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第二章
その男、クルーガー-03
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かつて。
陸路のラーサス、海のデールタと言わしめた交易の要衝がある。現在においてはヴィストーデ砂漠に国境を置いて以降、両都市は城塞都市となった。そのうち、ラーサスから北へ200Giz(役322km)、ヴィフォン・ガット山地の麓に彼の地”ラウレスランド”はある。
歴史上、最も古い民族のひとつともいわれるファントメシア族は、まさにこのラウレスランドで長い間、静かに暮らしていた。しかし、現クーニフ王の政権となりコムニス主義が発布されると、優生民族保護法が成立。劣生とみなされたのは、ファントメシア族だけではなかった。
その脅威は周辺諸外国にも及び、帝国は東西へとその手を伸ばしていった。
帝国の西においては、既にウエストリヒ、デコラチオ、ファラクターハント、ズーダンの四国が帝国の軍門に下り、植民地として圧政を敷いていた。また、国内においてもなお、少数民族は虐げられ、財産与奪や虐殺の憂き目にあっていたのだ。
「ここで立たねば、王の気分次第で我々は滅ぼされてしまう!」
クルーガーは言う。
「グリーティスタンの小さな村、ダーフから始まった帝国への反逆! それこそが我々が生き延びるための光明だった。そして、我々に残された唯一の手段だったのだ!」
ラウレスランドの民は善戦していた。徹底的なゲリラ戦を展開し、俺達も苦しんだこの土地独特の土壌を有効に活用して不利なはずのドラグナー戦に対抗していた。かの人物、ヴァータス=クルーガーは民草を率いた英雄として、帝国のブラックリストに載っていると言う。
「…ナルホド」
俺は定期便でやって来たフリンスターフ号の貴賓室内で、ヌッツの話を聞いていた。
「てな訳で、むしろライヴさん達の側の人間です。もっとも、あくまでアタシの知る範疇での話ですが」
「それにしても凄い戦績だよね。ドラグナーも、それを扱う人材も無しで善戦していたってさ」
「なにせ政情不安な街でして、堂々と乗り込める場所ではないんですよ」
ヌッツは苦笑いした。
「ならさ」
俺の悪い癖が出てきた。取らぬ狸の皮算用だ。
「もし、もしもだよ。この土地から帝国軍を追い出して、上手く平定に持ち込めりゃ…」
「と、いいますと?」
「ヌッツさん、あなたの出番も増えますよ?」
「まぁ、そりゃ確かに。アタシが手がけるマーケットの拡大は望めるでしょうが…」
「それにさ」
「はぁ…」
「点から線に。線から面に。コレはチャンスだね!」
◇ ◇ ◇ ◇
「皆さん、こんばんは。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界へようこそ。ブレンドフィア=メンションです。
さて、皆さんは『天座の巫女』という存在をご存知でしょうか? 7柱の天使に仕える巫女の中でも、特に親和性の高い人物を指してそう呼ばれていたと言います。この『天座の巫女』とは、どのような存在だったのでしょう? それでは、今夜も歴史の1ページを紐解いていきましょう」
ナフバシュタート州の大都市、デールタ。その海べりにそびえ立つ大きな神殿が、ミステルユース神殿遺跡である。この神殿に7柱の天使が祀られており、現在のミステルユース神殿には、当時の1/7しか面影が遺されてはいない。であるにも関わらず、今もその隆盛を偲ばせてくれる世界屈指の神殿だ。
「『天座の巫女』、それはこの場所… ミステルユース神殿にも存在していたと史記”ゲシュヒテ”に活き活きと描かれています」
そう話すのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「この神殿の周辺で発掘された豊富な石版や粘土板。そして、口伝などから『天座の巫女』の特殊性をたどることができます。中でも私が今手にしているこのNo.N-1028とナンバリングされた石版には、次のことが書かれています。
