新・風の勇者伝説

彼方

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第一部 三章 死神の里

エビル&セイムVSスレイ

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 赤い瞳を向けられたセイムは咄嗟に大鎌を振るう。
 距離が離れているため当たらないはずだが金属音が鳴り響く。いつの間にか接近していたスレイが右手に持つ刀で大鎌を受け止めていたのだ。

はええっ! つええぞこいつ……!)

「もう暗い場所にも目が慣れたんでなあ。全力で動けるし、この二本の刀でブスブスブスブス刺してやるからなあ」

(そうかこいつっ、里を襲撃したとかジジイが言ってた奴か……!)

 右手の刀で受け止めているスレイは左手の刀を横に薙ぐ。セイムは後方に跳んで紙一重で躱したが、目前の狂人の強さをはっきりと感じ取る。気を抜けば殺されると瞬時に理解した。

「へっ、俺が外に出ている間に襲撃した野郎がどんな野郎かと思ったら。まったく女にモテなさそうな奴だぜ。逆に俺がテメエを黄泉に送ってやるよ!」

 狂気的な笑みを深めたスレイは奇声を上げながら走って距離を詰めてきた。
 振るわれる二本の刀。その斬撃をセイムは大鎌の柄や、ゆるやかな曲線を描いている刃の部分で冷静に受ける。斬撃の速度は相当なもので金属音は絶え間なく鳴り響く。

「防御するなよなあ。大人しく黄泉へ行ってくれよお」

「冗談じゃねえ! つーかこっちだって攻撃してえっつの!」

 安易な攻撃を許すような相手ではない。止まらない猛攻を防ぎつつ隙を探すが見当たらない。縮れた長髪と共に激しく動くなら少しの隙が出来てもいいものだが、攻撃が激しすぎるせいで攻防を切り替える好機が来ない。

 埒が明かないと考えたセイムは一か八かの賭けに出る。
 全ての攻撃を防御しようとするから大変なのだ。それなら一部の攻撃を紙一重になるだろうが回避すれば、その分だけ流れは僅かに変わる。

 セイムは斬撃を右に動いて躱そうとする。躱しきれずに頬へ線のような切り傷が生まれたが大したことはない。スレイの笑みが深まったが気にせず、向かってくる正面からの刀を大鎌で払う。そして流れるように首を刈り取ろうと三日月を描くかの如く大鎌を振るう。

 決死の攻撃だがスレイは後方に跳んであっさり回避しようとした。
 瞬間、セイムが笑みを浮かべる。振るっている途中で大鎌のリーチが伸びたのだ。
 柄が伸びたり刃が変形したわけではない。振るう途中に両手で握る柄を滑らせることで左手からは完全に抜け、右手だけで柄の下部を持って振り抜く。そうすれば途中でリーチが伸びる攻撃の完成だ。

(リーチが伸びた!? 顔に届く、バカなバカなバカなバカなっ! 余裕を持って避けられるはずだったのにこんなもの! そうか、途中で手の中の柄を滑らせて強引にリーチを伸ばしたのか! 随分と変わった技を使うなあこの小僧……だがよお)

 虚を突けるのは一度きり。使った後は隙が大きい。
 思いつきで行った技ゆえに弱点は多い。おまけに――

「俺にそんな小細工が通用するわけないんだよなああ!」

 ある程度の力量差がある相手には通用しない。
 大鎌は両手の刀で防がれる。力押しでこのまま吹き飛ばそうと考えたセイムだが、スレイは空中で受け流すことでその場で高速回転してから着地する。
 異常な動きに「んなっ!?」と驚きの声を漏らしたセイムにスレイは再度襲いかかった。左の刀で斬りかかって来たのを大鎌の柄で受け止めるも、その瞬間右足で蹴り飛ばされた。

(体術!? こいつ、剣士じゃない!?)

