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1章
19.そとにでないでください 律編②
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「すみませんね、部屋汚くて。てきとーに座って下さい。今お茶持ってくるんで……」
時は戻り現在。律はファミリータイプと言っても良いこの広い部屋にたった一人で住んでいる。
正確には家族が亡くなってから一人で住んでいるのだ。
汚い部屋の床には脱ぎ捨てた服や学校で配られたとと思われる沢山のプリントが散らばっている。
よくよく見渡してみると漫画のワンシーンに映る汚部屋ほどではない。友人内でパーティーした後の部屋だと言えばいいのだろうか。
それでもかなり散らかっている事には変わりないのだが。
「いえ、此方こそ突然押しかけてすみません」
何故、彼が紗代を部屋に招いたのか。
それは勿論、理久の隠れた事情が気になるというのもあったが、もう一つの理由は彼女の顔にあった。まるで、人を平気で殺しそうなくらいに悍ましい表情……口元はしっかりと笑っているというのに、虚ろで死んでいる目。
もし、部屋に招き入れるのを断っていたら自分が如何なったのか考えたくもない。
「で、何で僕のところに? 七瀬さんに何かあったんですか」
冷たいお茶が入ったグラスをテーブルにそっと乗せながら質問した。
これからこの人に何を言われるのか、と途轍もなく緊張しているからか心臓は今までに感じた事のないくらいにバクバクと鳴り響いている。
胡散臭い笑顔を見せて彼女は言った。
「最近、七瀬先生。あ、学校の教師なのでこう呼んでいるんですけど……大丈夫ですか?」
彼女が教師ということは聞いていたが、普通プライベートで"先生"をつけて話すだろうか、と本筋に関係の無い所に彼は疑問を抱いてしまう。
しかしながら否定する理由もなく、当然「ええ」と肯定する。
「疲れてるみたいなんです。この前も職場で倒れて……七瀬先生に問い詰めてみたらルームメイトがちょっと……と仰っていたんですが、それ以上は何も話して下さらなくて……。何か知っていますか?」
勿論、全て根っから偽りの作り話である。
実際に学校で倒れてしまったのは彼女。加えて、あれから彼女は理久とは日常会話すらもしていない。
一方、彼は頭の中が酷く混乱に陥り、既にパンクしかけている。
疲れて学校で倒れてしまったからって態々隣に住んでいる人の部屋をいきなり訪問するだろうか。
まあ、あんなにイケメンなのだから多少過保護になっても仕方がない、と彼は思うことにした。
「すみません、僕もルームメイトを一度しか見かけた事がないんですよ」
これは確かに本当の事だが、本来ならもっと言うべき事があったであろう。
例えば、日常的に聞こえる暴力を振るっていると思われる騒音。
けれども、彼はその事を一切口にすることはなかった。
「一度? どんな方でしたか??」
食い気味になって彼女が此方へ向かって話し掛けてくる。
白目が酷く充血しているだけではなく、目つきが鋭く吊り上がり鳥肌が立つくらいに恐ろしい。
彼は心の中で相当怯えているようだった。
答えてはいけない、とさえ心の中で何度も唱えてしまう。
きっと、彼女は理久のストーカーか何かで色々情報収集をしているのだろう、というのが彼の考えだ。
「普通に男性の方ですよ」
性別だけなら赤の他人に話しても問題ない。寧ろ一度見かけているのに性別すら知らなかったら不自然極まりないだろう。
彼女は遠慮なく、どんどん恐怖を感じる声色で質問してくる。
「背格好は? 年齢は? 顔の特徴は? 髪色は?」
瞬き一つせずに質問してくる彼女は悪魔と言っても可笑しくはない。
彼は身の危険を感じたらしく膝が異常なくらいに震えている。当然のように瞳に涙が溜まり、身体中から血の気が引いていく。
「ぼ、僕から言えることは何もありませんからっ! もう家にお帰りくださいっ」
緊張のあまり律は大声を出してしまう。
息を一度大きく吸うと少し、ほんの少しだけだが、心が冷静になった。
彼女の肩を思いっきり手で押して無理矢理外へ追い出した。
すると、ドアが勢い良く叩かれる。
「おまえぇ!!!! あぁけなさいよおぉぉッッ!!!!」
この世のものとは思えない程におっかない喉から出す枯れた声を耳にしてしまい、我慢していた涙が瞳からどんどん溢れ落ちる。
心臓は曲を奏でるように不協和音が鳴り響き、口や鼻でする呼吸は喉から声が一切、出ないくらいに乱れていく。
「……ひ…はぁ、はぁ」
取り敢えず体内に足りない酸素を取り込む為に、ゆっくり何度も何度も深呼吸をする。
こんな経験をしたのは端から見れば悲惨な人生を歩んできた彼でも始めてのことだった。
***
あれから数分程経ったのであろう。
ドアを叩いていた音は漸く鳴り止み彼女は帰ったのかもしれない、と彼はほんの少しだけ安堵した。
そして、"念の為"だとマンションのドアにある覗き穴から外の様子を伺ったときだ──。
「うわああああああああッ……!!」
何と覗き穴がくっきりと紗代の目を映し出していたのだ。
彼の様子を外からこっそり伺っていたのだろうか……。あまりの恐怖に大声で叫んでしまった。
──もしかしたら、今の声で七瀬さんが外に出てしまうかもしれない……。
