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第四章 Side B

1 エリーと急転直下の知らせ

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春が来た。

オルグレン公爵家の嫡男に嫁いだ、公式には次期公爵夫人であるエリザベス・オルグレンは春の一大イベントを迎えていた。

「種まきよ!」

大きな帽子に汚れてもいいエプロンドレスを着たエリーは、金髪を一つにまとめて腕まくりをし、自慢の家庭菜園の前に立っていた。
メアリー、ソフィー、ポピーの三人の専属侍女と家令のリチャード、侍女長のナンシーが控えている。家庭菜園の守主である案山子かかしも変わりない。

「ヘンリーが持ってきてくれた、カブ、ニンジン、ピーマン、トマトの種をまくわ!」


エリーがオルグレン公爵家に嫁いできて早くも八か月が経過していた。すっかり屋敷に馴染んだエリーは素のままに気ままに過ごしていた。

社交は免除されており、友人となった王太子妃エスメラルダとの月に一度のお茶会をこなすだけ。それ以外はずっと屋敷に引きこもり、家庭菜園の世話や裁縫、実家で受けられなかった淑女教育の一部を学びながら過ごしていた。
充実…はしていないが、与えられた環境にはひとまず満足している。この調子であれば離縁する予定の三年などあっという間だろう。


種まきを終えるとエリーは侍女たちが用意したお茶とお菓子をガゼボで楽しんでいた。もはやこれは日課となっており、天候が許す限りお気に入りのガゼボにいた。

そこはエリー専用の家庭菜園に面したガゼボであり、幼馴染であり商人のヘンリー・エバンズ以外は呼んだことがない、完全なプレイべーとスペースだ。

そして、教育の成果を見せる優雅さでお茶を飲んでいたエリーのもとにその知らせはやってきた。


「ブルテン海軍がポートレット帝国に敗戦しました!参加した海馬部隊は全滅したそうです!」


エリーの頭は真っ白になった。

まず思い出したのは海軍の海馬部隊にいる幼馴染のことだ。でも、彼は辺境にいるはず。大丈夫だ。

次に思い浮かんだのは、海軍基地を有するアーチボルト領の隣に位置する実家のロンズデール領だ。敗戦した、ということはアーチボルト領が攻撃をうけているのだろうか。

「リチャード、敗戦ということは、帝国軍がブルテンに進軍しているということ?」

「いえ、沖合での戦闘で敗北しただけであり、すぐに本土が攻撃されるという事態にはならないと思われます。」

「そう…。だけれど、海馬部隊に大きな打撃を受けたということなのね?」

「はい。」

今すぐどうこうというわけではないのだと、ひとまず落ち着く。

「しばらく、旦那様は帰ってこられないということかしら?」

「そうなるかと思います。」

控えている専属侍女たちもそわそわとしている。無敵だと思っていた海馬部隊の敗北はブルテンに衝撃を与えるだろう。



ーーーー



知らせがブルテン中に広まったころに、幼馴染でお抱えの商人でもあるヘンリー・エバンズがエリーのところへとやってきた。

「海軍の総大将であるアーチボルト侯爵が戦死された。」

「なんですって!?」

エリー専用のガゼボでお茶をしながら、ヘンリーがもたらす最新の情報に息をのむ。

「ご嫡男が侯爵と大将を引き継いで、第二戦に向けて船を出したことはアーチボルト領の商会から情報を得ているから間違いない。」

「アーチボルト侯爵と言えば、常勝将軍でしょう?海馬部隊だけではなく、総大将までだなんて…。」

「この第二戦で敗北すれば、ブルテンの立場が危うい。エスパル国も海馬部隊が負けたことで援軍に及び腰になっているらしい。また負ければ同盟を破棄して、自国の守りを固めるかもしれない。」

「そんな…。エスメラルダ様がいらっしゃるのに?」

「国の方が大事だろう?」

エリーには続報を待つことしかできなかった。



ーーーー



それから二週間後、再びヘンリーがエリーのところへとやってきた。

「第二戦は無事に勝利した。」

「まあ!本当に!?」

「明日には貴族全体に知らせられると思う。ひとまずは安心だ。」

「新しい大将も優秀な方だったのね。」

エリーはアーチボルト前侯爵にあったことはある。快活な赤毛の大男だ。そういえば…。

「戦死されたアーチボルト侯爵はダンフォード公爵令嬢と婚約されていたのではなかった?」

「ああ。夏に挙式する予定だったが、白紙になると思う。他に相手も見つからないだろうし、国王陛下としても悩ましいことだろう。
それに、貴族たちからはアーチボルト侯爵家に敗戦の責任を取らせるべきだという声もあがっている。」

「国のために戦ってくれている兵にそんなことを?」

「ああ。主に内地の貴族たちだよ。安全なところで暮らしている、な。」

ヘンリーは真剣な顔でエリーの方を見てきた。

「な、なによ?」

「これは、エリーにも無関係な話じゃないぞ?」

「え?」

「アーチボルト侯爵家はおそらく降爵することになると思う。でも大事な家であることに変わりはないから、どこか高位貴族と縁を結ばせることで保護するんじゃないかと思うんだ。」

「後ろ盾をつけるということ?」

「そうなるな。」

ガゼボに用意されたお茶を飲みながらヘンリーは頷く。

「一番いい方法は、婚姻だ。アーチボルト家の末のご令嬢はまだ未婚で海軍で働いているんだ。俺たちと同い年で、アーチボルト家には珍しく、王立学園の中等部を卒業されている。」

「じゃあ、ヘンリーは一時期同級生だったのね?」

「そう。とても優秀なご令嬢だよ。おそらく、彼女がどこかの高位貴族に王命という形で嫁ぐことになると思うのだけれど…。」

エリーも思い当たる高位貴族を考えてみるが、ダンフォード公爵令嬢の時にも難航したように、同年代では空きがない。となると少し年下の世代か、後妻ということになるが。

「アーチボルト嬢はブラッドリー・オルグレン殿が好いている相手として中等部時代は陰で有名だった。」

「え?」

「オルグレン殿が相手として立候補するかもしれないってことだ。」


つまり、私は三年の契約よりも前に離縁される可能性があるということ…?



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