 蹴りが飛んで来る可能性をセイムは頭から排していた。
 純粋な剣士というものは基本剣技のみで戦うものだ。まともな道場などで教えを受けた者達はそうなる傾向が多い。戦いの最中苦し紛れで体術を使う剣士もいるがスレイの蹴りは鋭く強かった。セイムの脇腹は悲鳴を上げている。
 何度も地を転がったセイムは痛みに耐えつつ立ち上がる。

「――おいうるせえぞっ! 今何時だと思ってんだ!」

 瞬間、一つの住宅の扉が開かれて男が出て来た。
 ここは住宅の集合地帯。戦闘音が響けば気になって出て来るのは当然だが時と場合が悪すぎる。戦闘態勢に入っていない隙だらけの男が出てくれば、スレイの標的となった時にすぐさま自衛出来ない。

「セイム……それに……お前はこの前の!」

「シッシッシッシッ。隙だらけの無防備。大人しく黄泉へ渡ってくれそうな奴だなあ。死という幸福に包まれて命を閉ざせえ!」

 セイムは蹴り飛ばされたことでスレイから距離が離れている。そして男のいる場所にはスレイの方が近い。大鎌を持って出て来なかった男に対抗手段があるわけもないので、このままでは百パーセント殺される。

(やべえぞ、野郎が死ぬ……!)

 死者が出るのを直感してセイムは唇を噛みしめた。

(あれ、でも何だ? 何で俺は焦ってる? あの野郎は確かクリンドンだ。俺にいつも冷めた視線を送ってくる気に入らねえ奴だ。そんな奴が死ぬからって何で俺が焦る?)

 クリンドンという男はセイムのことが気に入らなかったのだと思う。
 両親を亡くした当時は同情していただろうが、次期里長候補になってから明らかに視線が冷えきっていた。自分が里長になりたかったのか、単純に嫌いなだけかセイムには分からないが。ともかくセイムにとって視界に映る男はどうでもいい存在だ。

『里長になる者には民を守る義務がある』

 それはシバルバが何度かセイムに告げた言葉。
 聞かされる度に、自分の身を守れない奴が死ぬのは自己責任だと、バカらしいと思っていた。しかしシバルバがそう言って守り通すつもりなら自分も協力する気でいる。……もう両親のように殺される悲劇を見たくないから。

(ああ、そうか。ジジイのためか)

 一番の理由はシバルバへの恩返し。セイムはそう結論付けた。

(誰かが死ねばクソジジイが悲しむからな。簡単な話じゃねえか、スレイに誰一人殺させなければいいってだけだ! 俺が奴を逆にってやりゃあいい!)

 動揺して動けない男にスレイが駆け寄りながら右手の刀を突き出す。心臓目掛けての刺突は素早く――男を庇って躍り出たセイムの胸下を貫いた。

 危機を察してスレイよりも早く動いたセイムが間に合ったのだ。文字通り身を挺して守った姿に男は「セイム……」と放心気味で呟いた。
 致命傷レベルの傷から刀が抜かれ赤い血液が勢いよく地面に零れた。胸下の苦痛に顔を歪めつつ、セイムは男に「早く家に入れ」と苦しそうに言い放つ。

 男は心配そうな表情を浮かべながら扉を閉める。
 それを確認したセイムは大鎌を振るってスレイを後退させると、大きく、大きく息を吸い込んだ。そして――

「みんなああああああああああああ! 聞こえるかああああああああ!」

 力を振り絞って肺の中の空気と一緒に大声を出した。
 里にある全ての家へと届くくらいに響き渡る。何人かは扉を開けて何事かと外の様子を見に出て来る。
 再び大きく息を吸い込んでからセイムは叫びを上げた。

「ヤバい奴がいる! 絶対に外へ出るなああああああああああ!」
 
 外へ出て来ていた何人かはセイムの名を呟いて中に戻っていく。
 ほぼ全員で襲っても倒せなかった敵に立ち向かう勇気など持っていないのだ。怪我人もいるため傍を離れられない者だっている。実質セイムは一人でスレイを相手しなければならない。

「シッシッシッシッ。注意勧告かあ? 無駄無駄無駄無駄! どうせ全員黄泉送りなんだからなあ。お前もだ、みんな仲良く死ぬんだからなあ。……この刀には毒が塗ってある。お前はもう終わり終わり終わり終わりい! すーぐに死んじまうんだからなあ!」

「はっ、舐めんな。死神に毒なんざ効くかよ。黄泉送りになんのはテメエの方だぜサイコ野郎。すぐにその首刈り取ってやるから待ってろ」

 大鎌を構え直したセイムが無理に笑みを浮かべる。
 血は勢いが落ちたとはいえ止まっていない。痛みはむしろ増している。戦闘を続行するなと脳に警戒アラートが鳴っている状態でセイムはスレイに飛びかかった。


