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第二章 Side B
閑話 ヘンリーの独白
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ヘンリー・エバンズはロンズデール伯爵領を拠点とし、ブルテンの北方で手広く商いをしているエバンズ商会の跡取り息子として生まれた。
ヘンリーが幼い頃のロンズデール領は特産の絹や果物の商いで潤っていた。当時のエバンズ商会はロンズデール伯爵家のひいきの商会で、ヘンリーはよく父親と一緒にロンズデール伯爵家を訪れていた。
ロンズデール伯爵夫人は赤みがかった金髪に森を思わせる緑色の瞳のかわいらしい人だった。ヘンリーは屋敷を訪れるたびにいらっしゃいと優しく頭をなでてもらった。
その娘で同い年のエリザベスは、髪色はちがったが、全体的な顔の作りや雰囲気は母親である伯爵夫人にそっくりで、将来はこんな女性になるんだろうと思っていた。
ロンズデール伯爵家には、よく分家のジョーンズ男爵家のライアンが遊びに来ていた。なんでも、夫人はジョーンズ男爵家の出身らしく、エリザベスとライアンは従兄妹なのだそうだ。
ライアンは昔から、わかりやすくエリザベスが好きだった。ヘンリーとエリザベスが一緒にいると、怒って間に割り込んできたし、二人きりで遊んだ日があると知るとむくれていた。
だから、ライアンはずっとロンズデール領でエリザベスと結婚するのだろうと、何も知らない子供のころは思っていた。
そんな平和なロンズデール伯爵家が貧しくなる最初のきっかけはブルテン北部から東部を襲った流行り病だ。多くの老人や子供、体力のない女性などが病に倒れた。
エバンズ商会はロンズデール伯爵家とともに治療薬づくりに奔走した。治療薬が完成間近という段階で、一番の功労者であった伯爵夫人が病に倒れ、帰らぬ人となった。
ただでさえ多くの領民を亡くし、治療薬づくりに資金を出したロンズデール伯爵家は疲弊した。伯爵は一時期とても落ち込んだが、それを奮い立たせたのはまだ10歳だったエリザベスだ。
幼い弟妹達の母親代わりとして奮闘し、貧しくなったロンズデール伯爵家を建て直すために家の仕事を担った。
しかし、エリザベスが王立学園に通う余裕はなく、領内の学園に通うことになった。ヘンリーは商会の跡取りとして王立学園に通い、ライアンは驚いたことにアーチボルト領の軍立学園に入学した。
三人は別々の道を進むことになったのだ。
エリザベスの苦難はその後も続いた。
賢いだけで周りの見えていない王太子が魔女の森に突撃し行方不明になったことを、ロンズデール伯爵家は王家に責められた。
もちろん、王家に目をつけられた家と付き合いたい貴族はいない。伯爵家はさらに困窮し、エリザベスは領内の学園すら通い続けることができなかった。
エバンズ商会もロンズデール伯爵領内に拠点を置き続けることはできず、思い切って王都の支社に拠点を移した。ヘンリーとエリザベスの付き合いは一気に減ることとなった。
優秀な成績で王立学園で学んでいたヘンリーにも、王家からの圧力がかかることがあった。
何かと優秀な前王太子と比べられている現王太子のフェイビアンに箔をつけるために、学園での成績を落とすように商会に圧力がかかったのだ。
狙うならトップを狙いたい向上心高めなヘンリーも、さすがに逆らうことはできなかった。自分の力ではどうしようもないことなのだ。
この時に、ヘンリーはエリザベスを思い出した。
エリザベスの身に降りかかった苦難に比べたら、こんなものは大したことがない、と。
エリザベスはエバンズ商会でちょっとした仕事をしてお金を稼いでいた。伯爵令嬢なはずなのに、今や家政のプロフェッショナルであるエリザベスに、父はことあるごとに仕事を与えて家計を助けていた。
ヘンリーもエスパル語を勉強するエリザベスのために、手紙で教師役を買って出ていた。エバンズ家はロンズデール伯爵家を見捨てられないのだ。
高等部卒業が間近に迫ったある日、ヘンリーの下に驚きのニュースが入ってきた。
宰相を輩出する家門であるオルグレン公爵家の子息とエリザベスが婚約したのだ。
ありえない。ありえない縁組だった。何か裏があるとしか思えない。
まず、王立学園に通っていなかった令嬢を嫁として迎え入れるなど、オルグレン公爵家としてはありえないことだ。オルグレン家に力を持たせたくない王家は認めるかもしれないが、公爵が認めないだろうと思われた。
調べれば、王太子が近々婚約を解消し、エスパルの王女と結婚するらしいということがわかった。元婚約者をあてがわれるのを回避するためか?しかし、ならば王立学園に在籍する令嬢から選べばいい。伯爵家以下ならば婚約者のいない令嬢もまだいる。
なぜエリザベスなのか?
もしかして、離縁する前提の結婚なのではないか?
