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第二章 Side B
1 エリーと突然の求婚者
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ブルテンの北東にあるロンズデール領には、通称”魔女の森”と呼ばれる巨大な森が隣の領とまだがるように存在していた。
”魔女の森”とはその名の通り、魔女と呼ばれる怪しげな術を使う女たちが暮らす森だと言われている。
島国であるブルテンに魔法使いはいないが、大陸の内地では魔法使いたちが治める国があるそうだ。魔女の森で暮らす魔女たちはその昔にその国を追われた魔法使いたちの子孫が暮らしている。
魔女の森とは言うが、決して女だけが暮らしているわけではない。男の子ももちろん生まれるし、森のそばの村から婿を取ることもある。
ただ、魔法の術を使えるのが女だけという理由から、魔女の森と呼ばれている。
ロンズデール伯爵家は魔女に詳しい。なぜなら、今は亡き伯爵夫人が魔女の孫だったからである。
とある魔女の息子は森を出て、ロンズデール伯爵家の分家に養子として迎えられ、そこで生まれた娘がロンズデール本家に嫁いできた。それがエリザベス・ロンズデールの母である。
今から約八年前にブルテン東部一帯で流行り病が広がり、多くの子供や老人、体の弱い女性が亡くなった。北東部に位置するロンズデール領も被害を受け、多くの領民が亡くなった。
病を終結させるために治療薬を求めて駆け回ったのが伯爵夫人であった。
彼女は何度も魔女の森を訪ね、魔女たちを説得した。王都からの医療団との橋渡しを行い、治療薬の完成間際で流行り病に倒れてしまった。
過労で体力が落ちていたところでの流行り病で、伯爵夫人は回復することができなかった。
伯爵夫人の仕事を伯爵がしっかりと引き継ぎ、治療薬は完成した。翌年から流行り病による死者は激減したが、失ったものは大きかった。
母を亡くした子供たちは一番下の長男がわずか三歳。母を亡くした弟妹たちの面倒を見て育て上げたのは当時まだ10歳であった長女のエリザベスだ。
流行り病でやや貧乏になった伯爵家と伯爵領を支えるために、伯爵夫人の代わりに働いた。
せめて、弟妹達は王都の王立学園に…!「エリーお姉さま」となついてくれている弟妹達のためにエリーは必死だった。
しかし、その願いはむなしく、二年後にとある事件でさらに困窮したロンズデール伯爵家のために、エリーは領内の学園にも通わずに使用人のいなくなった伯爵家で使用人の分まで働くこととなった。
ーーーー
そうして17歳になった今では、エリーはどんな屋敷の使用人よりも家政のプロフェッショナルだった。
掃除をさせれば塵一つ残さず、料理をさせればフルコースを一人で手掛け、裁縫をさせればプロ並みのドレスを作れた。
どんなシミも残さずに落とし、野菜も育てるし、ドレスのデザインもできた。
妹たちが家のことを手伝えるようになった後は、伝手のを使って万能家政婦として派遣の仕事をしたり、商会にデザインを売ったりして家計を助けていた。
14歳と13歳の妹二人はなんとか領内の学園に通えている。一番下の弟は10歳で、お手伝いをしてくれている。何もなければ弟も学園に通えるだろう。
しかし、弟は跡取りだ。いずれ伯爵家を継ぐことを考えると王都の王立学園に通わせてやりたい。
「王立学園に通うには王都に住まないといけないし、そもそも試験に合格するための家庭教師もつけてあげたいし、学費はうちの領の学園の五倍はするし、お金よね。お金だわ。」
エリーが庭で菜園の手入れをしながらうんうんと唸っているところへ父であるロンズデール伯爵がやってきた。
「エリー。」
「お父様。」
「実は、一週間後にオルグレン公爵令息がうちに来るという連絡があったんだ。お出迎えする用意をしてくれるかい?」
「オルグレン公爵令息…?」
オルグレン公爵家はブルテンの筆頭公爵家で代々宰相を輩出している家柄である。この国のナンバーワンお金持ちだが、いったい貧乏なロンズデール伯爵領になんの用があるのだろうか。
「どういったご用件で?」
「それがわからないんだ。訪問するとだけ連絡があってな。抜き打ちの視察かもしれん。」
「公爵令息はもうご成人されているんですか?」
「エリーと同い年のはずだ。」
「では視察はないんじゃありませんか?学生でしょう?」
そこで父は驚いた顔をしたあと、悲しそうな顔になった。
「そうか。エリーも本当ならまだ貴族学園の高等部に通っている年頃か。」
ここで『気にしないで』と言ってしまうと話が長引くのを知っているエリーはさらっと無視する。
「オルグレン様は泊っていかれるのですか?」
「いや、少しの間滞在するだけだと聞いている。」
「わかりました。」
ロンズデール伯爵家に公爵家の者の訪問を断るすべはない。彼の訪問に向けて、使用人の手配や屋敷の清掃、いざという時のための料理やお菓子の手配などお金が出ていく。
来ないでほしいな…というのがエリーの本音だった。
ーーーー
そして一週間後、その人はやってきた。
「ようこそおいでくださいました。当主のウィリアム・ロンズデールです。こちらは娘のエリザベスです。」
オルグレン公爵令息はカーテシーを披露するエリーを一瞥した後、興味がなさそうに視線をそらした。
「ブラッドリー・オルグレンだ。歓待、感謝する。」
ブラッドリーは黒髪にキリっとしたグレーの瞳が印象的な、いわゆるイケメンであった。不愛想な顔をしていなければいいのに。
応接間に父とブラッドリーを案内した後、エリーは退出しようとしたが、ブラッドリーに引き留められた。父と並んで着席すると、ブラッドリーはいきなり本題に入った。
「ロンズデール嬢をオルグレン家に妻として迎え入れたい。」