 * 


 誰かの叫び声が聞こえた。
 誰か? 否、エビルは知っている。セイムの声だ。

 シバルバ家で眠っていたエビルは大声で眠りから覚め、上体を起こして窓の方を眺める。相変わらず暗く、夜だからか一層闇で包まれている外の景色は何も映らない。
 視覚に頼れないのなら聴覚だ。耳を澄ませれば微かに連続して聞こえる金属音を拾う。明らかに戦闘の音だと判断したエビルはベッドを離れ、壁に立てかけてあった剣を持ち、首に巻いている白いマフラーの位置を整える。視覚ではなく感じる力でそれら全てをこなした。

 隣で寝ているだろうレミの姿も見えないがエビルは叫ぶ。

「レミ、起きてくれ! 敵襲だ!」

「へひふ……れーひひゅう……?」

 寝ぼけているレミはベッドを転がり床へ落ちた。
 痛みで目が覚めたようで「いだっ!」という声と共に起き上がる。

「あーもう、何なのよ……何も見えないし」

 頭を赤髪の上から擦り、レミは火の秘術を使用して右手に火の玉を生成する。
 灯りが生まれたことでようやく二人は部屋の内部が見えるようになった。しかし外までは見えないので状況が上手く掴めない。

「レミ、おそらく敵襲だ。セイムが戦ってる」

「あいつが……? そう、じゃあ加勢に行かないとね」

「急ごう。何か、嫌な予感がする」

 部屋を出て、階段を駆け下りて、シバルバ家の玄関扉を勢いよく開け放つ。
 当然ながら闇に包まれている外では目が慣れていないためほぼ見えない。レミの灯火があるとはいえ可視範囲は精々五メートルといったところだ。

「見えない……いや、感じるんだ」

 右手の甲にある竜巻のような紋章が淡く緑に光る。
 風紋を発動したエビルの感覚は強化される。暗闇で視界に頼れなかろうと敵の気配を感じ取って居場所を特定出来る。

「感じた。純度の高い殺意が二つ……!」

 鞘から剣を抜き、夜闇の中を迷わず前進するエビル。
 直感のままに突き進むが殺意や気配では敵か味方か判別がつかない。駆け寄るはいいもののこのままでは攻撃が出来ない。

「アタシに任せて!」

 ――突然、里が赤く照らされた。
 エビルが振り返るとレミがシバルバの家付近で立ち止まり、真上に向けた両手から真っ赤な火柱が勢いよく噴射されていた。太い火柱が高所にまで届いているおかげで里全体が黒からオレンジに染まる。

「どうよ、アタシの炎は役に立つでしょ!」

 明るくなったのでエビルは戦闘現場を視界に捉えられた。
 縮れ毛の黒い長髪、赤い目、二本の刀を持つ男。
 黒髪黒目、褐色肌の上に黒いマントを着ていて、大鎌を振り回すセイム。
 照明の役割をしてくれているレミに「ありがとう!」と礼を言い、戦闘が起きている場所へと疾走する。

 その時、敵である男は攻撃の手を止めて昇る火柱へ視線を移した。

「なんだあれは……?」
「余所見してんじゃねえぞ!」

 目を離した隙を逃すわけもなくセイムは大鎌を真下から振るい、男が咄嗟に飛び退くも左肩を抉った。

「油断油断油断油断。お返しお返し死のプレゼンツ!」

 二本の刀の刃先がセイムへと迫る。防御しようと大鎌を構えたセイムと、刺突二撃を繰り出している男の間にエビルは突っ込む。
 自身の剣を縦に振るって刺突二撃の軌道を逸らす。その勢いと反動を利用して剣を男目掛けて振るうも、男は上体を曲げて回避してから距離を取る。

「助太刀するよ、セイム」

「……ああ、頼むわ。俺一人じゃ結構きついしよ」

 軽く息を切らしているセイムを見れば酷い怪我をしていた。
 胸下には刀が貫通した傷があり血が流れ続けている。他にも頬にも浅く斬られた傷が存在している。対して男の傷は左肩が軽く抉られた程度。実力差がはっきりと傷の深さに出ている。

「だが奴の見慣れねえ武器……刀っつってたかな。あれには気をつけろ。あれには毒が塗ってあるって本人が暴露してた」

 毒という言葉でエビルは目を見開く。

(気をつけろって、でもセイム……君……もう斬られているじゃあないか! 毒は大丈夫なのか? 本当にまだ戦えるのか? この怪我に加えて毒、あまり長引かせるわけにはいかない……!)

