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或いは夢のようなはじまり
32 学園内探索・香月
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「あっれ~?」
香月は素っ頓狂な声を上げつつも、注意深く周囲に視線を巡らせた。
希理と思われる人物の背を追って校舎に飛び込んだ香月だったが、早々に見失ってしまった次第である。
普段通りの校舎であれば友人の姿を見失うような事はないが、周囲に立ち込めた霧が膝丈までも埋め尽くし視界を妨げていた。
自分の爪先さえも見えず、視線を廊下の先に向けても10メートル程までしか見通せない。
校舎に入った時点で、見失って然るべき距離が開いてしまっていたのだ。
「希理ったら、なんでこんな時間に……」
友人の身を何よりも案じる香月は、校舎内の異様さには頓着していなかった。
視界を奪う状態を面倒臭いと感じてこそいたが、その本質について考察してみようという発想は一切ない。
希理の事がなければ疑問に思ったかもしれないが、いやそんな事はないと、直樹ならば即答しただろう。
「…うん、迷ったわね」
希理の姿を求めて校舎内を彷徨っていた香月だったが、動かし続けていた足を止めて自身の現状を端的に言い表した。
よもや自分の通う学舎で迷うとは夢にも思わなかった。
視界が利かないのも要因のひとつではあるが、身体が覚えている校舎と間取りが明らかに異なっているのだ。
およそ常識的な者であれば『そんな馬鹿な!』と慌てる反応を示すものだが、香月は自身が遭遇している事態をありのままに受け入れている。
「まぁ、とにかく進むしかないわよね」
右腕をぐるぐると回すと、止まっていた足を動かし始めた。
これでもかと注意深く進んでいた直樹とは対照的に、香月は見通しの悪い足元を気にする様子もなく、どかどかと進んでゆく。
『校舎内には違いないんだし、廊下にいきなり落とし穴とかないでしょ』
『どれだけ注意してみたって、何かいきなり飛び出てきたら避けようもないしね』
直樹が同行していたならば投げ掛けてくるだろう注意喚起を想像し、それに対する回答を口の中で呟きながら前進を続ける。
実際、霧以外に香月の行進を阻む存在は現れなかった。
それ見た事かとばかりに香月の猛進は続くが、捜している希理はもとより誰の姿も発見できないとあって、香月はいつまでも歩き続ける結果となってしまう。
「うぅ…、さすがに疲れてきたんだけど……」
何も考えずに歩きすぎた結果ではあるのだが、それでも香月は足を動かすペースを下げこそすれ、立ち止まろうとはしなかった。
止まってみたところで、希理の方から自分の目の前に姿を見せてくれるとは思えなかったからだ。
その一方で目指す場所を特に決めていない香月は、通り過ぎる教室を横目にしながら、なんとも言えない気持ちになっていた。
次々と姿を見せる教室はその連続性に何の脈絡もなく、香月の記憶にある校舎内見取り図と比べても支離滅裂だ。
どういった理由でこのような空間になっているのか、香月にしてみればまさしく隔絶した次元の所業だ。
ただ、きちんと順番に並んでいないと生徒達は混乱するだろうなぁと感じる程度で。
「あ……っ」
次に現れた扉の前を勢いのままに素通りしようとした香月だったが、慌てて足を止めた。
「ここ、宿直室だ」
一般的な教室と同じ造りの扉ではあったが、その脇に設えられた受付用の小窓。
部屋の名称を示すプレートは判読できる状態になかったのだが、そんな物はなくとも判別がつく程度に特徴的な出入口である。
(ここなら誰かいる筈……!)
教師陣の宿直シフトなど香月が知るところではなかったが、教師の誰かが必ず居るという事は、生徒であれば知っている。
日によっては教師ではなく用務員が宿直を担当する事もあったが、香月からしてみれば誰でもよいのだ。
濃霧に包まれた異常な環境は、宿直担当者も気付いている筈だ。
学園長か、あるいは理事会か、事態を重く見たのならば警察にも連絡しているだろう。
そして、校舎内にいた希理を保護している可能性もある。
ここで希理に会える事を期待しつつ、香月は宿直室の扉を横に引いた。
「うへ…っ」
香月の見立て通りに宿直室で間違いなかったが、扉を開けた途端に中から霧が覆い被さるように溢れ出てきた。
咄嗟に両手で口元を庇い、肌にまとわりつくような不快さに耐えながら腕を大きく振って霧を払う。
部屋の中にも霧がある事は分かっていたつもりだったが、この状態は想定外だった。
こんなになるまで放置されているという事は、宿直室には誰もいなさそうだ。
(…あ……んふぅ………)
さっさと次に移動しようと思った香月だったが、部屋の奥から漏れてきた声に足を止めた。
(誰か居るの…?)
