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「…どうして…」
絵梨は少し怯えた表情をしていた。

「…沙也加から聞いた。」
朋美は空を仰ぎ見て言った。

 絵梨はずっと朋美を見つめた。

 何か言わなければと思ったが、言葉が出てこない。

「…帰ってきなよ。」
朋美が呟いた。

「…え?」

「私ね…青山と離婚する事にしたの。」
朋美の言葉に絵梨は硬直した。

「…そ…そんな…」
絵梨は泣きそうな顔で言った。

「悪いと思ってるの?」
朋美が聞いた。

 絵梨は深く頷いた。

「だったら! あるべきところに行くべきよ!」

「…朋美。」

「さっき、慶介君に偶然バッタリ会ったよ! 言ってた! 俺、絵梨にフラれたんだ~って!」
朋美は可笑しそうに言った。

「何で絵梨はいつもそうなの? 肝心な事、絶対言わないんだから! もっと私に弁解すればいいじゃん! でないと私が罪悪感抱いちゃうでしょ!」

「…ごめん。」
絵梨はポロポロと涙を流した。

「青山の事…愛してるんでしょ?」
朋美は聞いた。

 絵梨の大きな目から涙がポロポロと流れ続けた。

「私ね、気付いたんだ…。もうとっくにあの人に愛情持っていなかったこと…。まあ夫婦なんて何年かしたらみんなそうなっていくんだろうけど…でもそれでも夫婦という形は崩さないのが普通なんだよね。でも私はあの人の願いを受け入れる事が出来なかったし…向こうも私の願いは受け入れ難かったと思う…。今は本心で、この先違う道を行く方がお互いの為にとっていいと思ってるの。」

「…朋美…」

「私が身を引いてあげるんだから、一つだけ私の言う事を聞いてもらう!」
朋美は絵梨を睨んだ。

 絵梨は口をギュッと結んで、たとえどんなことを言われたとしても従おうと覚悟した。

「私たちは、これからも友達だよ!」
朋美はそう言うと優しく微笑んだ。

「朋美…。」

 絵梨は子供みたいに「うわぁ~ん」と泣いて朋美に抱きついた。







「もしもし、和也?」
朋美は絵梨を沙也加の家に送って行くと、和也に電話した。

「…朋美?」

「あなた、今日おやすみでしょ?」

「…あぁ…」

「じゃあ、これから言う住所にすぐ迎えに来て!」

「ちょっと待って! メモするから…」
和也は朋美がいきなり変な事を言いだして戸惑ったが、素直に従った。



―この住所…朋美の実家の近所じゃないか…。

 朋美の両親には離婚の挨拶はもう済ませていた。

 何かあったのだろうかと、和也は頭を傾げながらも高速を飛ばしてメモの住所に向かった。

 しばらく運転して、和也は朋美から言われた住所に着いた。

 そこは大きな家だった。

 「榎本」という表札がかかってある。

― 一体誰の家なんだ? ここに朋美がいるのか?

 訝し気に思いながらも和也はベルを押した。

「はい。どちらさまでしょうか?」
モニターから初老の女性の声がした。

「青山と申します。」

「青山…さん?」

 どなただったかしら…? と、モニター越しに聞こえてきた。

 そう言いながらも玄関が開いて、女性は門の所まで出て来てくれた。

 その女性に面識は全く無かった。

 和也は住所を聞き間違えたと思った。

「す…すみません…どうやら僕、住所を間違えてしまったようで…」
苦笑いしながら女性に謝っていると、後ろから絵梨が顔を覗かせた。

「絵梨!」
和也は叫んだ。

 絵梨は驚いて体を硬直させた。

 初老の女性、沙也加の母親は二人を見てすぐに事の次第を察し、和也を中へ招き入れた。

「私、ちょっと買い物を思い出しちゃったわ…。少し留守番頼むわね!」
沙也加の母はそう言って、笑顔で絵梨の肩をポンと叩いた。そして和也に向かってお辞儀して家を出て行った。

「…ここは?」
和也が聞いた。

「…沙也加の実家なの。」
絵梨は小さく言った。

「そうだったのか…。良かった…無事で…。」
和也は大きな溜息をついた。

「俺の子が…ここにいるんだろ?」
和也は絵梨のお腹に手を振れた。

 絵梨は何も言えず、目に涙を浮かべた。

 和也は絵梨を抱きしめた。

「ごめん…一人にして…辛かっただろ?」

「…私が勝手に決めたことよ…。」

「…一緒に育てていこう…。」
和也は言った。

 しかし絵梨は何も言えなかった。

「どんなことがあっても、君とこの子を守る。俺の人生をかけて、君たちを絶対幸せにすると誓う!」
和也は絵梨をギュっと抱きしめた。

「さっき…朋美が来たの…。」
絵梨が呟いた。

「朋美がね…」
絵梨は涙をポロポロ流しながら和也の顔を見た。

「身を引いてあげるから、ひとつだけ私の言う事を聞いてもらう…って、言われたの。」

「何だったの?」

「…私たちは、これからも友達だよ…って…。」
絵梨は顔をグシャグシャにした。

「…朋美らしいな。」
和也はフッと笑った。そして目の端から一筋の涙が流れ落ちた。









 朋美は実家のベランダの長椅子に座って、大笑いしながら熱心古いノートを眺めていた。

「今晩、夕食食べて行くでしょ? 出来るんだったら泊って行けばいいのに!」
母はそう言って、テーブルに紅茶と手作りのマフィンを置いた。

「ん~! 美味しい! やっぱりママの手作りおやつは最高だね!」
朋美は少女に戻ったように母親に甘えた。

「ゆっくりしていきたいとこだけど、仕事が溜まってて…今晩帰らなきゃ。」
朋美は残念そうに言った。

「そんなに仕事ばっかり…ママ…朋ちゃんが倒れるんじゃないかって…心配になっちゃうわ。」
母は横に腰かけた。

「朋ちゃん…大丈夫なの? もし辛かったら、うちに戻ってきなさい!」
母は心配そうに言った。

「ママ…心配してくれてありがとう…。それから…離婚しちゃってごめんなさい…。」

「そんな事いいのよ。ママは朋ちゃんの幸せが一番大事なの。」

「私ね、幸せになる為にその選択をしたの。だから…娘を信じ欲しい。」

「…うん。でもね…あなた、いつも事後報告だから、ママ、本当に生きた心地がしない時がたくさんあったのよ。…でもしっかり者のあなただもの…信じてるわ。」

「ありがとう、ママ!」

 朋美は母の肩に頭を置いて甘えた。

 母もニッコリ笑って朋美の頭に頬ずりした。








 朋美は特急列車に乗り込むと、さっき実家から持って来た古いノートを開いた。


  オリーブ日記


 それは、朋美たち四人が中学時代にやっていた交換ノートだった。

―今度みんなで集まる時、このノートを持って行こう! みんな大笑いする筈だわ…。

 朋美はフフフと笑った。



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