 どれほど強力なものかは分からないが既に目に見える場所で二か所も手傷を負っている。毒の強さによればいつ倒れてもおかしくない。エビルには二本の刀から嫌な感じが伝わっているので毒があるのは間違いない。

『つくづくお前はツイてねえよな。まさかまた四罪と出くわすなんてよ』

 シャドウがそんなことを言う。四罪なら男の正体が魔信教ということになる。

『よりによってトップクラスにイカれてる奴が来るとはな。――スレイ。二刀流で串刺しにしたり斬殺したりと魔信教内で一番殺人に積極的な野郎だ。ついたあだ名は、長髪が返り血で赤く染まることから紅の串刺し機ってな。他にも――』

『もういい。今は時間が惜しい』

 情報を無償でくれるのはありがたいがのんびりと聞いていればセイムが死ぬ。だが一応情報の正確性を確かめるべく目前の長髪男へとエビルは問いかけた。

「君は魔信教なのか」
『いや信用しろよ』

「そうそうそうそう、俺は魔信教四罪のスレイ。お前も俺のプレゼント受け取ってくれるよなあ」

 エビルは「プレゼント?」と返す。

「死っていう最高の贈り物なんだけどよお、欲しいだろお?」

 物騒すぎることを言うスレイに若干エビルは引き気味になる。

「……お断りしておくよ」

「それじゃあ強制的に送ってやるぜえ。黄泉の世界になああ」

 終始狂気的な笑みを浮かべながら、スレイはエビル目掛けて何の構えもなく駆け出した。
 エビルは迫る剣を自身の剣で防御する。その隙にセイムがスレイの後方に回る。
 大鎌で薙ぎ払おうとしたセイム。それを分かっているかのようにスレイは笑みを深め、もう一本の剣で突き刺そうと左手を動かす。
 スレイがこれからする攻撃に気付いたエビルは叫ぶ。

「躱すんだセイム!」

「いやあ、もう遅いんだよなあ」

 後ろを振り向かずに、そのままの体勢でスレイは突きを放つ。
 右肩の上を通って放たれた予想不可能の突きだったが、セイムは忠告通り躱そうとして首を捻ったことで避けた。

「あっぶねえ……!」

「おいおい避けたのか。毒が回ってるからよお、そんな速く動けるはずがねえんだけどなああ。死神と人間じゃあ違うんだろうなああ」

 スレイの剣は技と呼べるようなものはない。しかし型に当てはまらないからこそ強いこともある。エビルとセイムは二人がかりで戦うも苦戦を強いられた。二人で互いをサポートしつつギリギリのところで戦えている状態だ。

 何度も己の武器で打ち合うだけで進展は何もない。新たに敵へと作った傷も、二人が受けた傷も何もない。ただセイムの傷口からは血が流れ続けている。

 本当に強いことをエビルは感じ取っていた。
 二対一にもかかわらず勝機が見えない。やっと互角に戦えているといったレベルなのに、もしこのままいけばセイムはいずれ力尽きて倒れてしまう。そうなれば敗北は時間の問題だろう。

「おいおいおいどうして躱すんだよお。何で死という喜びを受け入れないんだよお!?」

「死ぬってのが喜びだあ? じゃあまずテメエが死ねよ!」

「それは出来ないんだよ。俺はもっと多くの人達に死という至福があることを知ってもらいたいんだよなあ! その為に魔信教に入りこうして広めているんだからなあ! はい死死死死死いいい!」

 どう聞いても狂っている男の言動。
 スレイがこれまでにやってきたであろうことを想像するのは容易い。快楽なのか不明だが大勢の人間を斬殺してきたことは間違いない。怒りを抱いたエビルはスレイの剣を弾き返すと同時に剣を振り下ろすが、それをスレイは二本の剣で受け止める。

「へっ、後ろががら空きだっての」

 背後から機動力を削ぐためにセイムは足を狙って薙ぎ払う。
 その瞬間、スレイはエビルの剣を下に受け流して二人の武器同士を衝突させた。
 驚愕で固まる二人だったがそれも一瞬。スレイが二人の心臓を貫こうと突きを放ってきたので紙一重で躱す。だが猛攻は止まらず、自分ごと回転して斬り刻もうとしてくるので咄嗟に武器で防ぐ。
 防御は成功したものの勢いは凄まじく、二人は後方に数メートル飛ばされた。

