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第三章 Side A
閑話 アイザックの独白
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アイザック・スミスは海軍に憧れ、13歳になる年にアーチボルト領にある軍立学園に入学した。軍立学園に入学してくる同期はみんな海馬部隊に憧れており、入学直後はその話ばかりだった。
「俺も海馬部隊に所属するんだ!」
「団長が使役している真っ白で大きな海馬、かっこいいよな!」
「アイザックも海馬部隊を目指しているのか?」
「いや、俺は特にこだわってないよ。なれたら嬉しいけれど、なれなくてもいい。海馬部隊は全体の一割もいないんだろう?」
「夢がないやつだな。」
夢がない?夢があるから軍立学園に入学したのに。
軍立学園にはアーチボルト侯爵家の縁者が多く在籍していた。アーチボルト家の嫡流に血が近ければ近いほど、海馬の使役率が上がる。
アイザックの同期には団長の弟の娘がいて、自分は確実に海馬部隊に所属できると鼻高々だった。
軍立学園には一学年に百人ほどの生徒がいるが、女子は一割程度でほとんどが海軍兵の家族だ。どうやら団長の末娘も同い年のはずだが、どういうわけか、軍立学園にはいなかった。
「王立学園に通っているのよ?アーチボルト本家の責務を放棄しているの!」
なんて、その娘は言っていたが、王立学園に入れる頭があるというのは相当に賢い。アイザックは海軍にこそ頭のいい兵士が必要だと思っていた。故に、自分も勤勉に学んでいた。
直系の賢い娘が外に流れるのは痛手だろう。
軍立学園で三年間首席を維持したアイザックは海軍への入隊前からポール・エバンズ大佐と知り合いだった。
「昨年、海軍では軍略部隊が公式に結成されたんだ。入隊後はお前を含めて二人の新人を配属させてもらう予定だ。」
「二人?」
「ああ。もちろん、海馬を使役できるかどうかで変わるが、団長の娘が王立学園から帰ってくるから、うちに引き抜く予定だ。」
軍立学園で学んでいたアイザックは、もちろん王都の事情に精通していない。団長の娘は王立学園に行き、海軍には入隊しないとばかりに思っていた。
「てっきり団長の娘は海軍に入隊しないのかと思っていました。」
「まあ、当初はその予定だったが、いろいろあってな。でも本人もどうなってもいいように鍛錬は欠かしていない。海軍に入隊することに否やはないだろう。」
別に軍立学園に通っていなくても海軍には入隊できる。軍立学園の卒業生が免除される入隊試験を受ける必要があるが。
そうして現れた団長の娘、エリザベスは筋骨隆々な団長とは違い、ほっそりと背の高い美少女だった。茶髪の髪を頭上でまとめたポニーテール姿で、瞳は団長と同じ深い青だ。
同期にいた団長の姪っ子は赤毛に骨格のしっかりしたタイプであったため、本家ともなるとさらに…と身構えていた俺たち同期は思わぬ別嬪さんの登場に度肝を抜かれた。
確かに、これは戦えないのでは…とアイザックですら思ったが、訓練では自分よりも大きい男子どもを投げ飛ばし、十分な実力を示した。
一般兵たちが彼女を見直すのに時間はかからなかった。
当初の予定通りエリザベスとともに軍略部隊に配属されたアイザックは同期の気安さもあってすぐに「エリー」「ザック」と愛称で呼び合うほど仲良くなった。
アイザックはエリザベスから王族・貴族からの海軍への考えを教えてもらい、視野を広げることができた。逆にエリザベスには海軍での軍略について軍立学園で学べる基礎を教えた。
エリザベスはアイザックでも驚くほどの努力家だ。あっというまに三年間の見習い期間で海軍の作戦会議でも発言ができるまでに軍略を身に着けた。エリザベスがそばにいると自分も負けてはいられないと仕事に身が入った。
エリザベスに対して特別な思いを抱くようになるのはすぐのことだった。
けれど、彼女は海軍所属とはいえ、基地を出れば侯爵令嬢だ。ただの宿屋の息子であったアイザックの手に届くはずがない。
