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第八章 ボフミエ王宮恋愛編

クリスは東方王女の為に赤い死神に土下座しました

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その翌日、朝から緊急閣議が開かれていた。
そこには、目の下にくまを作ったクリスと頬にもみじマークを付けたオーウェンがいた。


「オーウェン。またクリスに酷いことをしたのか」
ボソリとジャンヌが聞く。
そのジャンヌに向かってクリスが鋭い視線を向ける。

「あちゃーーあれは相当怒っているぞ」
「オーウェン様もきちんと考えて行動していただかないと下々の者は苦労しますな」
完全に楽しんでいるジャンヌとジャルカがいた。
「そこ、煩いです」
クリスの氷の声が響く。
二人は肩を竦めた。

「あのクリスティーナ様。悪いのはオウではなくて私です。私が強引にオウに抱きついて泣いたんです」
依然がはっきりと言った。
「いや、依然それは……」
オーウェンが慌てて言い訳しようとするが、クリスがギロリとにらんだので口を閉じる。
「なるほどそれでクリスは切れたと」
「陳王国は余裕ですな。ノルディン帝国だけでなくて、クリス様をも敵に回すとは神をも恐れぬ行為ですな」
ジャンヌの言葉にジャルカが言う。

ダンっ

クリスが思いっきり机を叩いていた。
そして、机が半分に割れていた。

「すいません」
周りはその力の強さにびっくりしていた。
普通令嬢が机を叩いても机が割れるわけはなかった。
コレキヨも依然も唖然としてクリスと机を見ていた。

「今日、皆様にお集まり頂いたのは1つです」
割れた机は全く無視してクリスが話しだした。

「依然王女殿下の悩みに対して何か手を打てないかです。依然王女殿下。相談されたいことをお話下さい」
「えっ、しかし」
「あなたの悩みは女ったらしのオーウェン様にしかお話できないことなんですか」
クリスの冷たい視線がオーウェンに突き刺さる。
「しかし、ここには各国の王族の方々がいらっしゃって」
依然はアレクがいることに躊躇した。はっきり言って、今アレクの帝国から攻撃を受けようとしているのだ。ノルディン帝国に対抗できるのはドラフォード王国しか無い。その皇太子が無理だというのだ。これ以上どうしようがあるのか。

「皆に相談したら、何かいい案が出てくるかもしれません。ここには今後各国を継がれる優秀な方々がいらっしゃるのですから。そうですよね。ジャルカ様」
「まあ、確かにそうですな。今まさに陳国を攻撃しようとされているノルデインの皇太子殿下もいらっしゃいますし」
「ジャルカ殿。私はノルデインのきな臭い行動については一切関与していない。悠然殿に聞いていただいても良いが、昨日、ノルデインの外務卿に宋の地には一切手を出すなと警告はした。なあペトロ」
「はい。確かにされました」
アレクの言葉にペトロが頷く。

えっ、皆、唖然としてアレクを見ていた。特にコレキヨは侵略国家の皇太子が自国に止めろと指示するなど信じられなかった。それもノルディンの外務卿に言うということは、あの悪逆非道の皇帝に意見したということだ。あの皇帝が聞くとは思えないが。
依然も驚いてアレクを見ていた。赤い死神は泣けば侵攻を止めてくれるのか?

「依然王女。このように相談すれば、また、皆様が良い意見を出して頂けるかもしれません」
「いや、クリス様。今回の件は特別で、クリス様が悠然の故郷の宋の地を気に入っていらっしゃるようだったので、もしそれに何らかの手が加わるようでしたら、クリス様が悲しまれますし、万が一間違えて、シャラザールが……」
「アレク様」
その慌てるアレクの途中でジャルカが注意する。
そうだ、シャラザールの件はクリスらには黙っているようにシャラザールに口止めしていた事をアレクは思い出していた。
「伝説の戦神シャラザールがどうかしたのか」
「いや、何でも無い」
オーウェンの問いにアレクは一瞬で否定した。

「依然王女。どうぞ」
クリスが更に促した。
「言っても難しいと思いますけど、ノルディン帝国の大軍が陳国の国境に展開しており、出来れば陳国を助けていただきたいのです」
下を向いて依然は言った。

「内務卿はどう思われますか」
「はい。出来れば陳国に手を差し伸ばしたいとは思いますが、ボフミエ魔導国は魔王討伐の傷跡もまだ塞がつておらず、ノルディンに対して圧力をかけるくらいしか手がないかと」
オーウェンはいきなり聞かれて驚いたが、自分の説を述べた。
「ジャンヌお姉様は」
「ノルディンは6個師団を展開していると言う。行けと言われればいくが、我が魔導師団単体では時間稼ぎくらいしか出来ないと思う」

「ジャスティンは」
「1個師団くらいでしたら何とか致しますが、流石に6個師団では難しいのではないかと」
依然は驚いてジャスティンを見た。彼はノルデインの精鋭一個師団なら対処できるとはっきりと言ったのだ。ノルディンの一個師団すら戦える国は多くはなかった。

