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 純は陳列棚からメロンパンを取った。そして飲料品のコーナーへ回りイチゴ牛乳を取ってレジへ向かった。

 その時、後ろから声をかけられた。

「純君…甘党だねぇ…」

 振り返ると、同じ塾の早瀬さんがニコニコして立っていた。

 早瀬満里奈は違う小学校に通っていたが、塾では純と同じクラスだった。

「…早瀬さんも。」
満里奈も両手に菓子パンを抱えていた。

「頭使うと甘い物食べたくなるよね。」
二人は笑った。

 レジで会計を済ますと、そのまま二人で塾へ向かった。

 塾はコンビニからすぐの所にあった。

 間食用に開放されているラウンジのテーブルに座って純と満里奈はパンを食べた。

「純君、こないだの模試、頑張ってたね!」
満里奈はマリトッツォを食べて、口の周りにクリームをたっぷり付けて言った。

 純はその顔を見てプッと笑い、コンビニでもらった開封して無いナプキンを満里奈に渡した。

「早瀬さんの方が上だったでしょ? 志望校…令成大付属だっけ?」

「…うん…目指してはいるけど…まだまだだなぁ…。純君は?」

「俺? うちのママは成和大付属に行けって言うんだけど…俺は別にどこでもいいんだけどな…」
純は浮かない顔をした。

 正直、毎日成績の事で沙也加にガミガミ言われるのにウンザリしていた。

 近所に公立の中学があるのに、何でわざわざ満員電車に乗って遠くの学校に通わなきゃいけないのか分からなかった。

「お互い…親には苦労するよね。」
満里奈は呟いた。

「え? 早瀬さんも?」
純は意外に思った。

 いつも朗らかで何の悩みも無さそうな満里奈の家も自分の家のように問題を抱えているようには思えなかったからだ。

「うちさ…どうも離婚するみたいなんだよね。」
満里奈は言った。

「そうなの?」
純は驚いた。

「しょうがないよね…親は選べないから…」
満里奈は肩を落として言った。

「…そうだよね。」
二人はハァ~っと溜息をついた。

「俺もさ…こないだ、同じクラスの女子にもらった手紙をママに見られちゃって…すごく怒られたんだ。」
純はポツリと呟いた。

「え~! 酷くない! それって純君が悪い訳じゃないじゃん!」

「ママは、こんなの受験に邪魔になるって、捨てなさいって…。でも…せっかくもらった手紙なのに、捨てられないでしょ?」

「そうだよ~! 私だったら男の子からラブレターもらったら死ぬまで取っておくよ!」

「…別に俺…その子と付き合いたい訳でも、一緒に遊んで勉強しないって訳でも無いのに…。ママは俺の事、全く信用してないんだよ…。」
純は悲しそうに言った。

「純君…親は変わらないよ。怒られたらその言葉を右から入れて、左から全部出すの! 私、いつもそうしてるんだ。」

 満里奈は人差し指を右耳から左耳へ動かして、それからずっと向こうを指さした。

 純も満里奈の真似をした。

「…右から入って…左…」

「そうそう!」

「アハハ」
二人は笑った。

「とにかくさ、私たち、今は勉強するしかないじゃん。それにいい学校に行けばそれだけ未来の選択肢も広がるしさ。やりたい事が出来た時、頭がいい方が手に入りやすいと思わない? とにかく受験まで頑張ろうよ!」

 満里奈は満里奈はまたマリトッツォのクリームを口の周りにたっぷり付けたまま笑った。純はまたプッと吹き出した。

―令成大付属か…俺も頑張ってみようかな…

 純は冷え切っていた心が、満里奈の笑顔で少し温かくなったような気がした。





「…だたいま。」

 純がリビングに入ると輝也の姿は無く沙也加はソファに寝転がっていた。

「ご飯、テーブルの上にあるから…。」

 テーブルの上にはお弁当が置いてあった。純はレンジで温めて一人それを食べた。

「純、おかえり!」
輝也が純の帰宅に気付いてリビングへやって来た。

「今日、どうだった?」
輝也は息子に聞いた。

「…普通。」
純はそっけなく答えた。

「こないだの模試、どうだったの?」
沙也加が寝たまま純に聞いた。

「…普通。」
純はまたそっけなく答えた。

 純のそんな態度が沙也加の癇に障った。

「普通って何なのよ? あんたヤル気あんの? 純の態度見てたらさ、闘志みたいな物が全く伝わってこないのよ! 他人を蹴落としても自分は合格してやる! くらいの気持ちで頑張らないと受からないよ!」
沙也加は純に当たり散らした。

「…ちょっとママ! そんなに頭ごなしに言ってもしょうがないだろ!」
輝也は二人の間に入った。


―右から入って…左から出す…

 純は大きく鼻で深呼吸して、満里奈から教えてもらった言葉を心の中で唱えながら指を右から左へ動かした。

 そして目を開けると、沙也加の前に出た。

「あのさ…前から思ってたんだけど…」
純が冷めた目で沙也加を見た。

「ママはいったい、いつの時代に生きてる訳? ただでさえ日本は少子化が進んでるんだよ。そのうち日本人なんて希少動物になるかもしれないってのにさ、他人を蹴落とす? そんな考えだと、この先生きていけなくなるよ。これからの時代は、みんなで助け合って、足りない所は補い合って、誰も取りこぼさないようにみんなで良くなっていかなきゃいけないんだよ!」

 純はそう言うと、自分の部屋へ行ってしまった。

 沙也加は眉間に皺を寄せたまま、口をポカーンと開けていた。

―純も…いつの間にか大人の階段を上っているんだな…

 輝也は息子の成長を嬉しく思った。

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