上 下
337 / 444
第十章 マーマレード元皇太子の反撃

閑話 エステラの夢の始まり

しおりを挟む
エステラ・ハイドは今日も雑用係として劇場で働いていた。

クリスらと一緒の演劇は大成功だったが、演劇の最後のクリス誘拐事件で演劇どころの話では無くなった。卒業したあともエステラの働き先はなかなか無く、やっと演劇部の繋がりでとある劇場で雑用係として働き口があったのだった。演劇部の先輩たちに雑用としてこき使われている日々だった。

「エステラ!また照明のタイミングがずれたわ。カイルが手を下ろした時だって言ったでしょう」
「でも、アンネ様。あの照明のタイミングはオットー様があの位置に立たれた時では」
「あたな、演出家の私に逆らうの!」
アンネは怒って言った。

「いえ、滅相もありません」
慌ててエステラは謝った。

「本当に愚図で逆らうことしか出来ないなんて、首にするわよ」
「申し訳ありません。何卒お許しを」
ここで首になると借りていた奨学金が返せなくなる。エステラは必死に謝った。

「ふんっ。本当に口だけで何も出来ないんだから」
アンネは捨て台詞を残して去っていった。

「またエステラなの」
「本当にどうしようもなく無いわね」
周りの皆の冷たい視線にエステラは下唇を噛んで耐えた。


残業を終えて家に帰ったのは深夜零時を回っていた。下っ端なので朝も朝一番で出るので今は殆ど新たな脚本を書く暇も無かった。

「はあああっ」
エステラは大きくため息を付いた。

そこにスティーブから留守番電話が入っていることに気付いた。
懐かしくて慌てて開く。

「エステラ元気でやっている?実はクリス様らと今このマーマレードに帰っていて、急遽同窓会をやることになったんだ。誘拐事件でクリス様も皆に挨拶出来なかったし、是非ともお会いしたいと仰っていて。エステラも忙しいとは思うけど万難排して参加してもらえると有難いんだけど」
そのあと会場の時間と地図が載っていてスティーブのメッセージは終わっていた。

エステラも久しぶりに皆に会いたかった。
でもその日は演劇のある日でエステラは抜けられそうに無かった。

「わざわざ誘ってくれたのにごめんなさい。その日は仕事が忙しくて出られそうに無いわ。皆様に宜しくお伝え下さい」
メッセージを送ってエステラは電話を閉じた。

「あの頃は楽しかったな」
身分差も何も関係無く皆エステラの好きにさせてくれた。大国の王族方とあんな風に過ごせるなんてもう絶対に無い。それも大好きな演劇で思う存分自由に演出できたのだ。もうエステラには思い残す事も無かったはずだった。全部学園卒業と同時に楽しい事は終わったのだ。

その日も疲れていたはずなのにエステラはなかなか寝れなかった。


同窓会当日もエステラは劇場にいた。

そしてまた、終わったあとにアンネに怒られていた。
「エステラ、どういう事。またタイミングがずれたじゃない。オットーが位置に付いた時に照明するって話だったわよね」
「はい?カイル様が手を下ろした時だと言われたと」
「そんなわけ無いでしょ。それじゃタイミングがずれるじゃない。本当に役立たずね。いつまでも出来ないなら辞めてもらうしかないわ」
アンネが言った。もともとアンネがそうしろと言ったのに。言いがかりも甚だしかった。でもここで首になるわけには行かない。

エステラが謝ろうとした時だ。

「じゃあ要らないなら、私がもらうぞ!」
「えっ」
第三者の声にアンネは驚いた。
「ジャンヌ殿下!」
驚いてエステラは声を上げた。

そこにはジャンヌらがいつの間にか入り込んでいたのだ。


「あの強気のエステラはどこに行ったんだ。散々私にダメ出ししてくれたのに」
「えっ殿下そのようなこと」
憧れのジャンヌに声をかけられてエステラは感激していた。

「あの皇太子殿下。バーネット伯爵家のアンネと申します」
「いやあ、取り込み中失礼したな。エステラが演出しているのかと思って楽しみに来てみれば雑用係として働いているんだろう。人財の無駄だから我が国にもらっていっても良いよな」
「本当ですわ。エステラ、あなたは私を世界的な悪役令嬢として有名にしたのに、何でこんな所でくすぶっているんですの。おかげで私嫁の行き手が無いんですけど。何故か悪役令嬢その一のメーソンが恋人が出来たって喜んでいるんだけど、あなたもボフミエに来て私にも見目麗しい殿方を紹介しなさいよ」
イザベラが横から出てきて言う。
「イザベラ様」

「エステラさん。演劇の時は本当に良くやって頂けたわ。その後全然お礼も言えずに御免なさいね」
その後ろにクリスが優しく微笑んでいた。

「く、クリス様」

「後の事も全然聞いていなくて、ボフミエは全てまだ始まったところなの。劇場も殆ど無いわ。でも皆で一から国造りしているんだけれど、エステラさんも出来れば手伝って頂けると有難いんだけど」
「判りました。私でよろしければ」
どんな所でも良かった。演劇が出来るなら。それも筆頭魔導師様がわざわざ呼んでくれるのだ。こんな好待遇は絶対に今後もないだろう。


「ちょっと待って下さい。エステラはうちの従業員で」
アンネは慌てて口出してきた。学園祭ではアンネの演劇が皆の注目を集めるはずが、エステラの演劇が全世界放送されて、いきなり注目を浴びて演劇部の演劇は散々だった。優秀な人材を雑用係にしていたとか、無能なやつが演出して、有能なエステラを雑用で使っていたとか散々言われたのだ。その悔しさをやっとぶつけて解消していたのに、その相手をかっさらわれたらまたなんて言われるか堪ったものではなかった。

「今要らないようなこと言ってたけど」
ジャンヌがもう一度突っ込む。
「いえ、それは言葉の綾で・・・・」
アンネは必死に言い張ろうとしたが、
「お前のところの父親に聞いたら使用人の一人や二人好きなだけお連れくださいと言われたぞ」
「・・・・・」
ジャンヌの一言でアンネは何一つ言えなくなった。

世界的なボフミエの演出家エステラ・ハイドの誕生した瞬間だった。

そして、アンネはいつまでもマーマレードで言われ続けることになる。自分よりも能力ある演出家を雑用として使い潰そうとした、指導者としてあるまじき反面教師だと。


ボフミエの演劇界はこのエステラの活躍で有名になり、次々と世界各地から有能な人材が集まって、後に、大きく発展して、一大産業になっていくのだが、それはまた別の話である。

**********************************

ここまで読んで頂いて有り難うございます。
本編は取り敢えず完結です。

次は新大陸の話になります。


新大陸のインディオの危機にクリスが立ち上がります
是非ともご期待ください
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...