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第六章
踊る人形-03
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「飛行甲板にスカイアウフ隊、戻ってきました!」
ブリッジの通信管制官から連絡が入った。
「よし、私も行こうか」
ローンが、サマーコートを羽織りながら立ち上がった。
「お願いします、ローンさん。…その隊員をブリーフィングルームへ来るよう伝達!」
「了解しました」
「…さて、仏と出るか蛇と出るか…」
「なんだね? そのホトケとか言うのは?」
「仏というのは、俺の世界で言うところの神様みたいなもんです。慣用句でもいろいろ出てくるんですよ」
「成程。もしこの国のことわざで言うならば『考慮なしに藪を突くべからず』となるのかな?」
「それに近い言葉は、俺の住んでた国にもありましたよ」
「ほほう。メンタルだけでなく、思想面でも君の国… 世界とは親和性があるのかもしれないな」
「面白いもんですね」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸せである。心豊かであろうから。故に、伝えよう。悠久の時間を経て語り継がれた、この物語を。…皆さん、こんばんは。番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?
さて。皆さんは『離人症』という病気をご存知でしょうか? なんとなくフワフワとした感覚がする、現実感がない、まるで自分ではないような気がする… これらはれっきとしたメンタルの病気です。では何故、いまこのお話をしたのかといいますと、魂の入れ替えの正体は、実はこの症状を指したものであるという説が最近になって現れてきたのです。
クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語には非常に多くのジーベン・ダジール経験者が登場します。かく言うこの物語の主人公”ライヴ=オフウェイ”もその一人でした。しかし、と私たちはは思うのです。もし彼らが『離人症』であったとして、果たして歴史に残るような大事業を成せるでしょうか? その点を含め、私たちはジーベン・ダジール≠離人症であると考えるのです」
◇ ◇ ◇ ◇
「どこにも人影がない… だと?」
「…はい。全くの空っぽです。我々も正直、どう対処していいやら…」
ローンは訝しげな顔をして、隊員の報告を聞いている。
「シュタークフォート城も、ですか?」
俺は確認の意味も込めて問いかけた。
「ええ。城の中にも誰ひとりとして姿を見ることができませんでした」
「ライヴ君、君はどう思う?」
「匂いますね。罠の匂いがプンプンと。しかし、ここを確実に何とかしないと、前へは進めません」
「では?」
「飛び込んでみましょう。その為の空挺部隊です」
それから1時間、俺はルフト・フルッツファグ・リッター:ルーカイランのブリッジにいた。
「手順は、先日のハイド・ビハインド奪取作戦と同じです。シュタークフォート城上空5,000Yagからの自由落下の後、一気にこの城に突入します。違うのは、これが敵の罠である可能性があるということ。それらしい兆候が見られたら、即時撤退します。いいですね。これはあくまで敵の出方を見る作戦であるということです。くれぐれもシュタークフォート城に固執しないでください」
俺が言い終わると、皆が敬礼を持って応えてくれた。うん、なんともくすぐったい気分だ。
「今回はライヴ殿が同行される。引き締まってかかれ!」
ルーカイラン副長、マンカン=ダスが号令をかけると、兵士たちは一斉に
「応!」
と応えた。まるで地響きがするような声だった。
「搭乗開始…! 搭乗開始…!」
号令があちこちでかかっていた。件の”樽”も健在である。その”樽”に入る特務兵も次々とスタンバイしていった。
それから20分もしない内に、出発準備も終了。ルーカイランはシュタークフォート城上空5,000Yagへ向けて舵を切った。急に俯角いっぱいに船首が上がり、固定された椅子の背もたれにGがかかる。上昇、上昇! ルーカイランは目的の場所へ向けてグングンと上昇を続けた。俺はふと、時計を見る。夜の8時前だった。
「もう城壁のガイスト・カノンの射程から外れましたよ」
マンカン=ダスが俺に報告してくれた。
「今… 高度はどれくらい?」
「まだ2,500Yagを越したところですね。…緊張してますか?」
「ええ、緊張してますとも。最悪のパターンも考えていますからね。今はそうならないことを祈るばかりです」
「きっと杞憂に終わりますよ。大丈夫です」
ルーカイラン艦長、ビアンテ=オポスニスティッヒだった。なんとも楽観的な意見ではある。だが、こういう時にはそれもいいかもしれない。
「高度3,000Yag…」
副長の声がブリッジに響き渡る。
「…4,000Yag…」
ルーカイランはグングンと上昇していく。
「間もなく5,000Yagに到着。水平飛行に移ります!」
「…ああ、助かる。このGはなかなか慣れなくってね」
俺は苦笑いしながら、姿勢を立て直した。
「間もなく、シュタークフォート城上空に差し掛かります」
副長の声を受けて、ビアンテ艦長は号令を出した。
「よし、総員に告ぐ。落ち着いて、普段の訓練どおりにやればいい。くれぐれも無事に帰ってきてくれ。では時間合わせを始め。…5 …4 …3 …2 …1 今!」
「では作戦開始!」
俺は号令を放った!