実際に嫁いできたエリザベスは社交もせずに屋敷に引きこもっていた。久しぶりにあったエリザベスは記憶にある伯爵夫人にそっくりの可愛らしい女性に成長していた。
いささか手入れの行き届いていない感はあるが、これからはいくらでも金をかけられるだろう。そのあたりもエバンズ商会で手配するつもりだ。
大切な幼馴染であるエリザベスにこの程度のことしかしてやれないのが辛い。エバンズ商会は年々大きくなっているが、まだ商会の一つにすぎない。貴族位も持っていない。
せめて、エリザベスが困ったときには一番に頼りにしてもらえるように力をつけよう。
ヘンリーにできることはそれだけだ。
ヘンリーが幼い頃のロンズデール領は特産の絹や果物の商いで潤っていた。当時のエバンズ商会はロンズデール伯爵家のひいきの商会で、ヘンリーはよく父親と一緒にロンズデール伯爵家を訪れていた。
ロンズデール伯爵夫人は赤みがかった金髪に森を思わせる緑色の瞳のかわいらしい人だった。ヘンリーは屋敷を訪れるたびにいらっしゃいと優しく頭をなでてもらった。
その娘で同い年のエリザベスは、髪色はちがったが、全体的な顔の作りや雰囲気は母親である伯爵夫人にそっくりで、将来はこんな女性になるんだろうと思っていた。
ロンズデール伯爵家には、よく分家のジョーンズ男爵家のライアンが遊びに来ていた。なんでも、夫人はジョーンズ男爵家の出身らしく、エリザベスとライアンは従兄妹なのだそうだ。
ライアンは昔から、わかりやすくエリザベスが好きだった。ヘンリーとエリザベスが一緒にいると、怒って間に割り込んできたし、二人きりで遊んだ日があると知るとむくれていた。
だから、ライアンはずっとロンズデール領でエリザベスと結婚するのだろうと、何も知らない子供のころは思っていた。
そんな平和なロンズデール伯爵家が貧しくなる最初のきっかけはブルテン北部から東部を襲った流行り病だ。多くの老人や子供、体力のない女性などが病に倒れた。
エバンズ商会はロンズデール伯爵家とともに治療薬づくりに奔走した。治療薬が完成間近という段階で、一番の功労者であった伯爵夫人が病に倒れ、帰らぬ人となった。
ただでさえ多くの領民を亡くし、治療薬づくりに資金を出したロンズデール伯爵家は疲弊した。伯爵は一時期とても落ち込んだが、それを奮い立たせたのはまだ10歳だったエリザベスだ。
幼い弟妹達の母親代わりとして奮闘し、貧しくなったロンズデール伯爵家を建て直すために家の仕事を担った。
しかし、エリザベスが王立学園に通う余裕はなく、領内の学園に通うことになった。ヘンリーは商会の跡取りとして王立学園に通い、ライアンは驚いたことにアーチボルト領の軍立学園に入学した。
三人は別々の道を進むことになったのだ。
エリザベスの苦難はその後も続いた。
賢いだけで周りの見えていない王太子が魔女の森に突撃し行方不明になったことを、ロンズデール伯爵家は王家に責められた。
もちろん、王家に目をつけられた家と付き合いたい貴族はいない。伯爵家はさらに困窮し、エリザベスは領内の学園すら通い続けることができなかった。
エバンズ商会もロンズデール伯爵領内に拠点を置き続けることはできず、思い切って王都の支社に拠点を移した。ヘンリーとエリザベスの付き合いは一気に減ることとなった。
優秀な成績で王立学園で学んでいたヘンリーにも、王家からの圧力がかかることがあった。
何かと優秀な前王太子と比べられている現王太子のフェイビアンに箔をつけるために、学園での成績を落とすように商会に圧力がかかったのだ。
狙うならトップを狙いたい向上心高めなヘンリーも、さすがに逆らうことはできなかった。自分の力ではどうしようもないことなのだ。
この時に、ヘンリーはエリザベスを思い出した。
エリザベスの身に降りかかった苦難に比べたら、こんなものは大したことがない、と。
エリザベスはエバンズ商会でちょっとした仕事をしてお金を稼いでいた。伯爵令嬢なはずなのに、今や家政のプロフェッショナルであるエリザベスに、父はことあるごとに仕事を与えて家計を助けていた。
ヘンリーもエスパル語を勉強するエリザベスのために、手紙で教師役を買って出ていた。エバンズ家はロンズデール伯爵家を見捨てられないのだ。
高等部卒業が間近に迫ったある日、ヘンリーの下に驚きのニュースが入ってきた。
宰相を輩出する家門であるオルグレン公爵家の子息とエリザベスが婚約したのだ。
ありえない。ありえない縁組だった。何か裏があるとしか思えない。
まず、王立学園に通っていなかった令嬢を嫁として迎え入れるなど、オルグレン公爵家としてはありえないことだ。オルグレン家に力を持たせたくない王家は認めるかもしれないが、公爵が認めないだろうと思われた。
調べれば、王太子が近々婚約を解消し、エスパルの王女と結婚するらしいということがわかった。元婚約者をあてがわれるのを回避するためか?しかし、ならば王立学園に在籍する令嬢から選べばいい。伯爵家以下ならば婚約者のいない令嬢もまだいる。
なぜエリザベスなのか?
もしかして、離縁する前提の結婚なのではないか?
実際に嫁いできたエリザベスは社交もせずに屋敷に引きこもっていた。久しぶりにあったエリザベスは記憶にある伯爵夫人にそっくりの可愛らしい女性に成長していた。
いささか手入れの行き届いていない感はあるが、これからはいくらでも金をかけられるだろう。そのあたりもエバンズ商会で手配するつもりだ。
大切な幼馴染であるエリザベスにこの程度のことしかしてやれないのが辛い。エバンズ商会は年々大きくなっているが、まだ商会の一つにすぎない。貴族位も持っていない。
せめて、エリザベスが困ったときには一番に頼りにしてもらえるように力をつけよう。
ヘンリーにできることはそれだけだ。
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