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1章
16.日常に溶け込んだ嘘
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レジの店員が肉まんの入ったスチーマーの扉を開けたことで、肉まんの匂いが店中に仄かに香る。
理久はその日、軽食を摂ろうと一番家から近いコンビニへ寄っていたのだ。
すると、あつあつの肉まんをレジ袋に入れながら店員の女性が平然と口を開いた。
「そういえば、東京で男子高校生が行方不明になる事件があったでしょう? 警察がやっとなにか、証拠を掴んだらしいのよ」
何処から如何見ても愛斗のことを言っているとしか思えない事件の詳細。
彼女の話を聞いて思わず、眉をぴくりと動かしてしまう。
日本の警察がかなり優秀だとは彼も痛いほど理解していた。もし少しの証拠でも警察で受け渡してしまえば彼が逮捕される確率はぐんと上がる。
一旦深呼吸をして心を落ち着かせながら、店員さんに聞き返した。
「えぇ、ありましたね。因みに証拠は何を掴まれたんですか?」
このタイミングにするとは思えない不自然な深呼吸をした事や行方不明事件を捜索しているとも思える質問の内容に少しだけ不審感を憶えながらも、彼女は親切に質問に答えてくれる。
「それが、行方不明の子の部屋に盗聴器とカメラが仕掛けられていたんですって。まあ、指紋は見つからなかったらしいけれど」
怯えたように話す彼女に対して、彼は全く大した証拠では無いことに安堵した。
とはいえ男子高校生の行方不明事件は紛れもない誘拐事件だ、という可能性があがってきてしまった事はかなり危険だ。
家に帰ってからまた、証拠の発見について詳しくSNSで調べる必要があるだろう。
「そうなんですか、怖いですね」
彼は心にも思っていない言葉を発しながら、綺麗な顔を際立たせるように微笑む。
そんな様子を見た彼女は「ちょっと待っててね」と笑顔で言うと駆け足でコンビニの作業裏と思われる場所へ向かった。
そして、暫くすると息を切らして、何か箱のような物を持って戻ってきたのだ。
「良かったらこのドーナツ食べて。いつも来てくれてるお礼よ」
彼の顔よりも大きな箱に入ったドーナツを丁寧に手渡す。同時にドーナツの独特な甘ったるい砂糖の香りが鼻の奥にツンと響いた。
加えて彼はお礼を言おうとしたのか、ゆっくりと喋り始める。
「ありがとうございます。お姉さん」
お姉さん、と彼は当然のように言っているが決してその女性は万人から見ると若くはなかった。
顔には皺やシミがあり、厚化粧をした彼女は傍から見ると四十代から五十代にしか見えない。
では何故、理久がお姉さんと言ったのか。
それは彼が人の機嫌を取るのが上手いとだけ言っておこう。
「全然いいのよ。けど、それって誘拐事件ってことでしょう? 本当に犯人早く見つかるといいわね」
彼女は表面上ではこのように言っているが、心の中では心配すらしていなかった。
只、理久の驚くほど綺麗な顔立ちにうっとりとしていたのだ。その証拠に彼女は見れば分かるほどに機嫌の良さそうな顔をしている。
「そうですね。でも、犯人は案外近くにいるかもしれませんよ」
犯人が彼だと知れば悍ましい言葉を一言だけ呟いて彼はコンビニを後にする。
彼女が先程の台詞に対して、何と感じたのかは知る由もない。
肉まんを口の近くに持って行き、丁度いい温度に冷ませようと数回息を吹きかける。
食べ歩きしながら帰ろうと考えていた理久。
けれども、愛斗の目の前で食べる事に決めたのであろうか。肉まんをそっと袋に戻した。
次に彼は少し歩くと着く、近所の子供達がよく使っている公園に入って行く。
そして、公園で遊んでいる子供達を呼び集め、先程貰ったドーナツを一つ一つ配りはじめた。
小学生くらいのヤンチャそうな男の子が他の子を見ながら羨ましそうに言う。
「ななせー! おれにもちょうだい!」
と。近所の小さい子からは好青年との印象がありそうな彼は『ななせ』と呼ばれているらしい。
ドーナツが一つ、また一つと減っていく。とうとう箱の中身は空になり、あのドーナツの甘い匂いだけが目の前に悶々と漂う。
結局、理久はドーナツを一つも食べなかった。
どうだろう、食べようとしなかったと言った方が正しいかもしれない。
***
けれども次の日コンビニに行くと、理久はドーナツをくれた親切な彼女に仮面のように塗りたくられた偽りの笑顔を見せてこう言ったのだ。
「ドーナツ全部一人で食べちゃいました。美味しかったです。ありがとうございます」
もう一度言おう。理久は人の機嫌を取るのが上手いと。普通に考えれば相手の都合の良いように嘘を真実と絡めたり、改変させるのは其処まで疑問を抱かないことかもしれない。
何故なら人間とは常に他人の目線を気にして良い評価を受けようと必死に生きている生き物だからだ。
それは生物学的な長所ともいえ、短所とも感じ取れる。
しかし、彼の場合それらの行動をもう既に仕方がないこととも認識していない。
