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第六章 Side B
閑話 セオドアの独白 1
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セオドア・ブルテンはブルテン王国の第一王子として生まれ、次期国王として約束された未来が待っていた。
実際、セオドアは”天才”と呼ばれてもおかしくはない人物だった。学園では常にトップの成績を維持していたし、五か国語を話すことができた。あの、ポートレット帝国の言語までも、彼はマスターしていた。
国でおこる問題の解決法も手に取るようにわかったし、今後起こりうる問題を百ほど列挙することも難しくはない。
その百ほどある問題の中で、喫緊の課題として選出していたのが、海馬部隊の弱点問題だ。
かねてから親交のあった海軍大将の息子であるフレデリックと海軍を視察したときに、その弱点は容易に見て取れた。
海馬部隊の上官は皆そろって白い海馬を使役していた。特にアーチボルト侯爵の海馬はひと際大きく、美しかった。
よくよく見ていると、アーチボルト侯爵は海馬部隊の進軍中に指示を出す際に、まず、自分の海馬に指示を出していた。それから後ろの部下に指示を出す。
その際には彼の海馬も何やら後ろの海馬とアイコンタクトを取るのだ。
上官の海馬は必ず白い、というのは敵に知られると狙い撃ちにされる可能性があるが、聞けば、海馬は乗り手を失っても隊列を乱さないらしい。
海馬が優秀だという見方もできるが、もしかしたら、海馬は乗り手の指示に従っていないのではないか、という懸念が出てくる。
そう考えて観察していれば、下位の海馬部隊の兵たちだけでは海馬を御しきれていいない場面を何度か見かけた。
そういった観察を繰り返して、セオドアは結論を下した。
灰色の海馬には馬と同程度の知能しかない。単騎の場合は乗り手の指示に従うが、集団の場合には上位の海馬の指示に従っている、と。
これに敵軍が気づいた場合、狙うべきは大将の海馬である。気づいていなくとも、海馬を倒すような武器を作られた場合、向こうの想定以上の混乱をブルテン軍にもたらすことができるだろう。
そうなったときのために、何か対策を練っておいた方がいい。
そう考えて、魔女の森の魔女たちのことを思いついた。
「なりません、殿下。」
魔女の森を有する領地を治めるロンズデール伯爵は頭の固い男だった。
「魔女の森の魔女たちは、かつて大陸で王侯貴族から迫害を受けて逃れてきたのです。貴族に対して強い拒否反応をおこします。」
「だが、貴殿の妻は魔女たちと協力して流行り病の治療薬を作ったではないか?」
「それは妻が魔女の血を引いているからです。特別に一部の魔女が力を貸してくれたのです。」
「この国の王族からの命令を聞かないなど、損にしかならないとわかるだろう?」
「そういう問題ではないのです。彼女たちに我が国の常識は通じません。」
「しかし、会ってみないことには始まらないだろう?」
「どうしてもというならば、まずは使者をお立てください。殿下ご自身が行かれても、会うことすらできないでしょう。」
「私が行かないことには話にならないだろう!」
セオドアは自らが魔女に会いに行くことにこだわっていた。今思うと、セオドアは他人に頼るということをしてこなかった。優秀な家臣はいたが、自分が指示を出して仕事をしてもらったり、家臣の案の良し悪しを判断し裁可をしたりするだけで、自分の案に対してダメ出しをされるという経験がほとんどなかった。
だから、伯爵の意見よりも自分の意見を通した。
その結果、案山子になった。
「本当にここまで来るなんて、本当に馬鹿な王子。」
「アンの夫が散々忠告していたのにね。」