「作戦開始ーッ!」
伝声管を通じて、各部署に号令がかかる。
『-一番甲板、アースター=プランツ、ヘイムダル、出る!-』
『-二番甲板、ダーツ=ワイト、ファハン、出ます!-』
『-三版甲板、ダリッテ=パゾン、ファハン、出る!-』
……
全6つの甲板から、次々とドラグナーが発艦していく。パラグライダーは大きく風をはらみ、隊員たちを支えるに十分な揚力を得ている。そして最後のファハンが発艦するときだった。
『-私で最後です。ありがとうございました!…ダーリッツ=トマーン、出ます!-』
こうして全てのドラグナーが発艦した。
「全騎に告ぐ、全騎に告ぐ。2230をもって突入を開始せよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーニフ歴37年3月31日。作戦は決行されました。その当時の様子を後世に伝えた史書”ゲシュヒテ”には、このように書かれています。
『降下した空挺部隊は何も抵抗を受けることなく、その全てが無事に大地に降り立った。特殊部隊はシュタークフォート城を制圧、その実権を取ったかのように見えた』」
そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「そう、確かにシュタークフォート城はもぬけの殻だったのです。この段階においては。特殊兵はシュタークフォート城の要所を押さえると、ドラグナー部隊は城を取り囲むように配置につきました。そして、遙か上空からルーカイランが船首を下に自由落下を開始した時でした。城のすべての砲門が上を向いたのです。そう、これは紛うことなき罠だったのです」
「今私はシュタークフォート城の砲台跡にいます。先程までいたディグロウサ・ガイスト・カノン跡地からはかなり上部に当たる場所に、ここはあります。主に上空からの攻撃に対する迎撃用の砲台だったと考えられます。」
そのように語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「この城にはあちこちに発見されていない空間が存在していました。その出入り口は巧妙に隠され、その場所には多くの兵士が潜んでいたのです。それはこのシュタークフォート城に限りませんでした。砦の中の各地にその出入り口が巧妙に隠され、兵士たちは地下で息を潜めていたのです」
◇ ◇ ◇ ◇
ルーカイランが自由落下モードから水平飛行へと転舵しようとしたときだった。
『-ルーカイラン! ルーカイランに告ぐ! シュタークフォート城の砲台が生きている。現在貴艦を指向中! 直ちに離れたし…! 繰り返す!…-』
「船首上げ!! 全速前進!」
俺はとっさに叫んだ。
「船首上げ、全速…!」
復唱しながら、操舵士が舵を取った。
「ドラグナー隊は特務兵を回収後、全速で東門へ…! 大通りを利用して、ルーカイランの後部ハッチから各自乗り込め。いいな!」
『『-了解!-』』
「…やはり罠だったな…」
俺はブリッジの管制室から外を眺めていた。突然、ルーカイランの両サイドから轟音が鳴り響き、大きく船が揺れる!
「被害状況!」
ビアンテは叫んだ。
「被害が把握できたら、ダメージコントロールを急げ!」
「分かってますよ、ライヴ殿」
俺が指示を出そうとすると、マンカン=ダスがそれを制した。
「…出過ぎたマネだった。許して欲しい」
「いえ、お気になさらず…!?」
再び船は大きく揺らいだ。小型のガイスト・カノンがルーカイランを指向し、発砲していた。ルーカイランは特務隊とランダー隊を回収するために高度を低くしておく必要がある。このまま高度を上げることは許されなかった。
『-ひとつずつからでも壊していきますよ!-』
『-俺達が潰している内に、早く乗り込め!-』
「誰かッ!?」
俺は反射的に叫んでいた。
「アースター=プランツ、ダリッテ=パゾン、ダーツ=ワイトの三名です!」
「よし、今のうちにランダー隊を回収!」
「了解!」
ルーカイランは高度を更に低く下げ、後部甲板を大きく開いた。
『-次だ! 早く乗り込め!-』
『-わかってる! 順番だ!-』
『-俺も潰す方に回ろうか!?-』
『-いや、余計なことはするな。乗り込むことだけを考えろ!-』
……!
『-全騎、収容できました。後は下の三騎だけです!-』
「アースター、ダリッテ、ダーツの三名、即時ルーカイランに乗り込め! 至急だ!」
『-そうは言ってもねぇ、次々と敵さんが湧いてくるんでさぁ-』
『-ここは俺達でなんとか東門から脱出します。だから…!-』
『-そうそう、お仲間を頼んまさぁ…!-』
「…みんな…!」
『-幸運を…!-』
「…すまない…! …舵起こせ、速度上げ… ルーカイラン、上昇を開始せよ…ッ!」
そして上昇を開始した矢先だった。
パリ… パリッパン、パリ…ッ!
遙か後方、シュタークフォート城の方から空気を引き裂くような音が響いてきた。俺は後ろを振り返った。
シュタークフォート城の中腹が、強い輝きを放っていた。
「ヤバい! 速度上げ! 上昇急げ!」
俺は叫んだ!
「魔導防壁展開! 攻撃に備えよ。総員、衝撃に耐えろ!」
ビアンテ艦長も叫んだ!
パパパ…パリ…パリ…パパン…
「来るぞ!」
ドォォォォ… …ン!
ルーカイランの左後方に着弾! この大きな艦が空中で大きく回転した!
「ぐあぁぁ…!」
艦内が悲鳴でいっぱいになった! そして、ルーカイランは地面に大きくバウンド、ゴロンと転がりながら城壁に激突して停止した。
「…うぐぐ… 全員無事か!?」
俺は思わず叫んでいた。
「…大した怪我はしていません!」
「…ダメージは!?」
「現在調査中です!」
「急げ!」
「分かってます!」
「アウラシュランケを展開していたのが幸いしていたようです。左舷カタパルトは持ってかれました! しかし、すぐに飛べます!」
ビアンテ艦長がホッとした様子で報告してきた。そして、総員に号令をかける!
「エンジンに火を入れろ! 即座に退却する!」
「了解!」
「ルーカイラン、上昇ができません!」
「構わん! 敵城壁を破壊して脱出だ!」
「…了解、前方に攻撃を集中します!」
「全砲門、開け… 撃て!」
発砲が開始されるや否や、前方の城壁からも発砲してきた。
「構わん! 突入せよ!」
「耐衝撃準備!」
「ぐあぁぁああ!」
「オーシュランケを艦首に展開! 突っ込め!」
「展開しました!」
ドゴ… ン!…ガガガ… ガラン… ギギギィィィ… ドムぅ…!