他人にとってはこの行動が良いことで、当たり前で、日常で食を取り、睡眠をとる事と同じ物だと考えているのであろう。
周りの普通に溶け込む為には平気で嘘をつく彼の姿は異常かもしれないと心から感じる程恐ろしかった。
理久はその日、軽食を摂ろうと一番家から近いコンビニへ寄っていたのだ。
すると、あつあつの肉まんをレジ袋に入れながら店員の女性が平然と口を開いた。
「そういえば、東京で男子高校生が行方不明になる事件があったでしょう? 警察がやっとなにか、証拠を掴んだらしいのよ」
何処から如何見ても愛斗のことを言っているとしか思えない事件の詳細。
彼女の話を聞いて思わず、眉をぴくりと動かしてしまう。
日本の警察がかなり優秀だとは彼も痛いほど理解していた。もし少しの証拠でも警察で受け渡してしまえば彼が逮捕される確率はぐんと上がる。
一旦深呼吸をして心を落ち着かせながら、店員さんに聞き返した。
「えぇ、ありましたね。因みに証拠は何を掴まれたんですか?」
このタイミングにするとは思えない不自然な深呼吸をした事や行方不明事件を捜索しているとも思える質問の内容に少しだけ不審感を憶えながらも、彼女は親切に質問に答えてくれる。
「それが、行方不明の子の部屋に盗聴器とカメラが仕掛けられていたんですって。まあ、指紋は見つからなかったらしいけれど」
怯えたように話す彼女に対して、彼は全く大した証拠では無いことに安堵した。
とはいえ男子高校生の行方不明事件は紛れもない誘拐事件だ、という可能性があがってきてしまった事はかなり危険だ。
家に帰ってからまた、証拠の発見について詳しくSNSで調べる必要があるだろう。
「そうなんですか、怖いですね」
彼は心にも思っていない言葉を発しながら、綺麗な顔を際立たせるように微笑む。
そんな様子を見た彼女は「ちょっと待っててね」と笑顔で言うと駆け足でコンビニの作業裏と思われる場所へ向かった。
そして、暫くすると息を切らして、何か箱のような物を持って戻ってきたのだ。
「良かったらこのドーナツ食べて。いつも来てくれてるお礼よ」
彼の顔よりも大きな箱に入ったドーナツを丁寧に手渡す。同時にドーナツの独特な甘ったるい砂糖の香りが鼻の奥にツンと響いた。
加えて彼はお礼を言おうとしたのか、ゆっくりと喋り始める。
「ありがとうございます。お姉さん」
お姉さん、と彼は当然のように言っているが決してその女性は万人から見ると若くはなかった。
顔には皺やシミがあり、厚化粧をした彼女は傍から見ると四十代から五十代にしか見えない。
では何故、理久がお姉さんと言ったのか。
それは彼が人の機嫌を取るのが上手いとだけ言っておこう。
「全然いいのよ。けど、それって誘拐事件ってことでしょう? 本当に犯人早く見つかるといいわね」
彼女は表面上ではこのように言っているが、心の中では心配すらしていなかった。
只、理久の驚くほど綺麗な顔立ちにうっとりとしていたのだ。その証拠に彼女は見れば分かるほどに機嫌の良さそうな顔をしている。
「そうですね。でも、犯人は案外近くにいるかもしれませんよ」
犯人が彼だと知れば悍ましい言葉を一言だけ呟いて彼はコンビニを後にする。
彼女が先程の台詞に対して、何と感じたのかは知る由もない。
肉まんを口の近くに持って行き、丁度いい温度に冷ませようと数回息を吹きかける。
食べ歩きしながら帰ろうと考えていた理久。
けれども、愛斗の目の前で食べる事に決めたのであろうか。肉まんをそっと袋に戻した。
次に彼は少し歩くと着く、近所の子供達がよく使っている公園に入って行く。
そして、公園で遊んでいる子供達を呼び集め、先程貰ったドーナツを一つ一つ配りはじめた。
小学生くらいのヤンチャそうな男の子が他の子を見ながら羨ましそうに言う。
「ななせー! おれにもちょうだい!」
と。近所の小さい子からは好青年との印象がありそうな彼は『ななせ』と呼ばれているらしい。
ドーナツが一つ、また一つと減っていく。とうとう箱の中身は空になり、あのドーナツの甘い匂いだけが目の前に悶々と漂う。
結局、理久はドーナツを一つも食べなかった。
どうだろう、食べようとしなかったと言った方が正しいかもしれない。
***
けれども次の日コンビニに行くと、理久はドーナツをくれた親切な彼女に仮面のように塗りたくられた偽りの笑顔を見せてこう言ったのだ。
「ドーナツ全部一人で食べちゃいました。美味しかったです。ありがとうございます」
もう一度言おう。理久は人の機嫌を取るのが上手いと。普通に考えれば相手の都合の良いように嘘を真実と絡めたり、改変させるのは其処まで疑問を抱かないことかもしれない。
何故なら人間とは常に他人の目線を気にして良い評価を受けようと必死に生きている生き物だからだ。
それは生物学的な長所ともいえ、短所とも感じ取れる。
しかし、彼の場合それらの行動をもう既に仕方がないこととも認識していない。
他人にとってはこの行動が良いことで、当たり前で、日常で食を取り、睡眠をとる事と同じ物だと考えているのであろう。
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