上 下
19 / 75
第二章 Side B

閑話 ヘンリーの独白

しおりを挟む
ヘンリー・エバンズはロンズデール伯爵領を拠点とし、ブルテンの北方で手広く商いをしているエバンズ商会の跡取り息子として生まれた。

ヘンリーが幼い頃のロンズデール領は特産の絹や果物の商いで潤っていた。当時のエバンズ商会はロンズデール伯爵家のひいきの商会で、ヘンリーはよく父親と一緒にロンズデール伯爵家を訪れていた。


ロンズデール伯爵夫人は赤みがかった金髪に森を思わせる緑色の瞳のかわいらしい人だった。ヘンリーは屋敷を訪れるたびにいらっしゃいと優しく頭をなでてもらった。

その娘で同い年のエリザベスは、髪色はちがったが、全体的な顔の作りや雰囲気は母親である伯爵夫人にそっくりで、将来はこんな女性になるんだろうと思っていた。

ロンズデール伯爵家には、よく分家のジョーンズ男爵家のライアンが遊びに来ていた。なんでも、夫人はジョーンズ男爵家の出身らしく、エリザベスとライアンは従兄妹なのだそうだ。


ライアンは昔から、わかりやすくエリザベスが好きだった。ヘンリーとエリザベスが一緒にいると、怒って間に割り込んできたし、二人きりで遊んだ日があると知るとむくれていた。

だから、ライアンはずっとロンズデール領でエリザベスと結婚するのだろうと、何も知らない子供のころは思っていた。


そんな平和なロンズデール伯爵家が貧しくなる最初のきっかけはブルテン北部から東部を襲った流行り病だ。多くの老人や子供、体力のない女性などが病に倒れた。

エバンズ商会はロンズデール伯爵家とともに治療薬づくりに奔走した。治療薬が完成間近という段階で、一番の功労者であった伯爵夫人が病に倒れ、帰らぬ人となった。

ただでさえ多くの領民を亡くし、治療薬づくりに資金を出したロンズデール伯爵家は疲弊した。伯爵は一時期とても落ち込んだが、それを奮い立たせたのはまだ10歳だったエリザベスだ。
幼い弟妹達の母親代わりとして奮闘し、貧しくなったロンズデール伯爵家を建て直すために家の仕事を担った。

しかし、エリザベスが王立学園に通う余裕はなく、領内の学園に通うことになった。ヘンリーは商会の跡取りとして王立学園に通い、ライアンは驚いたことにアーチボルト領の軍立学園に入学した。

三人は別々の道を進むことになったのだ。


エリザベスの苦難はその後も続いた。

賢いだけで周りの見えていない王太子が魔女の森に突撃し行方不明になったことを、ロンズデール伯爵家は王家に責められた。

もちろん、王家に目をつけられた家と付き合いたい貴族はいない。伯爵家はさらに困窮し、エリザベスは領内の学園すら通い続けることができなかった。

エバンズ商会もロンズデール伯爵領内に拠点を置き続けることはできず、思い切って王都の支社に拠点を移した。ヘンリーとエリザベスの付き合いは一気に減ることとなった。



優秀な成績で王立学園で学んでいたヘンリーにも、王家からの圧力がかかることがあった。

何かと優秀な前王太子と比べられている現王太子のフェイビアンに箔をつけるために、学園での成績を落とすように商会に圧力がかかったのだ。

狙うならトップを狙いたい向上心高めなヘンリーも、さすがに逆らうことはできなかった。自分の力ではどうしようもないことなのだ。

この時に、ヘンリーはエリザベスを思い出した。

エリザベスの身に降りかかった苦難に比べたら、こんなものは大したことがない、と。


エリザベスはエバンズ商会でちょっとした仕事をしてお金を稼いでいた。伯爵令嬢なはずなのに、今や家政のプロフェッショナルであるエリザベスに、父はことあるごとに仕事を与えて家計を助けていた。
ヘンリーもエスパル語を勉強するエリザベスのために、手紙で教師役を買って出ていた。エバンズ家はロンズデール伯爵家を見捨てられないのだ。

高等部卒業が間近に迫ったある日、ヘンリーの下に驚きのニュースが入ってきた。


宰相を輩出する家門であるオルグレン公爵家の子息とエリザベスが婚約したのだ。


ありえない。ありえない縁組だった。何か裏があるとしか思えない。

まず、王立学園に通っていなかった令嬢を嫁として迎え入れるなど、オルグレン公爵家としてはありえないことだ。オルグレン家に力を持たせたくない王家は認めるかもしれないが、公爵が認めないだろうと思われた。

調べれば、王太子が近々婚約を解消し、エスパルの王女と結婚するらしいということがわかった。元婚約者をあてがわれるのを回避するためか?しかし、ならば王立学園に在籍する令嬢から選べばいい。伯爵家以下ならば婚約者のいない令嬢もまだいる。

なぜエリザベスなのか?

もしかして、離縁する前提の結婚なのではないか?


実際に嫁いできたエリザベスは社交もせずに屋敷に引きこもっていた。久しぶりにあったエリザベスは記憶にある伯爵夫人にそっくりの可愛らしい女性に成長していた。

いささか手入れの行き届いていない感はあるが、これからはいくらでも金をかけられるだろう。そのあたりもエバンズ商会で手配するつもりだ。


大切な幼馴染であるエリザベスにこの程度のことしかしてやれないのが辛い。エバンズ商会は年々大きくなっているが、まだ商会の一つにすぎない。貴族位も持っていない。

せめて、エリザベスが困ったときには一番に頼りにしてもらえるように力をつけよう。

ヘンリーにできることはそれだけだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖
恋愛
父が腰巾着をしていた相手の家に、都合よく使われるために嫁がされたマリーゼ。 虐げられる日々の中、夫の愛人に殺されかけたのをきっかけに、古い記憶が蘇った。 そうだ! 私は前世で虐げられて殺されて、怒りで昇天できずに三百年ほど地縛霊になって、この世に留まっていたのだ。 せっかく生まれ変わったのに、私はまた虐げられている。 しかも大切な人の命まで奪われてしまうなんて……こうなったら亡霊時代の能力を生かして、私、復讐します! ※感想を下さったり、エールを送ってくださった方々、本当にありがとうございます!大感謝です!

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

処理中です...