『天座の巫女とは、失われた肉体の代わりに、一時的に憑坐として魂を引き止めておける巫女である。それは誰でも巫女になれるものではなく、遺伝的に、素養が必要となった』
正直言って、ナンセンスです。そんなチートな能力があるのなら、命を落とした数々の英雄は何らかの手段で命を永らえた事でしょう。これはあくまでシャーマン的な存在であり、依代として言葉を伝えるなどのスキルを持つ人物であったと考えられます。そして、その人物こそが、リバーヴァ家の血脈にいたと私は考えています」
つまり。
『天座の巫女』とは、オカルトの世界でよくある死者の魂を降ろすという存在であったというのである。この意見に対して反論する人物がいる。ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「随分以前にもお話しましたが、実はこのナフバシュタート州でもオフツィーア・ベクツェと思われる土偶が数多く発見されています。この事実は一体何を私達に訴えかけているのでしょう。ここで私は、ひとつの突拍子もない説をぶちあげようと思います。
『アムンジェスト=マーダーは生きていた』と。
そう考えた方が腑に落ちる粘土板が数多く発掘されているのです。少なくとも現在では、マーダーには妻子がいなかったことが確認されています。にも関わらず、この地でオフツィーア・ベクツェが数多のドラグナーを破壊していたとする記述があるのです。コレは一体、どういうことでしょう? そこで『天座の巫女』の存在です。もしも彼女たちによって魂を繋ぎ止められていたのであれば、或いは、マーダーという人物が生き延びており、オフツィーア・ベクツェを駆って戦線を脅かしていたと言えるのです」
◇ ◇ ◇ ◇
「では」
一言、前置きをしてクルーガーは大きな地図を広げた。
「ここ、ファルクニューガン城のあるオースティン砦から攻め込もうとするならば、3つのルートがある」
「それがダス・ヴェスタ・ラウレスランド・城塞都市のムーアですね」
アジ・ダハーカのブリーフィングルームにて。俺は壇上の中央の椅子に腰掛けていた。
「左様、ライヴ殿。前回の戦闘からはや半月を大きく過ぎ、敵の体制も整いつつある。ましてや、皆が苦戦したというシアルルも再配備していると聞く。そして、ムーアだ!」
クルーガーが地図上の一点を指差した。
「現在ここを抑えているのが、ベイク=カンター大佐。このナフバシュタート州を統治しているアドマイア=エイヒタッド准将の懐刀だ。そして…」
クルーガーは1枚の写真を取り出した。そこには、見覚えのある漆黒のドラグナー…。
「オフツィーア・ベクツェだ。アムンジェスト=マーダーはムーアにいた」
いた?
過去形ですか?
「それじゃ、今頃ヤツは?」
俺は、おずおずと訪ねてみた。
「おそらくは、デールタに」
クルーガーは言った。
「根拠は何よ?」
アギルが助け船を出してくれた。
「我輩にもニュースソースはある」
ふむ、ナルホド。
「んで、そのカンターとか言う将兵は堅いのか?」
アギルがおもむろに口を開いた。
「堅い。上司であるエイヒタッド准将が認めているほどだ。彼自身、当たり前のことを当たり前に遂行できる男なのだ」
「厄介だな…」
フラウが口を開いた。
「当たり前のことができる将兵ほど厄介な者はいない」
「そうなの? フラウ」
「ええ、シェスター。意外だろうけど、セオリー通りに事を運べる才能というのは貴重なのよ」
「フラウが言った通りだ。前回俺達が苦戦したのも道理だよ。よくも伸びた補給線を閉じに来なかったもんだ。…いや、閉じないことで、ここに惹きつけておく算段だったか?」
俺は地図を見ながら戦慄した。
「おそらく!」
クルーガーが言葉を発した。
「退路を作っておくことで何度もここを攻撃させ、敵は敵で突いたり引いたりを繰り返すことでこちらの消耗を狙っていたのだろう。短期決戦を狙うあなた方には、苦戦するのが見えていた!」
「て事は、今回の作戦そのものが失敗だったと?」
「そうだよ、アギル。リーヴァの事で焦った俺のミスさ」
俺は頭を抱えながらアギルを見やった。
「そこで、我々は軍を二つに分ける。一方はダス・ヴェスタ。そしてもう一方は」
