじゃそのお嬢ちゃんは死ぬだけさ」
「なんだとテメエ、もういっぺん言ってみろ!」
叫んだセイムがずかずかと距離を詰めてイフサの両肩を掴んだ。力強く掴んでいるためイフサは痛みで顔を歪めている。
「おいおい俺は事実を言ったまでだ……! そのお嬢ちゃんがこのままじゃ死ぬことくらいそっちの、ジョウだったか? お前さんだって分かっているだろ?」
壁に寄りかかっているジョウへ視線が集まる。
全員に見つめられてため息を吐いたジョウは仕方なさそうに口を開く。
「まあ、レッドスコルピオンの毒を解毒する方法なんて今の時代はないからな。辛いだろうがエビル、セイム、お前達二人は別れの言葉でも考えておけ。悔いの残らないようにな」
「お、おい! ジョウまで何言ってんだよ!」
「レミが……死ぬ……?」
実際二人に死ぬと言われてエビルはようやく現実を呑み込めてきた。
人は皆、今日死ぬわけがないと思っている。
いつか死ぬと分かっていても、今日や明日ではないと思って生きている。しかしそれは間違いだ。本当の死とはすぐ傍にあっていつやって来るか分からない。
彼女も死ぬのだ。ここまで共に旅をしてきた彼女も、ソルなど村の人間のように呆気なく死んでしまうのだ。彼女の姉であるソラにエビルは合わせる顔がないし、申し訳なく思う。
「おいお前さん、少し落ち着いたらどうだ」
目前でまだ肩を掴んでいるセイムにイフサが言う。
「落ち着けるわけねえだろうが! そうだ、俺が飲んだアランバートの秘薬ってのなら治るんじゃねーのか!? なあ治るよな!? 治るって言え!」
「静かにしろ……! もしも毒を喰らってるのが周囲にバレたら追い出されるかもしれねえ。この毒はどこの国でも解析出来てねえんだ。もしかしたら感染するかも、なんて思う奴は山ほどいるぞ。……俺は道具屋だが毒だけなら医療知識を専門医くらい持ってる。はっきり言ってこのお嬢ちゃんの命はあと数日しか持たない」
胸が痛んできたエビルは「……そんな」と悲し気な顔で呟く。セイムもここまで言われれば黙るしかなく、イフサの両肩から手をだらんと下ろして放心してしまう。
「東にあるゼンライフ大陸には怪我も病気も治せる巫女がいるって噂だが、大陸を渡るには船がいる。とてもじゃないが港町に行くなんてその子の状態から出来ない。……だが」
イフサは被っているターバンが目にかかりそうなのを持ち上げて直す。その目はまだ諦めていなかった。
「助ける方法はある。ぶっちゃけ賭けになっちまうが、お前さんらがこのお嬢ちゃんを危険覚悟で助けたいってんなら教えるぜ」
「助けたいに決まってる!」
「そうだぜ、俺たちゃ仲間だからな!」
絶対に助けるという意志を瞳に込めて二人はイフサを見つめる。
真剣な表情で即答されたイフサは「面白い」と僅かに笑みを浮かべ、二人に問いかけた。
「そうか。死ぬかもしれないがそれでも聞くか?」
「聞きます。その賭けっていうのは不安ですけど、いったいどういう方法なんですか?」
何事も賭けとなると確率の話になってくる。
百パーセントの確率で成功するわけではないとなれば不安も出てくる。さらに今回は大事な仲間が死ぬかもしれないのでエビル達の不安は一層大きい。その不安すら上書きする勇気で心を整えて話を進める。
「方法はいたってシンプル。その毒の持ち主、すなわちレッドスコルピオンの尻尾を持って帰ってくるんだよ」
一度は敗走するしかなかった相手とまた戦わなければならない。しかも今度はレミがいないので、ジョウが協力してくれても三人で戦うしかない。倒さなくてもいい条件付きとはいえ勝算は低い。
「どうして尻尾だけ……いや、そうか毒があるのは尻尾だけだから……?」