「凄い……アタシじゃ入りたくても入れない。足手まといになるくらいの技量と実力……悔しいけど今回は灯りになるくらいしか……」

 その戦闘の様子をレミはしっかりと見ていた。
 レミは自身の力が及ばないのを悟って悔しそうに呟く。実際エビル達が行っている戦闘はイレイザーの時よりも激しい。

「焦る必要はないんじゃよ。まだお主は若い」

 両手を真上に上げて火柱を作り上げているレミの背後、家の扉からシバルバが出て来て隣に並ぶ。

「ちょ、ちょっと、どうして出て来ちゃうのよ! 危ないわよ!?」

「血の繋がりがなくとも息子……というより孫ですか。そんなような者が傷付きながら戦っているのを知ってジッとはしていられませぬ。じゃが本当に申し訳ない、何かの助けすら儂には出来そうにもない。あの男を撃退出来たのは暗闇と人数差のアドバンテージがあったからこそじゃ。儂一人加勢したところであの男に隙すら作れぬ」

 出て来たはいいもののシバルバも戦闘を心配そうに眺めるしか出来なかった。しかしかなりの年数を生きている老人の観察眼は状況を分析出来た。

「今のところ互角。ですがセイムは手傷を負い、疲労も溜まっている様子。エビル君は心優しきお人だ、彼の性格はあまりに戦いに向いていない。このままではいずれ……」

「……時間の問題よね、エビル達も……アタシも」

 レミの炎は最初よりも徐々に弱まってきていた。
 フルパワーの火力を放出し続けているなら疲労も溜まりやすい。実際にやったところ十分程度で立てなくなる程だ。つまり戦闘が長引けば暗闇に逆戻りしてエビルは不利になってしまう。

 そしてそれを理解しているエビルは現在、スレイの猛攻を全て防いでいた。

「そおらそおらそおらそおらあ! いい加減に死を受け入れて、黄泉へ旅立ってくれないとなあ。いいじゃないかよお、ちょっと死ぬだけじゃないかよお、なああ……」

「簡単に言ってくれる……! 僕達はまだ死ねないっていうのに!」

「はあっ……! チッ!」

 セイムは息を乱しながら首を切断しようと迫る剣を体を反らして躱す。
 倒れそうになるが大鎌を支えにして態勢を立て直した。そして起き上がると同時に大鎌を振り下ろすがスレイはそれを剣で受け流して反撃する。躱そうとするも間に合わずセイムの肩は貫かれた。

「ほらほらほらほら。一瞬だから痛くないんだよなあ、抵抗するから痛くなるんだよなあ。分かったら大人しく黄泉へ行ってくれよなああ」

(しまった、またセイムに傷が……! 毒が……! このままじゃ……!)

 貫いた刀を引き戻すと同時にスレイはセイムを蹴り飛ばす。
 地に転がったセイムへとスレイは余裕を見せて歩み寄ろうとする。そんな彼へと目掛けて背後からエビルが剣を振りかぶる。

 一瞬、エビルの中で迷いが生まれた。
 このまま振り下ろせば脳天から一撃。即死。疑いようのない死で敵を滅ぼすことが出来る。だがこの期に及んでまだエビルは人を殺す決心がついていない。

 人を殺すのは悪いことだ。そんな想いが攻撃の方向を変えた。
 迷ったエビルは脳天から右腕へと狙いを変えて剣を振り下ろす。

「見えなくても見えるんだよなあ。お前……死が怖いのかあ」

 突如、スレイが黒い長髪を靡かせて左へ逸れた。

「自分のじゃなく他人の死が怖いのか。誰かの死を悲しめる奴は良い奴だよなあ。だが安心しろよおお、お前が死ねば行くのは黄泉……黄泉ならだあれも死にはしないからよおお。だってもう死んでるんだからなああ」

 回転をかけたスレイの斬撃がエビルを襲う。
 咄嗟に防御したとはいえ数メートル吹き飛ばされてしまった。体勢も崩れて地を転がるおまけ付きだ。

 遠くで見ることしか出来ないレミは状況の悪さに歯を食いしばる。同時に自身の限界を悟って悪化する現状を把握して、この場で一番無力感を味わっていたのはレミであった。
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