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或いは夢のようなはじまり
39 校門前
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「ここは……」
ひらひらと舞うように移動する奈紀美を追い、辿り着いたのは校門だった。
校門の外を見れば、霧はまったく存在していない。
まさしく抜けたのだ。霧による迷宮を。
「あ」
香月の声に視線を向けると、校門の外、離れた場所に奈紀美の姿があった。
まるで手を振るかのようにくるりと回り、曲がり角を折れて姿を消した。
やはり道案内だったのかと、内心で唸る直樹。
そうであるのならば、誰が奈紀美を差し向けたのかが気になって仕方がない。
もっとも、奈紀美自身がそうしようと思い立っただけなのかもしれない。
いかにも不思議な雰囲気を纏った存在であり、実際にそうだったのだと言われれば納得してしまいそうだ。
俺達も帰ろう。
そう直樹は考えた。
希理は見つけたのだし、とんでもない経験もした。
学園内を満たしている霧の出処が気にはなるが、お荷物と言って差し支えない香月と希理。そして装備の準備不足を考えれば、退散以外の選択肢は無い。
「あら」
しかし、そんな直樹の思いを挫くかのように、黒髪の少女が現れた。奈紀美が開けたであろう校門から、足音もなくするりと。
長い黒髪を際立たせる、白い外套のような装束姿だったが、不思議とこの薄闇に溶け込むように馴染んでいる。少女が自らの気配を制御できている故であろうと直樹は察した。
少女の傍らには銀髪の男も控えており、無言のまま無遠慮な視線を向けてきている。
二人ともあまり驚いてはいないようであり、直樹らが学園にいるというのも想定内なのかもしれない。
「あんた…っ!!」
少女の姿を認めた香月が気色ばんだ。瞬間的に戦闘態勢に入る。
(勘弁してくれ……)
やっと帰れると思った矢先にトラブルと遭遇。直樹は今度こそ天を仰いだ。
「…ふぅん? 校舎内を一回りしてきたって感じね。死にそうな目には遭った?」
直樹らの様子を観察した少女が聞いた。物騒な内容を、事もなげに。
「ふん、酷いものだったわよ。全裸の変態男に追い掛けられて、陵辱されるかと思ったんだから!」
ふんすと、鼻息を荒くする香月。
ここでそのような事を強く主張する意味が直樹には理解できないが、おそらくは香月自身も何も考えていないのだろう。
香月の言葉をどう受け取ったのか、黒髪の少女は僅かに思案顔を見せた。
しかしそれも瞬きをした間に元に戻っていた。本当にそんな表情をしていたのだろうかと、自身の目を疑わずにはいられない程に。
黒髪の少女は銀髪の男に目配せをすると、あっさりと香月らに背を向ける。
「貴女達は早く帰りなさい。手遅れになる前に」
もうこれ以上話す事は無い。そう背が語っていた。
それにしてもと直樹は思う。自分らに帰れという事は、この黒髪の少女は、まだ帰るつもりがないのだと。
気にならないと言えば嘘になるが、直樹が気にしてみたところで、この二人に対して有用なアドバイスができるものでもない。
直樹が体験し、そこから推察される仮定を話してみたところで、二人にとって目新しい情報になり得るとは思えなかった。
「誰があんたの指示なんて!」
香月が吼えた。
一悶着あった相手に対し反撥せずにはいられない気性の顕れだが、時と場所を選んで欲しいと思わずにはいられない。
「おい、香月……」
基本的に自由にさせている香月の言動だが、さすがに仲裁に入らないと泥沼化は必至だと直樹は判断した。
(……っ!?)
