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第二章 Side B

2 エリーと運命の神風

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「うちのエリーと…結婚したいという意味ですかな…!?」

父は驚きすぎてうろたえていた。エリーもうろたえている。こういう時の反応は親子でそっくりだった。

「エリーという愛称か…。その通りだ。ロンズデール嬢が妻になってくれれば、伯爵家にオルグレン公爵家から援助もしよう。」

「いや、しかし、なぜうちの娘を?お恥ずかしながら先の流行り病と前王太子殿下の件でうちは財政的に苦しく…、娘を領内の学園にも入れてやることができませんでした。
オルグレン公爵家の夫人など、務まりません。」

父は困惑して言い募る。

「下の娘たちは領内の学園に通っておりますが、長女のエリザベスをお望みということですか?」

「下の娘ではすぐには結婚できないだろう。」

ブルテンの成人は18歳だ。多くの貴族子女が成人してから結婚している。エリーは来年18歳になるが、妹たちはまだ数年先だ。

「来年、私が王立学園を卒業した後にすぐに結婚がしたい。公爵夫人としての社交は一切する必要がない。ただ、結婚して家にいてくれればいい。」

「……どういうことですか。」


高位貴族になれば家同士の付き合いも多い。将来、宰相となるブラッドリーの妻となれば外交の場にも出る必要があるだろう。それを一切する必要がない、とは。

まともな結婚であるはずがない、と父は危惧しているようだ。


「詳細はロンズデール嬢に伝える。貴殿はこの話を断ることはできないとわかっているだろう?私が問題ないと言っているのだから問題ないんだ。」

「断ることができないことは承知しておりますが、娘が不幸になるかもしれないことを易々と了承することはできません。」

格上の、それも筆頭公爵家からの縁談。ロンズデール家は伯爵家だ。断ることはできない。しかし、娘を愛する父はどうしても納得ができなかった。

「格上の家に嫁ぎ、持参金もいらず、むしろこちらが金を払うと言っているのに、どこが不幸なんだ?」

ブラッドリーは心底わからない、不快だ、という顔で父を見ている。父が怒りで震え始めるのをエリーは手で押さえた。

「お父様、断れないお話ですもの。私はオルグレン様からもう少し詳細を聞いてみますわ。どうにも受け入れがたければご相談しますから、一度退室してください。」

「し、しかし、エリー。」

「婚前の男女が密室に一緒にいては問題ですわね?扉を開けておきますから。」

「そうではなくてだな…。」

言い募る父を強引に部屋から追い出し、昔から使えてくれている家令に預けた。


「それでは、ご詳細をお伺いしますわ。」

「随分と父親に対して強引だな。」

「父の扱い方は心得ておりますから。」

ブラッドリーは鼻を鳴らして脚を組んだ。高位貴族の傲慢さが透けて見える。こちらが格下だと思っていることを隠しもせず、父の反感を買うのも当然だ。


「それで、なぜ私との婚姻をお望みなのです?」

「別にお前に惹かれてのことではない。会うのも初めてだしな。私にはほかに愛する人がいるが、彼女と結婚できないからお前と結婚するんだ。」

早速のお前呼び…、もう自分のものにでもしたつもりか。

「誰でもいいから私を選んだということですか?」

「誰でもいいわけではない。オルグレン家と政治的に対立せず、国王陛下が婚姻に反感を持たない家である必要がある。経済的に困窮していれば金で要求も通しやすいしな。」

ロンズデール伯爵家に現在力はない。むしろ名ばかり貴族の一歩手前まで落ちた家だ。

「オルグレン公爵家の益となる点は我が家にないと思いますが…。」

「だからいいんだ。」

ブラッドリーが鼻にしわを寄せる。こんなこともわからないのかと言いたげだ。

「オルグレン公爵家がこれ以上の力を持つことを国王陛下は望んでいない。力はないが格はあるロンズデール家ならすぐに許可が下りるだろう。」

「公爵夫人の仕事をしなくていい、というのはいずれ離婚されるおつもりだからでしょうか?」

高位貴族の事情を貧乏伯爵家が知るわけがないだろう、と内心舌打ちしながらエリーは問いかけを続ける。

「いずれは愛する人をお迎えになると?」

「情勢が許せばすぐにでも迎え入れる。跡継ぎも彼女ともうける。だからお前とは閨も共にしないし、社交界で存在感を示す必要もない。」

その場所は愛する人のものだ、ということか。しかし、『情勢が許せば』とは、どういうことだろう?お相手は身分が低いのかと思ったが、そういうわけでもないのだろうか。

「では、私は結婚した後、何をすればいいのですか?」

「屋敷で好きに過ごせばいい。ある程度の金も出せる。男を囲わなければ何をしてもいい。」

ブラッドリーは「この家じゃ金なんてまったく自由にならないだろう?」と紅茶を一口飲む。確かにその紅茶はあなたが飲んでいるものに比べたら安物だろうよ。

「うちを援助してくださるとのことですが、具体的には何をしてくださるのですか?」

「結婚の準備金としてまとまった額をだそう。」

「まさか、そこから結婚式の準備をしろと言うのではありませんよね?」

公爵家の結婚式のためのドレスなんていくらかかるんだ。

「結婚式の準備はすべて公爵家で持つ。お前はドレスの採寸だけしていろ。付き合いがあるから式だけはあげる必要がある。」

「まとまった額とはいくらですか?」

「…いくら必要なんだ?」

お金の話をするなんて卑しいとでも言いたげな目を向けられるが、ここはゆずれない。ざっと脳内で計算をする。

弟妹達の学費、私がいなくなる分の稼ぎ、家族の結婚式用の式服、私がいなくなる分の使用人の雇用…、ざっと見積もってさらに上乗せして額を提示すると、へでもないと言いたげに了承された。


「あと…。」

「まだあるのか?」

「公爵と夫人はこの結婚になんといっているのですか?一緒に暮らすことになるのですよね?」

「両親とは別の屋敷で暮らす。二人は私の結婚に思うところはない。適切な家柄、それだけだ。」

これに関してはブラッドリーの言葉だけを信じるわけにはいかないが、調べる方法もないのだから今は致し方ない。


それに、これは意図せず日陰の家に追いやられていたロンズデール家に訪れたまたとないチャンスだ。逆風を順風に変えていけるかもしれない。

断れない縁談だが、受けない理由もまたエリーにはなかった。


「では、契約書の作成をお願いします。」

「契約書…だと?」

「大金が絡む取引に契約書は必須です。」


そうして、会話の内容に『白い結婚で遅くとも三年後には離縁する』という条件を加えて、契約が成立した。さすがにエリーを完全に見下している男の下で一生を過ごす気にはなれなかったから。



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