98 / 101
98
しおりを挟む朋美は久しぶりに実家のある駅に降り立った。微妙に近く、微妙に遠いせいか、気が向いたらいつでも行ける距離というのは逆に行くことが少なくなってしまう。
―ここは変わらないわね…。
昔と同じ風景に安心した。
駅の近くのケーキ屋は、よく学校帰りに4人で訪れた。
イートインスペースでギャアギャア騒ぎながら、よくケーキを食べたものだ。今考えると、うるさい女子高生がしょっちゅう来て、店の人はさぞかし迷惑だっただろう…。
思い出に耽っていると、朋美の前に一台の車が止まった。
「朋美ちゃん! 帰って来たの?」
慶介君だった。
朋美が幼い頃からずっと慕ってきた二つ上の葛城慶介。
朋美の朋美の初恋の相手であり、絵梨の元彼氏だった人。
慶介君の事を想うと、ずっと心が痛かった。
会うのもこわかったくらいだった。
― 日にち薬って、本当なのね…。
朋美は慶介と対面しても、心に何も波立つものが無いのを感じていた。
「慶介君! 久しぶり! こっちに戻ってたの?」
「あぁ、何年か前からこっちに拠点移して仕事してるんだ。」
「そうだったんだぁ~!」
朋美は慶介の車で沙也加の家まで送ってもらう事になった。
「…慶介君も、もう二人の子供のパパなのね。早いなぁ…。でもまさかこっちに戻って来てるなんて思わなかった。」
「弁護士試験に受かった後は、ずっと向こうの事務所で働いていたんだけど、独立しようって決めた時、向こうはなんせ弁護士の人数多いだろ? だから競争が激しくて大変なんだよ。で、地方に移住しようと思った時、やっぱり土地勘のあるとこの方がいいと思ってこっちに決めたって訳なんだ。子育てもしやすいしね。」
「そっか~。なんか…凄いね! ちゃんと大人してるんだね。」
朋美はしみじみと言った。
「朋美ちゃんだって、ちゃんと大人してるじゃない!」
「私は…全然よ…。仕事は有難い事に順調だけど…離婚するしね、ハハハ…。」
「えっ! そうなのっ? …ごめん…。」
慶介はとっさに謝った。
「いいのよ~! 慶介君が謝ることじゃないでしょ!」
朋美は笑った。
「あのさ…俺…ずっと朋美ちゃんに謝りたかったんだ…。」
慶介は呟いた。
「俺…全然気づかなくって…朋美ちゃんがずっと俺の事想っていてくれたこと…。そして絵梨ちゃんの事で朋美ちゃんと絵梨ちゃんまで仲たがいさせてしまって…。ほんとに…ごめんな…。」
「そんな昔の事…いいのよ!」
「俺さ…絵梨ちゃんと付き合って無いんだ…。」
「え?」
「あの時、しばらく絵梨ちゃんはまともな状態じゃなくて、俺、ずっとそばにいたんだけど…結局フラれた。」
「…そうだったの? そんな事…何も聞いてない。」
「絵梨ちゃんもきっと俺の事好きでいてくれたんだと思う。だから俺…何度も諦めずに言ったよ…でも結局拒絶された。あの子は…俺より朋美ちゃんの方が好きなんだって…言ってた…。」
慶介は朋美に微笑んだ。
「…知らなかった。」
朋美はポツリと呟いた。そして窓の外をボーっと眺めた。
「ここでいいの?」
慶介は朋美に聞いた。
そこは沙也加の家にはまだ少し距離がある川沿いの道だった。
「うん。昔を懐かしみながら歩いてみたいから。」
「そっか。今度時間ある時、うちにも遊びに来いよ! 嫁さんと子供たち紹介するからさ!」
慶介はクシャっと笑った。
「そうね! 妹として、兄嫁をチェックしないとねっ!」
朋美は上目遣いで言った。
「おいおい、お手柔らかに頼むよ!」
慶介は笑った。
朋美が車を降りると、慶介は窓を開けて朋美に手を振った。
朋美も笑顔で慶介に手を振った。そして慶介は去って行った。
―慶介君…昔のままの慶介君だ! フフフ
朋美は心が温かくなった。
朋美は川沿いの道を歩いた。
ここに住んでいた頃、いつも通っていた道だった。
“ちょっと聞いて! モッコたらさ、鼻水が止まらないって、おっきなティッシュケースを丸ごとごと持ってきてんのよ!”
沙也加が朋美と絵梨に言った。
“いいでしょ! 鼻垂らしてるよりマシじゃない!”
モッコは沙也加にムキになって言った。
“そうよ! 身だしなみは大事だもん! …でも普通はポケットティッシュだよね…。
絵梨は一応モッコを庇おうとしてみた…。
“寒くなってきたからね~。そりゃ鼻水もでるわ…。あぁ…なんだか寒気がしてきた…。あのさ、みんなでいつものとこ行かない?”
朋美は寒さで強張る顔をクシャクシャにしながらみんなに笑いかけた。
“賛成!”
“行く!”
“私もそれ思ってた!”
“そろそろクリスマスブレンドのアップルティーが出る頃よね~!”
“私はモンブラン食べる!”
“あんたはスイートポテトも食べるでしょ!”
“私はマロンパフェにしようかなぁ~。”
“寒っ! 絶対、それ風邪ひくから!”
箸が転がっても可笑しい女子高生たちは、夕暮れの帰り道を楽しそうに歩いていた。
フフフ…
朋美が思い出に浸っていると、向こうによく知っている姿を見かけた。
―あれは…
その女性はベンチに座って遠くを眺めていた。
―ただ座っているだけなのに…憎たらしいくらい綺麗ね…
朋美はフッと笑った。
「昔からかくれんぼは得意じゃなかったよね!」
朋美はそう言って隣に座った。
「朋美!」
絵梨は驚いて振り向いた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ペンキとメイドと少年執事
海老嶋昭夫
ライト文芸
両親が当てた宝くじで急に豪邸で暮らすことになった内山夏希。 一人で住むには寂しい限りの夏希は使用人の募集をかけ応募したのは二人、無表情の美人と可愛らしい少年はメイドと執事として夏希と共に暮らすこととなった。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
終わりにできなかった恋
明日葉
恋愛
「なあ、結婚するか?」
男友達から不意にそう言われて。
「そうだね、しようか」
と。
恋を自覚する前にあまりに友達として大事になりすぎて。終わるかもしれない恋よりも、終わりのない友達をとっていただけ。ふとそう自覚したら、今を逃したら次はないと気づいたら、そう答えていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる