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第二章 Side B

3 エリーと新しい住まい

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契約書に書かれた約束を意訳すると以下の通りだ。

1.エリーは公爵家に嫁ぐにあたって、愛人を作ったり、犯罪に手を染めたりしないこと。公爵家の評判を落とすな。

2.ブラッドリーはエリーにエッチなことを求めない。白い結婚を保ち、遅くとも三年後には離縁する。

3.離婚前にブラッドリーの愛する人を迎えることになっても、エリーは反対しないし、愛する人と接触しない。

4.エリーは未来の公爵夫人としての社交をする必要はない。公爵家の一員として有名になってはならない。公爵家の名を出さないならば、商売などをしてもよい。

5.公爵家で逆らえない事由により社交の必要が生じた場合は、お互いに協力しなければならない。それ以外はお互いに干渉を控える。

6.エリーもブラッドリーも離縁の日まではこの契約について第三者に話してはならない。

そしてたっぷりの契約金をもらい、エリーはオルグレン公爵家に嫁いできた。


王都の正教会で荘厳な式をあげ、ブラッドリーと同じ馬車でブラッドリーが住まうオルグレン公爵家の別邸にやってきた。
ブラッドリーはエリーをエスコートする気はある様で、エリーに向かって腕を差し出した。その腕をとって、別邸とは思えない立派な屋敷へと向かう。
まあ、本邸はもっと立派だったが。

「ここは普段、俺が暮らしている屋敷だ。王城に近くて出勤しやすいからな。両親は2ブロック先に住んでる。」

2ブロックの差で近くて出勤しやすいとは…。馬車だと10分程度の差だろうに。

「俺は王城で働いて、泊ることもあるから、邸は好きにしていい。改装してもいいし、庭もいじればいい。ガーデニングが趣味なんだろう?」

それは公爵夫人に趣味を聞かれたときに、家庭菜園をごまかしたあれのことだろうか。意外に話を聞いていたらしい。


玄関では別邸の使用人が総出で出迎えてくれた。本邸に比べれば少ないのだろうが、家令しかいないロンズデール伯爵家と比べたら多い。

「家令と侍女長を紹介しておく。困ったら彼らに相談してくれ。家令のリチャードと侍女長のナンシーだ。」

現れたのは想像以上に年嵩の男性と、エリーの母親世代の女性だった。

「俺は部屋に戻るからあとは頼んだ。」

そうして役目は果たしたとブラッドリーはエリーを玄関において執事とともに部屋に帰ってしまった。

「奥様のお部屋へご案内しますわ。」

侍女長のナンシーが自らエリーを部屋まで案内してくれた。

「旦那様が奥様の好みを教えてくださらないので、私たちが部屋を用意しましたわ。これからお好みに変えていってもらえれば。」

用意されていた部屋は旦那様ことブラッドリーの部屋からは遠く離れた部屋だった。温かみのある茶色の家具で揃えられ、どこかカントリー調の部屋だった。
高貴過ぎず、美しすぎず、ロンズデール家を思い起こさせた。

ブラッドリーは好みを教えなかったと言ったが、使用人たちがロンズデール家とその領地について調べてくれたのだろう。

「素敵なお部屋だわ!どうもありがとう!」

「今日は着替えてお休みください。奥様付きの侍女にはこちらの三人を。メアリー、ソフィア、ポピーです。」

ブロンドにブルネット、そして赤毛の侍女が三人頭を下げてから、エリーの着替えと入浴を手伝ってくれた。そしてその日は実家を思い起こさせながらも、数倍上等なベッドで眠りについた。



ー---



「オルグレン様はもうお出かけに?」

家の仕事を使用人並みにしていたエリーの朝は貴族令嬢にしては早い。ブロンドのメアリーが起こしに来た時にはすでに起床しており、伯爵家から持ってきた図鑑を読んでいた。
そこで伝えられたのが、ブラッドリーがすでに出勤しているということだった。