「よっぽど自分に自信があるのね。私たちの恨みがそんな簡単に晴れると思ったのかしら。」
「きっと大したことはないと思ったのね。馬鹿にして。」
「何が馬鹿にされるような存在に変えてやりましょう。」
「案山子なんてどうかしら?畑で鳥にまで馬鹿にされて過ごせばいいのよ。」
「じゃあ、『案山子と結婚してもいいと女性に言ってもらう』が解呪の条件でどう?」
「呪いと言えばお決まりの愛よ。『正体を知られず、案山子の姿のまま愛する女性に結婚してもいいと言ってもらうこと』にしましょう。」
「えー?そんな人現れる?」
「確率3%みたい。」
ぎゃははと姦しい魔女たちの声を遠くに聞きながら、セオドアの意識は遠のいた。次に目覚めたときにはどこかの畑に立っていた。
セオドアは持っていた情報と気絶する前の記憶からすぐに現状を把握した。
自分は魔女の呪いで案山子にされたのだ、と。
ーーーー
最初の三年はただ絶望の中に過ぎていった。最初にいた畑では野菜を作っていたが、『近ごろさっぱり領地外で野菜が売れない』、と嘆くようになった。『このままでは生きていけない』、と。
やがて、『王太子殿下がロンズデール領で行方不明になったことを国王がお怒りらしい』、という話が聞こえるようになった。『領主様はおとめしたに決まっている、愚かなのはそれを無視しただろう王太子の方なのに』、と老夫婦は嘆いていた。
ロンズデール伯爵は領民に随分と愛されていた。
そうだ。愚かなのは自分だ。
やがて息子夫婦はどこかに出稼ぎへ出て、それが軌道に乗ったのか、体力の限界が来たのか、老夫婦は畑をたたんだ。
その後、農耕道具を買い取ったらしい商人が畑にやってきてセオドアを回収していった。『また農家がなくなった』といっていたのでこういったことがいたるところでおきているのだろう。
次の居場所は商会の倉庫の中だった。回収したはいいが、自分は売れそうになかったのだろう。長い間たまに商人が訪れる程度の倉庫の中にいた。
かなりの距離を移動していたので、すでにロンズデール領ではないかもしれない。父はきっとセオドアを捜索しているが、ロンズデール領から出てしまえば、もう見つけることは不可能だろう。
ただでさえ、案山子なのに。
そう絶望していたある日、セオドアは倉庫から出された。
「あー、これは売り物にならなさそうだな。エリーなら喜んでもらってくれるだろうけれど。」
現れたのは暗いブロンドの青年だ。年は学園の高等部を卒業したばかりといったところだろう。学園に行っていたかはわからないが。
「エリザベス様の様子をしっかりと見てきてくれよ。」
そう青年に声をかけたのは青年とよく似た面差しの男性だ。おそらく、父親だろう。
「ロンズデール伯爵が心配されているからな。」
「わかっているよ。」
ロンズデール伯爵の名前にセオドアは驚いた。それでいて、エリザベス、というと彼の長女の名前がエリザベスだったはずだ。ちらりと見かけただけだが、金髪の可愛らしい少女だったのを覚えている。
馬車に積まれて運ばれた先は、ロンズデール伯爵家よりも立派な屋敷だ。庭は殺風景だったが、門には名門であるオルグレン公爵家の家紋があった。
そして出迎えたのは、成長したエリザベスの姿であった。
相変わらず、小柄で可愛らしい雰囲気ではあったが、明らかに大人の女性になってきており、いったい何年たっているのだと内心青ざめた。
エリザベスの姿は若奥様といった風情で、オルグレン家の家紋があったことと合わせると、弟の友人でもあるブラッドリー・オルグレンと結婚したらしかった。
確か、彼女は流行り病の対応で困窮した領地のために、王立学園への進学は諦めていたはずだ。領内の学園しか卒業していないだろうに、一大貴族のオルグレン家に嫁げるのだろうか?
