めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

005 夜の夢

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 陽が出ている間は暑く感じる事も多くなった最近だが、日没後はまだまだ過ごしやすい時期だった。圭は風呂上がりの湿った前髪を夜風に晒しながら、ベランダから星空を見上げていた。

(宙の声……か)

 実際に宇宙から語りかけてくる声などあるのだろうか。
 大いなる宇宙へと憧れを持つ大多数の男子からすればちょっとしたロマンを感じずにはいられないが、宗教団体ともなれば電波系な人間だと白い目で見られる事の方が多そうな気もする。
 できれば自分はそうした人間にはなりたくないな、とは思う。

「圭ちゃん……居る?」

 圭を呼ぶ声は空からではなく、薄い衝立を挟んだ隣のベランダから聞こえてきた。寝るにはまだ早い時間とはいえ、暗闇の中を伝わってくる眞尋の声はどこか弱々しく圭の耳に届いた。

「…ああ」

 昼間の事もあり、妙な気まずさを感じていた圭は短い声を発するに止まった。
 早々に謝ってしまおうと考えはするものの、何と言えば良いのか思考がぐるぐると回ってしまう。
 無心だ、無心。余計な事は考えるなと自身に言い聞かせるが、焦りばかりが生まれて呼吸をする事さえも忘れてしまいそうになる。
 それは眞尋も同じようで、互いに息詰まるばかりの状態が数秒間にわたって続く。

「その……さっきはゴメンねっ!」

 歯痒いばかりの空気に負けて逃げ出したいと思い始めた時、眞尋が口を開いた。

「私、あまり深く考えないっていうか、その、手が先に出ちゃうっていうか、その……、圭ちゃんの事、本当に好きだから……、えっと……だから、その……」

 その言葉で語る通り、今も何も考えてはいなかったのだろう。
 何かを話そうとはするものの、それは要領を得ない言葉の羅列になるだけで語尾が徐々に力を失ってゆき、やがては嗚咽の混じったような声になってきていた。

「大丈夫、怒ってなんかいないよ。俺の方こそ、配慮が足りなかったというか……」

 焦りに駆られる眞尋の声を聞いているうちに、圭は逆に落ち着きを取り戻していた。眞尋を宥める言葉が自然と流れ出た。
 とはいえ、何と言って謝れば良いのか考えがまとまらずに、やがて口を閉ざしてしまう。
 単に謝罪の言葉を紡いでみたところで、その場限りのご機嫌取りであれば逆効果にすぎない。
 圭が未だに緋美佳を気に掛けているのは事実であり、そんな男が自分に想いを寄せてくれている少女に対し、どんな言葉を語れるというのか。

「そ、それじゃ…また明日ねっ!」

 そんな圭の気配を察したのか、眞尋は努めて明るく言うと部屋の中へと退散してしまった。
 ガラス戸が滑る軽い音と、重く溜息を吐く圭だけがその場に残された。
 眞尋の怒りが治まっている事に安堵しつつも、それが彼女に嫌われたくないという自身の願望を表している事に気付いてしまう。
 確かに人付き合いは大事だが、眞尋に対する気持ちはそれとは明らかに異なる感情だった。

「なんだかんだで、俺も八方美人って事なのかな…」

 頭を掻きながら呟き、圭も自室へと戻った。
 緋美佳に拒絶されてしまったのは既に起きてしまった事。言わば過去の出来事にいつまでも囚われたりはせずに気持ちを切り替える時期なのかもしれないと、圭は漠然と考えていた。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――宇宙って、生きているものなのか?

 ふと、そんな事を考えた。例の『宙の声』事件の影響か。無視したいと思えども、圭の中では少なからず興味が膨れているようだ。

(もちろん宇宙は生きているさ。俺達人間を、この地球を、数多の星々を生み出した存在だからな)

 ああ、夢の続きかと圭は素直に得心した。

――で、その宇宙と会話はできるのか?

(……同じ地球上の生物同士でさえ、意思の疎通はままならないものだしな。言葉による会話というよりは宇宙の意思を感じるという表現がより近いな)

 圭は押し黙った。それってつまり電波系って事ではないのか、と。
 もちろん、言わんとするところは分からないでもないが、客観的に見れば社会的に問題のある人物として扱われそうな気がしてならない。

(ははは、随分と穿った捉え方だな。もっと心を広く構えて素直に感じていかないと、周りに人は集まってきやしないぞ?)

――なんか、本人口調なんだな。

『宙の声』に端を発し、漠然と考えてみたつもりだったが、語り掛けてくる声は『宙の声』について説明しようとしているかのようだ。
 有り体に言ってしまえば、まるで教主であるかのような口振りで。

(そうさ! 何を隠そう、俺の名は茗荷谷宇宙! 便宜的に大宇宙昴と名乗る事の方が多かったがな)

 眠っている間、脳は自動的に記憶の整理をするという話がある。その時に夢という現象を体験するらしいが、まさか今夜名前を知ったばかりの人物と会話をする事になるとは思いもよらなかったと苦笑を禁じ得ない。しかも夢の中で、だ。
 どちらかと言えば、心の中で気に掛けている対象が夢に現われるといった子供向けの説が、この状況はそれっぽいような気がしてならない。
 それにしても妙に熱い口調の男だとも思う。自分の中で教主という言葉から想起するのはこういったキャラだったのだろうか。
 そんな圭の心中などお構いなしなのか、声はマイペースで続ける。

(もちろんそう名乗っていたのは肉体を持っていた頃の話で、今は――)

――はいはい、俺の夢なんだからさっさと退場してくれ。

 男の声に不快なものを感じた訳ではなかったが、自分の夢だというのに一方的に捲し立てられるのが面白くなかった圭は無理矢理に意識を浮上させる事にした。
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