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 朋美は化粧室へ行った。

 さっきから動悸が止まらない。

 気が動転したせいか、吐き気をもよおして、さっき戻してしまった。

 絵梨や和也の顔が浮かんできては、それをかき消した。

 それでもまたすぐに浮かんでくる。二人は裸で抱き合いながら、そしてこっちを見て笑っている。

―悔しい…。

 涙が出てきた。

 腕時計を見ると、横田との約束の時間が迫ってきていた。

 朋美はバッグから化粧ポーチを取り出すと、簡単に化粧直しをした。

 そして深呼吸して天井を見上げ、目をパチパチさせた。

―泣くもんか! あの人たちのためになんか!

 朋美は化粧室から出て横田と約束しているホテル内の会議室へ向かった。





「こんにちは、朋美さん! お待ちしてましたよ!」
横田は満面の笑みで朋美を迎えた。

「こちらは設計担当の田中さんとウォレルさん、で、こちらが…」
横田は関係者を朋美に紹介していった。

 人数が多く、海外の人も多数いた。

 朋美はその人たちと名刺交換したが、全然頭に入ってこない。

 最後の人と名刺交換が終わると、朋美は眩暈がしてきた。

 横田は朋美の様子が気になった。

 挨拶が終わって椅子に座ると、朋美は体も気持ちも少し落ち着いてきた。

―しっかりしなきゃ! 大きな仕事を任されているんだから!

 朋美は気が抜けていた自分に反省して仕事に集中した。






「では、皆さんよろしくお願いします!」
横田は笑顔でそう言って、ミーティングは終了した。

 関係者たちは次々に部屋を退出して言った。

 朋美は無事終わって安心したのか、また体の力が抜けそうになった。

「朋美さん、体調悪いの?」
横田が心配そうに聞いてきた。

「…ううん、ちょっと疲れただけ。」
朋美はそう言って立ち上がろうとした。

 立ち上がった瞬間、立ち眩みがして倒れそうになった。

 横田はすぐさま朋美を抱きかかえた。

「大丈夫じゃないだろ!」
横田は朋美に言った。

「…ちょっと立ち眩みがしただけよ…」

「…そう?」

 横田は資料をカバンに入れている朋美をジッと見た。

「朋美さん! 一杯だけ付き合ってもらえませんか?」
横田はニコっと笑って言った。

 朋美はどうしようか悩んだが、憂さ晴らししたい気分だったので、横田の誘いを受ける事にした。

「一杯どころか、何杯でも付き合うわよ!」
朋美は横田の肩を叩いて言った。

「アレ? 今日はやけに素直じゃん! やっと俺への気持ちに気付いたとか?」

「…勘違いしないで! 最初からそんな気持ちなんて存在しませんから!」
そう言って朋美はさっさと会議室を出た。

「あ! 待ってぇ~!」
横田は急いで朋美を追いかけた。








「ぜ~ったい何かあった! そうなんでしょ?」
横田は朋美をジッと睨んだ。

 二人はミーティングの後、ホテルのバーへ行った。

 バーは意外と混んでいたが、カウンターは空いていた。

 二人は並んで座った。

「…別に…何にも無いわよ…。」

 朋美はグラスを掴むと一気に飲み干した。もう既に3杯目だ。

「あ~あ~! そんな飲み方して~!」
横田は朋美のグラスを奪い取った。

「マスター! お水もらえますか?」
横田は朋美に水の入ったグラスを手渡した。

「私の事よりさ、横田さん、何で離婚しちゃったの?」

「えっ? 俺? 俺は~、何でだろね…。嫁さん、アメリカ人でさ、向こうでずっと生活してたんだけど…俺が仕事にかまけすぎちゃったせいかな…ほら、向こうの男は家族の時間を大切にするでしょ! だけど俺、仕事が楽しすぎて、嫁さんほっぽって仕事ばかりしてたからな…。気づいたら、「ユー! サノヴァヴィッチ!」って、出て行っちゃった…。」

「アハハハハハ…」
朋美は大笑いした。

「ひっでーなぁ~。そんなに笑う事ないじゃん!」
横田は恨めしそうに朋美を睨んだ。

 朋美はしばらく笑っていたが、そのうち表情をこわばらせた。


「…うちの夫…浮気してた…」
朋美が呟いた。

―気づいちゃったか…

 横田は思った。

「聞いてくれる? それもね、相手は私の友達だよ! 信じらんないでしょ!」
朋美は苦笑いしながら言った。

 横田は同情した目で朋美を見つめた。

「…しかもさ…あの子…絵梨ったら…お腹に和也の子供がいるって…」

「えっ! マジか…。」

「あの子…産みたいんだって。和也と一緒になることも、子供の認知さえ、要らないって…。」

「朋美さん…どうするの?」
横田は聞いた。

「…分からない。絵梨はうちの家庭を壊す気は無いって言ってた。だけど…私はもうあの人と夫婦でいられる自信は無い…。」
朋美の目に涙が溢れてきた。

 朋美は横田のグラスを奪うと、中に入っていたウイスキーを飲み干した。

「…うっ…うっ…うっ…悔しいよ~。」
朋美は酒の力を借りて感情を剥き出した。

「あの子ね、私が子供の頃からずっと好きだった慶介君も奪ったのよ! でもその時、絵梨はどん底にいたからしょうがないって諦めたの。慶介君が支えないと、絵梨、自殺してたかもしれないから! そんな事があったのに、私は絵梨の事を許して、今でも親友だと思ってた。それなのに…それなのに…。」

 朋美は子供のように肩をひくつかせながらポロポロと涙を流した。

―可愛い…。

 横田はそんな朋美を見て不謹慎にもそう思った。

 横田は泣きじゃくる朋美を引き寄せてギュっと抱きしめた。

「よしよし! 朋美ちゃん、いい子いい子…。」
横田は朋美を抱きしめたまま、頭を撫でてそう言った。

「君は何にも悪く無い! 俺がアイツらをとっちめてやる!」

「いいの! そんな事しなくて! だけど…今は…もう少しこうしていてくれる?」

 朋美は横田の胸の中で呟いた。

 横田は朋美をギュっと抱きしめた。


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