もしや、昔から聡い子だったブラッドリーがロンズデール家の不当なまでの不遇を知り、彼女を助けてくれたのだろうか?私の背中を追いかけていたあの子ならありうる。
そうして、妻に迎えるまでにひかれあったのかもしれない。
よかった、とセオドアは思った。
ロンズデール領の中に1人でも幸せになってくれた子がいて。
現実は全く違うことを知るのはすぐのことだ。
実際、セオドアは”天才”と呼ばれてもおかしくはない人物だった。学園では常にトップの成績を維持していたし、五か国語を話すことができた。あの、ポートレット帝国の言語までも、彼はマスターしていた。
国でおこる問題の解決法も手に取るようにわかったし、今後起こりうる問題を百ほど列挙することも難しくはない。
その百ほどある問題の中で、喫緊の課題として選出していたのが、海馬部隊の弱点問題だ。
かねてから親交のあった海軍大将の息子であるフレデリックと海軍を視察したときに、その弱点は容易に見て取れた。
海馬部隊の上官は皆そろって白い海馬を使役していた。特にアーチボルト侯爵の海馬はひと際大きく、美しかった。
よくよく見ていると、アーチボルト侯爵は海馬部隊の進軍中に指示を出す際に、まず、自分の海馬に指示を出していた。それから後ろの部下に指示を出す。
その際には彼の海馬も何やら後ろの海馬とアイコンタクトを取るのだ。
上官の海馬は必ず白い、というのは敵に知られると狙い撃ちにされる可能性があるが、聞けば、海馬は乗り手を失っても隊列を乱さないらしい。
海馬が優秀だという見方もできるが、もしかしたら、海馬は乗り手の指示に従っていないのではないか、という懸念が出てくる。
そう考えて観察していれば、下位の海馬部隊の兵たちだけでは海馬を御しきれていいない場面を何度か見かけた。
そういった観察を繰り返して、セオドアは結論を下した。
灰色の海馬には馬と同程度の知能しかない。単騎の場合は乗り手の指示に従うが、集団の場合には上位の海馬の指示に従っている、と。
これに敵軍が気づいた場合、狙うべきは大将の海馬である。気づいていなくとも、海馬を倒すような武器を作られた場合、向こうの想定以上の混乱をブルテン軍にもたらすことができるだろう。
そうなったときのために、何か対策を練っておいた方がいい。
そう考えて、魔女の森の魔女たちのことを思いついた。
「なりません、殿下。」
魔女の森を有する領地を治めるロンズデール伯爵は頭の固い男だった。
「魔女の森の魔女たちは、かつて大陸で王侯貴族から迫害を受けて逃れてきたのです。貴族に対して強い拒否反応をおこします。」
「だが、貴殿の妻は魔女たちと協力して流行り病の治療薬を作ったではないか?」
「それは妻が魔女の血を引いているからです。特別に一部の魔女が力を貸してくれたのです。」
「この国の王族からの命令を聞かないなど、損にしかならないとわかるだろう?」
「そういう問題ではないのです。彼女たちに我が国の常識は通じません。」
「しかし、会ってみないことには始まらないだろう?」
「どうしてもというならば、まずは使者をお立てください。殿下ご自身が行かれても、会うことすらできないでしょう。」
「私が行かないことには話にならないだろう!」
セオドアは自らが魔女に会いに行くことにこだわっていた。今思うと、セオドアは他人に頼るということをしてこなかった。優秀な家臣はいたが、自分が指示を出して仕事をしてもらったり、家臣の案の良し悪しを判断し裁可をしたりするだけで、自分の案に対してダメ出しをされるという経験がほとんどなかった。
だから、伯爵の意見よりも自分の意見を通した。
その結果、案山子になった。
「本当にここまで来るなんて、本当に馬鹿な王子。」
「アンの夫が散々忠告していたのにね。」
「よっぽど自分に自信があるのね。私たちの恨みがそんな簡単に晴れると思ったのかしら。」
「きっと大したことはないと思ったのね。馬鹿にして。」
「何が馬鹿にされるような存在に変えてやりましょう。」
「案山子なんてどうかしら?畑で鳥にまで馬鹿にされて過ごせばいいのよ。」
