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第三章 Side A

1 エリーと緊急の課題

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エリーが三年間の見習い期間を経て一般兵となったのは18歳の夏だった。同じタイミングで一般兵となったのは113人で、うち三人が海馬部隊だ。

見習い期間を終えたばかりの一般兵は配属を決められる。通常は一般兵になってから所属部隊が決められるのだが、一部例外がある。
それが花形の海馬部隊とある程度の頭脳が必要となる軍略部隊である。

軍略部隊への配属が見習いの頃から決まっていたエリーは同期のアイザック・スミスとともに一般兵になるとすぐに辺境駐在部隊への異動を命じられた。

辺境駐在部隊とは、フリーマントル領の北に拠点を置く、ブルテン最北の海軍基地に所属する部隊のことである。

フリーマントル領の北の海では魔物が生息しており、その被害を抑えるのが辺境駐在部隊の仕事である。最も過酷な部隊である。


海馬部隊の新人一般兵三人のうちの一人も辺境駐在部隊に配属された。ライアン・ジョーンズという白地に黒ブチ柄の海馬を相棒にしている兵である。

あまり知られてはいないが、海馬部隊の新人が辺境駐在部隊に配属されるのは出世コースである。上の階級の海馬部隊の兵はみんな辺境駐在部隊の経験がある。

エリーと同期のアイザックが合わせて辺境に送られたのは、このライアンの海馬が大きい理由である。


二年前、エリーは海馬の弱点としてとある説を思いついた。

海馬たちが相棒の兵の指示ではなく、その場でもっとも序列の高い海馬の指示に従っているのではないか、という説だ。

思いついたエリーはこの説をすぐに上司であるポール・エバンズ大佐と共有した。長年海馬部隊を見て作戦を立ててきたエバンズ大佐にとってもこの説は受け入れやすいものだったようだ。

「ありえるな。」

「ありえますか?」

「ああ。海馬部隊は上官ほど白い海馬に乗っているからな。作戦的に重要な位置に白い海馬を配置しがちだ。白い海馬の方が頭もいいしな。だから海馬同士の力関係が兵同士の力関係に隠れてしまっていたのかもしれない。」

これを確認するために、兵なしで海馬だけで集合させてみることとなった。


健康診断と偽り、アーチボルト侯爵監視のもと若手や見習いの兵の海馬だけを訓練場のとある一角に集めた。

やってくる灰色の海馬たちはアーチボルト侯爵やエリーの相棒の白い犬であるサムの周りに群がってきた。

「申し訳ありません、大将。まだうまくコントロールできなくて。」

「気にするな!俺とエリーの相棒は妙に海馬に好かれるからな!」

兄のウォルターの海馬はサムに興味津々であり、海馬をおいて出ていく兄にエリーは鋭く睨まれてしまった。


灰色の海馬が群れる様子も一匹の海馬の登場ですっかり変わった。

「ライアン・ジョーンズと相棒のシャルロットです。」

白い体に黒いブチ柄の彼の海馬は意図的に一番最後に入室してもらった。黒い海馬が海馬の中での序列一位であるならば、体色に黒が混ざったシャルロットの序列はかなり高いからだ。

シャルロットが不思議そうに首をかしげると、あら不思議。灰色の海馬たちが大人しくなり始めた。兵はその場にアーチボルト侯爵とエバンズ大佐、エリーとライアンと軍略部隊が数人しかいなかった。
つまり、海馬に命令する人は誰もいなかったにも関わらずだ。

灰色の海馬たちは大人しく整列するように並びだしたのだ。

「どうやらエリーが正しかったらしい。」

アーチボルト侯爵、つまりはエリーの父はそう言ってエリーの頭をぐりぐりと撫でた。


そして、ライアンの辺境駐在が決定し、彼と同世代であるエリーは彼の相棒であるシャルロットの序列の高さを見極めるために、辺境へ向かうこととなった。

海馬の序列問題は海軍ではトップシークレットの扱いであり、知る人はごく数人にとどめられたのだ。そのため、下級兵で簡単に異動できるエリーがこの仕事を任された。

もし、シャルロットの序列が多くの白い海馬よりも高いのなら、ライアンの階級が低いうちは上官の白い海馬と組ませることはできない。
上官ではなくシャルロットに従ってしまう可能性があるからだ。

ちなみに、真っ白で巨大な海馬であるエリーの父のオリヴィアとシャルロットではオリヴィアの方が序列が上らしいことがわかった。
体の大きさも序列の要因となりうるらしい。


そして、この海馬の序列が敵に知られることによってどのような作戦をとられる可能性があるのかも議論された。

「白い海馬をまず倒そうと狙いを定めてくる可能性があるな。」

「海馬の序列がばれていなくとも、白い海馬に上官が乗っているとばれれば集中的に白い海馬が狙われる可能性があるな。」

「しかし、上官たちの海馬はよく命令に従っているし、海馬そのものを倒すのも難しい。そこまで戦闘において気にする必要もないんじゃないか?」

「ああ。海馬は馬のように見えて馬よりも皮膚が厚いからな。剣や弓じゃ傷はつかないしな。」

「むしろ今後の軍略において重要な情報だな。見習いが白や黒の海馬を連れてきた時の対処法を考えておかないとな。今だと、ライアン・ジョーンズの黒ブチの海馬だな…。」

「ほかに考えられるリスクは何がある?敵が黒い海馬を使役してくるとか?」

そこで部屋にいた軍略部隊の頭脳たちはエリーの足元にいるサムを見た。

「犬はどの国にもいるが、さすがに使役はできないだろう?大事な名づけのステップが踏めないし、本当に重要なステップは使役者しか知らないし。」

「そうだよな。…そうだよな?」

またサムに注目が集まるが、気まずそうにそっぽを向くだけでもちろん答えはなかった。


こうしてエリーはサムをつれてアーチボルト侯爵領を出たが、これはエリーにとっても嬉しいことだった。侯爵家でも思わず逃げ出したくなるような事態が発生していたからだ…。



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