その問い掛けは声にならなかった。
聞こえてきた声が女性のものであり、日常生活ではおよそ耳にする事のない艶のあるものだと気付いてしまったからだ。
見てはいけない光景を見ようとしているのかもしれない。
その自覚を持ちながらも希理に繋がる可能性を捨てきれない香月は、気配を殺しながら宿直室の中に足を忍ばせる。
「…フッ、フッ、フ…ッ! ムハ…ッ!!」
先程の女性のものとは異なる、男の荒々しくも下卑た息遣いが聞こえてきた。
畳の軋む音と、男の声に同調するように女の声も聞こえてくる。あきらかに男女の営みの真っ最中だ。
にじるように近付くと、霧の中から大柄な男の背が見えてきた。
(女の方は……希理じゃないわね)
男の広い背に隠れて女の顔を見る事は出来なかったが、男の腰に回された脚を見て香月は判断した。
あの脚は大人の女性のものだ。希理は小柄だという事もあるが、目の前にあるような大人の色気は備わっていない。
(とりあえず、退散かな)
希理の事を知っているか聞きたかったが、欲望に任せた行為を中断させる程に香月も野暮ではない。
神聖な学舎で何してるのよという気持ちも無いではなかったが、実際に行為に及んでしまっては発散が終わるまで待つしかない。
バケツで水でも浴びせ掛ければクールダウンできそうなものだが、残念ながら手の届く範囲に都合良くある訳でもなかった。
「あひゃっ!?」
忍び寄った姿勢のまま後退りを始めた香月だったが、扉のレールの段差に踵を引っ掛けて素っ頓狂な叫びと共に尻餅をついてしまった。
「あアん……?」
女の身体を貪っていた男の動きが止まり、露骨に不機嫌な声を響かせながら立ち上がった。
でかい。
立ち上がった男を見て、香月は思った。
立ち込める霧のせいで表情や細部までは見えないが、その全身から発せられる威圧感は肌で感じられる。
全裸のままのっそりと近付くにつれ、男の顔が次第にはっきりと見えてくる。
「…って、先生じゃないのっ!?」
霧の中から現れたのは、香月らのクラス担任である龍造寺剛志だった。
身体の大きさからその可能性も考えた香月だったが、香月の知る龍造寺は気弱な男で、仮にも自分が勤める学園で男女の行為に及ぶような人物ではなかった筈だ。
「誰かと思えば……ケッ、香川じゃねェかぁ」
龍造寺の発した言葉も、香月にしてみれば驚きのものだった。
生徒の集団に対し苦手意識を持っていた龍造寺。
いつしか心の中に鬱屈したものを抱えるようになってしまったのだとしても不思議ではないが、それでも龍造寺は礼儀正しいスポーツマンであると思っていた。
「ったク、あと少しでイケそうだったってのに…。この落トし前、お前の身体でつけてもらおうジゃねえか」
股間に屹立したままの一物を誇示するかのように、龍造寺がのっそりと踏み出した。
「……っ!」
香月の全身が総毛立つ。
だがそれは隠そうともしない欲望に脈打つ一物にではなく、龍造寺の瞳の濁りに対してであった。
龍造寺の言葉は妙なアクセントになってしまっているが、そこにははっきりとした意志が表れている。全身の挙動にもまったく澱みが無い。
しかしその瞳は欠片ほどの光も映さず、左右それぞれががまるで違う方向を向いている。
歩いた事による振動で眼球は小刻みに揺れ、今にも転がり落ちそうだ。しかし龍造寺本人はまるで意に介した様子もない。
「前々から、そノ無駄にでかい胸を揉んデみたかったんだよなぁ。ガキだガキだと分かっちゃいても、想像すルだけで興奮するぜぇ」
口元から垂れる唾液もそのままに、龍造寺が更に一歩踏み出した。
瞳は香月を捉えていないのに、龍造寺に視られているという感覚が香月の全身を包む。
「そんなのお断りよ! この変態教師っ!!」
香月は素早く背を向けると、脱兎の勢いで駆け出した。
去り際に丸出しの股間に蹴りのひとつもくれてやろうかと思ったが、今の龍造寺には香月程度の打撃など効きはしないだろう。
それどころか、伸ばした足を掴まれでもしたらその場で終わりだ。
「なンだぁ、鬼ごっコかぁ?」
香月の背を追い、龍造寺も歩き始めた。
香月は素っ頓狂な声を上げつつも、注意深く周囲に視線を巡らせた。
希理と思われる人物の背を追って校舎に飛び込んだ香月だったが、早々に見失ってしまった次第である。