クルーガーの声がワントーン跳ね上がった。
「ラウレスランドだ」
陸路のラーサス、海のデールタと言わしめた交易の要衝がある。現在においてはヴィストーデ砂漠に国境を置いて以降、両都市は城塞都市となった。そのうち、ラーサスから北へ200Giz(役322km)、ヴィフォン・ガット山地の麓に彼の地”ラウレスランド”はある。
歴史上、最も古い民族のひとつともいわれるファントメシア族は、まさにこのラウレスランドで長い間、静かに暮らしていた。しかし、現クーニフ王の政権となりコムニス主義が発布されると、優生民族保護法が成立。劣生とみなされたのは、ファントメシア族だけではなかった。
その脅威は周辺諸外国にも及び、帝国は東西へとその手を伸ばしていった。
帝国の西においては、既にウエストリヒ、デコラチオ、ファラクターハント、ズーダンの四国が帝国の軍門に下り、植民地として圧政を敷いていた。また、国内においてもなお、少数民族は虐げられ、財産与奪や虐殺の憂き目にあっていたのだ。
「ここで立たねば、王の気分次第で我々は滅ぼされてしまう!」
クルーガーは言う。
「グリーティスタンの小さな村、ダーフから始まった帝国への反逆! それこそが我々が生き延びるための光明だった。そして、我々に残された唯一の手段だったのだ!」
ラウレスランドの民は善戦していた。徹底的なゲリラ戦を展開し、俺達も苦しんだこの土地独特の土壌を有効に活用して不利なはずのドラグナー戦に対抗していた。かの人物、ヴァータス=クルーガーは民草を率いた英雄として、帝国のブラックリストに載っていると言う。
「…ナルホド」
俺は定期便でやって来たフリンスターフ号の貴賓室内で、ヌッツの話を聞いていた。
「てな訳で、むしろライヴさん達の側の人間です。もっとも、あくまでアタシの知る範疇での話ですが」
「それにしても凄い戦績だよね。ドラグナーも、それを扱う人材も無しで善戦していたってさ」
「なにせ政情不安な街でして、堂々と乗り込める場所ではないんですよ」
ヌッツは苦笑いした。
「ならさ」
俺の悪い癖が出てきた。取らぬ狸の皮算用だ。
「もし、もしもだよ。この土地から帝国軍を追い出して、上手く平定に持ち込めりゃ…」
「と、いいますと?」
「ヌッツさん、あなたの出番も増えますよ?」
「まぁ、そりゃ確かに。アタシが手がけるマーケットの拡大は望めるでしょうが…」
「それにさ」
「はぁ…」
「点から線に。線から面に。コレはチャンスだね!」
◇ ◇ ◇ ◇
「皆さん、こんばんは。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界へようこそ。ブレンドフィア=メンションです。
さて、皆さんは『天座の巫女』という存在をご存知でしょうか? 7柱の天使に仕える巫女の中でも、特に親和性の高い人物を指してそう呼ばれていたと言います。この『天座の巫女』とは、どのような存在だったのでしょう? それでは、今夜も歴史の1ページを紐解いていきましょう」
ナフバシュタート州の大都市、デールタ。その海べりにそびえ立つ大きな神殿が、ミステルユース神殿遺跡である。この神殿に7柱の天使が祀られており、現在のミステルユース神殿には、当時の1/7しか面影が遺されてはいない。であるにも関わらず、今もその隆盛を偲ばせてくれる世界屈指の神殿だ。
「『天座の巫女』、それはこの場所… ミステルユース神殿にも存在していたと史記”ゲシュヒテ”に活き活きと描かれています」
そう話すのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「この神殿の周辺で発掘された豊富な石版や粘土板。そして、口伝などから『天座の巫女』の特殊性をたどることができます。中でも私が今手にしているこのNo.N-1028とナンバリングされた石版には、次のことが書かれています。
『天座の巫女とは、失われた肉体の代わりに、一時的に憑坐として魂を引き止めておける巫女である。それは誰でも巫女になれるものではなく、遺伝的に、素養が必要となった』
