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或いは夢のようなはじまり
11 2人を追う者
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爆発音が聞こえた場所から到着まで、3分と掛からなかった。
「意外と近かったわね」
黒髪の少女が足を止めた。
正確な場所は、調べるまでもなかった。
既に現場周辺は野次馬でごった返しており、見上げれば爆発の爪痕も痛々しいマンションが生温い夜風に晒されている。
『さて、なんだったのだろうな』
少女の足下で狼が鼻をひくつかせる。
花火のような華やかな爆音ではなく、大地を揺るがすような重く昏い音。それが爆発である事は誰の耳にも明らかだったが、果たして何の因果が介在していたのか。よもやこんな首都圏から離れた町で、テロ事件などという事もないだろう。
少女はさらに現場との距離を詰めようと歩を進める。
その姿は和装の外套を想起させる、白一色のシルエット。降雨対策ではなく、肌寒さを感じている訳でもない。
しかし、首より下をすっぽりと外套で包んだ奇異な姿を見咎める者は誰もいない。それほどまでに、マンションの爆発という状況が異様に過ぎる出来事であったか。
「ねぇ、何があったのかしら?」
野次馬の密集具合が跳ね上がるあたりで足を止め、だらしなく口を開いて見上げるばかりの男に声を掛けた。
「ああ、なんでもガス爆発が起きたって話らしいが……」
男は先程から耳に入ってきていた情報の中で、信憑性の高そうなものを伝えた。
爆破テロだなんて物騒な単語を口にする者も居たりしたが、辺鄙とも言えるこの町に派手な事件はどうしても結びつかない。
「そう。ありがとう」
少女が離れ、ひと呼吸後に男は自身の発言に我に返った。
何者かに問われるまま返答したは良いが、その一連の出来事が自分の意識の外で起こっていたような感覚だったからだ。
慌てて周囲に視線を巡らせても、耳に届いた声の主と思しき少女の姿はどこにもいない。
自分の周囲に居る誰もが、爆発現場であるマンションを見上げているか、手にした携帯電話の操作に忙しい。
そもそも、自分に話しかけた者は本当に少女であったのか。
ほんの数秒前の事なのに、自分の記憶すら曖昧になってくる。
「……??」
難しく考える事を止め、男は頭を捻りながらも再びマンションへと視線を戻す。
自分が質問を受けた事も、すぐさまに記憶の中から影を消した。
そんな男の背後で、逃げも隠れもしていない少女が足下の狼へと語り掛けていた。
「ガス爆発らしいわよ」
実際、少女も男からの情報と同じように考えていた。
陰謀、策謀、謀略……。
勘繰り始めればいくらでも可能性を生み出す事もできるが、現時点ではそんな仮説を立てるだけの材料にも乏しい。
今は、マンション爆発が起きたという事実だけを覚えておけば良いだろう。
『ガス爆発? それはないだろう』
この周辺の調査を強めるべきか、そんな少女の思考を中座させる言葉が返ってきた。
「どういう事?」
半ば反射的に問い掛け、その回答は即座に返ってきた。
『ガスの臭いなんてしない。ついでに言えば火薬の類でもない』
その断定に、少女は静かに視線を細めた。
人間など比較にならない嗅覚を持つパートナーが断言したのだ。それは紛れもない事実なのだろう。
「ふぅん……」
僅かに逡巡した。これをどう捉えるかによって、今後の展開がまるで違うものになる恐れがある。
「――あら?」
次の瞬間、少女は視界の隅に興味深い対象を捉えた。
マンションのエントランスから現れた一組の男女――直樹と香月だ。
周囲の野次馬には避難してきたマンション住人としか映らなかっただろうが、少女の中では大きな歯車がひとつ噛み合ったように感じられた。
漠然とした感覚ではあったが、あの二人が関係している時点で単なる爆発事故ではないのだと、直感するものがあった。
「――追いましょう」
マンションから離れようとする二人に足を向け、少女もゆっくりと移動を開始する。
直樹らに比べて歩幅も速度も遅かったが、少女らの眼前を塞ぐ野次馬は自然とその進路を譲るように移動してゆく。少女が連れた狼にすら驚く様子はない。
有り体に言えば、誰も彼女らの存在に気付いていないのだ。
そんな状況は当然のものとして享受し、少女は二人の背から視線を外さない。
少女は、直樹と香月が爆発を引き起こした犯人であるとは考えていない。呼び止めて質問を浴びせ掛けるような事を考えている訳でもない。
マンション爆発の渦中にあった二人であり、想像以上の興奮状態にあって然るべきなのだ。下手に接触をして無用の諍いを引き起こさないよう、慎重にその背を追わなければいけない。
とりあえず今は、あの二人が向かおうとしている拠点を確認できれば十分だ。
『……おい』
不審げな唸り声に少女の足が止まる。そしてその意に気付く。
自分達以外にも、直樹らに視線を向けている者がいたのだ。
「あれは……」
自分と同じくらいの年恰好の、一人の少女。
Tシャツに柔らかそうな布地のパンツ。どちらも黒を基調としているものの、際立って特異な姿ではない。
この場を去ろうとする直樹らの背を睨み付けながらも、その瞳には疑念の思いが見て取れた。
半信半疑、そう言い表せる表情だ。
(何を迷っているのかしら…)
直樹らに対して疑念を抱いているという意味では自分も同じ立場であるが、その表情は何かしらの事実に対して疑問を捨て切れていないのだとわかる。
そしてそれは、自分達よりも多くの情報を知り得ているという事に他ならない。
直樹らへの興味が強まる一方で、黒服の少女の存在が新たな火種になりそうな予感を覚える。
『ここから別行動だな』