普段通りの校舎であれば友人の姿を見失うような事はないが、周囲に立ち込めた霧が膝丈までも埋め尽くし視界を妨げていた。
自分の爪先さえも見えず、視線を廊下の先に向けても10メートル程までしか見通せない。
校舎に入った時点で、見失って然るべき距離が開いてしまっていたのだ。
「希理ったら、なんでこんな時間に……」
友人の身を何よりも案じる香月は、校舎内の異様さには頓着していなかった。
視界を奪う状態を面倒臭いと感じてこそいたが、その本質について考察してみようという発想は一切ない。
希理の事がなければ疑問に思ったかもしれないが、いやそんな事はないと、直樹ならば即答しただろう。
「…うん、迷ったわね」
希理の姿を求めて校舎内を彷徨っていた香月だったが、動かし続けていた足を止めて自身の現状を端的に言い表した。
よもや自分の通う学舎で迷うとは夢にも思わなかった。
視界が利かないのも要因のひとつではあるが、身体が覚えている校舎と間取りが明らかに異なっているのだ。
およそ常識的な者であれば『そんな馬鹿な!』と慌てる反応を示すものだが、香月は自身が遭遇している事態をありのままに受け入れている。
「まぁ、とにかく進むしかないわよね」
右腕をぐるぐると回すと、止まっていた足を動かし始めた。
これでもかと注意深く進んでいた直樹とは対照的に、香月は見通しの悪い足元を気にする様子もなく、どかどかと進んでゆく。
『校舎内には違いないんだし、廊下にいきなり落とし穴とかないでしょ』
『どれだけ注意してみたって、何かいきなり飛び出てきたら避けようもないしね』
直樹が同行していたならば投げ掛けてくるだろう注意喚起を想像し、それに対する回答を口の中で呟きながら前進を続ける。
実際、霧以外に香月の行進を阻む存在は現れなかった。
それ見た事かとばかりに香月の猛進は続くが、捜している希理はもとより誰の姿も発見できないとあって、香月はいつまでも歩き続ける結果となってしまう。
「うぅ…、さすがに疲れてきたんだけど……」
何も考えずに歩きすぎた結果ではあるのだが、それでも香月は足を動かすペースを下げこそすれ、立ち止まろうとはしなかった。
止まってみたところで、希理の方から自分の目の前に姿を見せてくれるとは思えなかったからだ。
その一方で目指す場所を特に決めていない香月は、通り過ぎる教室を横目にしながら、なんとも言えない気持ちになっていた。
次々と姿を見せる教室はその連続性に何の脈絡もなく、香月の記憶にある校舎内見取り図と比べても支離滅裂だ。
どういった理由でこのような空間になっているのか、香月にしてみればまさしく隔絶した次元の所業だ。
ただ、きちんと順番に並んでいないと生徒達は混乱するだろうなぁと感じる程度で。
「あ……っ」
次に現れた扉の前を勢いのままに素通りしようとした香月だったが、慌てて足を止めた。
「ここ、宿直室だ」
一般的な教室と同じ造りの扉ではあったが、その脇に設えられた受付用の小窓。
部屋の名称を示すプレートは判読できる状態になかったのだが、そんな物はなくとも判別がつく程度に特徴的な出入口である。
(ここなら誰かいる筈……!)
教師陣の宿直シフトなど香月が知るところではなかったが、教師の誰かが必ず居るという事は、生徒であれば知っている。
日によっては教師ではなく用務員が宿直を担当する事もあったが、香月からしてみれば誰でもよいのだ。
濃霧に包まれた異常な環境は、宿直担当者も気付いている筈だ。
学園長か、あるいは理事会か、事態を重く見たのならば警察にも連絡しているだろう。
そして、校舎内にいた希理を保護している可能性もある。
ここで希理に会える事を期待しつつ、香月は宿直室の扉を横に引いた。
「うへ…っ」
香月の見立て通りに宿直室で間違いなかったが、扉を開けた途端に中から霧が覆い被さるように溢れ出てきた。
咄嗟に両手で口元を庇い、肌にまとわりつくような不快さに耐えながら腕を大きく振って霧を払う。
部屋の中にも霧がある事は分かっていたつもりだったが、この状態は想定外だった。
こんなになるまで放置されているという事は、宿直室には誰もいなさそうだ。
(…あ……んふぅ………)
さっさと次に移動しようと思った香月だったが、部屋の奥から漏れてきた声に足を止めた。
(誰か居るの…?)