正直言って、ナンセンスです。そんなチートな能力があるのなら、命を落とした数々の英雄は何らかの手段で命を永らえた事でしょう。これはあくまでシャーマン的な存在であり、依代として言葉を伝えるなどのスキルを持つ人物であったと考えられます。そして、その人物こそが、リバーヴァ家の血脈にいたと私は考えています」
つまり。
『天座の巫女』とは、オカルトの世界でよくある死者の魂を降ろすという存在であったというのである。この意見に対して反論する人物がいる。ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「随分以前にもお話しましたが、実はこのナフバシュタート州でもオフツィーア・ベクツェと思われる土偶が数多く発見されています。この事実は一体何を私達に訴えかけているのでしょう。ここで私は、ひとつの突拍子もない説をぶちあげようと思います。
『アムンジェスト=マーダーは生きていた』と。
そう考えた方が腑に落ちる粘土板が数多く発掘されているのです。少なくとも現在では、マーダーには妻子がいなかったことが確認されています。にも関わらず、この地でオフツィーア・ベクツェが数多のドラグナーを破壊していたとする記述があるのです。コレは一体、どういうことでしょう? そこで『天座の巫女』の存在です。もしも彼女たちによって魂を繋ぎ止められていたのであれば、或いは、マーダーという人物が生き延びており、オフツィーア・ベクツェを駆って戦線を脅かしていたと言えるのです」
◇ ◇ ◇ ◇
「では」
一言、前置きをしてクルーガーは大きな地図を広げた。
「ここ、ファルクニューガン城のあるオースティン砦から攻め込もうとするならば、3つのルートがある」
「それがダス・ヴェスタ・ラウレスランド・城塞都市のムーアですね」
アジ・ダハーカのブリーフィングルームにて。俺は壇上の中央の椅子に腰掛けていた。
「左様、ライヴ殿。前回の戦闘からはや半月を大きく過ぎ、敵の体制も整いつつある。ましてや、皆が苦戦したというシアルルも再配備していると聞く。そして、ムーアだ!」
クルーガーが地図上の一点を指差した。
「現在ここを抑えているのが、ベイク=カンター大佐。このナフバシュタート州を統治しているアドマイア=エイヒタッド准将の懐刀だ。そして…」
クルーガーは1枚の写真を取り出した。そこには、見覚えのある漆黒のドラグナー…。
「オフツィーア・ベクツェだ。アムンジェスト=マーダーはムーアにいた」
いた?
過去形ですか?
「それじゃ、今頃ヤツは?」
俺は、おずおずと訪ねてみた。
「おそらくは、デールタに」
クルーガーは言った。
「根拠は何よ?」
アギルが助け船を出してくれた。
「我輩にもニュースソースはある」
ふむ、ナルホド。
「んで、そのカンターとか言う将兵は堅いのか?」
アギルがおもむろに口を開いた。
「堅い。上司であるエイヒタッド准将が認めているほどだ。彼自身、当たり前のことを当たり前に遂行できる男なのだ」
「厄介だな…」
フラウが口を開いた。
「当たり前のことができる将兵ほど厄介な者はいない」
「そうなの? フラウ」
「ええ、シェスター。意外だろうけど、セオリー通りに事を運べる才能というのは貴重なのよ」
「フラウが言った通りだ。前回俺達が苦戦したのも道理だよ。よくも伸びた補給線を閉じに来なかったもんだ。…いや、閉じないことで、ここに惹きつけておく算段だったか?」
俺は地図を見ながら戦慄した。
「おそらく!」
クルーガーが言葉を発した。
「退路を作っておくことで何度もここを攻撃させ、敵は敵で突いたり引いたりを繰り返すことでこちらの消耗を狙っていたのだろう。短期決戦を狙うあなた方には、苦戦するのが見えていた!」
「て事は、今回の作戦そのものが失敗だったと?」
「そうだよ、アギル。リーヴァの事で焦った俺のミスさ」
俺は頭を抱えながらアギルを見やった。
「そこで、我々は軍を二つに分ける。一方はダス・ヴェスタ。そしてもう一方は」
クルーガーの声がワントーン跳ね上がった。
「ラウレスランドだ」
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