「いつもそんなに朝早くに?朝食は?」

「旦那様は朝食はお食べにならないのです。サンドイッチなどお持ちになって職場でお食べになられます。」

「…職場って言っても、王太子殿下の側近であられるのよね?学園を卒業して日も浅いと思うけれど?」

「実は、旦那様は王立学園の最終学年の時から側近としての仕事をされていまして。その頃からそうなのです。」

まあ、朝食で鉢合わせることがないというのはいいニュースだ。干渉を控える契約なのだから、なるべく離れて三年間生活したい。

「奥様の朝食は食堂にご用意がございます。」

デイドレスに着替えて向かった食堂で用意されていたのは、ザ・貴族の朝食だ。もりもりと用意された豪華な朝食にむしろエリーの食欲は失せた。

「オルグレン様はサンドイッチだけなのでしょう?私のためにたくさん用意してもらうのも悪いわ。私もサラダとパンで十分よ。」

「かしこまりました。」


朝食を終えると家令のリチャードを呼んでもらい、今後について相談した。

「オルグレン様から私の今後の過ごし方について何か指示はあるかしら。」

「旦那様は奥様にご自由に過ごすようにと仰せでした。」

「ご自由に…ねえ。」

やることがないというのも困ったものだ。

「じゃあ、まずは屋敷を案内してもらおうかしら。」

「私がご案内いたしましょう。」

「リチャードさんが?」

家令のリチャードはエリーの祖父母世代だ。本来なら本邸や公爵領で家令をしていてもおかしくはないほどのベテラン臭がすごい。

「ありがたいけれど、忙しくはないの?」

「私はこちらの別邸を旦那様より預かる身ですから、奥様の質問にももっとも速くこたえられると思いますよ。」

「それもそうね…。じゃあお願いしようかしら。」

エリーは紅茶を飲み干すと席を立った。


「それと、奥様。」

「何?」

「私にさん付けは不要です。また、奥様もオルグレンになられたので、旦那様をオルグレン様と呼ばれるのはおかしいかと。」

「……たしかに。」



ーーーー



リチャードは別邸を一通り案内してくれた。まず、中には入れてもれなかったが、ブラッドリーの書斎や寝室の場所を教えてくれた。

「オルグレン様…、旦那様は休日の日には何をしていらっしゃるの?」

「旦那様の休日はとても少ないですが…、書斎で領地に関するお仕事か、よく屋敷の裏手で鍛錬をしておいでです。あとは乗馬でしょうか。」

「あら、意外にアクティブな趣味をお持ちなのね。ではこのエリアと屋敷の裏手にはあまり行かないようにするわ。」

「……そうですか。」


次いで書庫や客間の場所だ。別邸とはいえなかなか立派な書庫があった。

「奥様は今朝、読書をされていたそうですが、もし購入を希望される作家などいらっしゃいましたら、お知らせください。」

「ああ。あれは実家から持ってきた『大陸で自生する野菜図鑑』よ。作家は…誰なのかしら。確認しておくわ。」

「……そうですか。」


朝食で使った食堂と厨房を訪れた際には料理長への挨拶も済ませられた。

「とてもおいしい朝食だったわ。でも、明日からはもっと控えめで、食べられる分だけでいいわ。」

「かしこまりました。何かお好きな食べ物はありますか?」

「なんでも食べるわよ。あ、でもできればお肉やお魚も食べたいわ。」

「それはもちろん毎食ご用意しますが…。」

「まあ!そうなの!実家では弟妹に食べさせて私はあまり食べられなかったの。うれしいわ。」

「……そうですか。」


本来ならば夫婦の寝室エリアがあるのだが、その部屋はブラッドリーもエリーも使っておらず、リチャードも外から案内するのみだった。

「本来ならば、こちらに奥様をお通しするべきなのですが…。」

「いいのよ。オルグレン…旦那様の愛する人のためにあけてあるんでしょう?私は全く気にしないわ。」

「……そうですか。」


最後に庭を案内されたが、殺風景な庭であった。

「これは…、来た時は暗くて気づかなかったけれど、貴族の屋敷としてどうなのかしら…。」

「旦那様はこちらの屋敷で社交をしませんので、ご友人方が訪ねてくることもございません。なのであまり体面は気にしていないのですよ。
奥様の希望があれば、庭の整備をしてくださっても構いませんよ。私もこれではあんまりだと思うので…。」

「そうね…。でも、私、実家で菜園は作っていたけれど、庭はもともと母が作っていたものを適度に手入れするだけなのよね…。」

「菜園、でございますか?」

「ええ。家で食べる野菜を育てていたの。できればここでも野菜を育てたいわ。」

「そ、それは構いませんが…、あまり目立つところではやらない方がいいかと…。」

「そうね。隅でやるわ。」

どうせ三年後には引き払わなければならない。愛する人が来る前に、私の存在を屋敷中に残すのもどうかと思ったが、公爵家の懐事情を見るに、新しく屋敷を買ったりするのかもしれない。
好きにしていいというのならば好きにしよう。


「公爵家お抱えの商会があるのかしら?ないのなら私の知り合いの商会を呼んでもいいかしら?」


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