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1章
23.愛は血濡れる
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次に目覚めたのは病室のベッドの上だった。
場所は個室ではない四人部屋だが、不自然極まりないくらいに静かである。
そのせいか妙に孤独感が増してしまい、夜な夜な涙を流すのは日常茶飯事だった。
また、腕に打たれた点滴や身体に巻いてある大量の包帯がとにかく違和感があり、嫌で仕方がない様子。看護師の人も彼の異常な行動には酷く悩まされたのかもしれない。
今思えばそれすらも家族を失ったという悲しみの発散先でしかなかったのだろう。
酷い時には泣きながら暴れて怪我をしてるのにも関わらず、ベッドから飛び起きて窓から飛び降りようとする程。
薬を飲み症状はだいぶ落ち着いたが、それから数カ月程の記憶を彼は全く覚えていない。
そう、残念ながら結局あの爆発と事故では、彼以外の家族は一人も助からなかったのだ。
辛うじて見つかった遺体も本人だとは目で判断が付かない程に跡形も無くなっていた。
遺体と対面することになった彼は一体どんな表情をしていたのであろうか。
一人孤独になってしまった彼に対して囁かれる、命は助かって幸いでしたね、という善意で発した筈の周りの言葉は彼の即効性の毒と化していく。
律は家族を亡くしてからはまともにご飯、というか固形物すらも食べられず、元から華奢であった体型から更に四キロは痩せてしまった。
数年の時が流れた今でもストレスで減った体重は中々戻らないのが、彼の心にある傷の深さを物語っている。
幸い社会経験も兼ねたバイトで貯めた、これからこれだけで過ごすには少し物足りない貯金や、家族が遺した莫大な遺産があった為、金銭面で苦労する事はなかった。
加えて、ある程度自立出来ていて、独り暮らしができる年齢なので、祖母の家に引っ越しするという事もない。
あの事故から変化したのは、家族を失ったということだけ。
そう、今は只、家族がいないだけの毎日を淡々と過ごしている。
***
以上が彼が今のようになってしまった経路だ。
一連の出来事から感じ取るに、彼にとって"家族"という存在と"愛する人"という存在は、今まで作り上げてきた自分を跡形もなく壊してしまう程に重要で大きな存在だったのかもしれない。
勿論、中学時代に行われた悲惨なイジメや悲観的な性格から来る日常のストレスも多少は関係しているだろうが、律の精神に大きく影響を与えたのは紛れもなくこの事故である。
他にも、事故で患った後遺症の目を反らしてしまう程に痛々しい傷跡を、彼は唯斗の形見だと思っているようだ。
何故なら、彼等が遺してくれたのは原型を保った屍でも、誕生日のプレゼントでもなく、一人では使い切れない遺産だけなのだから。
後遺症である身体に残った傷は開きやすい、というより彼が傷を再び自分自身で切り裂き、開いている。所謂、自傷行為に近いものだろう。
唯斗が生きていたという証がいつまでも消えてしまわないように。
だから、今日もその痛々しい深い傷にそっと触れながら彼は呟く。
「兄さん、愛してる……」
軽い嗚咽を漏らして涙ぐみながらも必死にそう訴え続ける。
唯斗に本当の意味では伝わらなかった想いを、毎日のように形見に向かって口にするのだ。
何故なら、彼が愛を伝えた場所や状況は、あまりにも残酷すぎたから。
彼の愛の伝え方は綺麗で美しいライトアップに包まれていたのでもなく、桜が舞う青春真っ只中の空間でもなく、人々に暖かく祝われた訳でもなかった。
その愛は、血濡れていた。
残酷な程に血濡れた場所で、血濡れた人が、血濡れた人に愛を伝えた。
そして、傷口が開く度に彼の唯斗への愛はこれ以上に血濡れていくだろう──。
正式な兄弟という事に加えて、もう既にこの世に居ない人へ向けられている歪んだ純愛。
泥や清潔で塗れて混沌としたこの世間は一体、それらを如何思い、どんな醜いレッテルを貼ろうとするだろうか……。
しかし、長年の日常や幸せな日々によって蓄積された大きな大きな唯斗への想いは誰が説得しようとしても一生消えないであろう。
たとえ"愛"だと呼ばれなくとも──。
***
余談だが、精神的に不安定な時、頼る人がいない彼を善意だけで支えてくれたのは理久だけだった。
理久は唯斗の職場での元同僚で、隣の部屋に住んでいるからか、病んで辛い思いをしている彼を見放すなんて浅はかなことはできなかったのかもしれない。
お陰で彼は理久には驚く程、懐いている。
それは確実な証拠を持っているのに、理久は暴力を振るっていないと信じて疑わないほど。
さて、律は理久をまるで実の兄のように心から慕っている訳だ。
が、そんな理久が一般の高校生で何の非もない愛斗を誘拐して監禁した挙句の果てに暴力を振るっている事に気が付いてしまったら、一体如何するのだろうか。
理久を信じて、通報しないという選択肢を取るのか。皆が慕う優しい良い人になりたいという欲望に塗れた善意が勝ち、愛斗を救う選択肢を取ることにするか……。
けれども、今のままでは当たり前のように警察に通報することはないだろう。
