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「で…どうするの?」
沙也加は冷めた目で夫を睨んだ。

「…どうするって…どうしたらいいんだよ…ったく…」
輝也は頭を抱え込んだ。

 沙也加はそんな夫を見てフッと鼻息を鳴らした。

「純~! あんたはどうなのよ?」
沙也加は矛先を息子の純に向けた。

「…俺の意見で決めていいの?」
息子が一番冷めていた。

「そういう訳じゃ無いけど…。」

「俺、勉強しに行くから!。」

「今日、塾休みでしょ?」

「友達と一緒に勉強する約束してる。」
純の言葉に沙也加は目を丸くした。

―なんだかヤル気になってるじゃない…。

 沙也加は感心して、純に少し多めに昼食代を渡した。

 純を玄関まで見送ると、沙也加はダイニングへ戻ってきた。

「だいたいさ、今まであんたのこと蔑ろにしてきたのに、いきなり帰って来いだなんて虫が良すぎない?」
沙也加は眉間に皺を寄せて言った。

「しょうがないだろ! 経理のトップが不正してるっていうんだから…。病院の不祥事だからあまり公には出来ないし…。」

「だからって、今さらあんたを頼って来るなんて調子が良すぎんのよ!」

「親父や爺さんは…そりゃ俺の事見下してたけど…弟たちはそんな事無かったよ。むしろ昔から頼ってくれてたし…。」

「じゃあ、あんたはせっかくの私の昇進を捨てろって言う訳?」
沙也加は凄んだ。

「べ…別にそんな事言ってないだろ!」
輝也は慌てた。

「そういう事でしょ!」
沙也加は吐き捨てるように言った。








「え~! 純君ち、そんな事になってるの?」
満里奈は驚いた。

「うん。子供が受験だってのに…やんなっちゃうよ…。」
純はウンザリして林檎ジュースを飲んだ。

 二人はきさらぎガーデンヒルズ駅の構内にあるフードコートで勉強していた。

「でも…どうするの? もし純君のパパが実家を継ぐんだったら名古屋に行っちゃうんでしょ? 令成大付属行けないじゃん!」

「…うん。」
純は溜息をついた。

「え~! 私、純君と一緒に通いたかったな~!」
満里奈は残念そうに言った。

 純はそれを聞いて恥ずかしくなり、俯いてリンゴジュースを飲んだ。

 思わずニヤついてくる顔を必死になって真顔に戻した。

「純君とママはこっちに残ったらいいじゃん! パパだけ名古屋に行くの!」
満里奈は身を乗り出して言った。

 純は真っ赤になって身をのけぞった。

「う~ん…だけどそれはさすがにパパが可哀そうかも…。」

「そう? そういう子、けっこういるよ。パパが単身赴任してるうちって…。」

「でもそれって、いつかは戻って来るんでしょ? パパの場合はずっと向こうになっちゃうから…」

「…そっかぁ…。」

 純と満里奈はしょぼんとしてリンゴジュースを飲んだ。









 輝也はさっきから時計を気にしている。

 今日は土曜日。モッコとショッピングモールで会っていた時間だ。

 あんな事になってしまった以上、モッコが現れるとは思えないが、それでも土曜のこの時間になると、輝也はそわそわしてしまう。

 沙也加はそんな夫の心境を敏感に察した。

「モッコに会いにショッピングモールに行きたいわけ?」

 ドンピシャに思っている事を突かれて輝也は慌てた。

「…来るわけないじゃない? あの子の事は私の方がよく知ってるわ!」
沙也加は呆れた目で夫を見た。

―そうだよな…。モッコさんは自分を律する事の出来る女性だ…。

 モッコを想うと輝也は切なくなるのだった。

「私…行くわ…名古屋に。」
沙也加が急にそう言いだした。

「え? どうして? せっかく昇進出来るって言うのに…」

「あんたを一人にしとくと、またモッコにちょっかいかけそうだしね…」
沙也加は恐ろしい顔で輝也を睨んだ。

「そんな事…しないよ…」
輝也はおじけづいた。

「ま…モッコはああ見えて大人だから、善悪の区別はついてるけど…でも、向こうに一人でいたらまた誰かにちょっかい出すとも限らないしねっ、あんたは!」

「そんな事、する訳無いだろ!」

―俺は生涯モッコさんただ一人を想い続けるんだ!

 輝也は妻を睨み返した。

「…ったく…ほんとあんたってバカよね! 言葉の裏に潜む真意ってのを全く分かってない! 私はあんたの気持ちを優先して名古屋に行ってやるっつってんだよ! 自分の夢を諦めてまでねっ! おまけにモッコの事も、目を瞑ってやるっつってんのに、あんたは私に感謝するどころか、意味も分かっても無い! ハァ~、ほんと呆れるわ! 私に説明させんなっての!」

 言い方にカチンときたが、よく考えるとそういう事だと、輝也は理解した。

「…ごめん。…ありがとう。」
輝也は呟いた。

「腹立ってしょうがないから憂さ晴らししてくる! あんたのカードで払うからね!」
沙也加は睨みながら言った。

「…はい。」
輝也はか細い声で答えた。

「…で…何に使うんでしょうか…?」
輝也は我に返ると恐ろしくなって聞いた。

「カルチェの時計買ってくるわ! 朋美がしてたのがカッコ良かったんだよっ!」
沙也加は吐き捨てるように言うと、大きな音を立てて玄関を出て行った。



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