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1章

24.誘拐犯と一緒

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 今日は愛斗の誕生日だ。
 このことは昔彼をストーカーしていた際に、事細かく調べたので自分の誕生日よりも早く口に出せるくらいに、よく知っている。

 というわけで、この日何か彼にプレゼントをあげよう……と理久は学校近くにある本屋に立ち寄っていたのである。
 因みに彼は今日で十九歳になり、本来なら既に高校を卒業して大学生なっていた筈だ。
 その為、彼が真面目だと言うことも踏まえ、頭に入れて損をしない勉強ができる辞書や小難しい英和辞典が良いだろう、と店内を周っている。

 すると、あまり立ち寄る予定は無かったが、たまたま目にした漫画本が置かれたコーナーに、一際目立つブースがあった。

「──BLコーナー……」

 思わず、ボソッと呟いてしまう。
 そのとき不思議なことに不図、今の自分自身の現状や職場での出来事を思い出した。
 "ゲイ"というだけで狙われるという恐怖心からか、それとも嫌悪感からか、当たり前のように周りから軽蔑され、避けられる。

 "腐女子"と名乗る同僚の女性教師からは恋愛が絡むプライベートの事をしつこく問い詰められたり、創作のネタにしていい? と失礼なことを聞かれたこともあった。
 また、学校の女子生徒たちの計らずに耳にした会話も順に頭に浮かんでくる。

『地雷だから、ボーイズラブはちょっと無理……』

『え、BLは二次元しか無理っ!』

 ボーイズラブというものが、あくまでも創作上の話だと言う事はきちんと理久は理解している。

 けれども、心の底では、如何してもボーイズラブと現実のゲイの恋話は同じ物ではないか、と認識してしまうのだ。例えば、少女漫画を読んだ女性が現実と創作を引き離す事が出来ずに『こんな恋をしたいなぁ』と憧れるのと同じであろう。

 勿論、こんなに一枚壁のある自分たちの恋愛が上手くいくなんて事は無いけれど。

 ボーイズラブを軽蔑されたら同じようにゲイの自分も軽蔑されている気持ちになり、HL──所謂、同性愛はどこで話しても問題は無いのに、何故ボーイズラブに至っては他人に配慮して、公共の場で話してはいけないのか、理久には理解できなかった。

 ──HLが地雷だっていう人は少ないのに、何でだろうな……。

 心の中で呟きながらその場をそっと後にした。
 しかし、店から出た後に愛斗の誕生日プレゼントを買い忘れてしまっていた事にギリギリ気付く。

 急いで本屋に戻るのだった。

 ***

「愛斗くん、はいどうぞ!」

 いきなり包装紙に包まれた何かを渡してくる理久に彼はかなり困惑している様子だ。
 愛らしく眉をへの字にさせ、ちょこんと首を傾げている愛斗。

「今日、誕生日でしょ? プレゼント!」

 今思えば、彼は今が何月で何日かすらも把握していないのだ。確かに困惑するのは当然であろう。
 それから、笑顔でプレゼントらしき物を愛斗の手のひらに乗せた。

 ──まさか、誘拐犯に誕生日プレゼントを渡されるとはな……。
 
 こんな体験はきっと、世界中の何処を探しても自分だけだと確信してしまう。
 これが特別で良いことだとは決して思えないが。
 一般人とは違う犯罪者は一体どんなものを他人のプレゼントに選ぶのだろう、と少しばかりワクワクしながら、袋が破けないよう封を丁寧に開ける。

 しかしながら、なんと、そこには"弓道について書かれている本"が入っていた。

「え? これ……」

 プレゼントをもらっただけでも困惑している彼が、受け取ったプレゼントの中身を見たことで、又もや困惑してしまった。

 目を軽くぱちぱちとさせながら、此方をじっと見ている。部屋に漂う重たい空気を吸いながら、ゆっくりと口を開いた。

「僕、愛斗くんが弓道をしている姿が、本当に大好きなんだ。あのね、愛斗が矢を射る瞬間だけ、その場に居ないのに風を浴びたような、そん──」

 まんまるとしたつぶらな瞳を目一杯輝かし、過去の動画を頭の中で振り返って、彼を説得するようにプレゼントを購入した経緯を説明していく。
 さり気なく、身振り手振りを添えながら。

 けれども、愛斗はその場から立ち上がり、喋っている途中の言葉を遮って、怒ったように大声で叫んだ。

「はあ? お前、何言ってんだよ。弓道なんてもうやる訳がないだろ!? だって俺は、俺は……!」

 勢い良く叫んだ為、運動した後みたく、酷く呼吸を荒げている。理久は只、その怒鳴り散らす様子を寂しそうに見つめていた。

「けど、やりたいんでしょ。だって、愛斗くん泣いているよ……?」

「……え?」

 彼はその時はじめて、自分の瞳から如何しようもなく温かい涙が溢れ出ていることに気が付いた。
 必死で止めようとしても、次々と大量に出てくる涙は一向に止まる気配がない。

「な、なんで……。なんでだよ……?」

 発される言葉とは裏腹に床に一滴ずつ、ゆっくりと涙が落ちていった。
 それに伴って、密かに鼻や目頭は段々と赤く染まっていく。
 泣いている彼を理久はぎゅっと抱きしめる。

「辛かったよね。やっと弓道っていう、生き甲斐を見つけたのに、弓道が出来なくなって……」

 優しく抱きつかれたその瞬間、彼は理久が玄関から出るのを止める為に、一緒に勢い良く倒れたときの事を思い出した。
 その時と変わらず、理久の体温は胸にじんわりとくる程に暖かく心地よい。
 犯罪者でも、人の心がないような暴力魔でも、きちんとした生きている人間なのだと、辛いくらいに認識させられる。

「俺、悔しかったんだ。俺を怪我させた奴も悪気はないって分かってんのに、許せなくて……。アイツが弓道できないくらい怪我したら良いのにって……」

 嗚咽を漏らしながらも彼は、ずっと誰にも言えなかった自分の気持ちを理久に向かって伝えた。
 今まで押さえ込んでいた思いが爆発して、無意識に伝えてしまったのであろうか。
 腕の中にある彼の身体が小さく震えていることに気付くのには、そう時間を要さなかったを
 一方で、理久はいつもの朗らかな眼差しで頷きながら、話を聞いている。

 ──誘拐犯で暴力男だけど、此奴なら……。

 はじめて誘拐犯と一緒に過ごした誕生日。

 一刻も早く元の生活に戻りたい筈なのに、今までに経験してきた他愛もないどの誕生日よりも心地よいと愛斗は思ってしまったのだった。
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