群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

13 新條家前で

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 明かりも消えた新條家前。

『……すまん。見失った』

 申し訳なさそうに頭を垂れながら合流したパートナーを前に、少女は僅かに眉根を寄せた。
 黒服の少女の正体を掴めなかった事は残念だが、それはそれでひとつの収穫とも言える。
 なにしろ、凄腕ハンターであるパートナーの追跡を逃れるだけの身体能力、或いはその技術ないし装備を有しているという事に他ならない。
 それだけで要注意人物だと断定できる。

「それにしても……」

 合流を待つ間に思考を巡らせていたが、今夜は妙に近隣の犬や猫が騒がしい。深夜帯になろうというのに、街路樹のそこかしこで鳥の群れが落ち着きなく鳴く声も耳に届いている。
 正確に言えば、マンション爆発の前後あたりから様々な鳴き声が急に増えていると感じていた。

「あなたも、何か感じているの?」

『そうだな……』

 人間を超える感覚を持つパートナーならば明確な解答を用意してくれるとも期待したが、その口調は歯切れが悪い。

『…似た感覚なら、覚えている』

 しかし、その感覚を浴びたのはかなり昔の出来事だ。
 まさか生きている間に同様の経験を積むとは考えていなかった事もあり、本当に同一の事を指し示しているのかどうか。
 周辺の動物は己が本能に衝き動かされるままに騒ぎ立てるが、自身を律する事の出来る身としては迂闊な発言を漏らす訳にはいかない。
 似ているというだけで、その可能性を口にするのは早計すぎる。それだけの重みを持った発言になってしまうのだ。

「まぁ、いいわ。今夜のところは帰りましょう」

 少女は溜息混じりに踵を返した。
 あまり楽観できない事ばかりが積み重なってきている気がするのは錯覚ではないだろうが、今の時点で予防線を張るというのも闇雲過ぎて徒労に終わるというのが目に見えている。

 一度だけ、新條家を振り返る。
 直樹も香月も、今夜の内に場所を移すような事にはならないだろう。
 目には見えぬ厚い力に護られているこの家ならば、悪意をもって武装した者に攻め込まれない限りは安全だ。

 小さく息を吐くと、周囲に注意を払いながらその場を後にする。
 黒服の少女、もしくはその仲間が気を抜いた自分達を尾行していないとも限らない。
 背負い込まなくて良いリスクは、できるだけ減らしておきたいものだ。
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