嫌な音が、館内に響き渡る。
「ダメージは!?」
「右舷カタパルトも大きく破損! 被害甚大!」
「…よし、このまま脱出する!」
「…前方から艦影2! …こちらに向けて発砲してきます!」
「なんだって!?」
「…識別…しました! 味方です! アジ・ダハーカとファグナックが城壁のガイスト・カノンに対し援護射撃をしてくれています!」
「…そうか…」
ビアンテ艦長は、ようやく椅子に腰掛けた。先程のやり取りで相当疲れたのだろう、帽子を深々とかぶり、大きく深呼吸していた。俺はその間、何もできないでいた。さすが本職は違う。俺は改めて、その凄さを噛み締めた。
ブリッジの通信管制官から連絡が入った。
「よし、私も行こうか」
ローンが、サマーコートを羽織りながら立ち上がった。
「お願いします、ローンさん。…その隊員をブリーフィングルームへ来るよう伝達!」
「了解しました」
「…さて、仏と出るか蛇と出るか…」
「なんだね? そのホトケとか言うのは?」
「仏というのは、俺の世界で言うところの神様みたいなもんです。慣用句でもいろいろ出てくるんですよ」
「成程。もしこの国のことわざで言うならば『考慮なしに藪を突くべからず』となるのかな?」
「それに近い言葉は、俺の住んでた国にもありましたよ」
「ほほう。メンタルだけでなく、思想面でも君の国… 世界とは親和性があるのかもしれないな」
「面白いもんですね」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸せである。心豊かであろうから。故に、伝えよう。悠久の時間を経て語り継がれた、この物語を。…皆さん、こんばんは。番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?
さて。皆さんは『離人症』という病気をご存知でしょうか? なんとなくフワフワとした感覚がする、現実感がない、まるで自分ではないような気がする… これらはれっきとしたメンタルの病気です。では何故、いまこのお話をしたのかといいますと、魂の入れ替えの正体は、実はこの症状を指したものであるという説が最近になって現れてきたのです。
クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語には非常に多くのジーベン・ダジール経験者が登場します。かく言うこの物語の主人公”ライヴ=オフウェイ”もその一人でした。しかし、と私たちはは思うのです。もし彼らが『離人症』であったとして、果たして歴史に残るような大事業を成せるでしょうか? その点を含め、私たちはジーベン・ダジール≠離人症であると考えるのです」
◇ ◇ ◇ ◇
「どこにも人影がない… だと?」
「…はい。全くの空っぽです。我々も正直、どう対処していいやら…」
ローンは訝しげな顔をして、隊員の報告を聞いている。
「シュタークフォート城も、ですか?」
俺は確認の意味も込めて問いかけた。
「ええ。城の中にも誰ひとりとして姿を見ることができませんでした」
「ライヴ君、君はどう思う?」
「匂いますね。罠の匂いがプンプンと。しかし、ここを確実に何とかしないと、前へは進めません」
「では?」
「飛び込んでみましょう。その為の空挺部隊です」
それから1時間、俺はルフト・フルッツファグ・リッター:ルーカイランのブリッジにいた。
「手順は、先日のハイド・ビハインド奪取作戦と同じです。シュタークフォート城上空5,000Yagからの自由落下の後、一気にこの城に突入します。違うのは、これが敵の罠である可能性があるということ。それらしい兆候が見られたら、即時撤退します。いいですね。これはあくまで敵の出方を見る作戦であるということです。くれぐれもシュタークフォート城に固執しないでください」
俺が言い終わると、皆が敬礼を持って応えてくれた。うん、なんともくすぐったい気分だ。
「今回はライヴ殿が同行される。引き締まってかかれ!」
ルーカイラン副長、マンカン=ダスが号令をかけると、兵士たちは一斉に
「応!」
と応えた。まるで地響きがするような声だった。
「搭乗開始…! 搭乗開始…!」
号令があちこちでかかっていた。件の”樽”も健在である。その”樽”に入る特務兵も次々とスタンバイしていった。
それから20分もしない内に、出発準備も終了。ルーカイランはシュタークフォート城上空5,000Yagへ向けて舵を切った。急に俯角いっぱいに船首が上がり、固定された椅子の背もたれにGがかかる。上昇、上昇! ルーカイランは目的の場所へ向けてグングンと上昇を続けた。俺はふと、時計を見る。夜の8時前だった。
「もう城壁のガイスト・カノンの射程から外れましたよ」
マンカン=ダスが俺に報告してくれた。
「今… 高度はどれくらい?」
「まだ2,500Yagを越したところですね。…緊張してますか?」
「ええ、緊張してますとも。最悪のパターンも考えていますからね。今はそうならないことを祈るばかりです」
「きっと杞憂に終わりますよ。大丈夫です」
ルーカイラン艦長、ビアンテ=オポスニスティッヒだった。なんとも楽観的な意見ではある。だが、こういう時にはそれもいいかもしれない。
「高度3,000Yag…」
副長の声がブリッジに響き渡る。
「…4,000Yag…」
ルーカイランはグングンと上昇していく。
「間もなく5,000Yagに到着。水平飛行に移ります!」
「…ああ、助かる。このGはなかなか慣れなくってね」
俺は苦笑いしながら、姿勢を立て直した。
「間もなく、シュタークフォート城上空に差し掛かります」
副長の声を受けて、ビアンテ艦長は号令を出した。
「よし、総員に告ぐ。落ち着いて、普段の訓練どおりにやればいい。くれぐれも無事に帰ってきてくれ。では時間合わせを始め。…5 …4 …3 …2 …1 今!」
「では作戦開始!」
俺は号令を放った!