「「………はい??」」
”魔女の森”とはその名の通り、魔女と呼ばれる怪しげな術を使う女たちが暮らす森だと言われている。
島国であるブルテンに魔法使いはいないが、大陸の内地では魔法使いたちが治める国があるそうだ。魔女の森で暮らす魔女たちはその昔にその国を追われた魔法使いたちの子孫が暮らしている。
魔女の森とは言うが、決して女だけが暮らしているわけではない。男の子ももちろん生まれるし、森のそばの村から婿を取ることもある。
ただ、魔法の術を使えるのが女だけという理由から、魔女の森と呼ばれている。
ロンズデール伯爵家は魔女に詳しい。なぜなら、今は亡き伯爵夫人が魔女の孫だったからである。
とある魔女の息子は森を出て、ロンズデール伯爵家の分家に養子として迎えられ、そこで生まれた娘がロンズデール本家に嫁いできた。それがエリザベス・ロンズデールの母である。
今から約八年前にブルテン東部一帯で流行り病が広がり、多くの子供や老人、体の弱い女性が亡くなった。北東部に位置するロンズデール領も被害を受け、多くの領民が亡くなった。
病を終結させるために治療薬を求めて駆け回ったのが伯爵夫人であった。
彼女は何度も魔女の森を訪ね、魔女たちを説得した。王都からの医療団との橋渡しを行い、治療薬の完成間際で流行り病に倒れてしまった。
過労で体力が落ちていたところでの流行り病で、伯爵夫人は回復することができなかった。
伯爵夫人の仕事を伯爵がしっかりと引き継ぎ、治療薬は完成した。翌年から流行り病による死者は激減したが、失ったものは大きかった。
母を亡くした子供たちは一番下の長男がわずか三歳。母を亡くした弟妹たちの面倒を見て育て上げたのは当時まだ10歳であった長女のエリザベスだ。
流行り病でやや貧乏になった伯爵家と伯爵領を支えるために、伯爵夫人の代わりに働いた。
せめて、弟妹達は王都の王立学園に…!「エリーお姉さま」となついてくれている弟妹達のためにエリーは必死だった。
しかし、その願いはむなしく、二年後にとある事件でさらに困窮したロンズデール伯爵家のために、エリーは領内の学園にも通わずに使用人のいなくなった伯爵家で使用人の分まで働くこととなった。
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そうして17歳になった今では、エリーはどんな屋敷の使用人よりも家政のプロフェッショナルだった。
掃除をさせれば塵一つ残さず、料理をさせればフルコースを一人で手掛け、裁縫をさせればプロ並みのドレスを作れた。
どんなシミも残さずに落とし、野菜も育てるし、ドレスのデザインもできた。
妹たちが家のことを手伝えるようになった後は、伝手のを使って万能家政婦として派遣の仕事をしたり、商会にデザインを売ったりして家計を助けていた。
14歳と13歳の妹二人はなんとか領内の学園に通えている。一番下の弟は10歳で、お手伝いをしてくれている。何もなければ弟も学園に通えるだろう。
しかし、弟は跡取りだ。いずれ伯爵家を継ぐことを考えると王都の王立学園に通わせてやりたい。
「王立学園に通うには王都に住まないといけないし、そもそも試験に合格するための家庭教師もつけてあげたいし、学費はうちの領の学園の五倍はするし、お金よね。お金だわ。」
エリーが庭で菜園の手入れをしながらうんうんと唸っているところへ父であるロンズデール伯爵がやってきた。
「エリー。」
「お父様。」
「実は、一週間後にオルグレン公爵令息がうちに来るという連絡があったんだ。お出迎えする用意をしてくれるかい?」
「オルグレン公爵令息…?」
オルグレン公爵家はブルテンの筆頭公爵家で代々宰相を輩出している家柄である。この国のナンバーワンお金持ちだが、いったい貧乏なロンズデール伯爵領になんの用があるのだろうか。
「どういったご用件で?」
「それがわからないんだ。訪問するとだけ連絡があってな。抜き打ちの視察かもしれん。」
「公爵令息はもうご成人されているんですか?」
「エリーと同い年のはずだ。」
「では視察はないんじゃありませんか?学生でしょう?」
そこで父は驚いた顔をしたあと、悲しそうな顔になった。
「そうか。エリーも本当ならまだ貴族学園の高等部に通っている年頃か。」
ここで『気にしないで』と言ってしまうと話が長引くのを知っているエリーはさらっと無視する。
「オルグレン様は泊っていかれるのですか?」
「いや、少しの間滞在するだけだと聞いている。」
「わかりました。」
ロンズデール伯爵家に公爵家の者の訪問を断るすべはない。彼の訪問に向けて、使用人の手配や屋敷の清掃、いざという時のための料理やお菓子の手配などお金が出ていく。
来ないでほしいな…というのがエリーの本音だった。
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そして一週間後、その人はやってきた。
「ようこそおいでくださいました。当主のウィリアム・ロンズデールです。こちらは娘のエリザベスです。」
オルグレン公爵令息はカーテシーを披露するエリーを一瞥した後、興味がなさそうに視線をそらした。
「ブラッドリー・オルグレンだ。歓待、感謝する。」
ブラッドリーは黒髪にキリっとしたグレーの瞳が印象的な、いわゆるイケメンであった。不愛想な顔をしていなければいいのに。
応接間に父とブラッドリーを案内した後、エリーは退出しようとしたが、ブラッドリーに引き留められた。父と並んで着席すると、ブラッドリーはいきなり本題に入った。
「ロンズデール嬢をオルグレン家に妻として迎え入れたい。」
「「………はい??」」
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