そんな柄でもない心配をした彼は直ぐにスマホを開き、理久に急いでメッセージを送った。
『そとにでないでください』
時は戻り現在。律はファミリータイプと言っても良いこの広い部屋にたった一人で住んでいる。
正確には家族が亡くなってから一人で住んでいるのだ。
汚い部屋の床には脱ぎ捨てた服や学校で配られたとと思われる沢山のプリントが散らばっている。
よくよく見渡してみると漫画のワンシーンに映る汚部屋ほどではない。友人内でパーティーした後の部屋だと言えばいいのだろうか。
それでもかなり散らかっている事には変わりないのだが。
「いえ、此方こそ突然押しかけてすみません」
何故、彼が紗代を部屋に招いたのか。
それは勿論、理久の隠れた事情が気になるというのもあったが、もう一つの理由は彼女の顔にあった。まるで、人を平気で殺しそうなくらいに悍ましい表情……口元はしっかりと笑っているというのに、虚ろで死んでいる目。
もし、部屋に招き入れるのを断っていたら自分が如何なったのか考えたくもない。
「で、何で僕のところに? 七瀬さんに何かあったんですか」
冷たいお茶が入ったグラスをテーブルにそっと乗せながら質問した。
これからこの人に何を言われるのか、と途轍もなく緊張しているからか心臓は今までに感じた事のないくらいにバクバクと鳴り響いている。
胡散臭い笑顔を見せて彼女は言った。
「最近、七瀬先生。あ、学校の教師なのでこう呼んでいるんですけど……大丈夫ですか?」
彼女が教師ということは聞いていたが、普通プライベートで"先生"をつけて話すだろうか、と本筋に関係の無い所に彼は疑問を抱いてしまう。
しかしながら否定する理由もなく、当然「ええ」と肯定する。
「疲れてるみたいなんです。この前も職場で倒れて……七瀬先生に問い詰めてみたらルームメイトがちょっと……と仰っていたんですが、それ以上は何も話して下さらなくて……。何か知っていますか?」
勿論、全て根っから偽りの作り話である。
実際に学校で倒れてしまったのは彼女。加えて、あれから彼女は理久とは日常会話すらもしていない。
一方、彼は頭の中が酷く混乱に陥り、既にパンクしかけている。
疲れて学校で倒れてしまったからって態々隣に住んでいる人の部屋をいきなり訪問するだろうか。
まあ、あんなにイケメンなのだから多少過保護になっても仕方がない、と彼は思うことにした。
「すみません、僕もルームメイトを一度しか見かけた事がないんですよ」
これは確かに本当の事だが、本来ならもっと言うべき事があったであろう。
例えば、日常的に聞こえる暴力を振るっていると思われる騒音。
けれども、彼はその事を一切口にすることはなかった。
「一度? どんな方でしたか??」
食い気味になって彼女が此方へ向かって話し掛けてくる。
白目が酷く充血しているだけではなく、目つきが鋭く吊り上がり鳥肌が立つくらいに恐ろしい。
彼は心の中で相当怯えているようだった。
答えてはいけない、とさえ心の中で何度も唱えてしまう。
きっと、彼女は理久のストーカーか何かで色々情報収集をしているのだろう、というのが彼の考えだ。
「普通に男性の方ですよ」
性別だけなら赤の他人に話しても問題ない。寧ろ一度見かけているのに性別すら知らなかったら不自然極まりないだろう。
彼女は遠慮なく、どんどん恐怖を感じる声色で質問してくる。
「背格好は? 年齢は? 顔の特徴は? 髪色は?」
瞬き一つせずに質問してくる彼女は悪魔と言っても可笑しくはない。
彼は身の危険を感じたらしく膝が異常なくらいに震えている。当然のように瞳に涙が溜まり、身体中から血の気が引いていく。
「ぼ、僕から言えることは何もありませんからっ! もう家にお帰りくださいっ」
緊張のあまり律は大声を出してしまう。
息を一度大きく吸うと少し、ほんの少しだけだが、心が冷静になった。
彼女の肩を思いっきり手で押して無理矢理外へ追い出した。
すると、ドアが勢い良く叩かれる。
「おまえぇ!!!! あぁけなさいよおぉぉッッ!!!!」
この世のものとは思えない程におっかない喉から出す枯れた声を耳にしてしまい、我慢していた涙が瞳からどんどん溢れ落ちる。
心臓は曲を奏でるように不協和音が鳴り響き、口や鼻でする呼吸は喉から声が一切、出ないくらいに乱れていく。
「……ひ…はぁ、はぁ」
取り敢えず体内に足りない酸素を取り込む為に、ゆっくり何度も何度も深呼吸をする。
こんな経験をしたのは端から見れば悲惨な人生を歩んできた彼でも始めてのことだった。
***
あれから数分程経ったのであろう。
ドアを叩いていた音は漸く鳴り止み彼女は帰ったのかもしれない、と彼はほんの少しだけ安堵した。
そして、"念の為"だとマンションのドアにある覗き穴から外の様子を伺ったときだ──。
「うわああああああああッ……!!」
何と覗き穴がくっきりと紗代の目を映し出していたのだ。
彼の様子を外からこっそり伺っていたのだろうか……。あまりの恐怖に大声で叫んでしまった。
──もしかしたら、今の声で七瀬さんが外に出てしまうかもしれない……。
そんな柄でもない心配をした彼は直ぐにスマホを開き、理久に急いでメッセージを送った。
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