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第五章 無計画な真実の愛

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ブルテンでの外交はつつがなく終わった。国王からの密命であったブルテンお抱えの魔法使いとの接触も果たし、個人的な目的であったキャサリンお気に入りのブティックへの訪問も果たした。残念ながらヒューゲンに店舗を持つ計画はない様だが、キャサリンの好みはわかったように思う。

そうして、ヨーゼフとキャサリンはブルテンを出発し、帰路についた。


およそ三カ月ぶりに屋敷に帰ってくると、すっかり冬が始まっていた。

「旦那様、帰宅して早々ではありますが、お耳に入れたいことが。」

「なんだ?」

ペーターは困った顔でとある書状をヨーゼフに差し出す。それは教会から来た書状だった。

「あちら様を預けた教会からです。」

”あちら様”が誰か、一瞬わからなかった。はっとして一年ほど前に屋敷を出て行ったマリアを思い出す。

「マリアがどうした?」

書状を開きながらペーターに尋ねると、眉間にしわが深く刻まれた。

「どうやら教会で知り合った男との間に子供ができたらしいのです。」

「…は?」

「男と所帯を持ちたいから教会から出せ、と主張していると。」

ヨーゼフの頭は一瞬だけ真っ白になった。すぐにふるりと頭を振って正気に戻る。

「教会に男がいたのか?女性だけの場所を選んだはずだが。」

「おそらく出入りの業者を引き込んだのではないかと。」

「医者はなんと言っているんだ?妊娠は確かなのか?」

「月の物が止まっているのは確かのようです。」

「相手の男は?」

「わかりません。」

マリアが他の男と結婚する、という事態は全く想定していなかった。しかし、あの田舎町から出ずに地元の男と所帯を持つのなら問題ないのではないだろうか。

「…許可してやれ。」

「よろしいのですか?」

「あの町から出ないという条件で、だ。修道院に送っていた月々のお金をマリア宛に送ってやってくれ。」

「かしこまりました。」

マリアが幸せになってくれるならそれでいい。その時のヨーゼフはそう思っていた。



ーーーー



バタバタと春が過ぎてあっという間に夏となるとヨーゼフにとっての吉報がもたらされた。

「ポートレット帝国の皇帝陛下にダンフォード家の令嬢が輿入れするそうだ。」

兄に呼び出されてぞっとした。まさか、キャサリンが、と思ったのだ。

「相手はキャサリン夫人の妹のドローレス・ダンフォード公爵令嬢だ。」

「い、妹?」

「ああ。」

半年ほど前に会った義妹の姿を思い出す。そうか、彼女が。ヨーゼフの肩の荷がどっと下りたような気がした。

「ダンフォード家の令嬢が帝国に嫁ぐとなると、キャサリン夫人は政治的に大事だ。外では不仲の噂が立たないようにいっそう気をつけろ。」

「あとは私がキャシーに受け入れてもらうだけですね!」

「……話は聞いていたか?」

兄の困惑など気にも留めず、急ぎヨーゼフは屋敷へと帰った。


屋敷では予定のなかったキャサリンが優雅に庭で紅茶を飲んでいた。

「おかえりなさいませ、旦那様。」

「キャシー、妹君の縁談について兄上から聞いたのだが…。」

「はい。先日、正式に決まりまして。」

「しかも相手が帝国の皇帝陛下だとか…。」

「皇帝陛下はブルテンとの縁組をお望みで、妹は国王陛下の養女として帝国へ嫁ぎます。」

「もしかして、ブルテンを訪問した際には決まっていたのか?」

「はい。」

侍女たちを下がらせ、キャサリンの隣の席に着く。

「なので、旦那様は私が離縁することを心配されなくていいのですよ。」

「え?」

「陛下が、白い結婚では三年で離縁して私を帝国に嫁がせることになるのではないかと心配されていたのですよね?」

「ああ…そうだが…。」

「子供が欲しいとおっしゃっていましたが、これでもう私との間にはいなくともいいでしょう。」

「ち、違う!私は白い結婚をやめるために子供と言ったわけじゃなく…、別に子供はどちらでもいいんだ!君の言っていた通りに養子を迎えてもいいんだ!」

がしっとキャサリンの手をつかんでしまい、嫌そうな顔をされる。

「キャシーとの仲を深めたくて、すぐに養子をとることに反対したんだ。もちろん、君に離婚されることも心配だ。ずっとこの家にいてくれるなら、白い結婚のままでも構わない。」

「はあ。」

「だめかい?」

ヨーゼフは思わず縋るような顔を向けてしまう。キャサリンは呆れたような困ったような顔をして、ヨーゼフの手の中から自分の手を引き抜いた。

離婚の予定はありません。」

「そうか!」

キャサリンは優雅に紅茶を口に運ぶ。その耳がやや赤くなっていることに、ヨーゼフは最後まで気づかなかった。



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