香月に向けて踏み出そうとした時だった。直樹の視界の隅で変化が起きた。
「く…っ!!」
その変化の不自然さに、直樹は即断した。
背にしていた希理を振り落としながら、そのままアンダースローで投げ飛ばす。
怪我をしないようにできるだけ低く、背から着地するように投げたつもりだったが、実際にはどうだったろうか。
希理の小柄な身体は奈紀美が開けたであろう校門を通り、学園の敷地から外に転がり出た。
そして、音もなく校門が閉まった。
「……え? なに?」
あまりに突然の事に、香月は状況が飲み込めないでいた。
直樹は閉まった校門を見つめていたが、やがて校門は滲み出るように現れた霧の壁によって見えなくなった。
閉じ込められたのだ。
「だから、早くって言ったのに」
少女が自身の額を抑えながら溜息を吐いた。長い黒髪が静かに揺れる。
あれだけの説明ではどうかとも思う直樹だったが、香月が噛み付いた事によるタイムロスで閉じ込められたのだという見方もできなくはないと考えると、誰を責める訳にもいかない。
「直樹、キィは大丈夫よね…?」
「たぶんな」
心配そうに見上げてくる香月の頭を撫でるようにたたく。
細かな部分までの観察はできなかったが、校門の外はいつもの町並みだった。
この異様な空間は学園の敷地内だけのものであり、外に出た希理は生還を果たしたと言って良いだろう。
霧の影響も消えていると良いのだが、そこまでは何とも言えない。
学園周辺は住宅地であり、うまい具合に警察に保護される事を祈ろう。
「さて、どうするのだ?」
銀髪の男の声に、直樹と香月の注意が向いた。
男はパートナーである黒髪の少女に対しての発言であったが、その少女に判断を委ねたという意思表示も含んでいた。
この場で明確な主導権を握っているのは、間違いなく黒髪の少女である。
「私達は当初の予定通り、あいつを探しましょう」
静かに、しかし強い意志をもって断言した。
そして直樹らに視線を向ける。
「一緒に来たいのなら、そうするといいわ。手間を割いて守ってあげる事はできないけど、私達と一緒の方が間違いなく安全だわ」
淡々と語る少女の言葉には、自負も気負いも感じられない。
純然たる事実を述べただけなのだと、直樹は肌で感じ取った。
ひらひらと舞うように移動する奈紀美を追い、辿り着いたのは校門だった。
校門の外を見れば、霧はまったく存在していない。
まさしく抜けたのだ。霧による迷宮を。
「あ」
香月の声に視線を向けると、校門の外、離れた場所に奈紀美の姿があった。
まるで手を振るかのようにくるりと回り、曲がり角を折れて姿を消した。
やはり道案内だったのかと、内心で唸る直樹。
そうであるのならば、誰が奈紀美を差し向けたのかが気になって仕方がない。
もっとも、奈紀美自身がそうしようと思い立っただけなのかもしれない。
いかにも不思議な雰囲気を纏った存在であり、実際にそうだったのだと言われれば納得してしまいそうだ。
俺達も帰ろう。
そう直樹は考えた。
希理は見つけたのだし、とんでもない経験もした。
学園内を満たしている霧の出処が気にはなるが、お荷物と言って差し支えない香月と希理。そして装備の準備不足を考えれば、退散以外の選択肢は無い。
「あら」
しかし、そんな直樹の思いを挫くかのように、黒髪の少女が現れた。奈紀美が開けたであろう校門から、足音もなくするりと。
長い黒髪を際立たせる、白い外套のような装束姿だったが、不思議とこの薄闇に溶け込むように馴染んでいる。少女が自らの気配を制御できている故であろうと直樹は察した。
少女の傍らには銀髪の男も控えており、無言のまま無遠慮な視線を向けてきている。
二人ともあまり驚いてはいないようであり、直樹らが学園にいるというのも想定内なのかもしれない。
「あんた…っ!!」
少女の姿を認めた香月が気色ばんだ。瞬間的に戦闘態勢に入る。
(勘弁してくれ……)
やっと帰れると思った矢先にトラブルと遭遇。直樹は今度こそ天を仰いだ。