「じゃあ、『案山子と結婚してもいいと女性に言ってもらう』が解呪の条件でどう?」
「呪いと言えばお決まりの愛よ。『正体を知られず、案山子の姿のまま愛する女性に結婚してもいいと言ってもらうこと』にしましょう。」
「えー?そんな人現れる?」
「確率3%みたい。」
ぎゃははと姦しい魔女たちの声を遠くに聞きながら、セオドアの意識は遠のいた。次に目覚めたときにはどこかの畑に立っていた。
セオドアは持っていた情報と気絶する前の記憶からすぐに現状を把握した。
自分は魔女の呪いで案山子にされたのだ、と。
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最初の三年はただ絶望の中に過ぎていった。最初にいた畑では野菜を作っていたが、『近ごろさっぱり領地外で野菜が売れない』、と嘆くようになった。『このままでは生きていけない』、と。
やがて、『王太子殿下がロンズデール領で行方不明になったことを国王がお怒りらしい』、という話が聞こえるようになった。『領主様はおとめしたに決まっている、愚かなのはそれを無視しただろう王太子の方なのに』、と老夫婦は嘆いていた。
ロンズデール伯爵は領民に随分と愛されていた。
そうだ。愚かなのは自分だ。
やがて息子夫婦はどこかに出稼ぎへ出て、それが軌道に乗ったのか、体力の限界が来たのか、老夫婦は畑をたたんだ。
その後、農耕道具を買い取ったらしい商人が畑にやってきてセオドアを回収していった。『また農家がなくなった』といっていたのでこういったことがいたるところでおきているのだろう。
次の居場所は商会の倉庫の中だった。回収したはいいが、自分は売れそうになかったのだろう。長い間たまに商人が訪れる程度の倉庫の中にいた。
かなりの距離を移動していたので、すでにロンズデール領ではないかもしれない。父はきっとセオドアを捜索しているが、ロンズデール領から出てしまえば、もう見つけることは不可能だろう。
ただでさえ、案山子なのに。
そう絶望していたある日、セオドアは倉庫から出された。
「あー、これは売り物にならなさそうだな。エリーなら喜んでもらってくれるだろうけれど。」
現れたのは暗いブロンドの青年だ。年は学園の高等部を卒業したばかりといったところだろう。学園に行っていたかはわからないが。
「エリザベス様の様子をしっかりと見てきてくれよ。」
そう青年に声をかけたのは青年とよく似た面差しの男性だ。おそらく、父親だろう。
「ロンズデール伯爵が心配されているからな。」
「わかっているよ。」
ロンズデール伯爵の名前にセオドアは驚いた。それでいて、エリザベス、というと彼の長女の名前がエリザベスだったはずだ。ちらりと見かけただけだが、金髪の可愛らしい少女だったのを覚えている。
馬車に積まれて運ばれた先は、ロンズデール伯爵家よりも立派な屋敷だ。庭は殺風景だったが、門には名門であるオルグレン公爵家の家紋があった。
そして出迎えたのは、成長したエリザベスの姿であった。
相変わらず、小柄で可愛らしい雰囲気ではあったが、明らかに大人の女性になってきており、いったい何年たっているのだと内心青ざめた。
エリザベスの姿は若奥様といった風情で、オルグレン家の家紋があったことと合わせると、弟の友人でもあるブラッドリー・オルグレンと結婚したらしかった。
確か、彼女は流行り病の対応で困窮した領地のために、王立学園への進学は諦めていたはずだ。領内の学園しか卒業していないだろうに、一大貴族のオルグレン家に嫁げるのだろうか?
もしや、昔から聡い子だったブラッドリーがロンズデール家の不当なまでの不遇を知り、彼女を助けてくれたのだろうか?私の背中を追いかけていたあの子ならありうる。
そうして、妻に迎えるまでにひかれあったのかもしれない。
よかった、とセオドアは思った。
ロンズデール領の中に1人でも幸せになってくれた子がいて。
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