もし、律に変化が訪れたなら──。
結末は別の方向に変わるのかもしれない──。
場所は個室ではない四人部屋だが、不自然極まりないくらいに静かである。
そのせいか妙に孤独感が増してしまい、夜な夜な涙を流すのは日常茶飯事だった。
また、腕に打たれた点滴や身体に巻いてある大量の包帯がとにかく違和感があり、嫌で仕方がない様子。看護師の人も彼の異常な行動には酷く悩まされたのかもしれない。
今思えばそれすらも家族を失ったという悲しみの発散先でしかなかったのだろう。
酷い時には泣きながら暴れて怪我をしてるのにも関わらず、ベッドから飛び起きて窓から飛び降りようとする程。
薬を飲み症状はだいぶ落ち着いたが、それから数カ月程の記憶を彼は全く覚えていない。
そう、残念ながら結局あの爆発と事故では、彼以外の家族は一人も助からなかったのだ。
辛うじて見つかった遺体も本人だとは目で判断が付かない程に跡形も無くなっていた。
遺体と対面することになった彼は一体どんな表情をしていたのであろうか。
一人孤独になってしまった彼に対して囁かれる、命は助かって幸いでしたね、という善意で発した筈の周りの言葉は彼の即効性の毒と化していく。
律は家族を亡くしてからはまともにご飯、というか固形物すらも食べられず、元から華奢であった体型から更に四キロは痩せてしまった。
数年の時が流れた今でもストレスで減った体重は中々戻らないのが、彼の心にある傷の深さを物語っている。
幸い社会経験も兼ねたバイトで貯めた、これからこれだけで過ごすには少し物足りない貯金や、家族が遺した莫大な遺産があった為、金銭面で苦労する事はなかった。
加えて、ある程度自立出来ていて、独り暮らしができる年齢なので、祖母の家に引っ越しするという事もない。
あの事故から変化したのは、家族を失ったということだけ。
そう、今は只、家族がいないだけの毎日を淡々と過ごしている。
***
以上が彼が今のようになってしまった経路だ。
一連の出来事から感じ取るに、彼にとって"家族"という存在と"愛する人"という存在は、今まで作り上げてきた自分を跡形もなく壊してしまう程に重要で大きな存在だったのかもしれない。
勿論、中学時代に行われた悲惨なイジメや悲観的な性格から来る日常のストレスも多少は関係しているだろうが、律の精神に大きく影響を与えたのは紛れもなくこの事故である。
他にも、事故で患った後遺症の目を反らしてしまう程に痛々しい傷跡を、彼は唯斗の形見だと思っているようだ。
何故なら、彼等が遺してくれたのは原型を保った屍でも、誕生日のプレゼントでもなく、一人では使い切れない遺産だけなのだから。
後遺症である身体に残った傷は開きやすい、というより彼が傷を再び自分自身で切り裂き、開いている。所謂、自傷行為に近いものだろう。
唯斗が生きていたという証がいつまでも消えてしまわないように。
だから、今日もその痛々しい深い傷にそっと触れながら彼は呟く。
「兄さん、愛してる……」
軽い嗚咽を漏らして涙ぐみながらも必死にそう訴え続ける。
唯斗に本当の意味では伝わらなかった想いを、毎日のように形見に向かって口にするのだ。
何故なら、彼が愛を伝えた場所や状況は、あまりにも残酷すぎたから。
彼の愛の伝え方は綺麗で美しいライトアップに包まれていたのでもなく、桜が舞う青春真っ只中の空間でもなく、人々に暖かく祝われた訳でもなかった。
その愛は、血濡れていた。
残酷な程に血濡れた場所で、血濡れた人が、血濡れた人に愛を伝えた。
そして、傷口が開く度に彼の唯斗への愛はこれ以上に血濡れていくだろう──。
正式な兄弟という事に加えて、もう既にこの世に居ない人へ向けられている歪んだ純愛。
泥や清潔で塗れて混沌としたこの世間は一体、それらを如何思い、どんな醜いレッテルを貼ろうとするだろうか……。
しかし、長年の日常や幸せな日々によって蓄積された大きな大きな唯斗への想いは誰が説得しようとしても一生消えないであろう。
たとえ"愛"だと呼ばれなくとも──。
***
余談だが、精神的に不安定な時、頼る人がいない彼を善意だけで支えてくれたのは理久だけだった。
理久は唯斗の職場での元同僚で、隣の部屋に住んでいるからか、病んで辛い思いをしている彼を見放すなんて浅はかなことはできなかったのかもしれない。
お陰で彼は理久には驚く程、懐いている。
それは確実な証拠を持っているのに、理久は暴力を振るっていないと信じて疑わないほど。
さて、律は理久をまるで実の兄のように心から慕っている訳だ。
が、そんな理久が一般の高校生で何の非もない愛斗を誘拐して監禁した挙句の果てに暴力を振るっている事に気が付いてしまったら、一体如何するのだろうか。
理久を信じて、通報しないという選択肢を取るのか。皆が慕う優しい良い人になりたいという欲望に塗れた善意が勝ち、愛斗を救う選択肢を取ることにするか……。
けれども、今のままでは当たり前のように警察に通報することはないだろう。
もし、律に変化が訪れたなら──。
結末は別の方向に変わるのかもしれない──。
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