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1章

27.???

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 ひたひたと気持ちの良い雨音が響く、薄気味悪い部屋の中。
 そこには二人が父と子の関係性だと示すには幼すぎる少年と、言葉の通り若い青年がいた。

 酷く散乱していて、ハエも飛び回っており、床は沢山のゴミで床が見えないくらいに埋まっている。到底、ここに人が住んでいるとは思えないほどに。

 幼すぎる少年は見たところ七、八歳程だろうか。
 無邪気な笑顔に似つかわしくない、華奢という言葉では言い表せない程にやせ細った身体が何とも痛々しい。
 けれども、睫毛は長く、ボロボロの肌から微かに見える目鼻立ちは確かに整っていて、環境さえ違えば、もしかしたら、芸能界入りでもしていたのではないかと勘繰ってしまう。

 一方、青年は肩まで伸びた癖のある髪に艶の無い肌、それをもかき消してしまう程の切ない表情が、何処か不謹慎にも戦後の雰囲気を感じさせる。

 彼らはどうやら何かを話しているようだ。
 しかし、その小さな声でさえ雨音にかき消され、一つの単語も聞き取る事はできない。

「────……?」

 少年が眉をへの字にさせ、何か言葉を発した。
 少年の言葉を聞いた彼は、目にほんのりと頬に流れないくらいの涙を浮かべる。
 痛々しい身体をか細く震わしながらも、少年をぎゅっと傷付けないように丁寧に抱き締めた。

 どうやら彼は、何回も口を同じように繰り返し動かしているようだ。

『ご・め・ん・な』

 定かではないが、きっとそう言っているのだろう。彼の苦しそうな表情と現状の行動がそれを密かに物語っている。

 そして、泣いている彼に戸惑った少年が、そっと頭を優しく撫で始めた。
 けれども、彼の目に留まっていた涙の勢いは加速して、段々と溢れていくことが、止むことはなかった……。

 すると、突然恐ろしい程に静まり返った部屋に大きなインターホンの音が響く。
 薄暗い部屋に響きわたっていく大音量はホラーと言っても過言ではない。

 彼は今まで見たことのないくらいに、顔を強張らせた。少年は小さい身体を震わせ、彼にずっと抱きついている。

「このドアを開けなさい!!」

 そんな大声が彼等に届くと、二人は床に比べて、物が散乱していない机に予め用意されていたマスクを身に着け、窓を開けた。

 彼は少年を抱き、勢い良く窓から飛び降りる。同時に玄関のドアが思い切り開く音がした。

 パトカーのサイレンの音。

 正体さえも分からない野次馬の話す声。

 それらを掻き分けながら、青年は駆け出す。
 少年が濡れぬよう、既に雨によって冷めきった身体で、ぎゅっと抱き締めながら……。

 ***

 場面は変わり、真夜中の路地裏。
 あれから何時間経ったのか、二人は知らない。

 青年の彼は如何にも肌寒そうな格好をしているのにも関わらず、少年は服を何枚も重ね着していて、少しばかりは暖かそうだ。

 何故、二人がこのような格好なのかは、彼が着ていた上着を全て少年に着せた為だろう。

「僕たち、どうなるの……?」

 耳を澄ましたら辛うじて聞こえる程の震えた声で、少年は発したのだ。
 雨が降っている為、白く日焼けをしていない肌が月明かりの無い夜陰に塗れ、美しさが際だっている。切ないくらいに純粋な目を見て、気まずそうな表情をしながら、彼は返事をした。

「大丈夫、心配しないで……」

 一生懸命堪えていた涙が再びボロボロと溢れ出る。涙と雨が絵の具で絵を描くときのように混じり合い、海のような独特な良い香りが漂う。

 彼を心配した少年は青年の頬を小さな両手で支え、額に優しく軽いキスをする。

 それは皮肉な程に心地よく、温かかった。

「うぅ……」

 軽く嗚咽を漏らしながら、彼は再び少年を強く抱き締めた。抱き締めてしまえば少年も濡れてしまうだろうが、とても寂しくて、孤独が辛くて、そうせずには居られなかったのだ。

 少年は年相応の可愛らしい笑みを浮かべながら「いたいよ」と言っている。

 暫くすると、二人の間を和ませようと思ったのか、少年がゆっくりと口を開いた。

「いっしょに海にいくって約束、まもってよね?」

 表面上では確かにこう言った少年だが、内面ではきっと気付いているだろう。
 絶対に二人で海に行くという"約束は守れない"のだ、と。

 そして、彼がこの言葉にどう返答するのかも……。

「……わりぃ、その約束守れそうにないや。お前が今後好きな人が出来たらソイツと行くといいよ」

 その否定的な返事を聞いて少年は思わず、悲しそうに、顔を歪ませてしまう。
 やはり、本当はそんな言葉が聞きたい訳では無かったようだ。
 "約束を絶対に果たす"という上辺だけでも、安心できる確証が欲しかったのかもしれない。

 不図、彼から目を逸らして下を向いた少年はボソボソと何かを話し始めた。

「……僕が、僕がすきなのは、兄ちゃんだよ」

「何言ってんだよ、そういう好きじゃな──」

 少年の言葉を、彼が必死に否定しようとした瞬間だった。

 驚くことに、この少年と、彼の水分を失った唇がやんわりと触れてしまったのだ。

 それが偶然ではなく、故意だと気付くのにはそう時間は掛からなった。
 彼は目を見開いて、かなり驚いた表情をしながら、純粋無垢な少年の震えた瞼を見つめている。

 彼等の最初で最後の唇を合わせたキスは、幸せでしょっぱい涙の味だった──。
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