それに、エリザベスには文字通りの番犬がいた。
真っ白な毛並みのジャーマン・スピッツのサムは、ある時からアイザックがエリザベスと二人きりになると必ずエリザベスの足元で睨みつけてくるようになった。
「エリーの番犬は俺を飼い主を奪う敵だと思ってるのかもしれなけれど、違うぞ?」
エリザベスに頼まれた餌を相変わらず目つきの悪いサムに出してやりながらため息をついた。
「俺がエリーと結婚するには海軍でとんでもない成果を上げる必要があるんだ。まだ下っ端の俺じゃあ、そうなるまでに早くても7-8年はかかる。その前にエリーは適齢期が来て嫁に行っちまうよ。
警戒するなら俺じゃなくて、将来有望な20代半ばの海軍兵だ。例えば、隊長とかさ。」
ポール・エバンズ大佐はアイザックたちよりも10歳ほど年上だが、肝いりの軍略部隊のトップを任されている。海軍でエリーの婿に一番近いのはあの人だろう。独身だし。
その翌日からサムはエバンズ大佐に対しても態度が悪くなった。まるで俺の言ったことを理解したみたいだ。
見習い期間を終えたアイザックはエリザベスとともに辺境部隊への配属を命じられた。それと同時に密命を受けた。
エリザベスの相棒であるサムの能力を探れ、というものだ。
「あれがただの白い犬ではないというのは、お前も察しているな。」
「はい。」
「人心を操っているような節がある。幸い、アーチボルト二等とお前はあまり影響を受けないようだから、辺境でその能力を探ってくれ。
もし、海軍を脅かすような強さがあるのだとしたら危険だからな。」
アイザックはサムを探る必要があったので、辺境でも自然とエリザベスと行動していた。そして、エリザベスは珍しい黒ブチ柄の海馬の実力を調査しているらしく、同期の海馬部隊兵であるライアンとも仲良くなった。
ライアンは隣の領地の子爵家の出らしく、なんと魔女の森の魔女の子孫らしい。そしてエリーという名の幼馴染に恋をしているらしく、エリザベスのことを『エリー』と呼べず、『エリザ』と呼んでいた。
…なんだよ、その特別感。俺も『エリザ』って呼ぼうかな。
そう思っていた春のある日、突然エリザベスは辺境からいなくなった。
「俺も海馬部隊に所属するんだ!」
「団長が使役している真っ白で大きな海馬、かっこいいよな!」
「アイザックも海馬部隊を目指しているのか?」
「いや、俺は特にこだわってないよ。なれたら嬉しいけれど、なれなくてもいい。海馬部隊は全体の一割もいないんだろう?」
「夢がないやつだな。」
夢がない?夢があるから軍立学園に入学したのに。
軍立学園にはアーチボルト侯爵家の縁者が多く在籍していた。アーチボルト家の嫡流に血が近ければ近いほど、海馬の使役率が上がる。
アイザックの同期には団長の弟の娘がいて、自分は確実に海馬部隊に所属できると鼻高々だった。
軍立学園には一学年に百人ほどの生徒がいるが、女子は一割程度でほとんどが海軍兵の家族だ。どうやら団長の末娘も同い年のはずだが、どういうわけか、軍立学園にはいなかった。
「王立学園に通っているのよ?アーチボルト本家の責務を放棄しているの!」
なんて、その娘は言っていたが、王立学園に入れる頭があるというのは相当に賢い。アイザックは海軍にこそ頭のいい兵士が必要だと思っていた。故に、自分も勤勉に学んでいた。
直系の賢い娘が外に流れるのは痛手だろう。
軍立学園で三年間首席を維持したアイザックは海軍への入隊前からポール・エバンズ大佐と知り合いだった。
「昨年、海軍では軍略部隊が公式に結成されたんだ。入隊後はお前を含めて二人の新人を配属させてもらう予定だ。」
「二人?」
「ああ。もちろん、海馬を使役できるかどうかで変わるが、団長の娘が王立学園から帰ってくるから、うちに引き抜く予定だ。」
軍立学園で学んでいたアイザックは、もちろん王都の事情に精通していない。団長の娘は王立学園に行き、海軍には入隊しないとばかりに思っていた。
「てっきり団長の娘は海軍に入隊しないのかと思っていました。」