「外務卿は」
「宋の地を守るくらいでしたら何とか出来るとは思いますが、陳国全体となりますと出来ることは戦後の交渉を多少陳国に利するように持っていくくらいかと」
「陳国とお近いコレキヨ様は」
「新参者ですからあまり良くは理解しておりませんが、今のボフミエ魔導国ではなかなか援軍を出すのは難しいかと」

「皆様。有難うございます。なかなか普通にやると難しいのですね」
クリスはゆっくりと依然の前まで歩いて行った。

「でも、せっかく依然王女は我々を頼っていただいたのです。
我が国は少し前、飢饉で死者が続出していました。陳国はその時に500トンの食料を援助いただいたのです。私は少しでもその御礼がしたいです。依然王女」
クリスは依然王女の手を取った。
「その節は大変お世話になりました。ボフミエ魔導国を代表して御礼申し上げます」
「いや、クリスティーナ様。500トンなんて微々たる量です」
「でも、援助頂いた事実は変わりません。確かにノルディン帝国は5千トン援助いただきました。
しかし、その援助頂いた両国が争うのは私としては悲しいのです。
依然王女殿下。ここではドラフォードに頼んでも何も出てきません。
当事国のアレクサンドロ様にお願いしなされば良いのではないですか。お願いすれば宋の地のように何か良い案を出して頂けるはずです」
「えっ、ノルディン帝国皇太子殿下にですか」
依然は驚いて聞いた。
「いや、あのクリス様。そんな事を言われても」
「さあ、早く」
クリスは依然を慌てるアレクの前まで引いて行った。
「アレクサンドロ皇太子殿下。何とか陳国をお助け頂けないでしょうか」
依然が頭を下げた。
「いや、そのう………」
アレクは詰まった。これはなんか最悪な気がする。

「依然様、アレクサンドロ様にとても無理を言うのです。それでは駄目です」
言うとクリスはアレクの前で膝をついた。
そして、土下座した。
「アレクサンドロ様。我が友、依然を何卒助けて頂けますよう宜しくお願いいたします」
その光景に皆唖然とした。
慌てて依然も土下座する。

「ぎゃっ、えっ、いや、ちょっと待って下さい」
慌ててアレクが机から飛んで来て、クリスの前に行って起こそうとする。

「クリス様。お願いです。お願いですから手を上げて下さい。こんなのがシャラザールに知られたら殺されます。お願いですから止めて下さい」
もうアレクは必死だった。クリスが土下座したということは中に憑依しているシャラザールも土下座したということで、プライドの塊のシャラザールがそんなアレクを許すわけはなかった。
もし、今、シャラザールが来臨すればこの前の魔王の二の舞になる。アレクは一瞬で消滅させられてボフミエ国都も灰燼と化すだろう。どんな事をしても止めさせなければ。
アレクは焦りに焦った。

「じゃあ考えて頂けますか」
ニコッとクリスが笑った。それは悪魔の笑みだった。
「判りました。考えますから、考えますから土下座は止めて下さい」
アレクは対策は何も考えられなかったが、必死で土下座を止めさせるために話していた。

「良かったですね。依然王女。アレク様は何か考えていただけるそうですよ」
「あのう、本当に考えて頂けるんでしょうか」
半信半疑の依然が聞いた。
「王女。そこは言う言葉が違います。アレク様に言うのは御礼の言葉です」
そう言うとクリスはアレクの方を向いた。
「アレクサンドロ様。本当に有難うございます」
クリスが頭を下げた。
「有難うございます」
依然も頭を下げる。
「いや、あの、クリス様。やるだけやりますが、結果は保証できませんよ」
アレクは必死に言い訳した。
「いやあ、アレク様。クリス様に土下座させましたな」
ジャルカがそのアレクの横に来る。
「いや、だからジャルカ爺、私がさせたのではなくてクリス様が自発的にだな」
「それをシャラザール様が認められると思われますか」
「絶対殺される……」
「アレク様。こちらに酒がございますが」
ジャルカは酒の瓶を懐から取り出す。
「ぎゃああああ、やめてジャルカ爺それだけは」
「くれぐれもクリス様がご納得される案を考えなされたほうが良いかと」
「判った考える。考えるから」
ジャルカとアレクの漫才のような会話をよく判っていない者たちは唖然としてみていた。
ここには各国から恐れられる赤い死神の面影はどこにもなかった。

そこへ2人の使者が入ってきた。
「申し上げます。ウィル様、アデリナの母を連れてご帰還なされました」
「判りました。謁見の間に向かいます」
クリスが閣議室を後にしようとした時慌てた伝令が入ってきた。

「申し上げます。ノルデイン軍が陳国に向けて移動を始めました」
閣議室に激震が走った。

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アレクの命も風前の灯
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