「作戦開始ーッ!」
伝声管を通じて、各部署に号令がかかる。
『-一番甲板、アースター=プランツ、ヘイムダル、出る!-』
『-二番甲板、ダーツ=ワイト、ファハン、出ます!-』
『-三版甲板、ダリッテ=パゾン、ファハン、出る!-』
……
全6つの甲板から、次々とドラグナーが発艦していく。パラグライダーは大きく風をはらみ、隊員たちを支えるに十分な揚力を得ている。そして最後のファハンが発艦するときだった。
『-私で最後です。ありがとうございました!…ダーリッツ=トマーン、出ます!-』
こうして全てのドラグナーが発艦した。
「全騎に告ぐ、全騎に告ぐ。2230をもって突入を開始せよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーニフ歴37年3月31日。作戦は決行されました。その当時の様子を後世に伝えた史書”ゲシュヒテ”には、このように書かれています。
『降下した空挺部隊は何も抵抗を受けることなく、その全てが無事に大地に降り立った。特殊部隊はシュタークフォート城を制圧、その実権を取ったかのように見えた』」
そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「そう、確かにシュタークフォート城はもぬけの殻だったのです。この段階においては。特殊兵はシュタークフォート城の要所を押さえると、ドラグナー部隊は城を取り囲むように配置につきました。そして、遙か上空からルーカイランが船首を下に自由落下を開始した時でした。城のすべての砲門が上を向いたのです。そう、これは紛うことなき罠だったのです」
「今私はシュタークフォート城の砲台跡にいます。先程までいたディグロウサ・ガイスト・カノン跡地からはかなり上部に当たる場所に、ここはあります。主に上空からの攻撃に対する迎撃用の砲台だったと考えられます。」
そのように語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「この城にはあちこちに発見されていない空間が存在していました。その出入り口は巧妙に隠され、その場所には多くの兵士が潜んでいたのです。それはこのシュタークフォート城に限りませんでした。砦の中の各地にその出入り口が巧妙に隠され、兵士たちは地下で息を潜めていたのです」
◇ ◇ ◇ ◇
ルーカイランが自由落下モードから水平飛行へと転舵しようとしたときだった。
『-ルーカイラン! ルーカイランに告ぐ! シュタークフォート城の砲台が生きている。現在貴艦を指向中! 直ちに離れたし…! 繰り返す!…-』
「船首上げ!! 全速前進!」
俺はとっさに叫んだ。
「船首上げ、全速…!」
復唱しながら、操舵士が舵を取った。
「ドラグナー隊は特務兵を回収後、全速で東門へ…! 大通りを利用して、ルーカイランの後部ハッチから各自乗り込め。いいな!」
『『-了解!-』』
「…やはり罠だったな…」
俺はブリッジの管制室から外を眺めていた。突然、ルーカイランの両サイドから轟音が鳴り響き、大きく船が揺れる!
