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第三章 Side A

3 エリーと新しい住まい

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そうしてエリーはフリーマントル領にやってきた。海軍全体で女性の兵は10%程度であるが、その中でもフリーマントル領は総兵数はアーチボルト領に次ぐ多さにも関わらず、特に女性兵が少ない。
エリーを含めて三人しかいないのだ。しかも他二人は既婚で夫とともに海軍に勤務している。

つまり、エリーは久方ぶりの若い女性兵だった。


エリーの登場に辺境駐在部隊の若い兵たちはざわついた。

「…何かしら?」

「ああ、俺はわかった。」

そう言うのは一緒に基地入りした軍略部隊同期のアイザックだ。

「ザック、何がわかったの?」

「エリーが綺麗すぎてびっくりしたんだろう。みんな大将の娘が来ると思っていたから。」

「ああ…、そうかもね。」

エリーは背の低い男性程度の背丈はあるが、父の肩に届くかどうかだ。筋肉はしなやかについており、ムキムキの父の三分の一程度の太さしかない。
顔立ちも母に似ているし、父とは目の色ぐらいしか似ていない。

「せめて赤毛であればよかったかしら。」

足元のサムが残念なものを見る目でエリーを見ていることには気づかなかった。


辺境にいる海馬部隊はエリートが多い。他の部隊は決してそうでもないが、辺境はエリートが来る場所だと思い込んでいる。そのため、エリーがやって来た時には反感を買った。

「ここは海馬を使役できなかったアーチボルト家の者が来る場所じゃないぞ!」

「場違いだと思わないのか?」

「犬には気が重いだろう?」

辺境にいる海馬部隊は上官を除くと若手が多い。その中の多くがアーチボルト家の血を引いているため、海馬部隊であることに誇りを持っている。誇りを超えて傲慢になっているものもいるが。
このため、エリーは海馬部隊では目の敵にされやすい。アーチボルト本家のくせに犬を使役した恥知らず、と。

隣にいたアイザックにちらりと目をやると、「お前の兄貴みたいだな」と小声で言うと肩をすくめて見せた。


「おい!話を聞いてるの……、まあ、大将の承認された人事に文句を言う必要はないか。」

「……そうだな。俺達には犬連れの人事がどうなろうと関係ないな。」

「……どうせ海馬部隊じゃないしな。」

突然、絡んできていた兵たちが静かになって去って行った。

「なんだ、あれ?」

アイザックは不思議そうにブロンドの頭を掻きむしったが、エリーには彼らの急な心変わりに思うところがあり、足元をみた。
つぶらな瞳で見上げてくる中~大型犬に分類されるだろう白い犬。

これはサムの力なのではないか、とエリーは考えていた。


サムは自分に敵意を向けてくる存在の感情を反らすことができるのではないか、というのが三年間相棒として過ごしたエリーの考えだ。
他にも、ある程度自分に対して好意を持たせ、頼みごとをすることができる。例えば、ヒト用の食べ物を持ってこさせるとか。

でも、誰に対してもではない。エリーに対しては不発のようだ。断固としてヒト用の食べ物を与えないのでサムはよく拗ねている。
海軍の中にも不発なヒトはそこそこいて、敵意を向けてくる場合には、他の操れる人を呼び寄せて止めさせる。その差は横から見ていてもわからないが、海馬部隊の兵は十中八九で操れるようだ。

これは、海馬部隊との作戦に何度も出て、何度もつっかかられて、毎回同じことが起きるので間違いがない。

「サムの寝床はどうしましょうね。犬小屋をどこかに作るか…。でも、馬小屋がかなり基地の端の門のところにあるらしいのよね…。」

アーチボルト領では、屋敷にある馬舎の横に犬小屋を用意していた。だから一緒に屋敷から出勤し、一緒に屋敷に帰っていたが、ここでは単身用の宿舎で生活する。
宿舎は基地の奥にあり、馬小屋の横では送り迎えが難しい。

「宿舎の横にする?きっと子供たちに大人気ね。」

宿舎には単身用と家族用があり、子連れの家族もいる。犬の登場に大喜びだろう。サムはとても微妙な顔をしているが。

「あー、でも噛みつくんじゃないかって、親御さんは心配か…。」

エリーは小さなお風呂付の夫婦用の部屋を使わせてもらえることになったので、ひとまずサムを部屋で寝起きさせることにした。
残念ながら、女子寮がないのだ。

「汚れて帰ってきたら部屋には入れてあげないからね。」



ーーーー



そうして始まったエリーの辺境暮らしには、本部ではなかった現象が起きていた。

「アーチボルト二等、良ければ辺境基地を案内しようか?もちろんスミス二等も。」

「アーチボルト二等、ここの食堂はクリームシチューが絶品だよ。スミス二等も試してみてくれ。」

エリーに優しく声をかけていく先輩兵が後を絶たないのだ。ちなみに二等とは新人兵の正式な階級である。

「辺境の兵は魔物と戦っているせいか、人間には優しいのね。」

「いや、お前にだけ優しいんだよ。スミス二等は全部後付けだろ。」

アイザックはそう言って顔をしかめる。

「多分、お前の婿になりたいんじゃないの?」

「…なんでよ?」

「エリーが大将に大切にされているのはみんな知ってるからな。出世を狙っているんじゃないか?」

「それで出世出来たら苦労はないわ。」

実際に、その後もエリーに親しく話しかけてくる先輩兵は後を絶たない。中には、サムを使って接近してこようとする者もいて、そのたびにサムに唸られていた。

「急にモテ期が来ちゃったわね…。でも、これは私の一存じゃ決められないし、アタックされるだけ無駄なんだけど…。」

そのあたりの思考はエリーも貴族令嬢のそれであった。家の意向に従う。姉のように武門の貴族に嫁いで縁をつなぐことになっても、海軍の優秀な兵を身内にするために結婚することになっても異論はない。
できれば、海軍はやめたくないが。

エリーを守るように足元にぴったりと寄り添っているサムの頭を撫でながらエリーはため息をついた。


「姉上は19で結婚したし、私もそろそろかもね…。」



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