「まあ、当初はその予定だったが、いろいろあってな。でも本人もどうなってもいいように鍛錬は欠かしていない。海軍に入隊することに否やはないだろう。」
別に軍立学園に通っていなくても海軍には入隊できる。軍立学園の卒業生が免除される入隊試験を受ける必要があるが。
そうして現れた団長の娘、エリザベスは筋骨隆々な団長とは違い、ほっそりと背の高い美少女だった。茶髪の髪を頭上でまとめたポニーテール姿で、瞳は団長と同じ深い青だ。
同期にいた団長の姪っ子は赤毛に骨格のしっかりしたタイプであったため、本家ともなるとさらに…と身構えていた俺たち同期は思わぬ別嬪さんの登場に度肝を抜かれた。
確かに、これは戦えないのでは…とアイザックですら思ったが、訓練では自分よりも大きい男子どもを投げ飛ばし、十分な実力を示した。
一般兵たちが彼女を見直すのに時間はかからなかった。
当初の予定通りエリザベスとともに軍略部隊に配属されたアイザックは同期の気安さもあってすぐに「エリー」「ザック」と愛称で呼び合うほど仲良くなった。
アイザックはエリザベスから王族・貴族からの海軍への考えを教えてもらい、視野を広げることができた。逆にエリザベスには海軍での軍略について軍立学園で学べる基礎を教えた。
エリザベスはアイザックでも驚くほどの努力家だ。あっというまに三年間の見習い期間で海軍の作戦会議でも発言ができるまでに軍略を身に着けた。エリザベスがそばにいると自分も負けてはいられないと仕事に身が入った。
エリザベスに対して特別な思いを抱くようになるのはすぐのことだった。
けれど、彼女は海軍所属とはいえ、基地を出れば侯爵令嬢だ。ただの宿屋の息子であったアイザックの手に届くはずがない。
それに、エリザベスには文字通りの番犬がいた。
真っ白な毛並みのジャーマン・スピッツのサムは、ある時からアイザックがエリザベスと二人きりになると必ずエリザベスの足元で睨みつけてくるようになった。
「エリーの番犬は俺を飼い主を奪う敵だと思ってるのかもしれなけれど、違うぞ?」
エリザベスに頼まれた餌を相変わらず目つきの悪いサムに出してやりながらため息をついた。
「俺がエリーと結婚するには海軍でとんでもない成果を上げる必要があるんだ。まだ下っ端の俺じゃあ、そうなるまでに早くても7-8年はかかる。その前にエリーは適齢期が来て嫁に行っちまうよ。
警戒するなら俺じゃなくて、将来有望な20代半ばの海軍兵だ。例えば、隊長とかさ。」
ポール・エバンズ大佐はアイザックたちよりも10歳ほど年上だが、肝いりの軍略部隊のトップを任されている。海軍でエリーの婿に一番近いのはあの人だろう。独身だし。
その翌日からサムはエバンズ大佐に対しても態度が悪くなった。まるで俺の言ったことを理解したみたいだ。
見習い期間を終えたアイザックはエリザベスとともに辺境部隊への配属を命じられた。それと同時に密命を受けた。
エリザベスの相棒であるサムの能力を探れ、というものだ。
「あれがただの白い犬ではないというのは、お前も察しているな。」
「はい。」
「人心を操っているような節がある。幸い、アーチボルト二等とお前はあまり影響を受けないようだから、辺境でその能力を探ってくれ。
もし、海軍を脅かすような強さがあるのだとしたら危険だからな。」
アイザックはサムを探る必要があったので、辺境でも自然とエリザベスと行動していた。そして、エリザベスは珍しい黒ブチ柄の海馬の実力を調査しているらしく、同期の海馬部隊兵であるライアンとも仲良くなった。
ライアンは隣の領地の子爵家の出らしく、なんと魔女の森の魔女の子孫らしい。そしてエリーという名の幼馴染に恋をしているらしく、エリザベスのことを『エリー』と呼べず、『エリザ』と呼んでいた。
…なんだよ、その特別感。俺も『エリザ』って呼ぼうかな。
そう思っていた春のある日、突然エリザベスは辺境からいなくなった。
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