「被害状況!」
ビアンテは叫んだ。
「被害が把握できたら、ダメージコントロールを急げ!」
「分かってますよ、ライヴ殿」
俺が指示を出そうとすると、マンカン=ダスがそれを制した。
「…出過ぎたマネだった。許して欲しい」
「いえ、お気になさらず…!?」
再び船は大きく揺らいだ。小型のガイスト・カノンがルーカイランを指向し、発砲していた。ルーカイランは特務隊とランダー隊を回収するために高度を低くしておく必要がある。このまま高度を上げることは許されなかった。
『-ひとつずつからでも壊していきますよ!-』
『-俺達が潰している内に、早く乗り込め!-』
「誰かッ!?」
俺は反射的に叫んでいた。
「アースター=プランツ、ダリッテ=パゾン、ダーツ=ワイトの三名です!」
「よし、今のうちにランダー隊を回収!」
「了解!」
ルーカイランは高度を更に低く下げ、後部甲板を大きく開いた。
『-次だ! 早く乗り込め!-』
『-わかってる! 順番だ!-』
『-俺も潰す方に回ろうか!?-』
『-いや、余計なことはするな。乗り込むことだけを考えろ!-』
……!
『-全騎、収容できました。後は下の三騎だけです!-』
「アースター、ダリッテ、ダーツの三名、即時ルーカイランに乗り込め! 至急だ!」
『-そうは言ってもねぇ、次々と敵さんが湧いてくるんでさぁ-』
『-ここは俺達でなんとか東門から脱出します。だから…!-』
『-そうそう、お仲間を頼んまさぁ…!-』
「…みんな…!」
『-幸運を…!-』
「…すまない…! …舵起こせ、速度上げ… ルーカイラン、上昇を開始せよ…ッ!」
そして上昇を開始した矢先だった。
パリ… パリッパン、パリ…ッ!
遙か後方、シュタークフォート城の方から空気を引き裂くような音が響いてきた。俺は後ろを振り返った。
シュタークフォート城の中腹が、強い輝きを放っていた。
「ヤバい! 速度上げ! 上昇急げ!」
俺は叫んだ!
「魔導防壁展開! 攻撃に備えよ。総員、衝撃に耐えろ!」
ビアンテ艦長も叫んだ!
パパパ…パリ…パリ…パパン…
「来るぞ!」
ドォォォォ… …ン!
ルーカイランの左後方に着弾! この大きな艦が空中で大きく回転した!
「ぐあぁぁ…!」
艦内が悲鳴でいっぱいになった! そして、ルーカイランは地面に大きくバウンド、ゴロンと転がりながら城壁に激突して停止した。
「…うぐぐ… 全員無事か!?」
俺は思わず叫んでいた。
「…大した怪我はしていません!」
「…ダメージは!?」
「現在調査中です!」
「急げ!」
「分かってます!」
「アウラシュランケを展開していたのが幸いしていたようです。左舷カタパルトは持ってかれました! しかし、すぐに飛べます!」
ビアンテ艦長がホッとした様子で報告してきた。そして、総員に号令をかける!
「エンジンに火を入れろ! 即座に退却する!」
「了解!」
「ルーカイラン、上昇ができません!」
「構わん! 敵城壁を破壊して脱出だ!」
「…了解、前方に攻撃を集中します!」
「全砲門、開け… 撃て!」
発砲が開始されるや否や、前方の城壁からも発砲してきた。
「構わん! 突入せよ!」
「耐衝撃準備!」
「ぐあぁぁああ!」
「オーシュランケを艦首に展開! 突っ込め!」
「展開しました!」
ドゴ… ン!…ガガガ… ガラン… ギギギィィィ… ドムぅ…!
嫌な音が、館内に響き渡る。
「ダメージは!?」
「右舷カタパルトも大きく破損! 被害甚大!」
「…よし、このまま脱出する!」
「…前方から艦影2! …こちらに向けて発砲してきます!」
「なんだって!?」
「…識別…しました! 味方です! アジ・ダハーカとファグナックが城壁のガイスト・カノンに対し援護射撃をしてくれています!」
「…そうか…」
ビアンテ艦長は、ようやく椅子に腰掛けた。先程のやり取りで相当疲れたのだろう、帽子を深々とかぶり、大きく深呼吸していた。俺はその間、何もできないでいた。さすが本職は違う。俺は改めて、その凄さを噛み締めた。
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