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第五章 Side A

4 エリーと想定外の事態

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ある晴れた日の朝、エリーは出軍する船に乗った。その船はブルテン海軍の中の第一軍であり、最初にポートレット帝国と衝突する軍である。
エリーの乗る船には指揮をとるエバンズ少将が乗るため最前線に出るわけではないが、展開によっては戦場となる。

「健闘を祈る。」

兄である以前に総大将であるフレデリックはエリーに何も特別な声をかけなかった。エリーもそれでいいと思っている。
今年はフレデリックも出軍する。彼の出発は翌日だ。第三軍として出発する。兄がやられてしまっては、ブルテンは危機に陥る。兄に軍が迫るようなことは何としても避けなければいけない。


エリーの足元にはサムがいる。船に乗り込んだ犬に対して周りは不思議な顔をしたが問い詰められることはなかった。

「サムまでついて来る必要はないと思うんだけれどね…。」

エリーはサムの頭を撫でて、はあとため息をついた。結局最後まで、サムを連れて行くように命じられた理由はわからなかった。



ーーーー



そうして船旅を続け、二週間後、ブルテン軍の見張りはポートレット帝国軍を視界にとらえた。

「よし、ここで陣をはろう。」

先陣が大砲を向けあい、ドーンっという音の後にポートレット帝国の船の周辺から煙や水しぶきがあがる。それが開戦の合図となった。


優勢な戦いを展開していたブルテンと同盟国軍だったが、徐々に劣勢へと追い込まれる。

「おかしいな。」

エバンズ少将のつぶやきを、そばに控えていたエリーとアイザックは敏感に拾い上げた。

「おかしい、とは?」

「ポートレット帝国軍に先回りして陣を展開されている。まるで、作戦を知っているようだ。」

そう、エバンズ少将の作戦がことごとく不発なのだ。向こうが意図を呼んだかのように、船が動く。

「作戦がばれていたということでしょうか?」

「いや、だとしたら最初から劣勢を強いられているはずだ。中盤から作戦がくずれているとなると…。」

エバンズ少将が通信の魔道具を通して次の作戦をヒューゲンからの援軍に指示を出す。しかし、船が動き出したしばらく後で敵船も動き、作戦に対抗する作戦を展開してくる。

「内通者がいるということでしょうか?」

「その可能性があるな。しかし、すべての作戦がばれている、それも発令後にばれているとなると、内通者の候補は限られる。」

全ての作戦を共有されているのは、この船で立案をするエバンズ少将と共に働く軍略部隊員と後方で控えている総大将のフレデリック、ヒューゲンのザイフリート中将、エスパルのグラナドス大将と要所を任されているその側近たちだ。

「いったい、誰が…。」

アイザックが頭をひねる。

しかし、ポートレット帝国に組したところで得をする人物がその中にいるのだろうか?ポートレット帝国に侵略された国々のように属国になることをヒューゲンやエスパルが望むとは思えない。
では、国としての裏切りではなく、個人の?しかし、その場合、人目をかいくぐってどのように密告をしているのか?

「隊長、内通者がいるとして、どのように内通をしているのでしょうか?」

「何が言いたい?」

「内通者が個人だった場合、作戦が指示されるたびに誰にも咎められず、こっそりと内通をするのは無理ではないでしょうか?」

「ああ、何か魔道具をつかっているのかもしれないな。」

「だとすれば、盗聴を行っているのではないでしょうか?」

「…なるほどな。」

エバンズ少将の指示を聞いてから、それを他にどうにかして伝えるというのは不審すぎる。ならば、指示をそのまま敵船に流しているのだろう。
そのような魔道具があるのかは知らないが、通信の魔道具を見せられた後だ。あってもおかしくはないだろう。

「確かめる方法はある。」

エバンズ少将は通信具を手に取るとエリーに渡した。

「俺の作戦をエスパル語で指示してくれ。」


そして…、見事に帝国の裏をかいた。

「作戦はばれていないようですね。」

「ああ、もともと、エスパル軍はポートレット帝国にやりまかされることがヒューゲンとブルテンに比べて少なかった。もし、通信の魔道具が盗聴されているのだとしたら、エスパルの内部通信を理解するのに手間取ったんじゃないかと思ったんだよ。」

「それでエスパル語で指示を出したんですね。」

「ああ。しかし、いつまでも通用しないだろう。」

「そうですね。エスパル語を帝国軍の誰もが理解できないというわけではないでしょうし。」

「今のうちに巻き返そう。まず、ブルテン軍内では魔道具の使用は禁止する。」

ブルテン海軍内では独自の伝達手法が周知がされているため、困ることはない。実際に魔道具で補えない範囲ではその伝達手法を使っている。問題はエスパル・ヒューゲンとの連携だった。
ひとまずはエスパル語で事情を説明する。

『通信の魔道具が盗聴されているだって?』

「はい。先ほどのエスパル語の指示でそれを確認させていただきました。敵は何らかの方法でこちらの通信を傍受しているのだと思います。」

『盗聴だなんて、不可能だ。ルクレツェン魔法大国の技術が帝国に流出したということになる。』

「他に原因もあるかもしれませんが、魔道具の通信内容が漏れている可能性がある以上、対策を講じるべきです。どうやら敵国はエスパル語に精通していない様子。連絡が必要な場合はエスパル語で連絡を取り合いましょう。それでも連絡は最小限にするべきです。」

『エスパルは問題ない。エスパル軍内での魔道具の使用はとりやめて独自の伝達手段を用いよう。エスパル語に対応される可能性もあるからな。』

エリーがエスパルのグラナドス大将の意見をエバンズ少将に伝えると、承諾したというように頷かれる。

『ヒューゲン海軍は長年魔道具を使ってきている。』

ザイフリート中将の渋るような声にエリーもそういう反応をするだろうなとため息をついた。実際、ヒューゲン軍に魔道具を使わずに動けというのは不可能だろう。

「魔道具が盗聴されている可能性を念頭においてほしいのです。」


その後、ブルテン軍とエスパル軍は盛り返し、敵と互角かそれ以上の戦いを展開するが、ヒューゲン軍の被害は止まることはなかった。
ポートレット帝国軍もここが崩しどころと後続の軍をさらに投入してくる。

「まずいですね。」

帝国軍とヒューゲン軍は乱闘戦となっており、帝国軍兵がヒューゲンの船に乗り移って戦っている。その内、のっとられ、沈められる船も出てくるだろう。

「致し方ないか。初戦でヒューゲン軍に大敗されては困るしな。」

エバンズ少将が指示を出す。


「特殊部隊をヒューゲン軍の援軍に向かわせろ。」




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