その問い掛けは声にならなかった。
聞こえてきた声が女性のものであり、日常生活ではおよそ耳にする事のない艶のあるものだと気付いてしまったからだ。
見てはいけない光景を見ようとしているのかもしれない。
その自覚を持ちながらも希理に繋がる可能性を捨てきれない香月は、気配を殺しながら宿直室の中に足を忍ばせる。
「…フッ、フッ、フ…ッ! ムハ…ッ!!」
先程の女性のものとは異なる、男の荒々しくも下卑た息遣いが聞こえてきた。
畳の軋む音と、男の声に同調するように女の声も聞こえてくる。あきらかに男女の営みの真っ最中だ。
にじるように近付くと、霧の中から大柄な男の背が見えてきた。
(女の方は……希理じゃないわね)
男の広い背に隠れて女の顔を見る事は出来なかったが、男の腰に回された脚を見て香月は判断した。
あの脚は大人の女性のものだ。希理は小柄だという事もあるが、目の前にあるような大人の色気は備わっていない。
(とりあえず、退散かな)
希理の事を知っているか聞きたかったが、欲望に任せた行為を中断させる程に香月も野暮ではない。
神聖な学舎で何してるのよという気持ちも無いではなかったが、実際に行為に及んでしまっては発散が終わるまで待つしかない。
バケツで水でも浴びせ掛ければクールダウンできそうなものだが、残念ながら手の届く範囲に都合良くある訳でもなかった。
「あひゃっ!?」
忍び寄った姿勢のまま後退りを始めた香月だったが、扉のレールの段差に踵を引っ掛けて素っ頓狂な叫びと共に尻餅をついてしまった。
「あアん……?」
女の身体を貪っていた男の動きが止まり、露骨に不機嫌な声を響かせながら立ち上がった。
でかい。
立ち上がった男を見て、香月は思った。
立ち込める霧のせいで表情や細部までは見えないが、その全身から発せられる威圧感は肌で感じられる。
全裸のままのっそりと近付くにつれ、男の顔が次第にはっきりと見えてくる。
「…って、先生じゃないのっ!?」
霧の中から現れたのは、香月らのクラス担任である龍造寺剛志だった。
身体の大きさからその可能性も考えた香月だったが、香月の知る龍造寺は気弱な男で、仮にも自分が勤める学園で男女の行為に及ぶような人物ではなかった筈だ。
「誰かと思えば……ケッ、香川じゃねェかぁ」
龍造寺の発した言葉も、香月にしてみれば驚きのものだった。
生徒の集団に対し苦手意識を持っていた龍造寺。
いつしか心の中に鬱屈したものを抱えるようになってしまったのだとしても不思議ではないが、それでも龍造寺は礼儀正しいスポーツマンであると思っていた。
「ったク、あと少しでイケそうだったってのに…。この落トし前、お前の身体でつけてもらおうジゃねえか」
股間に屹立したままの一物を誇示するかのように、龍造寺がのっそりと踏み出した。
「……っ!」
香月の全身が総毛立つ。
だがそれは隠そうともしない欲望に脈打つ一物にではなく、龍造寺の瞳の濁りに対してであった。
龍造寺の言葉は妙なアクセントになってしまっているが、そこにははっきりとした意志が表れている。全身の挙動にもまったく澱みが無い。
しかしその瞳は欠片ほどの光も映さず、左右それぞれががまるで違う方向を向いている。
歩いた事による振動で眼球は小刻みに揺れ、今にも転がり落ちそうだ。しかし龍造寺本人はまるで意に介した様子もない。
「前々から、そノ無駄にでかい胸を揉んデみたかったんだよなぁ。ガキだガキだと分かっちゃいても、想像すルだけで興奮するぜぇ」
口元から垂れる唾液もそのままに、龍造寺が更に一歩踏み出した。
瞳は香月を捉えていないのに、龍造寺に視られているという感覚が香月の全身を包む。
「そんなのお断りよ! この変態教師っ!!」
香月は素早く背を向けると、脱兎の勢いで駆け出した。
去り際に丸出しの股間に蹴りのひとつもくれてやろうかと思ったが、今の龍造寺には香月程度の打撃など効きはしないだろう。
それどころか、伸ばした足を掴まれでもしたらその場で終わりだ。
「なンだぁ、鬼ごっコかぁ?」
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