「そういうこと。解毒薬がまだないのはサンプルが取れなかったからだ。毒の成分を調べるにはレッドスコルピオンの体を調べなければいけない……つまり倒すってことだ。でも誰も討伐には参加しねえんだ……リジャーの兵士共は以前毒にやられた少女を見殺しにしやがった。みんな怖いのさ……治せない毒を持つ敵がいたら怖がる、それが当たり前だかんな」
「でもそれしかないなら……!」
「やるしかねえだろ!」
エビルは剣を持って立ち上がり、セイムは大鎌を持って背負う。
未知の脅威には恐怖するのが当たり前。もちろんエビル達も怖いと思っているし、戦いたいというわけではない。それでも仲間を助けるためには戦うしかないと分かっているから戦う決意をする。
その勇気にイフサは目を見開いて驚愕したようにエビルは感じた。
レッドスコルピオンを倒さずとも尻尾を持って帰るには挑まなければならない。襲われていたのを見て戦っていたのは知っているだろうが硬い殻のせいで苦戦、さらにレミが毒を受けて倒れてしまう始末。もう一度戦えと言われても正気の人間ならば拒否するだろう。
しかしエビルとセイムの意見は一致している。
二度と誰かを失いたくないという想いが二人の恐怖より大きかったのだ。
「お前さんらいい目してるぜ……。よし、尻尾を手に入れたらすぐ戻ってこい。解毒薬は俺が調合してやる」
「解毒薬を調合!? おいおいオッサン、んなこと出来んのかよ?」
「疑う気持ちは分かる、俺は行商人だしな。だが言ったろ? 毒についての知識なら俺は専門医クラスで頭に入ってるってよ」
そうイフサは自分のターバンに隠れているこめかみを、トントンと指で二度叩きながら口にする。
「……イフサさん、どうしてそんなに協力してくれるんですか?」
気になっていたことをエビルは問いかける。
はっきり言ってしまえばイフサは部外者だ。助けてくれた恩があるとはいえそれはそれであり、リジャーに着いてから別れてもよかったはずである。知人ですらないエビル達へ色々教えてくれる心算が不明瞭なのだ。
「まあ不自然だよなあ。実は俺もレッドスコルピオンには恨みがあってな、もう十年以上前になるかね」
「もしかして、あいつと同じか……?」
セイムが倒れている仲間の方を見ながら問うと、イフサは肯定を頷いて表す。
真剣だった顔が過去の思い出に浸った時、暗い顔に変わってしまう。それだけでエビル達は何があったのか察する。
「俺は兄妹で行商人をやってたんだけどな。妹が毒にやられてそのまま逝っちまったんだ。……今のお前ら見てるとその時の俺みたいでな。あの時は助けを求めるだけで何も出来なくて、兵士に助けを求めたのに門前払いされて悔しかった。だからそれから自分なりに医療知識を蓄えていったのさ、主に解毒治療や薬の調合のな」
「……すみません、辛い思い出なのに」
「いいんだ、俺はもう終わった話だからよ。それより今はお前さんらの方だろ、時間は一刻の猶予もねえ。解析にも調合にも時間がかかるからな。……だから必ず勝ってこい。お前さんらは俺みたいになるなよ?」
自虐的な笑みを見せるイフサの前に二人が立つ。
「セイム、行こう」
「おう、あのサソリ野郎にリベンジだぜ」
「待てよ。俺も行くぞ」
そう二人に告げたのは静観していたジョウであった。
二人の熱に感化されたようで彼の瞳にも熱が宿っている。心強い味方が増えたことで二人は軽く笑みを浮かべる。
「尻尾だけでいい、毒があるのは尻尾だからな。その部位、先端の方だけ持ってきてくれれば大丈夫だ……死にそうだったら大きな音を出せ、あのサソリはそれが苦手なんだ」
イフサの忠告を胸に留め、エビル達三人は部屋を出て行った。
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