狼が低く唸った。黒服の少女は直樹らを追うつもりは無いようであり、まったくの別方向へと足を向けていた。
そうねと言い残し、少女はそのまま直樹らの背を追った。
「意外と近かったわね」
黒髪の少女が足を止めた。
正確な場所は、調べるまでもなかった。
既に現場周辺は野次馬でごった返しており、見上げれば爆発の爪痕も痛々しいマンションが生温い夜風に晒されている。
『さて、なんだったのだろうな』
少女の足下で狼が鼻をひくつかせる。
花火のような華やかな爆音ではなく、大地を揺るがすような重く昏い音。それが爆発である事は誰の耳にも明らかだったが、果たして何の因果が介在していたのか。よもやこんな首都圏から離れた町で、テロ事件などという事もないだろう。
少女はさらに現場との距離を詰めようと歩を進める。
その姿は和装の外套を想起させる、白一色のシルエット。降雨対策ではなく、肌寒さを感じている訳でもない。
しかし、首より下をすっぽりと外套で包んだ奇異な姿を見咎める者は誰もいない。それほどまでに、マンションの爆発という状況が異様に過ぎる出来事であったか。
「ねぇ、何があったのかしら?」
野次馬の密集具合が跳ね上がるあたりで足を止め、だらしなく口を開いて見上げるばかりの男に声を掛けた。
「ああ、なんでもガス爆発が起きたって話らしいが……」
男は先程から耳に入ってきていた情報の中で、信憑性の高そうなものを伝えた。
爆破テロだなんて物騒な単語を口にする者も居たりしたが、辺鄙とも言えるこの町に派手な事件はどうしても結びつかない。
「そう。ありがとう」
少女が離れ、ひと呼吸後に男は自身の発言に我に返った。
何者かに問われるまま返答したは良いが、その一連の出来事が自分の意識の外で起こっていたような感覚だったからだ。
慌てて周囲に視線を巡らせても、耳に届いた声の主と思しき少女の姿はどこにもいない。
自分の周囲に居る誰もが、爆発現場であるマンションを見上げているか、手にした携帯電話の操作に忙しい。
そもそも、自分に話しかけた者は本当に少女であったのか。
ほんの数秒前の事なのに、自分の記憶すら曖昧になってくる。
「……??」
難しく考える事を止め、男は頭を捻りながらも再びマンションへと視線を戻す。
自分が質問を受けた事も、すぐさまに記憶の中から影を消した。
そんな男の背後で、逃げも隠れもしていない少女が足下の狼へと語り掛けていた。
「ガス爆発らしいわよ」
実際、少女も男からの情報と同じように考えていた。
陰謀、策謀、謀略……。
勘繰り始めればいくらでも可能性を生み出す事もできるが、現時点ではそんな仮説を立てるだけの材料にも乏しい。
今は、マンション爆発が起きたという事実だけを覚えておけば良いだろう。
『ガス爆発? それはないだろう』
この周辺の調査を強めるべきか、そんな少女の思考を中座させる言葉が返ってきた。
「どういう事?」
半ば反射的に問い掛け、その回答は即座に返ってきた。
『ガスの臭いなんてしない。ついでに言えば火薬の類でもない』
その断定に、少女は静かに視線を細めた。
人間など比較にならない嗅覚を持つパートナーが断言したのだ。それは紛れもない事実なのだろう。
「ふぅん……」
僅かに逡巡した。これをどう捉えるかによって、今後の展開がまるで違うものになる恐れがある。
「――あら?」
次の瞬間、少女は視界の隅に興味深い対象を捉えた。
マンションのエントランスから現れた一組の男女――直樹と香月だ。
周囲の野次馬には避難してきたマンション住人としか映らなかっただろうが、少女の中では大きな歯車がひとつ噛み合ったように感じられた。
漠然とした感覚ではあったが、あの二人が関係している時点で単なる爆発事故ではないのだと、直感するものがあった。
「――追いましょう」
マンションから離れようとする二人に足を向け、少女もゆっくりと移動を開始する。
直樹らに比べて歩幅も速度も遅かったが、少女らの眼前を塞ぐ野次馬は自然とその進路を譲るように移動してゆく。少女が連れた狼にすら驚く様子はない。
有り体に言えば、誰も彼女らの存在に気付いていないのだ。
そんな状況は当然のものとして享受し、少女は二人の背から視線を外さない。
少女は、直樹と香月が爆発を引き起こした犯人であるとは考えていない。呼び止めて質問を浴びせ掛けるような事を考えている訳でもない。
マンション爆発の渦中にあった二人であり、想像以上の興奮状態にあって然るべきなのだ。下手に接触をして無用の諍いを引き起こさないよう、慎重にその背を追わなければいけない。
とりあえず今は、あの二人が向かおうとしている拠点を確認できれば十分だ。
『……おい』
不審げな唸り声に少女の足が止まる。そしてその意に気付く。
自分達以外にも、直樹らに視線を向けている者がいたのだ。
「あれは……」
自分と同じくらいの年恰好の、一人の少女。
Tシャツに柔らかそうな布地のパンツ。どちらも黒を基調としているものの、際立って特異な姿ではない。
この場を去ろうとする直樹らの背を睨み付けながらも、その瞳には疑念の思いが見て取れた。
半信半疑、そう言い表せる表情だ。
(何を迷っているのかしら…)
直樹らに対して疑念を抱いているという意味では自分も同じ立場であるが、その表情は何かしらの事実に対して疑問を捨て切れていないのだとわかる。
そしてそれは、自分達よりも多くの情報を知り得ているという事に他ならない。
直樹らへの興味が強まる一方で、黒服の少女の存在が新たな火種になりそうな予感を覚える。
『ここから別行動だな』
狼が低く唸った。黒服の少女は直樹らを追うつもりは無いようであり、まったくの別方向へと足を向けていた。
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