「…ふぅん? 校舎内を一回りしてきたって感じね。死にそうな目には遭った?」
直樹らの様子を観察した少女が聞いた。物騒な内容を、事もなげに。
「ふん、酷いものだったわよ。全裸の変態男に追い掛けられて、陵辱されるかと思ったんだから!」
ふんすと、鼻息を荒くする香月。
ここでそのような事を強く主張する意味が直樹には理解できないが、おそらくは香月自身も何も考えていないのだろう。
香月の言葉をどう受け取ったのか、黒髪の少女は僅かに思案顔を見せた。
しかしそれも瞬きをした間に元に戻っていた。本当にそんな表情をしていたのだろうかと、自身の目を疑わずにはいられない程に。
黒髪の少女は銀髪の男に目配せをすると、あっさりと香月らに背を向ける。
「貴女達は早く帰りなさい。手遅れになる前に」
もうこれ以上話す事は無い。そう背が語っていた。
それにしてもと直樹は思う。自分らに帰れという事は、この黒髪の少女は、まだ帰るつもりがないのだと。
気にならないと言えば嘘になるが、直樹が気にしてみたところで、この二人に対して有用なアドバイスができるものでもない。
直樹が体験し、そこから推察される仮定を話してみたところで、二人にとって目新しい情報になり得るとは思えなかった。
「誰があんたの指示なんて!」
香月が吼えた。
一悶着あった相手に対し反撥せずにはいられない気性の顕れだが、時と場所を選んで欲しいと思わずにはいられない。
「おい、香月……」
基本的に自由にさせている香月の言動だが、さすがに仲裁に入らないと泥沼化は必至だと直樹は判断した。
(……っ!?)
香月に向けて踏み出そうとした時だった。直樹の視界の隅で変化が起きた。
「く…っ!!」
その変化の不自然さに、直樹は即断した。
背にしていた希理を振り落としながら、そのままアンダースローで投げ飛ばす。
怪我をしないようにできるだけ低く、背から着地するように投げたつもりだったが、実際にはどうだったろうか。
希理の小柄な身体は奈紀美が開けたであろう校門を通り、学園の敷地から外に転がり出た。
そして、音もなく校門が閉まった。
「……え? なに?」
あまりに突然の事に、香月は状況が飲み込めないでいた。
直樹は閉まった校門を見つめていたが、やがて校門は滲み出るように現れた霧の壁によって見えなくなった。
閉じ込められたのだ。
「だから、早くって言ったのに」
少女が自身の額を抑えながら溜息を吐いた。長い黒髪が静かに揺れる。
あれだけの説明ではどうかとも思う直樹だったが、香月が噛み付いた事によるタイムロスで閉じ込められたのだという見方もできなくはないと考えると、誰を責める訳にもいかない。
「直樹、キィは大丈夫よね…?」
「たぶんな」
心配そうに見上げてくる香月の頭を撫でるようにたたく。
細かな部分までの観察はできなかったが、校門の外はいつもの町並みだった。
この異様な空間は学園の敷地内だけのものであり、外に出た希理は生還を果たしたと言って良いだろう。
霧の影響も消えていると良いのだが、そこまでは何とも言えない。
学園周辺は住宅地であり、うまい具合に警察に保護される事を祈ろう。
「さて、どうするのだ?」
銀髪の男の声に、直樹と香月の注意が向いた。
男はパートナーである黒髪の少女に対しての発言であったが、その少女に判断を委ねたという意思表示も含んでいた。
この場で明確な主導権を握っているのは、間違いなく黒髪の少女である。
「私達は当初の予定通り、あいつを探しましょう」
静かに、しかし強い意志をもって断言した。
そして直樹らに視線を向ける。
「一緒に来たいのなら、そうするといいわ。手間を割いて守ってあげる事はできないけど、私達と一緒の方が間違いなく安全だわ」
淡々と語る少女の言葉には、自負も気負いも感じられない。
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